表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eclipse  作者: 楪美
【2】-Ⅰ
28/41

【2】Ⅰ-8,Invisible







つむじに冷たい水滴を感じて数秒もしないうちに、大粒の雨が音を立てて道路を濡らし始めた。



すぐさま店内からスタッフが出てきて、テラス席にルーフを降ろしてくれる。雨は吹き込んでは来なかったが、ルーフに打ち付ける雨音がとめどなく響きちょっとした騒音になっている。遠くの方では雷も唸っている。退屈な待ち時間にはちょうどよかった。



「お客様も、店内入られますか」



見渡すと他の利用客はみんな中の席へ移動しており、テラス席には誰もいなくなっていた。



「いいえ。ここで」

「お身体冷えてしまいますよ」

「待ち合わせしてるんで」



店員はそれ以上は勧めず、完璧な笑顔とともに店内へ戻って行った。



氷が半分ほど溶けたオレンジジュースは甘すぎて、さっきからあまり減らない。ストローで中身をかき回しながら、雨に合わせてでたらめなリズムを刻む。氷とグラス、雨、時々雷鳴が混ざり合ったおかしな四重奏だ。音の世界に浸かろうと目を瞑って、耳を澄ませた時だった。



「Singing in the rain?」



ひとつ増えた旋律の主が、さっきの店員に案内されてテラス席へ降りて来た。ハーフアップに結った髪からは雫が滴り、ハリウッドスターがかけてるような大きいサングラスにも水滴が張りついている。



「唄ってはいないよ」

「そう聴こえた」

「意識してなかったんだけどな」



口に含んだジュースはやっぱり甘く、少しずつ喉の奥に流す。びしょ濡れというほどではないが、雨を被って登場した彼は家の近くに住んでいるラブラドールみたいに身体を振って、水を飛ばす。



「それ飲んだら行くぞ」

「もう?止んでからにしようよ」

「大した距離じゃねえじゃん」

「というか、傘は?」

「車で来たから持ってない」

「しょうがないなあ」



別の椅子に置いておいたバッグを持って、席を立つ。残すのは嫌だったので、まだ半分くらいあったオレンジジュースをストローを使わず一気に流し込んだ。ハムスターみたいに頬にジュースをため、温度が下がるのを待ってから飲み込む。



「何、傘入れてくれんの」

「四百三十二円」

「は?」

「ジュース代、とおまけで傘代」

「小銭持ってない」

「ここ、カード使えるよ。嫌なら濡れて行けばいいよ」



性悪女が と恨めしそうに呟き会計に向かう彼を、ガラスの窓に映る全身をチェックしソックスの長さを揃えてから、追った。







駅から少し離れたホテルのエントランスへ到着する頃には、あんなに激しく降っていた雨はもう霧みたいに弱くなっていた。



フロントに通じるロビーにはスーツ姿のビジネスマンやカジュアルなファッションの旅行者の集団が多く、国籍や人種も様々なようだ。アジア人らしき家族連れの中の五、六歳の女の子がこちらを指さし、傍にいる大人になにかを一生懸命話している。目があったので笑顔と一緒に手を振ると、その子は一瞬動きを止め、それから同じように手を振ってくれた。



「完全に浮いてるな」

「そう?」

「見るからに怪しいだろ、俺ら」

「怪しいのはそっちだけだよ。さっきひとりで待ってた時はあんな目されなかったもん」

「見た目はともかく、組み合わせ的に」

「いいじゃん。冴えないジャーナリストとイマドキの女子高生。カップルに見えなくもなくない?」



バッグから鏡を取り出して、前髪のコンディションと髪の巻き具合を確認し、メイクが落ちていないかもチェックする。



「俺はイマドキな女は好みじゃないの」

「うわー、つまんない」

「Excuse me」



中身のない会話に、突然綺麗な発音の英語が混ざった。高そうなスーツを着た西洋人の男性が、ちょうど鏡に写る真後ろから近づいてきて、声をかける。



「Mr.Sun・Octでいらっしゃいますか?」

「はい。どうも」



挨拶を交わした二人が話をしている間にスマートフォンで新着のメッセージをチェックし、それからロビーの天井に下がっているシャンデリアに端末を向け、写真を撮った。オートフォーカスが勝手に機能してうまく撮れておらず、もう一度、今度は自分でピントを合わせる。



