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ラブステップ  作者: 里兎
31/39

チェリッシュソーダ


桜が綺麗に咲く頃。

私はどこまでも続く空を見上げた。

温かな空気の中で目をゆっくりと閉じる。


―――――これは彼と同棲し始めたばかりの時のお話。。



2人で探した1LKのそれほど大きくない部屋。

でもそれは2人暮らしには丁度良い大きさだった。


「ゆーいー?これって何処置くのー?」


「うーん?好きなとこ置いていーよー………」


「…………ゆい?過去にトリップしてない?」


「えー?してな………あっ!!!」


私の目の前から一瞬で卒業アルバムがサッと姿を消す。

上を見上げると困った表情の彼が私が持っていたアルバムを取り上げていた。


「思い出も良いけど、これじゃ確実に今日中には終わらないよ?」


「………ごめんなさぁい。。」


そんなやり取りをしつつも土曜日、日曜日とかけて引っ越しの後片付けをしていった。

なんとか一通りは片付け終わり、それでも残った細かいものは後々、各々がやることになった。

初めての2人暮らし。

楽しみが沢山あったけど。

でもやっぱりというか。。

それと同じ位大変なことも沢山あって。。。


「……ねぇ?私のタオル使った?」


お風呂上がり私はいつも使ってる、慣れ親しんだふわふわの動物柄バスタオルが無いことに気が付き、急遽代用品のその場にある白いバスタオルを使うことになった時の事だった。


「えっ?」


振り向く彼の肩には私が使う筈だったタオルが掛けられている。


「……ううん。。なんでもない。。」


言い返そうとした瞬間、言葉を飲み込む。

2人暮らしは、お互いの暮らしが今迄違う分何かを我慢しないといけないって知ってるから。。。

それからも、日々何かある度に言葉を飲み込んで。

楽しみだった暮らしがどんどん私を窮屈にさせていった。




―――『そーんな事言ってたら長続きしないよー?』


携帯越しにあゆの呆れた声が聞こえてくる。


「………だって……それでいちいち喧嘩してたら喧嘩が耐えないじゃん…」


最近見つけたカフェの窓辺で。

生クリームがたっぷり乗っかった冷たい宇治抹茶ココアを飲みながら、あゆと話していた。

因みに期間限定だけど、冬に出るホットチョコレートは絶品で。それ以来私はこのお店のファンになってしまった。


『だからってゆいさんがそーやってずっと我慢してたら、いつか爆発して収集がつかなくなると思う!』


うっ……。

確かに…否定できない……。

現に今家に帰るのがちょっと億劫でカフェにいるわけだし。。

ため息混じりのあゆの言葉は私の性格を的確につつきながら、アドバイスをくれる。

それは。。

それはわかってるんだけども。。。


『これから先の事を考えるなら、何でも言い合える仲になっていかないと!遠慮しないの!!』


「そうだけどぉー……」


だって。

どうしても尻込みしてしまう。

好きだからやっぱり出来るだけ喧嘩したくないし。

笑顔で一緒にいたいし。

これ迄彼と付き合ってきて、喧嘩なんてしたことなかったし。。

その先どうなるかが恐いと言うのもあるのかもしれない。

だからテレビとかでよく聞く喧嘩したいって意味がよく分からなかったりする。


「……喧嘩…しなきゃいけないのかな……?」


ぽそりと言う私の言葉にあゆは笑った。


「!?えっ!?なんで笑うの!?」


ひとしきり笑った後、あゆは声を整え


『ごめん!ごめん!ゆいさんがあまりにもかわいい事言うもんだから!別に私は進んで喧嘩しろなんて言ってないよ?ゆいさんがちょっと言うくらいで喧嘩になる程ゆいさんの彼は度量が狭いの?ってか、そんなやつだったらむしろ喧嘩して別れた方がいいよ』


わっ別れっ……!?

同棲し始めたばかりの私に、何て事言うんだこの子は!!


