オムレツシャンゼリゼ
―――仕事終わりの某居酒屋。
香水臭い。。
いい匂いとか思ってんの?
なんでもつけ過ぎは毒なんだってば!
「悠真さんはオムレツが好きなんですね?」
「……食べるのが好きなんですよ…」
俺は今、違う会社との合同新年会に来ていて。
特にやることもないので、ご飯を食べていたら隣に違う会社の女の子が来て今に至っている。。。
そして特にオムレツが食べたかった訳でなく目の前にあったから食べているだけだし。
隣の女の子は何故かぴったりとくっついてきて、香水の匂いと食事の匂いとでなんだか気持ち悪い。。
「……あ…俺仕事の事で話したいことあったんだ!ちょっとすみません!」
俺は早々と立ち上がってその場を後にした。
すると少し離れたところに、細谷さんを見付けたので隣に座る。
「ん?どうした?」
細谷さんは胡座をかいて壁に寄りかかりながら、酒を飲んでいて。
「……いやね?ちょっと仕事の話を。。。」
「はぁ?」
俺がそんなこと言うのがかなり珍しいんだろう。細谷さんの顔が疑問に満ちていた。
俺はさっきの女の子が近くにいないことを確認して、大きくため息をつく。
「無理っすよー!!女の子って何であんな香水つけるんですかね!?食べ物の匂い殺してるどころか気持ちわりぃ!!」
「あー…まぁ…香水つける女って信用ならねぇよな?」
フォローしてくれてるつもりなのだろうか?細谷さんはそのまま焼き鳥を口に運ぶ。
「……細谷さんは香水に限らずじゃないんですか?」
俺がにやにや見ると
「うるせっ!」
と軽く睨んできた。
実際こういうやり取りのが楽しいし、女の子ってめんどくさいなーって思ってしまう。。
いや。。。
別に全員が全員そういう訳じゃなくって。
友達なら全然男女関係なく楽しい。
でもあからさまに……しかも俺が気がつく程のアプローチは……正直しんどかった。。
「……でもお前彼女いねーんだろ?こういう場で出会い見つけろよ?」
いやいや。
それはあなたにも言えることですから。
そう思いつつも、
「そーなんですけど……なんか俺ってザ・女の子~っていう子苦手で……うちの会社には見当たらなかったけど実際違う会社になると、わんさかいるんすねー」
細谷さんは横目に俺を見て、ため息をついて焼き鳥を食べ続ける。
「それはお前がそういう女子社員とあんまり関わってないだけじゃないの?………お前の好きな女のタイプってなんなの?」
好きなタイプ?
そんなの………一瞬、頭によぎった笑顔を慌ててかき消す。
「……そーいう細谷さんはどーなんすか?」
細谷さんは俺の問いに少し考える様にして首を捻った。
「俺は……嘘をつかない子…かな?」
………それは。。
果たして好きなタイプって言うのだろうか?
「それって…細谷さん限定じゃないですか…つか嘘つかないって当たり前だし……」
俺の言葉に細谷さんは苦い顔をする。
「うーーん。。……じゃあ…地味な子……?」
「……はっ?」
いやいや。
確かに全体的に残念な人ではあるけど
、見た目は普通にかっこいい方だと思うのに。。。
何故に地味な子?