「失礼ですが、そちらの方は」



携帯のシャッター音と、スーツの人のこちらに向けての問いかけが被った。待ってましたとばかり、"オクト"は満面の笑みを浮かべて応える。



「彼女は、お話していました"参考人"ですよ」






アレクサンドル氏は、写真で見るよりも痩せていて髪も白く、薄くなっていた。



大企業の執行役員とだけあって、スーツをはじめ時計や指輪など、身につけているものすべてから、高級感が漂っている。それでも、目の下の隈や浮き出た頬骨から見える疲弊は隠しきれていなかった。落ち着き、リラックスしているように振舞っているのが、指先の動きや姿勢の変え方で一目瞭然だった。



「Have a seat」

「どうぞ、おかけください」



さっきの男性がすかさず通訳をする。続いてアレクサンドル氏がソファから少し腰を浮かせ、テーブル越しにオクトと軽く握手をする。



「しばらく、といっても二週間ぶりくらいか」

「わざわざ来日していただいて感謝します」

「構わないよ。リフレッシュにはちょうどいい」



それからアレクサンドル氏は通訳の男性を秘書だと紹介し、その秘書に、オクトを紹介する。



「彼はこう見えて日本語が堪能でね。通訳として同席させてもらうよ」



恭しく一礼し、秘書がアレクサンドル氏の隣に座る。正面から見ると、彫の深いはっきりした顔立ちが際立って見えた。



「で、そちらの女性が」

「カミナです」



名乗っていなかったので、自己紹介をする。アレクサンドル氏は視線だけで上から下を眺め、最後にじっと顔を見てきた。



「驚きました。まさかこんな若い女性が、サイバーテロの実行犯の一人だとは」



秘書は丁寧な言葉で訳してくれたが、アレクサンドル氏の直接の言葉は感心よりも軽蔑しているように聞こえた。反論すると面倒なことになるので、予定通りひたすら黙っていることにする。



「彼女は日本の高校生です。学校ではとても習わないようなプログラミングのスキルとアイディアを、独学で培ってきました」

「コンピュータには、いつごろから触っていたのかね」

「本人曰く、覚えていないと」



何を聞いてもオクトが代わりに答える状況を諦めたらしく、数分後にはアレクサンドル氏は秘書の通訳を挟まずオクトと直に語り合うようになった。通訳の必要がなくなった秘書は、無言のまま二人の会話に耳を傾けている。必然的に暇になったので、髪の先に指を絡め、あるはずのない枝毛を探す。



「つまり、ミス・カミナ。君が関わっていたのはあくまでもシステムネットワークの全体像を把握し、それぞれの機器の設定値やその役割をデータ化するプログラムの開発に過ぎないのだね?」

「カミナ、そうだよな」



会話の内容は理解できていたが、一応オクトの説明を聞いたうえで改めて頷く。



「そういうわけで、彼女はただ目的も知らずにネットワークの情報を読み取るツールを作っただけということです。実行犯とは言えない」

「だから君は「参考人」という呼び方をしていたのか。どうやって接触したのかね」

「僕が口説いたんですよ。さっきも言った通り、彼女の興味はプログラムの開発にとどまっており、用途はおろか実用化にすらこだわっていない。そこは、首謀者側も誤算だったんでしょうね。だが逆に数時間という短い間ではあったが、彼女がフリーソフトとしてウェブ上に公開してくれたおかげで、こうしてコンタクトをとることができたんです」

「なぜ公開などしたんだ。業界に売り込めば莫大な利益になっただろうに。そうでなくとも第三者に盗用、悪用される可能性は考えなかったのか」



オクトの訳を聞き終えても、喋らず黙っていた。オクトが顔を覗き込み、カミナ と呼ぶ。



「退屈だったから」



数秒間が空いて、秘書の人が通訳をした。続きを促される。話すのが億劫だったが、オクトの目は構わず喋れ とサインを送ってくる。



「学校でも、家にいてもつまんなくて、パソコンに向かってコーディングして、何回も何回も試すのだけが楽しかった。完成したツールを誰が使おうが、どこでどう改造されようが自分がこれだって思えるようなものさえ作れれば、どうでもよかった」



