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吟遊詩人と茶番劇 ~duodexim beckller~  作者: 伊古元亜美
5/5

05

【前回のあらすじ】

 夕ヶ裏(ゆうがうら)高校に通い始めた憲二は、銃を持った武装グループの襲撃を受けた。


【今までの登場キャラクター】

 塩谷しおや 憲二けんじ  己に関する記憶を全て失った少年。記憶力と対人能力が優れている模様。


 ユイ  憲二のことをぎんと呼んで慕っている美少女。最近はどうも出番が減っている。


 晋川しんかわ 拓馬たくま  雑貨屋カルパンディーナの店主。たぶんユイよりも出番がない人。


 北谷きたや 勇希ゆうき  夕ヶ裏高校の生徒。憲二とはそれなりの仲だったらしい。


 神山かみやま 美樹みき  夕ヶ裏高校の生徒。勇希とは幼馴染み。


 椢原くにはら 勝馬かつま  憲二たちのクラスの担任教師。

「……よし、これで全員だな。後ろを向け、お前も縛ってやる」

 男は最後に残った生徒の手首を、結束バンドを使って締め上げる。

 教室にやって来た襲撃犯たち。彼らは武器で威嚇しながら、結束バンドの束を取り出して、生徒の一人にクラスメイト全員を縛るよう命じた。拘束された生徒たちは教室の隅に集められ、みな恐怖に震えて縮こまっていた。

「CQ、CQ、CQ。こちらはG4。生徒全員の捕縛を完了した。どうぞ」

 男の一人は携帯型トランシーバーで交信していた。どうやら襲撃犯は学校全体を巻き込んで、集団的・組織的犯行を行っているようである。

「……おい、一人よこせってさ」

「わかった。俺が行こう」

 そう言って襲撃犯の一人は教室を後にした。残ったのはもう一人だけである。

「憲二ぃ、俺たち一体どうなっちゃうんだよ~?」

 隣から勇希の弱々しい声が聞こえてくる。勇希の傍には神山も座っていて、同じく不安を乗せた眼差しを向けてくる。

「………難しいな。彼らの目的がまだわからない。こうしてわざわざ拘束しているということは、すぐに殺すつもりはないということだろうが」

「……きっと、警察の人が来て助けてくれるよね。そうだよね?」

「………そう思いたいが、そもそも通報しなければ来てくれないだろうな」

 クラスメイト達の携帯電話は全て襲撃犯に没収され、教卓の上に山積みにされていた。「もし隠し持っていることが後でわかれば、すぐさま撃ち殺す」―――そんな脅し文句を聞かされれば、おとなしく従うことが利口というものだろう。

「おいそこォ! ぐだぐだ喋ってんじゃねーぞっ!」

 男が銃で脅すと、生徒たちは恐怖で思わず叫びそうになる口を必死に塞いで、互いに身を寄せ合った。目の前の襲撃犯は、それこそ悲鳴すら許さないような、恐ろしい形相に見えて、まるで鬼のようだった。


 ―――ピンポンパンポーン。

 

 そんな必死の静寂の中、突如として校内放送を告げる音が鳴り響いた。このイレギュラーな状況においての校内放送―――その意味は普段とは大きく異なる。生徒たちは不安に沈む面持ちながら、その続きを静かに待った。

『あー、テステス……』

 しかし、その放送の声音は、この状況とはあまりに不釣り合いで、場違いにも思えるものだった。

『はい、夕ヶ裏高校の皆さん、こんにちは。私は襲撃犯を率いるリーダーです』

 生徒たちもどこか動揺を隠せないようだった。学校側の緊急放送を期待した人がほとんどであっただろうし、さらに驚きだったのは、その放送主の声があまりにも若かったことである。

『さて、皆さん既にご存知の通り、この学校は我々一味が占拠しました。余計な抵抗は、無駄な犠牲を増やすだけなのでオススメしませんし、我々も無駄な殺生は望んでいません』

 どこか気が抜けるような軽い調子で紡がれる言葉は、その内容とは打って変わって、緊張感に欠けるものだった。

『皆さんは当然の疑問として、なぜ我々はこんなことをするのだろう、目的は一体何なのだろう―――そんなことを考えていると思います。身代金の要求? 政治的主張? いいえ、どれも違います』

 最大の疑問を前に、他の生徒たちも固唾を呑んで聞き入っているようだった。

『我々はテロリストではないし、あなたたちを利用して、外のいかなる人間とも交渉する気はありません。その意味において、我々を止めることは警察であってもできないでしょう。……もっとも、呼べればの話ですが』

