リグレットチェリー
それはある日曜日の昼下がり。
季節外れのさくらんぼがこたつの上に置かれていて。
私はこの後起こる出来事を全く知る由もなく。。呑気にこたつでまどろんでいた時の事だった。。
「さくらんぼ酸っぱいね!」
そう言いながらも私はさくらんぼを、また1つまた1つと口に入れていく。
「よくこんな季節外れにさくらんぼ送ってくるよなー……」
彼が2つ繋がっているさくらんぼを手に取り見る。
「本当だよね!よくこの時期にさくらんぼを見つけてきたよね!」
私も彼と同じく朱色に染まったさくらんぼを手に取り、見てみた。
「あーーっと……そういえばさ!俺、明日から出張なんだよね!ゆいはさ!最近どっか行った?」
……………。
………………へっ?
ビックリした。。こんな下手な言い回し聞いたことなかったから時間が止まっちゃった。。
まぁ彼らしいと言えば彼らしいのだが。
…最近か……。
何処か………。
………うーーーん??
………あっ!最近悠真君と出掛けた!
彼へのクリスマスプレゼント。
男の子の意見も聞きたくて、買い物に付き合ってもらった。。
……。
……………。
でも。。。なんでこんなこと聞いてくるんだろう?
気紛れだろうか?
私は少し考えた結果。
プレゼントはやっぱりサプライズにしたくて、小さな嘘をついた。
「……何処にも行ってないよ?」
自然に言えただろうか?
不安になりながらもふと彼の顔を見ると。。。
「…へっ…へぇ…それは本当?」
少し疑ったような顔で聞いてくる。
「……本当だよっ…というかなんで急にそんなこと聞いてくるの?」
聞き返すと。
彼が目をさ迷わせながら、ゆっくりと言いづらそうに口を開いた。
「あっ……えーっと…細谷さ……じゃない。。俺の職場の先輩がデパートでゆいと悠真を見たって………って!!そんなわけないよね!?ごめ……ん?ゆい?」
一瞬にして体が凍りつく。
見られていたんだ。
単純にそうとしか思えなかった。
固まった私を見て彼も固まる。
「……えーっと…ゆい。。それは…分かりやす過ぎない?」
彼は困ったように私を見た。
いやっ!
駄目だ!ここで諦めたら!
折角の彼へのサプライズプレゼントが!!
ここからでもなんとか持ち直さないと!
私はこたつの下でぎゅっと服を握った。
「ちっ……違う人だよっ!!私はデパートのメンズ館なんて行ったことないし!!」
「……俺メンズ館なんて一言も言ってないけど………」
……しまった!!
自分で墓穴掘ってどうするの!!
思わず自分の口を両手で塞ぐ。
「………ってかなんで嘘つくんだよ?何もないなら普通に言ってくれても良くない?」
彼はため息混じりに私を睨む。
「……ちっ違うって言ってるでしょ!というか!あなたは私の言うことよりその……しょっ…職場の先輩を信じるんだ!?」
苦し紛れの言い訳。
でも彼のため息は私をカチンとさせた。
あなたの為に嘘ついてるのに!
それはなくない!?
そう思ってしまった。
「そういうんじゃないだろ!!ゆいは嘘が下手だからわかんだよ!!」
「なにさ!!下手じゃないし!!どちらかと言えばうまい方だし!!」
彼と私の言い合いが暫く続いた後。
彼は大きく息を吐いて、頭をくしゃっとかいた。
「……埒があかない……もーいーや。。俺出掛けてくる。。」
彼が立ち上がり、ソファに掛かってた上着を取って早足でバタンと玄関から出ていった。
「………なにさ。。」
静寂な部屋に私は1人残される。
この嘘はあなたの為なのに。
クリスマスを楽しく過ごそうと思っただけなのに。。
………喧嘩するつもりなんて…無かったのにな……
なんとなしにさくらんぼを1つ取る。
それは2つくっついていたのに。
途中で落ちて、1つになった。
「………ばーか。。」
口の中にさくらんぼを入れると。
酸っぱい果汁が溢れ出てきて。
まるで私を責めているようだった。
――次の日。
寝室のドアを開ける。
いつもなら彼がいるのにいなくて、部屋はがらんとしていた。
昨日帰ってきた音はしたのに。。
そしてあることを思い出す。
「……出張……か…」
口から言葉がもれる。
そういえば昨日出張に行くって言ってたっけ。。
それが安心なのか、不安なのか心がごちゃ混ぜのまま。
私は取り敢えず仕事に行く準備をした。
―――――嘘をつかれているのが嫌で、頭に血がのぼりあんな風に言ってしまった。
でも俺は間違ってないし、謝る気もない。。――
出張先で仕事を終わらせた俺は、電車に乗るでもなく。
駅のホームでぼぅっとしていた。
どちらにせよ。。。
あんなに強く当たるみたいな言い方良くなかったかも。。
でも意固地になってるゆいも悪い!
