ビターソルト
おかしい。
この前の鍋会からそうだ。
胸の辺りがモヤモヤする。
なんなんだろう。
この気持ちは。
俺は思わず空を仰いだ。
―――トゥルゥルトゥルゥル……
「……お……っ……お…い……おいっ!!」
唐突の声に体が跳ねる。
直ぐ様俺を呼ぶ声の方に顔を向けると、そこには不機嫌そうなあいつがいた。
「悠真!電話鳴ってるから!」
すぐに俺のデスクの上で鳴っている電話に気が付き、受話器を取った。
そして、その電話に対応し終え、受話器を置く。
「……わりぃな?助かったよ。」
俺がそう言うと、こいつはあからさまに深いため息をついた。
「何があったかは知らないけど。仕事の時は集中しろ。」
それだけ言うとすぐにデスクの上にある分厚いファイルを持って、席を立つ。
「?あれ?お前今日外なのか?」
すると、俺の疑問にすぐに顔をしかめる。
「……これから会議だろ…?お前大丈夫か?」
「やっばっ!!そうだった!」
その言葉に今日のスケジュールが一気によみがえった。慌ててデスクに広がった書類をかき集めて、椅子から立ち上がる。
そんなこんなで俺のこの日1日は、散々な仕事だったことを認めよう。
―――仕事終わり。
珍しく、あいつがご飯に誘ってくれた。
いつもならゆいちゃん優先のあいつだが、今日は彼女が忘年会で遅いらしい。
―――某居酒屋。。
カウンターの席で。
俺達の前にはビールやら枝豆やら焼き鳥やらがずらっと並んでいる。
「………お前どうしたんだよ?このところボーッとしてんな?」
興味無さそうな声で、枝豆をつまみながら俺に聞く。
「………わかんねー……ただなんっかモヤモヤすんだよなー……」
「………ふーん。。」
…………。
……………。
………………って!それだけか!?
流石に興味無さすぎじゃないか!?
……でもまぁこいつだしな。
ゆいちゃんの前とそれ以外ではかなり性格が変わる。
まぁ彼女の前での性格で、俺に関わってきたら正直気持ち悪いし。だからそれは別に構わないと思っている。。
しかも元々相談とか受けるタイプでも無さそうだし。。
そう思い、頬杖を付きながら目の前の焼き鳥に手を伸ばす。
カウンター上の照明のせいなのか、塩で味付けされた焼き鳥はきらきらと光っていた。
それを口に運ぶと炭火で焼かれ、塩気の効いた鶏肉の美味しさに自然と笑ってしまう。
その味を堪能していた時。
「……仕事のことだったら話せば?」
「………はっ?」
俺の聞き間違いかと、思わずやつを見る。
「……だから、、同期だし仕事のことだったら聞けるから話せばって言ってんの!……まぁ…他の事だったら本当に聞くだけになるけど。。」
何故俺はこいつに睨まれているんだろう。
これが相談を今から受けようとするやつの態度なのか?
だが。
それがなんだか嬉しくて。
自然と口許が緩んでいた。
だから俺は正直に今の気持ちを話す。
「………最近なんか分かんないけど、モヤモヤすんだよ…それがなんなのか正体が分かんないけど、そのせいでボーッとしちゃうというか……」
「………ふーん。。」
……って分かるわけないよな。
俺だってこの気持ちがなんなのか分かんないんだし、、
「……家族とか、友達とか、恋愛とか、その辺りだろ。。お前は仕事の事じゃそこ迄悩みそうにないし。。」
奴はそのままグラスに口をつける。
「……お前がふと思い出すのは何?」
グラスを傾けながら俺に聞く。
その言葉通りに、なんとなく。
心を空っぽにして思い浮かんだのは。
『おいしいねっ!』
幸せそうなその言葉と。
彼女の笑顔。
心が温かくなっていくのと同時に、痛みが走る。
その彼女とは。
紛れもなく。
今。隣で一緒に呑んでいるやつの彼女だったから。。。
「………どう?なんか浮かばない?」
奴の疑問にふと我にかえる。
何を言って良いか分からない。
俺は目をさ迷わせながら口をつぐむ。
その気持ちを汲んでなのか、奴は俺と目を合わせずに枝豆をつまむ。
「……まぁきっとそれに対して何かしらの思いがあるんだろ。結局は、お前がどうしたいかでしか解決できないんだから。。」
適格な言葉。
嬉しかったが。
罪悪感が直ぐ様心を支配する。
きっと。
きっと。俺は。
ゆいちゃんの事を………。。
「話したくなったらいつでも聞いてやるから。。思い詰めんな。。」
やつがふと微笑む。。
その言葉に。
その顔に。
自分がたどり着こうとしていた答えに首を振って。
反抗した。
「ありがとな!お前に聞いてもらって楽になった!」
へらっとそのまま笑う。
気付いたら駄目なんだ。
そう自分に言い聞かせる。
気付かなければ。
きっと自然に消えてくれる。
きっとそうだ。
……そうじゃないと困る…から…。
「………そっ。」
奴の不器用な受け答えに笑ってしまう。
大丈夫。
うん。
俺はきっと。
大丈夫だ。
「よぅっし!のもーぜー?今日はお前と俺の割り勘だしなっ!!」
「それ。普通だろ。」
奴の呆れたような笑顔が、俺を空元気にさせて。
それと同時に。
心が軋む音がする。
これでいいんだ。
これで………。
なんだかんだと最終的には、次の日が仕事ということを忘れて終電迄飲み明かしてしまった。
~おまけ~
「「頭いったー。。」」
声が重なる。
ゆいが朝食を食べようとしている時と、起きてきた彼の声とが重なった。
その言葉に2人が顔を合わす。
「……二日酔い?」
「ゆいこそ。。」
彼はそのままキッチンにある味噌汁をお椀に注いで、それだけ持ってゆいの隣のソファに座る。
ずっっっ。
2人で同時に味噌汁をすすると、ほっこりと2人の体を温めてくれた。
「……しじみだ……箸いるね?」
「……肝臓に良いんだって。。気にしないから手で食べちゃえば?」
なんともない会話。
それだけで。
「「………ふっ!!」」
2人は自然と笑っていた。
なんでもないこの瞬間が。
幸せだと思った。
「よしっ!私はもう飲んだし!仕事行く準備しなきゃ……いっーーー!」
「今日帰ってきたら2人で昨日の報告会しようか………あいたたたっっ!」
世話しなく動いていく朝の時間の中で。
二日酔いと戦いながら。
夜の会話を楽しみにして。
2人は仕事に出掛けていった。