 放送主の声音は、どこか嘲笑を含むようだった。

『強いて交渉できる人間がいるとすれば、そいつは外にではなく内にいる。つまりこの学校の中だ。我々はある一人の人間を探し出すために、この状況を作り出したのだから』

 一瞬、自分の耳を疑った。この状況がたった一人の人間のためだけに引き起こされたというのか。だとすれば尋常ではない―――この襲撃犯のリーダーか、あるいはその目的の人間のどちらかが。しかし、次の言葉はそれをも上回る驚愕を俺にもたらした。

『我々………いや、俺が探しているのは、たったの一人。それは能力者だ』

 俺は電撃に弾かれて、全身に鳥肌が立つような感覚を味わった。

『この放送を聞いているはずだ、能力者。お前が今校内にいることはわかっている』

 間違いない。この放送主は、能力者のことを、俺の存在を知っている。そしてこの音声は生徒全員にではなく、俺個人に向けて発信されたものなのだと理解する。

『この放送を聞いて名乗り出るというのならばよし。そのときは生徒全員を解放することを約束しよう。だがもし、名乗り出なければ………』

 数拍おいて、そいつは告げる。

『そうだな………、こちらには全校生徒を一人残らず殺害する用意がある』

 その瞬間、学校中が恐怖に包まれるのがわかった。クラスメイト達も怯える中、襲撃犯の「静かにしろ!」という言葉に、恐怖を重ねて必死に口をつぐんでいた。

『選ぶがいい、能力者。わが身可愛さに生徒全員を見殺しにするか、あるいは自らが人身御供となって全員を助けるか。選択は、二つに一つだ』

 最初から一貫して軽薄な調子であるにもかかわらず、その声音には本気の覚悟がにじみ出ていた。こいつならばやりかねない―――そう確信させるなにかがあった。

『そうだ、ここはひとつ、お前に関心のある情報を告げてこの放送を終えるとしよう』

 放送主は自信たっぷりのサプライズをかますように、最後にこう言い残した。


『俺も能力者だよ、能力者。では、賢明な判断を期待する』


 そうして、放送は終わった。

 生徒たちの反応は様々だった。能力者という言葉に首を傾げる者、全員殺害の言葉に身が震える者―――しかし、俺には彼らが口に出さずとも、何を考えているのかが分かった。

 圧倒的な絶望。そんな状況の中で示された唯一の希望。それは能力者と呼ばれる人間が自ら名乗り出ること。そうすればみんなは助かる。この状況から抜け出せる。

 なんだよ、能力者って。そんな奴いるならさっさと名乗り出てくれよ。

 そんな声が聞こえてくるようだった。

 当然だ。誰だって自分の命は惜しい。死にたくないと思うのが自然だ。全校生徒が助かるために、一人の犠牲で済むというのならばそれがいいに決まっている。命の価値に偏りなどない。しかし一人の命と二百を超える命を天秤にかけたとき、優先されるべきがどちらであるか、誰もが知っている。それは倫理の問題としてではなく、もっと単純な数のロジックとして理解されるべきものだからだ。

 いっそのこと、俺が能力者だと名乗り出てしまおうか?

 ……いや、ダメだ。俺が出て行ったところでみんなが解放される保証がない。それに俺は自分が能力者であると証明ができない。自称能力者は撃ち殺されても文句は言えない。糾弾もできない。それでは意味がない。

 そんなことを言って、本当は自分が死にたくないだけなのではないか?

「……いや、その通りだよな」

 まだ記憶も取り戻していないのに、こんなところで殺されるのはごめんだ。俺が名乗り出ない理由は、結局のところ独りよがりの我儘に過ぎないのだ。

 いや、記憶がないからこそ、ここで死んでも大した問題にはならないのか?

