関わるつもりはありません
ありがちな話だ。
記憶を持ったまま転生した。入学した高校には何故か美形の男子生徒が多くいた。その内の1人は自分の婚約者だった。本当にどこかで聞いたような話だ。
それまで読んでいた本を閉じながら、沙那は自分を睨み付ける彼らに向き合うため立ち上がった。
憎々しげに沙那を見るのはこの学校の生徒会の役員達。
生徒会長の真木 新。某財閥の跡取り息子。
副会長の横井 真琴。某有名病院院長の一人息子。私の婚約者。
会計の熊谷 信治。某有名デザイナーの息子。自身はモデルとして活躍中。
書記の黒澤 護。某剣道道場の息子にして師範代。
ちなみにキャラは俺様、敬語眼鏡、チャラ男、寡黙の順だ。
そして彼らの後ろで震えながらこちらを見ているのが転校生の鈴木 音舞。乙女ゲームの王道ヒロイン様だ。
そう、乙女ゲーム。
今まで気づかなかったが、ここは乙女ゲームの世界らしい。
言い訳をさせて貰うと、私は前世で乙女ゲーム転生系の小説はよく読んでいたが、実際にプレイしたことは無かったのだ。だから解らなかったのも無理はないと思う。
そんな私でも気付かざるを得なかった原因が、目の前で震えているヒロインだ。
震える手で口元覆っても笑ってるの隠せてませんから。むしろ震えているのも、笑いを堪えすぎてるせいって解ってますから。てか、涙が滲むほど笑ってるのに気付かれないって逆に凄いな?
彼女はどうやら定番の腹黒逆ハーヒロインのようだった。転校初日から生徒会役員達に近付き、次々と落としていくその姿は見事だった。
その当時はまだ、何か凄いの来たなーくらいにしか思っていなかったのだが、全く行動を起こさない悪役にキレた彼女に呼び出されたことで状況が変わった。
彼女が言うには、ここは乙女ゲームの世界らしい。そして当然彼女はヒロインで、私は婚約者を取られた嫉妬のあまり彼女に嫌がらせをする悪役なのだそうだ。
私の嫌がらせが切っ掛けで攻略メンバーはヒロインへの感情を自覚し、全員で協力して私の悪事を暴くことで絆が深まり、逆ハーレムが完成するらしい。
だから私はさっさと嫌がらせをして攻略メンバーにばれて、婚約破棄の上で学校追放されろと。鼻息荒く詰め寄る姿は般若の面を彷彿とさせるものだった。
言いたいことを言って満足そうに立ち去っていく彼女を見ながら私は面倒臭いなと思っていた。
確かに私と横井は婚約しているが、あんなものは親同士の口約束に過ぎないし、私自身に恋愛感情が無いのに嫉妬などあり得ない。
それに私にだって私の人生が有るのだ。17年間普通に真面目に生きてきたのに、突然悪役だから破滅しろと言われて納得出来る訳がない。
これまでもゲームだなんて知らずに生きてきたのだ。知ったところでゲームに準じて生きる理由も義務も無い。
そう結論を出してこれからも無関係を貫こうと決めた。
って考えたのにな~。
彼女はやはり腹黒ヒロインだった。いつまでも動かない私に焦れて、自作自演のいじめを始めたのだ。
私がのんびりと学生生活を送っている間に様々な『証拠』を集めたらしく、気が付いたら私は全校生徒に悪役認定を受けていた。
ですよね~。
あんな鼻息荒く詰め寄ってくるヒロインが簡単に諦めるわけ無いですよね。
そして大変に居心地の悪くなった学校生活を続けていたある日、とうとうヒロインと攻略メンバーが静かに読書中の私を襲撃した。
ここで話は最初に戻るわけです。
本当に、我ながらありがちな展開を迎えています。
「なに余裕面してんだ」
俺様生徒会長が苛立たしげに話します。
余裕面に見えましたか。無表情を心掛けているのですが難しいですね。
「反省の色が見られませんね」
眼鏡が眉間に皺を寄せながら言います。
そりゃ反省するような悪事働いてませんから。
「音舞が頼むから俺達は今まで動かなかったんだよ?」
言外に調子乗んなと言いたいのですねチャラ男会計。
顔は笑顔ですが目が欠片も笑ってませんよ。
「猶予を与えても自ら謝罪しないとは」
心の底から侮蔑している眼差しですね寡黙書記。
寧ろ謝って貰いたいのはこっちですからね?