思い返すと、微笑ましくすらあった。



結果はゼロか百か。そんな深い論理の海を泳いで、ひたすら水面に揺れる明かりを求めて上昇していく。孤独で寂しく崇高な闘いに浸かっていたあの頃は、自分以外のことは、何も考えなくてよかった。



「だから、いつもみたいにフリーソフトのサイトにアップしたら、突然連絡が来た。「このプログラムの権利を売ってほしい」って」

「権利を売る?」



尋ねてきたのはオクトだった。通訳を聞いたアレクサンドル氏の口も開いている。



「権利とか売買とかよくわからなかったからその人にメールを返したら、要はその人が作ったことにして、好きに使わせてほしいっていうことだった。好きなだけお金くれるって言ってたし、迷惑はかけないからって」

「金は受け取ったのか」

「ネットバンキングの情報が書かれたメールが送られてきて、連絡くれればいつでも、好きな額を振り込むって」

「名義は?実際に連絡してみたのか」

「書いてあったメアドに試しに五十万って書いて送ってみたら、三十分後には振り込まれてた。名義は何件か又貸しされてるみたいで、遡るにはハッキングしなきゃいけないからやめておいた。一応見てみた二件は二つとも実在している会社だったし、怖くなったら解約すればいいし」

「法人か」

「これ、その人のユーザー名とID、それからフリーメールのアドレス。多分もう無駄だと思うけど」



話をしながら呼び出しておいた、スマートフォンのメール画面を見せる。



「Oh my...」



画面を見たアレクサンドル氏の疲れた顔が、一気に青ざめる。秘書はその内容を手帳にメモし、オクトが声に出して読み上げた。



「S、H、I、N、1、9、8、9、1、4」

「シン...」

「おいカミナ、このシンってやつと、まだ連絡取れるか」

「メール送れば帰ってくると思うけど」



貸せ とオクトが携帯をひったくり、何か操作をし始める。意図が掴めなかったので放っておき、完全に落ち着きを失ったアレクサンドル氏を眺める。「シン」の名前が話題に出てから、彼は明らかに挙動不審に陥っていた。



「なんなの、そのシンって」

「裏社会じゃ世界中に名の知れたクラッカーだ。性別、年齢、国籍ほか素性は一切不明。人口頭脳だって噂すらある」



映画で見た、コンピュータ上で人の姿を与えられた人口頭脳の話を思い出す。まるっきりフィクションの世界だ。笑えてきたのを堪え、秘書に、正確にはアレクサンドル氏に質問する。



「そのシンが、どうかしたの」



オクトがアレクサンドル氏を視線で窺う。少し沈黙したあと、アレクサンドル氏は首を振った。



「ここから先を話すには、条件を飲んでもらう」

「条件?」

「協力だよ。彼女には、「シン」との連絡役をしてもらいたい」

「それは、組織として?それとも」

「我が社、つまり「レオン」からの依頼ではなく、私個人からの頼みだと受け取ってもらって構わない」



三人の視線が集中しているのを感じた。声を出さず、頷く。



「いいんだな」

「いいよ」



オクトの念押しに、今度は口で肯定した。アレクサンドル氏が目で合図し、秘書がソファの脇に立てかけてあったカバンから、ノートパソコンを取り出す。



「例のサイバーテロ以来、アレクサンドル氏の個人用パソコンにこのような攻撃が後を絶たないのです」



ディスプレイに映っているのは、英数字や記号がびっしり羅列しているメールと、進行中らしいコマンドの画面だった。メールの方は同じ内容のものがどんなに拒否しても一時間に一度送られてきて、コマンドに関しても電源が入っているだけで勝手に表示されてしまうとのことだった。ネットワークを切断しても無駄で、これまで何人かに解析を依頼したものの、揃ってお手上げ状態らしい。



