メロンパンシンドローム
「ゆーい?まだ怒ってるの?」
久しぶりに地元に帰ってきた友達とご飯を食べている時だった。
私の一通りの話を聞き、呆れて私に問い掛けてくる。
「私にとっては大問題なの!!」
ついつい強い口調で友達に言ってしまう。
でもそれにはちゃんとした理由があるのだ。
それは遡ること10日間前。
――――――日曜日の夜。
「ねぇーえ?早くDVDみようよ?」
それは彼と2人でTSUTAYAで借りてきたDVD。
お互いにやる事やって、やっと落ち着ける時間。
彼はソファに座ったまま私を急かす。
「ちょっと待って?ここに確かメロンパンが………あれっ?ないなぁ……」
私はがさごそとキッチンにある冷蔵庫の中を探す。
それは、不定期に販売される50個限定のメロンパン。
そのメロンパンは、メロンパンという名を語る極上のお菓子で、外側はさっくさくのクッキー生地で中身が生クリームとカスタードクリーム、それにゴロゴロとしたメロンの果肉がこれでもかというくらい中に詰まっている。
朝早くから並んでやっと買えた代物だった。
「………ねぇゆい…もしかしてそのメロンパンって…こんな袋に入ってた?」
「えっ?……どういう……」
その言葉に振り返る。
すると彼が持っていた袋は紛れもなく私が早朝から並んだメロンパンの袋だった。
「……ごっ…ごめんね…悪気は無かったんだ…えっと…そのっ…寝ぼけて」
その理由にふつふつと沸き上がる何かがある。
私の……楽しみにしていたメロンパン。
今日この時間をどれだけ楽しみにしていたか……。
そしておもいっきり彼を睨み付ける。
言葉は出ない。
出るのは怒りだけだった。
バン!!!
大きく扉を閉めてその日から、私は寝室に籠城するようになった。
そして今に至る。
「メロンパンで、10日も口きかないって……ある意味ゆいだけだろーね?」
友達…ことあゆは運ばれてきたホッケを口にふくむ。
「だって限定なんだよ!?しかも次売られるのはいつか分からないんだよ!?せめて聞いてくれたっていいじゃない!」
「………でも寝ぼけてたんでしょ?そしたら聞く事は出来ないじゃない。そしてゆいが籠城してる限り、謝ることも出来ないっと」
うっ………。
確かにそれを言われてしまうと何も言えなくなる自分がいる。
でも。
でも本当にメロンパンが楽しみだったのだ。。
「はいはい。口を尖らせない。どうせもうゆいは怒ってないんでしょ?ただ引っ込みがつかなくなって、仲直りのタイミングが分からない。どう?当たり?」
くしくも彼女の言っていることは正解だった。
本当は3日位前から許しても良いかなと思い始めている。
「……何言っていいのかわからないんだもん…」
やっぱりねとあゆは頬杖をついて、私をニヤニヤ笑いながら私を見据える。
「別に言葉なんていらないんじゃない?いつものように、帰って籠城するんじゃなくて彼の隣に座ればいいじゃん」
「あぁーゆっ!完全に面白がってるでしょ!?私は真剣なのに!!」
「えぇー?面白がってませんよ?私も真剣にゆいさんの、のろけを聞かせてもらってます☆」
うぅっ……。
この子は………。
でもあゆの言う通り、何も言わないって言うのは手なのかもしれない。
やっぱり言う言葉が見つからないし……。
「あっ!そんなゆいさんに更に朗報でーす♪これお土産の柿の種わさび味!これでも食べて勇気だせ!」
あゆ………。
まさかの何処でも買えるお菓子…。
そしてチョイスがおじさん化してる。
「ふっっ!!あゆってばっ…!」
「おっ?笑った!笑った!そして!そして!ジャパネットアユミは更にチータラを付けちゃうのです!」
「あゆちゃん!!めっちゃ似てない!!おっかしぃんだから!!」
その後も、2人での馬鹿な話は続いて笑いが止まらなかった。
――――――家の扉の前。
楽しい気持ちの波が止まり、一気に気まずさが心に立ち込める。
だめだ。
こんな気持ちじゃ。
今日は仲直りするんだ。
そう思い。
意を決して鍵を開けてドアノブに手をかけた。
開ける前に深呼吸。
ガチャリ。
ゆっくりとドアを開けて中に入る。
…………。
………………。
………………うん?
足元の何かに気が付く。
それを拾ってみると。
『サクサク♪メロンパン 100円』
何これ?
その先にも又落ちていた。
『シュークリームみたいなメロンパン☆ 120円』
『日本一硬い!亀の甲羅メロンパン !!240円』
いつも座っているソファ迄続いてる。
私はいろんな種類のメロンパンを両手で抱えて、ソファの上を覗く。
そこには待ちくたびれてしまったのか、彼がメロンパンを片手に寝息をたてていた。
『言葉なんていらない』
あゆの言葉を思い出す。
自然と笑い声が漏れる。
私は両手で抱えたメロンパンをソファの前のテーブルの上に置いて、彼の顔を見上げるようにソファの下に座っる。
手を伸ばして、猫っ毛で柔らかい髪の毛の上から頭をくしゃくしゃと撫でた。
「沢山怒ってごめんね?」
そうすると彼の顔が嬉しそうに笑った。
触れるのも、見るのも全部久しぶりな気がして心にあたたかいものが灯る。
「………よしっ!……ほぉらっ!起きて!こんな所で寝てると風邪引くよ?寝るならベットで寝なさい!」
私の声に彼はもぞもぞと目をこすりながら体を起こす。
「……んっ…ゆい……?」
私はその勢いで抱き起こして、寝室へ向かう。
「………怒ってないの…?」
いつもは寝起きだと意識朦朧に寝ぼけているのに、今は寝ぼけていても私が怒っていたという記憶はあるらしい。
「………明日からメロンパン地獄だからね!」
にっこり笑う。
それを見た彼は分かっているのか、嬉しそうにとろんと笑った。
「ゆいも…寝る…?」
「私はお風呂入って、歯磨いてから。先に寝てて?」
そのまま彼をベットの布団にに押し込み、部屋を出ようとする。
するとツンっと服が引っ張られる感覚があった。
不思議に思い服の裾を見ると、彼が私の服を掴んでいた。
「………おやすみ…」
「……うん。おやすみなさい。」
今度こそ。
私は部屋を出て寝る支度をする。
きっと彼のことだ。
寝ぼけている今日の事は半分も覚えていないだろう。
だから明日。
もう1度彼と仲直りする。
それが不思議と楽しみで。
私は少し笑いながらお風呂の扉を閉めた。