 自分という存在がみんなを危険に晒した。ならばその責任を、俺は果たさなければならない。

 俺はゆっくりと立ち上がる。みんなを助けるには、これしかないと思ったから。

 しかし、

「おい! なにしてやがる!」

 俺は驚いて声の方向へと視線を向けると、男が男子生徒の一人ともみ合いになっていた。

「クソが! まだ隠し持ってやがったな!」

 男は奪い取った携帯を床に投げ捨てると、生徒の首根っこを捕まえてその細身の体を持ち上げた。

「言ったよなァ、指示に従わなかった奴はぶっ殺すってよォ」

 男は勢いよく生徒の顔面を蹴り上げた。生徒は床に倒れこむと、続けざまに蹴りをお見舞いされる。

 何度も、何度も、何度も。抵抗もできずに這いつくばる生徒と、ストレス発散のためだけに暴力を振るう男。この光景を作り出したのは他の誰でもない、俺自身だ。

「うらァ!」

 男はサッカーボールでも蹴るように、男子生徒の頭を振りぬいた。血と絡み合った唾液が床に飛び散り、その中で白い歯が顔をのぞかせていた。

「もうやめて!」

 あまりにも一方的な暴力を前に、神山が思わず立ち上がる。その挑発的とも取れる行為に、俺も勇希も顔が青ざめる。

「もう充分でしょ! ちゃんと携帯も渡すから、これ以上戸山くんを痛めつけないで!」

 男は神山に一瞥をくれると、ゆっくりと近づいてきた。震える足で立つ神山の前にやって来ると、その銃身で彼女を殴りつけた。キャア!と絹を割くような悲鳴が周囲から上がる。

「調子に乗ンなよ糞アマッぁ! 女だからって殴られないとでも思ってたのか!? アアぁン?」

 両手首を縛られていたため、受け身も取れずに倒れる神山。しかし男の怒りは収まらず、その矛先は男子生徒から神山へと移っていた。

「てめえ、美樹になにするんだよ!」

「落ち着け! 勇希!」

 今にも飛び掛からんばかりの勇希を俺は必死に押しとどめる。このまま襲撃犯を刺激し続ければ、暴力の連鎖が止まることはないだろう。

「くそっ! やめろつってんだよ!」

「勇希!」

 俺は勇希の腹部に膝蹴りをかました。崩れ落ちて咳き込む勇希を見下ろしていると、男は「ほう」と興味深げにこちらを眺めていた。

 俺は自ら膝を折ると、額を地面にこすりつけ男に向かってひれ伏した。

「もう、いいでしょう………。お願いですから、どうかもう、やめてください」

 男は俺の傍に来ると、「ぐっ……」頭を踏みつけてきた。この姿勢から見ることはできないが、おそらく男は顔を歪ませ、汚い笑みを浮かべていることだろう。

「そうだよ。これくらい素直に頼めば、俺だってやめてやったものを、なっ!」

 ドンッ!と頭上で銃声音が弾けた。

「あぐぐぎぇあああdういああだああああああああああああァ!!!」

 続けて男子生徒の尋常でない叫び声とクラスメイト達の悲鳴が混ざり合う。どうやら見せしめに一人撃たれたようである。

「うるせえって言ってんだろうがッ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」

 男は天井に向かって連続で発砲する。弾切れになるまでひとしきり撃ち尽くすと、高圧的な態度でこう締めくくった。

「お前たちは、ここでおとなしく従うしか道はないんだよ」



「……憲二、すまねえ。俺のせいでこんなことに―――」

「いや、お前のせいじゃないさ。俺の方こそいきなり蹴ってごめんな」

 襲撃犯は弾切れを合図に落ち着いたのか、今は机の上に座って銃器をいじっていた。

 俺はクラスメイト達に目を向ける。先に撃たれたのは戸山という男子生徒だった。

 被弾したのは足のようだが、今も出血が止まっていない。早く止血処置しなければ命にかかわるのは明白だった。

「塩谷、くん」

「……神山」

 神山の顔には殴られた箇所があざとなっていた。その痛々しい顔を見て、俺はどうしようもない罪悪感に駆られた。

「ごめんな……、俺のせいだ」

「なんで? 塩谷くんは関係ないのに」

 違うんだ、神山。そもそも俺がいなければ奴らが襲ってくることもなかったんだ。

 ―――そう言いたくて仕方がないというのに、晋川との約束が俺に口を開かせない。

 ………そうか。こうならないための約束だったんだ。俺が能力者だとばれれば、俺の身だけでなく、他の皆にまで危害が及ぶ。それを防ぐために、俺が能力者であること、記憶喪失であることは絶対に隠し通さなければいけなかったのだ。