「調査した者曰く、致命的なウイルスの感染等はないが、悪質なDos攻撃の類とのことです。このまま続くようであれば業務はおろか、アレクサンドル氏の精神的にも大きなダメージになるでしょう」

「それでカミナを通じて、シンにコンタクトしようという目論見なんですね」

「悪いがここまで明かしてしまった以上、彼女に断ってもらう訳にはいかない。まだ若い身で、不本意とはいえサイバーテロの片棒をかついでしまったなどとご両親や学校に知れ渡ってしまったら、彼女の将来はこの先どうなるだろうか」

「脅す気ですか」

「取引だよ、あくまでも」



敢えてなのか二人とも早口だったせいか、オクトが口調を荒げて以降、秘書は通訳をしなかった。代わりになぜかこちらをじっと観察していたので、できるだけ目を合わせないようにする。そろそろ潮時かもしれない。



「ねえ」



会話の途中で口を挟むのは好きではなかったが、冷え込んだ空気の中議論だけが熱くなって方向性を見失うのを傍らから見ているのは、仲間はずれみたいでもっと好きじゃない。



「要はさ、おじさんはシンって人と連絡が取れればいいんでしょう。じゃあオクトは、どうしたいわけ」

「どうって」



そこまで言って、オクトは途中で言葉を切る。答えを待たず、続ける。



「わざわざここまで来たのは、こっちからも何かお願いするためなんじゃないの」



少し間をあけて、アレクサンドル氏は声を上げて笑った。可笑しいのか、余裕なのか、その両方か。どちらにしても少し腹立たしく、そして、身体の中が疼いた。



「ミス・カミナの言う通りだよ、オクト君。例のサイバーテロの関係者とこうして対面できただけでなく、忌々しい嫌がらせを解決する糸口をつかむこともできた。君たちには充分権利がある。要求を聞こう」



ただし、と、アレクサンドル氏がもったいぶって続ける。



「わかっているとは思うが、後戻りはさせられないよ」



念を押すように交互に目を見てくるので、必要かどうかは疑問だったが頷いておく。横目でオクトを見ると、口元だけで笑っていた。最悪の人相に思えた。



「カミナに覚悟ができてるなら、話は早い」



頭に何かが乗っかったと思ったら、オクトの手だった。



「何すんの」



無遠慮に撫でまわすその手を払う。鏡を取り出して見てみると、せっかくセットした髪が台無しだった。



「僕の要求は前からお伝えしている通りです。「クリスタ」について、もっと詳しく知りたい」

「そう来ると思っていたよ」

「以前同じことを尋ねたとき、貴方は「その存在を知っていれば十分だ」と仰りました。だが好奇心と知識欲を止められないのはジャーナリストの性かと思っていましたが、どうも違うようだ。現実に満足できないティーンの女の子も同じらしい」



鏡越しに、オクトと目が合う。無視して、前髪を指で整える。気づいているのか、アレクサンドルはまた含み笑いを零しながら言う。



「選択の権利は誰にでもある。その選択に責任という義務が伴うことを理解してさえいればね」

「あれから、僕は「クリスタ」について独自に調べました。今では、組織名以外にも様々な情報を掴むことができましたよ」

「ほう。それはどの程度」

「引き返すには深すぎ、浸かるには浅いくらい、と言っておきます」

「そのうえで、知りたいこととは何だね」



わざとなのか自然になのか、オクトはそこで息をつき、言った。



「ある時期、より厳密にいえばおよそ三年前から、世界各地で政財界の重要人物の突然の失踪、および死傷事故が頻繁している。要人たちのみならず、身内も巻き込まれているケースもありました。そしてこの方々には、ある共通点がある。政界の方は外交政策として、財界の方はビジネスの一貫として、いわゆる新興国と呼ばれる国や地域の「開発」を行う中心人物であったことだ。つまり、紛争で傷ついた人々や難民、そして地球環境の「保全」を理念としているあなた方が行っている慈善活動とは正反対にあたる活動をする人々だった。このことについてのアレクサンドル氏のご意見、そして」