「…結局着飾る子は皆によく思わせたいって思うから着飾ると思わないか?俺はさ。着飾らなくても。普通でいいんだよ。俺だけがその子のかわいい所とか、良い所を知ってればいいって思うんだよな。。」
話している細谷さんが。
何故かすごくカッコ良く見えて。
自分の思ってることを率直に言える事を羨ましく思えた。
「………で?お前はどーなんだよ?」
刺身に手を伸ばしながら俺に聞いてくる。
「……優しくて、人に頼るのが下手で、目が離せなくて、何かを食べてる時すごく幸せそうな顔をする…子……ですかね…」
それは自然と。
俺の口から言葉が紡ぎ出されていた。
そしてズボンに入っていた、オレンジ色のパスケースを無意識に握る。
「……具体的だな……つうか…お前その子現実にいるだろ?」
「!?へっ!?俺何言って……!いませんよ!?あっ!間違った!!俺は香水の匂いをぷんぷんさせない子がいいです!」
俺は慌てて否定するも。。
細谷さんは別に俺の反応に気にする様でもなく逆に呆れた様に。
「お前…嘘下手だよなぁー…それと、別に好きな子がいるのは悪いことじゃないから良いんじゃねぇの?」
分かってる。
好きな子がいること自体は悪いとは思わない。
そうなんだけど……。
それは分かってるんだけど。。
俺の場合は好きになっちゃいけない子だから……。。
例え、、自分の中だけだとしてもその子に気付いちゃいけないんだ。
「……よくわかんないけど…好きになったもんは仕様がないだろ?折角のお前の気持ち大事にしろよ」
その気持ちを察してか分からないが、細谷さんは俺の背中を軽く叩いた。
「何言ってんすかー!好きな子なんていませんよー!」
無理矢理笑う。
気付いたら……認めたら…駄目なんだよ。。
ミシミシと俺の心が軋む音がする。
「……そっか。じゃあさっきのは俺の独り言ってことで流しとけ。。」
深いことは何も聞かずに細谷さんは、笑ってくれた。
こういうところは先輩らしい。
……と思う。。
こんなこと言うと細谷さんに怒られそうだけど。
「藤津さーん!中々戻って来ないから来ちゃいましたぁー!何話してるですか♪」
先程の女の子が俺に駆け寄ってくる。
そしてまたぴったりと隣に座ってきた。
見た目はまぁまぁかわいいし普通の人なら喜ぶ所なんだろうけど。。。
俺は嫌な気持ちしか湧いてこなかった。
なんとか気持ちを持ち直して笑顔を取り繕った。
「あーごめんね?まだこの人と仕事の話しをしたいからちょっと席はずしてくれる?」
めんどくさい。
お前といても楽しくないんだよ。
早くどっか行け。
俺の心の中では酷い言葉が女の子に向けられている。
「えー?こういう所なんだし♪お仕事のお話は休憩して私と話しましょうよ♪」
気付けよ!
臭いんだよ!お前!
…………。
…………ヤバい。
イライラしてきた。。
…………。
「……あのさっ!」
「ごめんね?こいつ具合悪いみたいでさ、俺が看てやってんだわ。ほらっ!悠真無理しないで横になれ」
刹那。
細谷さんが俺の頭を掴み、無理矢理床に沈める。
「そうなんですか!?じゃあ私も藤津さんを一緒に看病します!」
女の子が俺に触れようとする。
俺はその手を払い除けようとする気持ちをグッと我慢した。
すると。
「………ううん。君みたいなドギツイ香水の匂いをさせた子は寧ろ遠くにいってくれた方が助かるんだけど?」
俺はその言葉に冷たさを感じて、思わず細谷さんを見上げた。
笑っている筈なのに。
細谷さんの目はかなり冷たかった。
「……えっ……何それ…」
自に戻ったのか女の子の声のトーンは低くなる。
「あっ!違うか!ドギツイのは香水だけじゃなくて、性格もだったね?」
細谷さんの言葉に女の子は顔はみるみる内に真っ赤に染まっていく。
「じじぃのくせにサイッテーー!!」
そのまま女の子はすぐに立ち上がって、違うテーブルへ行ってくれた。
そして1つ息を吐く声がする。
「……だってよ。。いつまでも若いつもりでいたらダメってことか?」
笑いを含みながら、細谷さんは枝豆を取った。
俺は寝そべったまま顔をあげて、細谷さんを見上げる。
「……お前はさ。俺よりまだまだ若いんだから沢山失敗しろ。ダメなことなんてその後決めればいいんだから」
泣きそうになる。
細谷さんの優しさが。
俺の気持ちを肯定してくれるようで。
涙が溢れる前に、腕の中に顔を隠す。
「……何言ってんすか。。細谷さんだって30前半で全然若いじゃないですか?」
涙声のような、明るい声のような震える声でそのまま言葉を紡ぐ。
俺の言葉に細谷さんは軽く笑った。
「ばぁーか!お前みたいな若いやつに若いって言われても、たいして嬉しくねぇよ」
俺は沢山先輩がいると思っていた。
現に会社に沢山いるし。。
でも。
俺にとって。
仕事の先輩であり。
人生の先輩にもなるのは。
細谷さんだけだと思った。
「………ありがとうございます」
恥ずかしいのもあって。
小さく言う。
聞こえるか聞こえないか位の声で。
「……そういうのは皆に聞こえるように言えよ」
目だけ上を見ると細谷さんは、相変わらず壁に寄っ掛かって酒を飲んでいた。
それからまた顔を下げて目を瞑る。
…………。
言う言わないにしろ……。
まずは。
認めよう。
もしこの選択が失敗だとしても。
俺は自分をもう騙すことが出来ない。
「細谷さん!明日も仕事ですが今日は飲みましょうか!!」
俺は体を起こし隣で座り直した。
そして自然と明るい声と笑顔が出る。
…………そう。
騙すことは……偽ることは……
出来ないんだ。。
俺はゆいちゃんが好きだ。




