【Ⅱ】XX
「馬鹿だなあ、手放しちゃうなんて」
呆れと落胆で、声に出さずにはいられなかった。
ホームボタンで画面を落とし、スマートフォンを枕元に放ってベッドから身体を起こす。
カーテンのない窓の向こうの夜景をひっそりと見下ろしながら、まだ低い位置で満月がぼんやりと浮かんでいる。眩く明るい電灯やネオンに負けて、雲もないのに霞んでいるように見えた。
つけっぱなしだったパソコンで画像ファイルを呼び出し、ディスプレイいっぱいに表示させる。灯りのない部屋で、その長方形の中で笑う彼女だけが、光を発していた。指に触れるのは、無機質な温度を持った硬いプラスチックだけ。柔らかな肌には、程遠い。
「今頃、どうしてるのかな」
綺麗に弧を描いている唇をなぞってから、画面の隅で実行中のプログラムのウィンドウを操作する。動物のうなり声に似たモーター音が、勢いを増しながら加速していく。
―――Whole data and programs, everything will be erased.
Execute?
「Why not?」
エンターキーが下した指令を合図に、モーター音が加速する。
不安定で不実なこんな世界は、指一本で簡単に壊せる。
大事な箱を開けずにはいられなかったパンドラのように
怒りと嘆きのうねりに流される大地を見届けたノアのように
壊れて狂ったその先に、何が残って、何が産まれるのか。
胸に巣食い疼く穴が、その答えを欲している。
誰かの気紛れで定められた道筋を運命と呼ぶのなら、別の誰かが、待ち受けるその未来を書き換えたっていいはずだ。
「今度は、僕の番だ」
宿命も、摂理も関係ない。
太陽も、月も、この手で操ってみせる。
Part 1 Fin
今度こそPart1終わりです。
少しでも読んでくれたみなさま、ありがとう。