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狐に嫁入り  作者: すい
狐姫と恋いくさ
8/20

狐の告白

先日の火事は、村の外れの納屋から出た小火だったらしく、村人に怪我人は出ていない。マツリは狐姫の口からそれを聞いて、安堵した。

 狐姫が再び狐の神社を訪れたのは、火事があった日から丸七日経ってからのことだった。マツリは彼女が現れるまで、村人や彼女自身に何か災難でもあったのではないかと心配していたので、やっと肩の力が取れたようだった。

「すぐに知らせに来れなくて済まぬの」

「お前のせいではない。帰ってこない黒が悪いのだ」

 狐さまが赤をあやしながら、憮然として言った。マツリはそれに苦笑する。同時に、なにやら胸がどきどきとざわめくのを感じた。

「ん?どうした、マツリ。顔が赤いぞ」

「いえ……。今更で、おかしなことを考えると、自分でも思うんですが――狐姫は、本当に、神さまなんだなって」

 こうして話していると、美しい人間にしか見えない。空に消えた狐姫を見て、マツリは今更ながら、自分が神さまの近くに居るということに気づいた。

「今まで、それほど意識せずに失礼なことばかりしていたのではないかと思って、その、恥ずかしいやら……。だって、あたし、空に狐姫が消えた時、もう会えないんじゃないかって。このまま永遠に消えてしまうんじゃないかと思ったんです。神さまなんだから、そんなこと――」

「マツリ」

 狐姫がマツリの言葉を遮った。え、と瞬くマツリを、狐姫は抱きしめた。

「え、え!」

 慌てふためくマツリをぎゅうぎゅうと抱きしめて、狐姫は笑った。

「そなたはほんに、可愛らしいのう。赤と合わせて、愛い奴じゃ」

「き、きつねひめ」

 狐姫はマツリを抱きしめるのをやめて、肩に手を置いたまま美しい面をマツリの顔に近づけた。マツリは心臓が飛び出すかと思った。

「心配してくれてありがとう。妾はこうして、ぴんぴんしておるぞ」

「は、はい」

「でも、神さまだからといってマツリに遠慮されるのはいやじゃ。だからこれからは妾を、友達として狐金と呼んでくれまいか。妾の名前なのじゃ」

(コガネ……?)

 それは狐さまがあの時、呟いた言葉だった。

「こ、コガネ、様?――コガネさん。――こ、こここ、コガネちゃん」

 最後の一言に、厳しい顔をしていた狐姫は、ぱぁ、と満足そうな笑顔になった。

「そうじゃ。『狐金ちゃん』――お友達らしいのう」

 飛び上るほど嬉しそうな狐姫に、マツリはもう何も言えなかった。マツリとしても、綺麗で可愛らしい性格の狐姫に友達として認められるのは嬉しいことであった。

 狐姫からの抱擁を受けていると、難しい顔をした狐さまがマツリの腕を掴んで狐姫から引き離した。

「いい加減に離れろ。暑苦しい」

「なんじゃ。妬いておるのか?」

 狐姫が楽しそうに言った。狐さまはふん、と鼻を鳴らした。

「お前は私の番いになりに来たのか、マツリの友人になりに来たのか、訳が分からない。一体勝負の話はどうなった」

「どちらもじゃ。妾は決めたのじゃ!」

 ふふん、と狐姫は胸を反らせて、高らかに宣言した。

「どうせ妾もそなたも長寿ゆえに、もう百年待ったとて苦労にはならぬ。だから可愛いマツリが生きておる間は、友人として一緒に楽しく暮らすのじゃ。妾の気持ちは、幾等年月が過ぎても変わることなどないのだから。それに――」

 二百年ぶりに白狐に名前を呼んでもらえて、妾はとっても満足なのじゃ!

 狐姫はそう言って、輝くような笑顔を見せた。

 言うだけ言って帰っていった狐姫を見送って、マツリは狐さまの顔色を窺った。

「あーう。うーうー」

 抱いている父親のなんとも言えない苦々しい顔など気にしていないようで、赤は機嫌よく体を揺すった。

「勝手な奴だ……」

 狐さまがそう呟いた。マツリは言おう言おうと思って言えていなかった言葉を今言うべきなのかと悩んでいた。そうして、意を決して狐さまに向かい合う。

「狐さま」

「なんだ」

「狐姫……コガネちゃんは綺麗で可愛らしくて優しくて――神さまで、素敵な女性です」

 狐さまは眉を寄せた。彼が何か言う前に、マツリは続ける。

「あたし、コガネちゃんに勝てるものなんてありません。だから、すごく不安になるんです」

 どきどきと胸が高鳴った。マツリは緊張して引きつりそうになる口を無理矢理動かして、問うた。

「狐さまは、あたしよりも、コガネちゃんと夫婦になったほうが、幸せだったんじゃないですか?」

 沈黙が下りた。

「馬鹿か」

 狐さまの表情を確認する前に、狐さまはマツリを引き寄せた。赤を挟んで抱きしめられている形になって、マツリは困惑する。

「あ、あの」

「お前こそ、」

 低い声で、狐さまが問うた。

「お前こそ、狐姫や黒といるほうが、私といるよりも楽しいのではないのか?」

 不意をつかれて、マツリは沈黙する。その沈黙を肯定と受け取ったのか、狐さまはぎゅう、と力を込めてマツリを抱きしめた。間に挟まれた赤のことが心配になるくらいに、きつく。