またオクトが息継ぎをする。今度は、意図的にタメを作っていたのがはっきりわかった。



「この現象と「クリスタ」の関係について、貴方がご存知である情報を教えていただきたい」



言い切ると、オクトは鞄の中からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、のどを鳴らして飲んだ。上下する喉仏を眺め、次にオクトの質問内容を通訳する秘書の口の動きを見て、最後に自分の顎を触っているアレクサンドル氏の指の動きに視線を移す。



「質問は、よくわかった」



口を開いたのは、アレクサンドル氏だった。



「いいだろう。ただし、確認になるが当初の約束通りここで私が「クリスタ」の人間として話す内容については完全にオフレコだ。ミス・カミナの情報を一切表に出さないという君が出してきた条件の引き換えとしても、守ってもらう」



そんな話になっていたなど、オクトからは一言も聞いていなかった。見えない駆け引きは、想像もつかないところで、想像もつかない手段で、繰り広げられている。



「まず、要人失踪や事故についての私の所感だが、いわゆる新興国の資源や人材開発の推進派と我々保全派は、必ずしも対立の立場というわけではない。手段は違えど、支援を必要としている人々への手助けをしているという点では変わりはないからだ。問題は、そこに利権、要は金が絡むことだ。見返りありきのビジネスか、あるいは見返りはなくとも、「持つ者」が果たすべき義務か。この「ノブレス・オブリージュ」を信念とする人々にとっては、支援を銘打ったビジネスが、我慢できないのかもしれないね」

「今仰ったご意見は、アレクサンドル氏の、開発派への考え方ということですか」

「いや、少し違う。企業の取締役員としてビジネスに携わっている以上、開発派の姿勢も私にはわかる。だが、動機は異なっていても結果的に恵まれない、悲惨な状況にいる人々の助けとなるのであれば、牽制し合う必要はない。少なくとも、私は開発派の方々に殺意を持ったことはないよ」

「それでは、「クリスタ」という組織レベルで、この「開発派」の事故および失踪とは、どう関係しているのでしょうか」



雑誌の対談みたいに穏やかだったやりとりに、オクトが切り込んだ。通訳を聞くアレクサンドル氏の目の色が険しくなる。



「どう関係している、とは」

「先ほどのお話は、貴方個人はともかく「クリスタ」内部には「開発派」に反発する分子がいてもおかしくないという意味にとれました」



意識はしていないのだろうが、オクトの口調はだんだん鋭くなっていく。一方のアレクサンドル氏は、声のトーンも表情も落ち着いたままだった。



「特に意図はしていなかった。と言っても、すでに君は確信しているのだろうね」

「今までの取材と先ほどの貴方の発言から、開発派への襲撃に「クリスタ」の人物が関わっている可能性がある、というのが僕の推測です。この仮説の是非を判断する材料があれば、提供してもらいたい」

「こちらからも一つ聞かせてもらう。クリスタの人間が襲撃に関与している証拠は、なにか出ているのか」

「黒羽征成氏を、ご存知ですよね」



返事の代わりに、アレクサンドル氏の眉間の幅が微かに寄る。



「ひと月ほど前、「ウィング」の創立記念レセプションのために黒羽氏が滞在していた赤坂のグラン・ホテル最上階の部屋へ、黒羽氏の在室中に何者かが侵入しました。幸い、警備のスタッフが数名ついていたことと、偶然一時的に建物全体に発生した停電の影響で侵入者は去り、黒羽氏は無傷でした。その後の調べで、侵入者が現れた時間帯の前後に、ホテルが用意していた無線LANネットワーク、いわゆるWi-Fiとは別の、より強力な電波が使用されたことがわかりました。その強い電波を使って行われた通信の記録辿って使用された端末、及びその相手を解析した結果」

「クリスタの関係者が挙がったというわけだな」

「クリスタのメンバーの方が、何故か偽名で契約していたタブレットでした」



具体的な人物名を出さないのは、カードの温存か、単にまだわかっていないだけか、それともただのハッタリなのか。横顔からだけでは、その思惑は読み取れない。



「この襲撃の失敗から数日後、黒羽氏の親戚の女性が二度に渡って面識のない男に襲われました。関連性は明らかになっていませんが、こちらも同一人物、あるいはグループによる犯行だとしたら、思想や活動とは何の関係ない人々が、言われなく襲われていることになる。組織としても見過ごすわけにはいかなくなるかと」