「みんな、私なら大丈夫だから」
私のために乱暴はしないでとほざくヒロイン様。
気付かれないよう隙をみてこちらを嘲笑うその技は本当に見事の一言に尽きます。
そして音舞は優しすぎると諌める攻略メンバー共。優しい人間は他人を貶めたりしない。
ていうか、何でわざわざお前達のイチャイチャ見せつけられなければいけないんだよ。
冷めた目で彼らのやり取りを見ていると、ようやく満足したのかこちらに負けず劣らぬ冷やかな眼差しを向けてくる。
「貴女の悪事の証拠は充分過ぎるほど集まっています。貴女が反省して自ら音舞に謝りに来たら許すつもりでしたが、もうこれ以上は待てません」
敬語眼鏡がこの場を取り仕切ることにしたようだ。他のメンバーは私と話したくないオーラが全開だ。
「今この場で、音舞に謝罪すれば許してあげましょう」
ふざけるな。私を陥れた女相手に誰が謝るか。
一言も喋らなかったが、目は口以上に物を言っていたらしい。
「どちらにしろ、真琴はお前との婚約破棄を望んでいる。お前が今後何をしようと覆ることは無い」
「今謝れば、学校追放だけは許してあげるって言っているんだよ?」
「早くしろ」
俺様、チャラ男、寡黙が暗に私の現状を告げてくる。私に選択肢など無いと。この機会を与えられただけ有り難く思えと。
その言葉を聞いた瞬間私は…
「ブッフゥッ」
吹き出していた。
周囲の傍観者達や目の前の攻略メンバー達が呆気に取られるなか、私は彼らの様子を気にする余裕もなくお腹を抱えて大爆笑していた。
「何が可笑しい!」
俺様の怒鳴り声を聞いて漸く笑うのを止めた私は、滲む涙を拭いながら答えた。
「まず、私と横井様の婚約なんてとっくに破棄されてますよ?」
全員が呆気に取られた顔をしているが、当然だろう。面倒事はごめんだ。ヒロインから呼び出しを受けた時点で両家の親に掛け合っている。そんなことも調べなかったのか。
言葉の無い彼らを横目に見ながら、スマホを取り出し電話を掛ける。相手はアホ面さらしている我が元婚約者の父上だ。
「もしもし、横井先生ですか?たった今ご子息が『証拠』を持って謝罪要求に来られました」
横井先生はこの馬鹿の父親とは思えないほどダンディーで素敵なおじ様だ。電話越しでも破壊力抜群な声はもはや凶器ではなかろうか。
「そうか。嫌な思いをさせて済まないな沙那ちゃん。後は我々で対処するよ」
「お願いします」
通話を切って彼らを見ると、全員がこちらを睨み付けていた。
「父に何を吹き込んだのですか」
眼鏡が吐き捨てるように言った。そうですか。私が何か企んで横井先生を騙したこと決定ですか。
いい加減この茶番にもうんざりしていたところだ。そろそろネタばらしをしてあげよう。鞄の中から分厚い書類の束を取り出して彼らに渡した。
読み進めるうちにヒロインの顔色が悪くなっていく。あれには彼女の悪事の証拠がびっしりと書いてあるから当然だろう。私も初めて見たときには、呆れたほどの数だった。調べた人ご苦労様ですと、思わず心の中で呟く程に。
「嘘よ。こんなの出鱈目よ!」
ヒロイン様が叫ぶように言った。攻略メンバーは彼女を守るように囲みながらこちらを睨んでいる。
「こんなものまで捏造するとはご苦労なことだな」
「本気で俺達が信じるとでも思ったの?」
「下劣」
あれを読んでもまだヒロインを信じるとは、盲目過ぎでしょう。そしてヒロイン。さっきまでの青白い顔から一転して勝ち誇った顔をしていますが、安心するのはまだ早いですよ?
「それを調べたの、真木家ですよ」
今度こそ彼らが絶句した。日本有数の財閥家の調査結果なのだから疑う余地はない。
「なぜ、うちが…」
俺様が呆然としながら呟いているが、そんなの私が密告したからに決まっている。
私だって馬鹿じゃない。ヒロイン様の様子から、かつて読んだ乙女ゲーム転生小説のヒロインのように、こちらを罠にかけてくる可能性が高いと思ったのだ。
その時ただの一般生徒の私の言葉が信用される可能性は極めて低いと思い、各家を巻き込むことを決めた。
私の両親と横井夫妻には眼鏡がヒロイン様に夢中なことを伝え、所詮口約束だったのだからと婚約破棄までこぎつけた。
その時にヒロイン様が生徒会の役員達を狙っていることと、私を敵対視していて嫌がらせをしてくるだろうことも伝えた。
子煩悩なうちの両親は娘のために直ぐ様各家に連絡を取り、ヒロイン様の素行調査を真木家に依頼した。
真木家としても跡取り息子に近付く女の素行調査は必須だ。喜んで協力してくれて、その調査結果に怒り狂っていた。大事な息子を騙す女狐と、簡単に騙された息子に。
そして当家と攻略メンバーの実家の五家で話し合い、彼らを試すことにした。
彼らがヒロイン様の正体に気付けたのなら、私に対する態度を償わせて終わり。この場合罰は当事者の私が決めることになっている。
気付けぬまま彼女の集めた『証拠』で私を糾弾したら、各家の当主からそれ相応の罰を受けて貰う。
彼らはそれなりに権力のある家の子息達だ。将来人の上に立つべき人間が、差し出された資料を鵜呑みにしてろくな調査もせず、無実の人間を糾弾しておいて、勘違いでしたごめんなさいで済まされる訳がない。場合によっては何百人もの人達が路頭に迷う事態になりかねないのだから、廃嫡も考えると各家の当主達も言っていた。
結果が出るまで私に不愉快な思いをさせてしまうと、皆様気にして下さいましたが、流された私の不名誉な噂話に対してもきちんとフォローして頂けるのならと、最後までこの茶番に付き合い続けることを了承致しました。
先程の私の電話で、横井先生から各家の当主に連絡が回るようになっています。これから彼らは大変でしょうが、同情はしない。最後のチャンスを棒に振ったのは、彼ら自身なのだから。
ヒロイン様については特に対応を決めていないが、既に五家が社交の場で女狐注意を他家の当主達にも囁いていたから、成り上がるのは到底無理だろう。
早くも実家から連絡を受けたらしい彼らが呆然としている横を通り過ぎて帰宅する。これでやっと元の静かな学生生活を送れるようになると思うと、ほっとする。
まぁ、暫くは生徒会役員の総入れ換えでざわつくかもしれませんが、私は関わるつもりはありませんから!