 それももう、遅すぎたけれど………。

 事態はおよそ最悪ともいうべき段階まで来ている。

 もはや、名乗り出れば済むという域を超えていた。放送主が与えた二択では、事態の収拾はまず不可能。ならば、新しい第三の道を選ぶしかない。

 そして、それは俺がやらなければならない。俺が自分の手で解決するべき問題だった。

「神山、もう少しだけ待っててくれ。全部、俺がなんとかするから」

「塩谷くん?」

 俺は俺自身の手でけりを着けることにした。

 そして、行動を開始する。


 ――ピロピロピロ、ピロピロピロ――


「誰だァ!?」

 突如鳴り響く携帯の着信音に反応して、男は銃を構えて怒鳴り立てた。しかし、

「………チッ! 没収したほうか」

 音の発生地点は、教卓の上に積み上げられた携帯の山の中だった。

「クソッ! どれだよ!」

 男は苛立ちながら本丸の携帯を探していた。

 その隙をついて気付かれないよう、俺はゆっくりと立ち上がる。

 後ろに隠していた携帯は、そっと床に置いておいて。

「ふっ!」

 俺は一息おいてから、勢いよく尻餅をついた。バキッ!と小気味よい響きを聞いて、すぐさま男の元へ駆け出した。

 男もその音で異変に気付いたようだった。「テメッ―――!」拳銃を手に取り撃たれるその前に携帯を投げつける。

 男は飛来する携帯を躱し俺に向かって発砲する。

 俺は身を低く沈めて弾道を避けそのまま敵の懐に飛び込む。手前の教卓にタックルをかまし男を壁との万力にかけ「ぐゥゲぇ!」身動きが取れなくなったところを思いっきり殴りつける。

 しかし渾身の一撃は男の意識を刈り取るまでには至らなかった。

 男はすかさず俺を殴り返すと教卓を押し返しさらに蹴り上げる。教卓と共に吹き飛ばされる俺を目がけて男は何度も発砲する。

 俺は転がりながらも教卓の陰で銃弾の雨を凌いだ。

 カチカチッ!と空撃ちの音を確認して、俺は立ち上がる。正面には男が笑いながらこちらを見つめていた。

「……驚いた。哀れな羊の群れを相手してると思ったら、一匹だけ狼が混じってるときたもんだ」

「それをいうならば狼はあんたたちだ。さしずめ俺は番犬にあたるのかな」

「くっくっくっ………俺には猫を噛む鼠にしか見えないがね。それともお前が噂の能力者か?」

「さあな、当ててみてくれよ。牙持つ番犬か追いつめられた鼠か、な」

 男は銃を放り捨てると、懐からナイフを取り出した。

 男の目つきは、そのナイフの刀身のようにギラギラとしていて、思わず怯む自分を制して、俺は立ち向かう。

 男はナイフを振りかざして、俺に向かって襲い掛かってきた。

 俺は身構えて、正面からそれを迎え撃つ。

「なっ!?」

 男の斬撃は、俺の左腕ががっちりと受け止めていた―――正確には制服の内で腕に巻いておいたベルトが、その刃を寸前で止めたのである。

「お返しだ、銃撃魔!」

 俺は右の拳を男の腹部に叩き込んだ。

「がァあ!」

 そして、それはただの拳ではない。俺が持っていたカラビナ風キーリング―――それを手の内で握り、さらに指の隙間にそれぞれ四つの鍵を挟むことで作った、即席メリケンサックによる打撃である。俺の持つ数少ないアイテムが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 またメリケンサックといったが、その効果を考えればより近いのは鉄拳かもしれない。拳の力が鍵の先端に集約されることで、威力は倍増し、結果、男の腹を穿つに至った。

 男が予想外の反撃に怯んだところを、俺は再び顔を殴りつけ机の上に叩き付けた。

 今度の一撃は効いたようだ。男は意識を失い、その場で力なく倒れてしまった。

「なんとか、一人、撃破か……」

 殴られた鼻頭を押さえながら、俺は机に手をついてふらつく体を支えた。

 ふと横目で見ると、クラスメイト達の奇異の視線が、自分に注がれていることに気付いた。

「憲二……お前………」

 勇希もひどく驚いた視線を俺に向けていた。

 みんなの気持ちはわかる。でも、今は他にやるべきことがあるのだ。説明をしている暇はない。だから俺はひとまず、皆を安心させるためにこう言葉をかけることにした。

「みんな、もう大丈夫だ。……俺が、みんなを守るから」

 俺がそう告げたのと、ベルトのないズボンがずり落ちたのはほぼ同時だった。



「よし、これで止血できるはずだ」

 俺は手ばやく生徒数名の拘束を外すと、戸山の応急処置に取り掛かった。

 幸い傷そのものは大したことはないようだが、出血の影響で戸山は眩暈の症状を起こしているようだった。本来ならすぐ病院に連れて行くべきだが、状況が状況だけに、今は安静にさせるしか手立てがない。

「とりあえず救急車を………いや、先に警察か? ええい、もう!」

 ひとまず俺は救急車を呼ぶことにした。番号を入力し、通話ボタンを押して―――、

「……………勇希、悪いが救急車を呼んでくれないか? 俺の携帯、壊れてるみたいだ」

「……お、おう。わかったぞー」

 勇希が救急車を呼んでいるうちに、俺は「みんな、聞いてくれ」と小声で呼びかけた。他の教室にいる襲撃犯に気付かれないようにするためである。

「いいか? ここにいる襲撃犯の一人は、見ての通りそこで伸びてる。けど学校中に他の連中が侵入している以上、今すぐ脱出するのは難しい。だから、しばらくは教室に残って逃げる機会を待つんだ。オーケー?」