畳み掛けたオクトに対し、アレクサンドル氏はソファの肘掛に頬杖をつきながら、こめかみを抑える。



「よく調べあげているようだね」

「まだ、十分ではないと思っています」



老人の苦笑を見て、確信した。勝負ありだ。



「ですから、ごの件についてなにかご存知であればどんなことでもいい。教えていただきたいんです」

「わかった。私もクリスタの一員として、メンバーの疑惑を見過ごすわけにはいくまい。できる限り協力しよう」

「感謝します」

「ただし」



今度はアレクサンドル氏が必要以上に間をとって、断りの文言を口にした。一瞬安堵の色を見せたオクトの表情が、いっそう険しく引き締まった。











「あれ、絶対調べる気ないよね」



静まり返ったエレベーターホールで、西日に染められた街を窓から眺めながら尋ねる。



「今の時点で情報は何もない、こちら側でも独自で調査するって、まるで決断力のない政治家の言い訳だ」

「決断力のある政治家なんているのかね」

「政治家と話したことないからわからないけど」



あのあと互いにあっさりと退き、何かわかれば連絡をするという口約束を交わしただけで対談は終了した。こちらはわざわざ甚大な被害を出したサイバーテロの関係者として出向き、さらには個人的な問題に関する連絡か役も引き受けたのに、見返りとしては割に合わないのは一目瞭然だった。



「いいの?あれで」

「いいんだよ。まずは秘密の共有でお近づきになり、だんだん懐へ入って綻びを探る。焦る必要ねえよ」

「ふうん」

「どうでもよさそうだな」

「だって、君はともかく僕にはなんの収穫も」



そこまで言って、黙った。彼もいつの間にか口笛を止め、周囲に目を光らせていた。



「ついてくる気かな」

「だろうな」

「何人?」

「二人」



ピンポン と陽気な音に数秒遅れて、エレベーターのドアが開く。誰も乗っていない。素早く二人で乗り込み、ドアの「閉」ボタンを押した、その一瞬だった。



「See ya♥」



ウインクとともに、キザなジャーナリストが締り掛けのドアをこじ開けて外に飛び出した。隙間で、黒い影が動く。二つ見えた。即座に、「閉」ボタンを連打する。



「Damn it!」



悪態と一緒に突進してくる影を、細い隙間の向こうに見た。続いて ドギャ と鈍い音が籠を伝って響いてくる。静かに降りていく階数表示と景色を見て、呼吸を落ち着ける。鞄からスマートフォンを取り出し、いつでも使えるようにボタンに指をかける。



軽くなっていた足の裏に、徐々に重力が戻って来る。階数表示はボタンを押した一階ではなく三階だった。静めたはずの呼吸が、また速くなる。ボタンが並ぶドアの際にできるだけ身体を寄せ、鉄のドアを見据える。



「三階です」



無機質なアナウンスとともに、扉が開いた。



入ってきたのは、さっきロビーで顔を合わせた、アジア人らしき家族連れだった。



お構いなしに入ってきた集団の間をすり抜け、扉の外に出る。背中に、あの女の子の声を聞いた。



「刚才的姐姐!」



女の子と一緒に、家族の視線が一斉にこちらに向いた。閉じていく扉の奥でじっとこちらを見つめていた彼女に、しーっ と口の前で指を立ててお願いをする。小さな両手を口に当てて、彼女は頷いた。お礼を込めたウインクが届いたかは、閉じていった扉のせいで分からなかった。



カーペットの敷かれた廊下を走り、非常階段へ通じる鉄製のドアを、音をたてないように開ける。電灯がぼんやりついているだけで、人のいる気配はない。足音が響かないように注意しながら、一階まで階段を下りた。三階で開けたものと同じドアを、今度は内側にそっと引く。出てすぐの廊下は薄暗かったものの、五メートルもいかない位置にトイレがあり、その少し先はもうフロントのある広いロビーで、ホテルのスタッフや客たちの姿も見える。