「ちっ違うよ!!彼は確かにボケッとしてて天然で、甘えん坊なところはあるけど!!そんなことですぐ怒る人じゃないもん!!」


『……あー……盛大なストロベリートーク御馳走様……』


途端に体の熱が上がる。

あゆに言われてからその事に気が付き、思わず片手で口を抑えた。

そして先程の自分の声が大きくなかったか辺りをキョロキョロとして、周りを確認する。

幸いにも夜も遅いせいかお客さんはあまりいなくホッと一息ついて、私はココアを飲む。

甘くてほろ苦いココアは私を落ち着かせてくれた。


『……まぁ冗談はさておき、、もう分かってるんじゃん。ゆいが言う位でとやかく言う人でないんでしょ?』


「………うん。。」


『じゃあ我慢するんでなくてさ?どうせなら2人暮し楽しみなよ』


そうだ……よね。

私が勝手に我慢して。

楽しみにしていた2人暮らしが窮屈になっていったら、それが何より勿体無い。

そうすると、どんどん彼の顔を見たくなってくる。


「……あゆさん…ありがとう……私ちゃんと向き合ってみる!!」


『はいはい。じゃあこんな夜遅くにカフェで私と電話してる場合じゃないよね?早く帰りなさい?終電大丈夫?』


あゆの言葉に促されて、時計を見ると終電の1本前の時間で。


「うあっ!!やばっ!!終電!!あゆさん!こんな遅くまでごめんね!!話し聞いてくれてありがとう!!」


『あいよー!またいつでも電話しておいでー!』


あゆとの電話を切って、私は残りのココアを早々と流し込んで、急いで席を立ち上がる。


ドン!!


