ホワイトサンタケーキ
雪が降る。
世の中ではホワイトクリスマスというのだろう。
こんな素敵な夜なのに。
私といえば………。
「わーー!ゆいいらっしゃい♪ケーキ取りに来たんだよね!?待ってて!今持ってくるね!」
中学時代からの友達であるえりの勤めているスーパーに、予約していたケーキを取りに来ていた。
「はい!どうぞ♪縦にしたり振ったりしたら駄目なんだからね?」
「もう!分かってるよ!いくつだと思ってるの!?」
えりはニコニコかわいいほっぺを染め上げながら私をつつく。
「えー?ゆいでしょ?だっていつもゆいは予想外の行動しかしないんだもん♪」
「……そんなことないし。。それよりクリスマス迄仕事なんて大変だね?子供達は?」
えりは腕を組んで小さく息を吐いた。
「今は親に任せてる。……でも家のクリスマスは明日の夜やるんだ♪明日も17時までは仕事入れてるし……稼げる時に稼がないとね!」
えりは旦那さんと共働きで、2人の子供を絶賛育児中。
同い年ながら、すごいなと尊敬してしまう。
「あっ!やばっ!長話してたら店長に怒られる!ゆい!又家に遊びに来て!いっぱい話そうね♪」
「うん!」
そして、ケーキを受け取ってえりに手を振りその場を後にする。
ワンホールケーキ。
1人で食べるのは大きすぎる。
結局彼は仕事から帰ってくることはなかった。
でも!
私の友達のあゆはクリスマスになると1人でワンホールケーキを、買ってきて1人で食べるのが醍醐味だと言ってたし!
少し切なそうにしていた気もするけど……。
ケーキを独り占めできるって思えば1人のクリスマスも、悪くないよね!
そう自分を励ましながら歩いていると。
「あれ?ゆいちゃん?」
急に声をかけられる。
振り向くとそこには、悠真君ともう1人同じ会社の人と見られる感じの人がいた。
「どうしたの?こんなとこで?因みに俺はそこのコンビニでケーキ取ってきたんだー!」
嬉しそうにガサッと片手に持っていたケーキが入ってるであろう袋を私の前につき出す。
「お前食べ物の執着心半端ねぇよな。……あっ。えーっと俺、細谷幸人っていいます。一応悠真と、君の彼氏の会社の先輩です。」
細谷さんという人は私に軽く会釈をして自己紹介をしてくれた。
………。
…………。
……………ん?
「あの……なんで私の事を知ってるんですか?」
私の知ってる限りでは……今日初めて会うと思うんだけど。。
「あぁ。あいつに写真見せて貰ったからさ。。」
細谷さんは私に優しく笑いかけてくれた。
成る程!
そういうことか!
…………って!
勝手に私の写真を見せるなんて!
恥ずかしい!
帰ってきたらとっちめてやらなくては!
そして。
私はもう1つあることに気が付いた。
「!!あなた職場の先輩の細谷さん!?」
彼と喧嘩した発端。
私を見かけたという人。
全部この人のせいでは無いのだけれども。。
私は目の前にいる細谷さんに改めて驚いてしまい、それと同時になんとなく苦手意識も持ってしまう。
「………えーっと?そうだけど?えっ?何?あいつ先輩様の悪口でも言ってた?」
「へっくしゅんっ!!」
細谷さんと私が話していると隣で大きなくしゃみを悠真君がする。
そして寒そうに身を震わせながら、赤くなった鼻をすすった。
「えーっと……取り敢えず寒いんでどっか中に入りません?立ち話もなんでしょうし。。ね?ゆいちゃんもそうしよ?」
悠真君の提案で。
取り敢えず。一時避難ということで暖かいカフェへと入る。
そこは昔ながらの雰囲気のある喫茶店で、やっぱりここも私達意外お客さんはいなかった。
私はホットココア、悠真君はカフェラテで、細谷さんはハチミツコーヒーを
頼んだ。
細谷さんがコホンと1つ咳払いをして私を見た。
「えーっとそれでさっきの話の続きなんだけど……なんで俺に驚いたの?」
「えー?そりゃあいつが細谷さんの歴代の彼女の伝説話したからじゃないで………いってっ!!」
バシッッッ!!!
茶々を入れる悠真君に躊躇なく細谷さんは頭を叩く。
かなりの大きい音が鳴ったけど……大丈夫かな?
悠真君は半分泣きながら頭をさすった。
「……えっと……歴代の彼女さんと何かあったんですか?」
こんなにカッコいい人に何があったのだろうか?