「お前は私の花嫁――誰にも渡さん」

 マツリにはもう、その言葉だけで十分だった。もやもやとしていた心の中が晴れていく。マツリにはもう、靄の正体がわかっていた。

(あたしは、狐姫に嫉妬してたんだ)

 マツリの不安を一蹴してみせた狐さま。いつも赤にだけ向けられると思っていた独占欲を、マツリにも向けた狐さま。その心の中の寂しさを感じ取って、マツリは狐さまのことを考えると、愛おしい気持ちで胸がいっぱいになった。

(あたし、狐さまのことが、好きなんだ)

 マツリは恐る恐る、背にまわる狐さまの腕の下から手を入れて、狐さまの着物を握りしめた。狐さまの腕がわずかに動き、こちらの様子を窺っているかのような沈黙に、小さく笑う。

「はい。あたしは貴方の花嫁で、赤さまのお母さまですから、どこにも行きません」

 狐さまが笑った気配がした。その顔をよく見ようと顔を上げようとしたマツリだったが、ずし、と襲った重みで頭が上がらない。

「なーに、俺の家でいちゃついてやがんだ、この新婚さんが!」

「黒」

 マツリの頭の上で、狐の黒狐が憮然として、抱きあう二人を見ていた。

「あーあ。赤、可哀そうにな。状況考えずに親がいちゃついたせいで潰れちまってら」

「赤さま!」

 慌てて離れて赤の様子を見ると、きょとん、としてこちらを見つめられた。その穢れのない澄んだ瞳に、いちゃついているところを見られた親二人は決まりが悪くなって互いに顔を反らした。

 黒狐はけけ、と意地悪く笑う。マツリの頭から降り立ったその姿を、赤を抱いたまま狐さまが捕まえようとするが、ひらりと逃げられた。

「お前、今までどこに行っていた。お前が情報を伝えてこないから、村の様子が分からなかったではないか」

「清廉神社の巫女狐といちゃいちゃしてた」

 あっさりと黒狐が自白すると、狐さまは過去見ないほどに顔を歪めた。

「き、貴様――」

「ついでに村の女を攫ってにゃんにゃんしてた」

 狐さまは言葉を継がずに、黒狐に殴りかかった。拳骨をひらりとかわす黒狐の姿を感心しつつ見ながら、マツリは思い出す。

(そういえば、狐の神社の神さまは女の人を攫うって噂……あれ、コッコさんだったんだ)

 言われてみれば特徴が一致している。胡乱な眼で見つめてくるマツリに気づいた黒狐が、狐の姿のままでにやりと笑った。

「人間は嫌いだが、いい女は好きだ。マツリはちんちくりんだから俺様の趣味じゃないんだが――白いのの奴はいつからちんちくりん好みになったんだか」

「貴様、言わせておけば!待て!」

 狐さまは珍しく声を荒げて赤をマツリに押し付けると、白い狐の姿になって黒狐に襲いかかった。黒狐は押しかかる白い狐に応戦するように噛みついた。

 冷や冷やと様子を見ていたマツリだったが、すぐに心配することはないと思いなおした。その様子はまるで、幼い狐が兄弟とじゃれ合っているかのように平和で、可愛らしかった。

「黒狐!見つけたぞ!」

「え、コガネちゃんっ?」

 先程帰ったばかりの狐姫が、黄金の狐の姿で現れた。

「そなた、また妾の大切な巫女狐に手を出したな!覚悟せい!」

「げ、もうばれたのかよ……」

 黒い狐と白い狐がじゃれ合っている中に、金色の狐が飛び込んで行った。ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、時折聞こえてくる笑い声に、マツリは頬を緩ませる。

「だーだ!」

「駄目ですよ、赤さま。あの中に入ったら潰されちゃいますよ」

 不満そうな赤を抱きながら、昼餉を作るためにマツリは社務所に引っ込んだ。聞こえてくる三匹の狐の喧騒が微笑ましい。

 今日も今日とて、石段に置かれていた駕籠の中から、マツリは米と油揚げを取り出した。

(コガネちゃんも稲荷寿司、好きかな?)

 好みを聞いておけばよかった。これからずっと、大切な友人となる彼女に、ごちそうを作ってあげられるように。

 きっと彼女は、何でもおいしいと言って食べてくれるのだろうけれど。

 マツリがじゃれ合う三匹の狐に稲荷寿司を持っていき、金色の狐がそれに感動してマツリに飛びかかっていくまで、あともう少し。

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