外来にご注意ください
パッと思い浮かんだ話です。
夜勤というものは、どの業務、職業においても辛いものである。
ましてや、それが病院ともなれば、怖さもある程度は出てくるものであった。
病院というのは、気が抜けないのである。いつ患者さんから呼び出しがくるかわからない。
それが、『死』を予兆させる死神の通告みたいなものもあった。
ナースセンターには、病室のナンバープレートがあり、呼び出しがあれば、そこが点滅するという仕組みだ。
夜勤のナース――西山が、掛け時計を見やった。――2時だ。
西山は、ふぁぁっ……と欠伸をした。何事もなければいいなと、思いながら、ボーッとナンバーブレードを見つめる。
時間も時間で、ナースセンターにいる彼女と、奥にいるもう一人のナース、吉崎以外の病院関係者は仮眠を取っている。
なので、起きているのも『当然』西山と、吉崎くらいなものだ。
そうなると、余程の急変でない限り、病室からのナースコールもないのである。
突然、ナースセンターにけたたましい呼び出し音が鳴った。
西山は、驚いた声をあげる。呼び出しはどうやら外線のようだ。
どこかで事故があったのだろうか? それとも緊急?
色々と考えてみたが、とって確認すればいいだけの話である。
西山は受話器を取り、耳に近付けた。
「こちら、**病棟ですが?」
そう尋ねたが、電話越しからは何も聞こえない。
もう一度、病院の名前を言って確認を取るが、むこうからはまったく反応がなかった。
西山は、悪戯だろうか?と思ったが、悪戯が出来るはずがないことがすぐにわかり、少々焦った表情を浮かべる。
彼女が取った電話は、救急車が患者を搬送するさい、病名を行って受け付けてくれるのかを確認するための外線であった。
つまり、一般人が悪戯でかけられるものではないのだ。
西山はもう一度、受話器に耳を傾ける。さっきと同様、無音のままだ。
なにかあったのだろうか……。もしかすると搬送する患者の身になにかがあった?
そう考えていると、今度は304号室の江西という男性が寝ているペッドのナースコールが鳴り、西山はどちらの対応をすればいいのかわからず、咄嗟に奥にいる吉崎に、病室のほうのナースコールを対応してほしいとお願いした。
出てきた吉崎は、ナースコールの対応をする。
江西は、齢90という長寿の男性であった。高齢なだけに、いつお迎えがきてもおかしくなかったが、同室にいる他の患者や、若いナースたちも、彼の長寿の秘訣みたいなものに感心していた。
今日だって、若い患者たちに人生論を話しており、とても入院しているとは思えないほど元気だったと、引き継ぎの時に聞いていた。
ナースコールの対応をしていた吉崎の顔が、少しだけ青褪めていくのを、西山は見た。
「どうかしたんですか?」
「同じ304号室の松山さんからナースコールなんだけど……江西さん……まるで、糸が切れたみたいに動かないみたいなの」
その言葉に、西山は聞き間違いだと思った。今日まで元気だった人が突然?
その時、西山の耳元で、ガラガラと、なにかが崩れる音が聞こえた。
「西山さん、ちょっと病室に行って確認してくるわ」
吉崎はそう言うと、ナースセンターを後にする。
西山は吉崎を見送りながら、すでに電話が切れていることに気付き、ゆっくりと受話器を元に戻した。
――数分ほどして、吉崎が戻ってきた。その表情は出て行った時よりも青褪めている。
「吉崎さん、どうかしたんですか?」
「江西さん……、関節が……、関節がないの」
――え?
西山は、その言葉の理解が出来なかった。
「脈を取ろうとした時に腕を取ったら、腕がダランって、うしろに……」
吉崎は、自分でも何を言ってるのかがわからなかった。
とにかく、本来曲がるはずのないうしろの、肘の方に曲がったのである。
検死に立ち合った医師たちが、どうしたものかと苦悶した。
骨の間接を和らげるための軟骨は、年齢とともに衰えていくのだが、骨と骨を繋げる靱帯が、どの骨を調べても『最初からなかった』かのように消滅していた。
西山は、江西が亡くなった時間を聞いた。
――午前2時。
それは、ちょうど無言の外線が来た時間だった。
その時、病室からのナースコールもあり、江西が亡くなったと聞いた時に、電話越しから音がしたのも思い出し、身を震わせた。
後日、西山は、あの晩の音がなんだったのかを、まったくの偶然に気付くのであった。
病院に入院している子供たちが、操り人形で遊んでおり、それを床に落とした時、ガラガラと、崩れる音が聞こえ、西山は体を振るわせた。
そしてゆっくりと、自分のうしろを振り返った。
――まるで、誰かに操られている。
そんな気がした。
――了――
外来⇒がいらい⇒かいらい⇒傀儡(操り人形)というオチだったです。