気が付いたら好奇心に負けて私は細谷さんに聞いていた。
「……あー……別に何にもないよ?」
細谷さんが優しく笑うのに対して、悠真君は頭をさすりながらニヤニヤ笑う。
「この人面白くて、元カノに何股もされていたり、お金巻き上げられたりしててさ………あたっ!!!」
ゴンッッッ!!
次は容赦のない鉄拳が悠真君の頭を直撃した。
悠真君がそのままテーブルの上で沈むように突っ伏していると、喫茶店のマスターらしき人が、私達のテーブルに飲み物を運んできてくれた。
「……ごめんね?気にしないで?」
細谷さんはにっこり微笑みながらコーヒーにハチミツを入れてかき混ぜた。
こんなカッコいい人も大変な経験してるんだな。と思いつつ私はココアを冷ましながら飲む。
ココアは甘くて温かくて、冷えた体も心もホッとさせてくれた。
そして先程の話の続きをする。
「えっと…私は彼に名前だけ聞いてて……それで実際に会ったからビックリして……」
「あー…そういうことか。。まぁ…あいつあんまり仕事の話とかプライベートに持ち込まなそうだしな」
細谷さんがハチミツコーヒーを飲みながら頷くと、悠真君がやっと起き上がってカフェラテに息を吹き掛ける。
「ってか仕事も空気読めないっすよね?こんな時迄仕事させるか?そのせいでゆいちゃん1人になってるし…」
悠真君が何故か申し訳なさそうに私の方をチラリと見る。
「あっ!私はいいの!仕事なら仕様が無いし!……しかも今喧嘩中だし…あっ!でも仲直りする予定ではあるから大丈夫なんだけどね!」
なんとか笑顔が作れたかな?
元気よく言えてるかな?
私はそう思いつつ必死に笑った。
「………すみません!おじさん!ここで買ってきたケーキ広げてもいい?」
すると唐突に悠真くんが大きな声で、カウンターの奥にいるお店のマスターに話しかける。
マスターは優しく笑って
「本当はダメだが……クリスマスという素敵な夜だし今日は多目に見るよ」
といってくれて。
そのままナイフとフォークと取り分け皿をテーブルの上に乗せてくれる。
その言葉を聞いた悠真君は持っていた袋から箱を取り出して、ケーキを広げた。
チョコクリームたっぷりのクリスマスケーキ。上にはかわいいクリスマス仕様の飾りが付いている。
それを綺麗にナイフで切り分けて。
お皿に乗せていく。
「よかったらおじさんも食べて!」
にっこり笑いながら悠真君は立上がりマスターにも切り分けたケーキを、差し出した。
マスターはそれに応える様に笑ってケーキを受け取る。
「ねっ!ゆいちゃん折角だからここでクリスマスしよう?みんなでケーキ食べた方が楽しいし!」
そう言って、悠真君は私にもケーキを差し出した。
「……そうだな!折角独り身が集まってるし……っとゆいさんは違うか!」
細谷さんもふわりと笑顔になる。
私は。
その気遣いが。
すごく嬉しくて。
自分の持っていたケーキも袋から取り出して。
「うん!やろう!」
いつの間にか自然と笑顔になっていた。
苦手意識がなんとなくあった細谷さんも、本当はすごく面白くていい人だということが分かった。
そして、やっぱり悠真君はすごく優しい。
悠真君が笑うと私も自然と笑顔になれた。
2人とマスターのお陰で私は楽しいクリスマスを過ごす事が出来たのだった。
でも。。
やっぱり何処か。
心に小さなモヤがかかっていた。。
――――夜中1時。。
12時も過ぎてクリスマスが終わって。
俺は静かに玄関の扉を閉めた。
ガチャン。
鍵のかける音も冷えた暗闇のせいか、やけに大きく聞こえる。
真っ暗な部屋の明かりを静かに付けた。
「……さむっ…」
部屋もひんやりと冷えていたので、エアコンの暖房を付け、ソファに座る。
……結局クリスマスに間に合わなかった。
俺は何してるんだろう。。
そう思いながらずるずると、頭をソファの背もたれに預ける。
自分が思ってたより体か疲れていたのか。
俺の意識はうつらうつらと遠退いていった。。。
―――温かい。
エアコンが部屋を温かくしてくれているからだろうか。
目をうっすら開けると、まだ電気が明るいと感じるほど外は暗い様だった。
………。
…………うん?