……もしかして俺に後ろめたくて嘘をついたのか?
…………~~~~あーーっ!
嫌な予想だけが頭に色濃く残る。
グシャグシャと片手で頭をかきむしった。
そんな時だった。
「……大丈夫ですか?」
……それは何処かで聞き覚えのある声。
ふと顔をあげるとそこには、俺にいつだったかの日にアドバイスをくれた女性が困った顔でこちらを窺っていた。
「………あっ……こんばんは……」
俺が挨拶すると、表情が柔らかくなる。
「こんばんは。……って!そうじゃなくて!なんか苦しそうでしたが具合でも悪いんですか?」
その問いに俺は慌てて首を振る。
「!?ちっ違うんです!ちょっと…訳あって………」
何を言おうとしてるのか。。
こんな知らない人に。
1度ならず2度までも。。
迷惑かけちゃダメだろ。
俺は笑顔を作って`大丈夫です´と答えようとした。
「………笑えないなら。笑わなくても良いと思います。」
女性の言葉に驚いて、顔をあげた。
「……いいんです。365日笑ってなくても。泣く日だって。怒る日だって。後悔する日だって。むしろあった方が良いと思います。」
女性は俺を見てふわりと笑った。
その言葉が。
その笑顔が。
沸々と沸騰したような心を冷してくれるようで。
1度しか会ったことない見ず知らずの人なのに。
昨日あったことを相談した。
――――「成る程……それで喧嘩になったと……そうしたらあなたが出来ることは決まってますね」
女性は腕を組む。
えっ?
出来ること?
嘘をついてる彼女を見逃せと言うのか?
「彼女とちゃんと話すんです」
「……それはできなっ……ってえ?」
「だから話せばいいんです。強く言い過ぎたなら謝ればいい。……それで駄目だったらそれ迄ですよ!」
はっ!?
それまで!?って!!
他人事過ぎる!
「だってそうでしょう?あなた1人が彼女を信じていても彼女にその気が無かったらあなたは苦しいだけですよ?そうしたら別々の道を歩んだ方が2人の為だと思います!」
女性は自信ありげに、にんまりと笑って立ち上がる。
「やらない後悔よりも。やった後悔の方がいい。私の友達が何か迷った時、いつも言ってあげるんです。大丈夫!まずは自分を信じてあげてください。」
女性の言葉がストンと心に届く。
俺は大丈夫と誰かに言って欲しかったのかと。
そこで気が付いた。
「……あの……」
「さて!!私はこれにて!ゲームをしないといけませんからね!では!」
女性は俺の言葉に被せて笑って。
軽くお辞儀をして。
そのままパタパタと初めて会った時と同じ様に、忙しなく丁度来た電車に乗り込んでいった。
………ゲームって……。
「……ふっ!!」
気が付いたら俺は笑っていて。
先程の女性には最後の最後までお世話になったなと思い。
俺は根付いていたベンチから立ち上がった。
――――――携帯が鳴る。
私は彼からかと急いで携帯に駆け寄った。
『ゆーま君
クリスマスの計画は進んでる?
俺はコンビニでケーキ予約した』
携帯のランプが点滅する。
そんなわけないよね……。
今喧嘩中だもんね…。
私はそのまま表示の文字をタップして返事を書いた。
『ケーキは市販のものにするつもりだったから私も友達が働いているお店で予約したよ!料理は』
料理は………。
りょう…り………。
………このまま喧嘩して。。
クリスマスなんて出来るのだろうか。
仲直り出来るのかな……。
不安の塊がズッシリと心にのし掛かる。
そうぼうっとしている刹那。
「わっ!!わわっーー!!」
スマホが手から滑り落ちそうになるのを慌てて持ち直そうとした。
「あっ!!」
その拍子に送信ボタンを押してしまう。
まだメッセージ途中だったのに!
私は慌てて悠真君にメッセージを打ち直す。
♪ポロン
『………?料理は??考え中ってこと?俺的には豚汁と唐揚げと五目ご飯が良いと思う!』
私はその文を読んで目をぱちくりさせた。
えっと……これは……普通のご飯だよね?
クリスマス関係ないし。。。
「……ふふっ!!」
込み上げてきたのは笑いだった。
私は書きかけの文章を消して
『それはクリスマスに関係ないよ( ̄□ ̄;)!!悠真君の明日のご飯はそれで決まりだね♪』
♪ポロン
『……名案だと思ったんだけどな( ;´・ω・`)』
気が付けば。
悠真君とのやり取りは私の心を軽くしてくれていた。
♪ポロン
『あいつは出張中だから戸締まりしっかりね?おやすみ』
そしてそんなラインが来たので、私はもちもちした鳥のスタンプを送った。
うん!
暗くなってちゃダメだ!
きっと大丈夫!
仲直り出来る!………よね?
私はまだ信じていた。
この時。
クリスマスに彼と一緒に過ごせることを。。。