 クラスメイトの多くが、未だ状況に理解が追いついていないように見受けられた。しかし襲撃犯を倒した俺の言葉に、異議を唱える者もいなかった。皆、素直にうんうんと頷いていた。

「よし! あと一つ相談。そこの男を縛りあげられるものを、誰か持っていないか? 結束バンドだけじゃもの足りなくてな」

 突然の相談に顔を見合わせる生徒たち。やはりそんな都合よくはいかないか………と思っていると「あっ!」声を上げたのは神山だった。

「あの、文化祭のときのスズランテープとガムテープなら、まだロッカーにあるかも……」

 そう言って駆け出した神山は、しばらくして箱に入ったそれらを嬉しそうに持ってきた。

「それじゃあ手首をそいつが持ってきた予備の結束バンドで、口はガムテープ、全身をスズランテープでぐるぐる巻きに固定するんだ。容赦はするなよ。少しでも緩いと脱出して襲い掛かってくるからな」

 俺の指示に従ってみんなは男の拘束を開始した。わりかし楽しそうに作業していたのは、散々脅されたことへの意趣返しもあったのだろう。皆で立派なミノムシを一つこしらえると、掃除ロッカーの中へと運び込んだ。これで大方準備は整った。

 俺はクラスメイト達に「他の襲撃犯が来ても、もう一人はどこかへ出かけたっきり戻ってこない」と答えるよう指示した。これでしばらくは時間を稼げるはずだ。それまでに決着を付けなければならない。

「塩谷くん!」

 俺がトランシーバーを手にしたところで、神山が声をかけてきた。

「もしかして、行くの?」

「……ああ、ちょっと様子を見に行きにね」

「そんな……危ないよ。ここで警察の助けが来るまで、みんなで待った方が良くない?」

「俺もできるならそうしたいよ。でも、そんな簡単にいくとも思えないんだ」

 能力者一人を見つけるために、ここまでしでかすような連中だ。そんな容易い策で打ち崩せるほど、甘くはないと考えるべきだ。

「あくまでこれは予防線だよ。学校全体の様子を確認するだけだから、一人の方が都合もいいしね。それに、ここには怪我人だっている」

 俺と神山の視線の先には、今なお横たわっている戸山の姿があった。このまま無為に時間を潰すのはあまり好ましくないし、できることなら彼のために救急箱なども手に入れたい。

「なにより……神山をこんなひどい目に遭わせた奴らを前に、黙って見過ごすわけにもいかないよ」

「………もう、仇取ってくれたじゃん」

 俺は神山のあざのできた顔に、そっと指を寄せた。

「………痛かっただろ?」

「うん……でも、もう平気」

 神山は俺の手に自分の手を重ねて、優しく包み込んだ。

「塩谷くんのおかげ」

 その温かさが、俺には申し訳なかった。



「じゃあ、行ってくる」

 準備を済ませ、俺はそっと教室を後にした。

 俺は教室のすぐ横にある外階段へと向かい、襲撃犯に見つからないよう慎重に、静かに下りて行く。

 道中、俺は神山との会話を思い出し、罪悪感に駆られていた。

 俺は彼女に嘘をついている。目的は偵察だけではない。それも確かにあるが、一番の目的は能力者に会いに行くことなのだ。

 奴は、放送の主は「自分も能力者だ」と言っていた。俺は能力者に会って記憶のことを、なぜここまでして争うのか、話を聞かなければならないと思った。そのために、神山に嘘をついたのだ。

 ………いや、そもそもを言えば、俺は記憶喪失であること、能力者であることを隠している。前提からして、彼女やクラスメイト達を騙している。それはどんなに取り繕ったところで変わらない事実だ。

 いつか、本当のことを話せる日がくるのだろうか? 嘘を全部取っ払って、彼らと真の意味での友人になれる日が来るのだろうか? ………今はまだ、わからないけれど。

 俺はぶんぶんと頭を振る。ダメだ、今は目の前のことに集中しよう。とりあえずはみんなを助けることが先である。

 俺は階段を下りて、外に通ずる一階の渡り廊下へと躍り出た。

 先のことはまだわからない。でも、この事態が俺のせいで引き起こされたというのなら、やはり俺の手でなんとかしなくければならない。だからひとまずは―――、

「じゃあ、ちょいと引っ掻き回してくるか!」

 まだ見ぬ襲撃犯たちに宣言する。ここからが反撃だ。


2015/08/03:誤字訂正

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