何か服を引っ張られてるような…?
俺は背中の温かさにも気が付き、後ろを見る。
そうすると。
そこにはゆいが、俺の背中にしがみつくようにして顔を埋めていた。
「!?えっ!?ゆい!?」
驚いた俺は眠気が一気に吹き飛び、大きい声を出してしまう。
あれっ!?
俺達まだ喧嘩してたよね!?
仲直りしてたっけ!?
もしかして俺が寝ぼける間に仲直りした?
以前もそんなようなことがあったらしいし……。
「……おきた?」
ゆいが、顔を埋めたまま俺に尋ねる。
「……うん。。えーっと…俺達喧嘩してたよね?」
「……うん。してる。」
だよね!
まだ仲直りはしていなかった!
なんとなくそれにホッとすると、すぐに次の疑問が浮かび上がった。
じゃあ……なんでこんなにくっついているんだろ?
「………これっ。。」
ゆいは顔も見せず俺の前に背中から腕を伸ばして何かを渡す。
それは、あからさまに綺麗にラッピングされたクリスマスプレゼントだった。
「これ買うのに男の子のアドバイスが欲しくて悠真君に無理言って、着いてきて貰ったの…それで…あなたにサプライズしたくて……でも…ごめんね…嘘ついたのは変わらないから……嘘ついて…ごめんね…」
そういうことだったのか……。
そうだよな。。
冷静に考えれば。。
2人がそういうことをするわけが無いよな……。。
俺は嫉妬で。
相当周りが見えなくなっていたらしい。
「……俺こそごめん…言い過ぎた…」
ゆいからのプレゼントを受け取って
「ねぇ?これ開けていい?」
クリスマスは時間的には終わってしまったけど、折角のクリスマスプレゼント。少しでも明るい雰囲気で開けたかった。
こくんと背中でゆいが、頷くのが分かる。
包装紙を綺麗に開けてみると、そこには綺麗な藍色のお財布があった。
中はカラフルだが、嫌な色味じゃない。
「ゆい!ありがとう!………。」
未だに顔を埋めているゆいを見て、俺は体をよじって両手で彼女の頬を包み顔を上げた。
久しぶりに見た彼女の顔は驚いた顔で俺を見て、大きくしたその目から涙をぽろぽろと流していった。
「……会いたかったぁ!!」
そしてすぐに顔を歪めて俺に抱きつく。
その姿に。
不謹慎ながら俺は嬉しいと思ってしまった。
きっと寂しい思いをさせてしまったのだろう。
俺も。
思った以上に寂しくて、辛かった。
だからぎゅっと抱きしめ返して。
「スーツクリーニング出すからいっぱい鼻だして良いからね?」
そんな冗談を言うと。
彼女は笑って。でも少し怒ったような感じで
「ばか。。」
と言ってくれた。
――――少し落ち着いて。
俺は出張先で買ったプレゼントをゆいに渡す。
「………これなに?」
だよね。。
そうなるよね。。
結局クリスマスプレゼントを買う時間もなくて、俺は空弁を3種類位買っていた。
「時間なくて……埋め合わせに買ってきたんだけど……」
ゆいのちゃんとしたプレゼントの後だから尚更自分の渡したものが恥ずかしくなる。
「……限定だ!!食べてみたかったんだよね!ありがとう!」
ゆいの満面の笑みが本当にかわいくて、心がキューッと締め付けられる。
我慢が出来なくて、彼女の白い首に自分の唇を押し当てた。
「んっ……これはクリスマスプレゼントのおまけ。。」
それに気が付いたゆいの顔は、みるみる内に真っ赤に染まっていく。
彼女の首に付いたのは、小さく赤い痕のついたキスマーク。
ゆいは真っ赤な顔のまま、すぐに手でそれを抑えて
「明日普通に仕事なのになにするのさ!!!」
それがあまりにかわいくて俺は笑ってしまった。。
~おまけ~
それは、クリスマスの次の日の夜。
「……あれ?空弁は?」
1人じゃ絶対食べきれないと踏んでいた彼は冷蔵庫を覗いてゆいに尋ねる。
「えっ?そんなのもうとっくのとおにないよー?」
「……えっ?」
彼は驚いて思わずゆいの方へ振り向いた。
「朝御飯に食べてー…お昼美味しくて2つ食べたんだよね!」
その笑顔に。
彼は何も言えなくなって。
ゆいらしいなぁなんて思いながら。
冷蔵庫の扉を静かに閉めたのだった。