「「いたっ!!」」


レジに向かう途中、私の勢いがよすぎたせいで知らない男の子と盛大にぶつかった。


「ごっごめんなさい!!」


「すっすみません…!!こっ…此方こそ前見てなくて……」


もさもさの黒髪の男の子がこれでもかって位に頭を下げてくる。

それにビックリした私がしどろもどとしていると


「お客さん!!その子うちのバイトになる予定の子で気にしなくて良いから!!電車急いで!!」


店長さんが先程の私の言葉を聞いていたのだろう、私を急かしてくれた。


「えっ!?あっ!……本当にごめんなさい!!」


私はその場で頭を深々と下げて、終電の為に走り出した。


「……寺島君……きみ…対人恐怖症??」


「えっ!?あっ……そんなこと……ないと思います……たぶん……」




――――それから走ったお陰か、終電にはなんとか間に合って、その間彼に一応帰るメールを送った。

駅について最終電車を降り、駅の出口に向かう。

階段を1歩1歩登って行くと、無性に彼に会いたい気持ちが募っていった。

つい先程迄億劫な気持ちが心を支配していたのに、悩みが薄れていくとこうも気持ちが変わるものなのか。

我ながら現金だと思う。


「……相談して良かったな…」


1つ1人で呟いてみる。

そうすると、何故だか心が更に晴れ渡るように感じた。

最後の階段を登りきり外に着くと。


「おかえり?」


そこで待っていたのは綺麗な星空と彼。


「えっ!?なんで!?」


私は吃驚して思わず声をあげる。

彼は悪戯っ子の様に笑うと私に手を差し出した。


「夜も遅いから迎えに来た。それとゆいと手を繋いで帰りたくって」


彼のかわいい言葉に思わず体温が上がり、笑みが溢れる。

私は迷いなく彼の手を取った。

すると、彼はその拍子に手を引っ張って私の肩に頭を乗せた。

私は何がなにか分からず戸惑っていると


「……って言うのは半分本当で半分嘘……最近様子がおかしかったから………もう帰ってこないかと思った……」


彼の寂しそうな声に胸が締め付けられる。

しっかりしていそうで、甘えたな彼。

分かっていたのに。

私は自分の事にいっぱいでその事を忘れていた。

私は繋いで無い方の手で彼を優しく包み込む。


「……ごめんね?違うの…私が悪いの……生活していく中で…えっと…言いたいこと…ちゃんと言えなかったから……だから……勝手に暮らしが窮屈に感じて……」


少しの沈黙。

なにも答えない彼の不安を少しでも軽くしたくて私は次に頭を撫でた。


「……ん…そっか……それって…俺の事が嫌いになったとかじゃないんだよね?」


「!?それはない!!絶対!!だって……だって…私はあなたの事が…そのっ……大好きだから……!!」


繋いでる手がじとっと汗ばんで、自分の言葉に体も熱くなる。

でも。

これだけは。

どうしても彼に知っていて欲しいから。


「………ほんとう?」


「ほんとう!!」


つい握る手に力がこもる。

するともぞもぞと、私の肩から頭を離して私を見つめた。


「………俺も一緒。。ゆいがおかしいのに気付いてないふりして聞けなかった……でもそれはどーでも良いとかじゃなくて……ゆいが……好きだから…」


見つめあい。

2人の時間。


「「……………ふっ!!」」


そうして2人同時に吹き出してしまう。


「お揃いだね?」


「うん!本当だね!」


「………じゃあ帰ろうか?」


彼は繋いだままの手を恋人繋ぎにし直して、私を引っ張った。


「うん!私達のおうちに帰ろう!!」


私もそのまま彼に追い付くように少し駆け出す。

2人暮らししてから全てが初めて尽くし。

でも。

それでも。

これからは1人じゃなくて。

2人で解決していきたいと。

心からそう思った。。。




―――――現在。



「………ねぇ?ゆい。。俺のエクレア食べた?」


彼の低いトーンの声が私の後ろから聞こえる。


「………食べてないよ?……嘘だけど……」


「あっ!!今嘘だけどって小さい声で言ったよね!?………食後に食べようとしてたのに…」


項垂れる彼を特に気にせず、私はそのままスターウォーズを見る。

すると彼がソファに座っている私の横に座って、両手で私の顔を包んで強制的に彼の方を向かせられる。


「こぉら!反省してない上に人と話す時は目を見る!」


「むぅーーー………ごめんなさい。美味しく頂きました。。だから手を離してスターウォーズ見せてください。。」


謝った筈なのに彼はそのまま手を離すことなく。


「いやだ。さっきからずっとスターウォーズ見てるし、、少しは俺にかまってよ」


「…………あっ!!!見て!!あそこっ!!」


私は彼の後ろに指を指す。

彼は驚き、手をゆるめ後ろに振り向いた。


「隙あり!!」


私はその隙を見逃さず彼の拘束から解放されて、スターウォーズの続きを見る。


「あっ!!ゆい!……もーしょうがないなぁー……」


諦めてくれたのかな?

そう思った途端に膝の上に頭をストンと乗せられる。

まるでかまってもらえなくて拗ねた犬のようで。図らずもかわいいと思ってしまった。

ふわふわとした猫っ毛を、優しく撫でると。

彼は気持ち良さそうに目を瞑った。

最初の頃のような新鮮さは無くなってきたけど。

私は今の何でもないこの時間が幸せで。

これから始まる四季の始まりも。

こうでありたいと。

心から思った。。。




~おまけ~


あるカフェの日常。


「寺島君そういえば君対人恐怖症随分良くなったね?」


店長がある昼下がりお客さんもあんまりいないということで、大樹にコップを拭きながら話し掛ける。


「あー特に対人恐怖症ってわけではないですが……最初は全部必死でしたから…」


「……あっそういえば君がここに来て最初に会ったお客さんって……」


何となく。

その事について言葉を止める。

大樹は何故か分からず、首をかしげた。


「……運命って分からないものだねぇ?」


「……はい?」


これは言わないでおこう。

その方がきっと素敵だから。

そう思った店長は少し微笑みながら、食器を拭き続けたのだった。。



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