いけると判断し、重いドアを引いて一歩踏み出した、その時だった。



強い力に肩をぐっ と惹かれ、足元のバランスが崩れた。よろめいてそのまま後ろに倒れそうになる。宙に浮いた腕を掴まれなければ、硬い扉に頭をぶつけるところだった。



「よかった、大丈夫そうで」



清掃員らしき制服に身を包み眼鏡をかけたその青年は、さっきまで一緒だった男と同じ顔だった。



「えっと」

「ん?」

「どっち?」

「征景だよ。同じ顔でも、細かいところはいろいろ違うだろう」



この間会ったときはスーツ姿だったので、まるで印象が違った。よく見ればわかるのかもしれないが、今のところ肌の焼け具合と髭の有無、それに髪型くらいでしか双子を見分けることはできていない。



「そっか。征晴は?」

「あのあと非常階段で屋上まで上って追手はまいたみたいだ。このスピードだと、もう車だろうね」



そう言って見せてきたスマートフォンの画面上の地図では、赤い点が第一京浜を南下していた。



「音声は?」

「全部聞こえてた。録音もばっちりさ」

「チェックはいると思ってたんだけど、特に何もなくてラッキーだったな」

「向こうも同じこと考えてるかもしれないけどな。逐一録音、録画されてる可能性もある」

「問題ないよ。”オクト”も”カミナ”も、リアルの世界には二度と現れないんだから」



汗で肌に張り付き始めていた黒髪ロングのウィッグを外し、両手にかぶせていた「女の子の手」も思い切り引っ張って剥がす。征服のリボンを外しスカート、それにソックスも脱いで、征景に持ってきてもらった清掃業者の服に着替えた。



「なかなか似合ってたけど」

「そう?」

「思ったより自然だった」

「名前は不自然だったけどね」

「奴の思いつきだろう?カレンダー見て咄嗟に考えるなんて、あいつらしい」



征晴が初めてアレクサンドル氏に接触したのは先月、つまり十月だ。僕も便乗したので、彼を笑う権利はない。



「髪の毛、隠れてる?」



帽子の中に、ウィッグではない本物の自分の髪を丸めて押しこめ、深く目元まで下げる。いくら変装しても、さすがに銀色の髪の毛は目立ってしまう。



「大丈夫。じゃあ行こう」

「ねえ、メイクもとっちゃダメ?」

「車まで我慢してくれ」



メッシュバッグに今まで着ていた女子高生風の制服とナイロンの鞄を隠し、征景はもう一度非常階段口の扉から、廊下の様子を伺う。何食わぬ顔でロビーへの通路へ出て行く彼の後ろを、同じようにしてついて行った。







車の助手席でメイクのふき取りシートを使いマスカラを落としていると、携帯電話がポケットの中で震えた。公衆電話からの着信だった。いったんホーム画面に戻り、発信元表示アプリのアイコンをタップする。五コール目が終わらないうちに、羽田空港の見取り図と、その中の一点にフラッグの表示が出た。



「もしもし」

「シンちゃん?」



征晴の声だった。うん と返事をし、スピーカーホンに切り替える。



「ヒロとは会えたか」

「今車運転してるよ。白金の家に向かってる」



窓を開けて新鮮な空気を入れ、メイク落としという作業に集中しているおかげで車酔いは来ていなかった。品川から白金ならば、距離もたいしたことはない。



「征晴は、今度はどこ行くの」

「内緒」



あとで時間帯を手がかりに便を検索すれば目星くらいはつけられるだろう。電話を運転席と助手席の間に置き、メイク落としを再開する。



「追っていた二人はどうしたの」

「運が良ければ病院、悪ければ屋上でシエスタ」

「のしちゃったわけ」

「しつけえんだもん、あいつら」

「何もばれてないよね?」

「さあな」

「女装癖があるって勘違いされたらやだなあ」

「仮に変装だと見破ってたとしても、おまえの正体はバレてないだろうよ」

「なんで言い切れるの」

「あいつらが勘付いてたら、個人用PCの攻撃の話は出さずどうにかしてあの場で暴こうとしてただろうな。謎のクラッカー「シン」の正体がわかったなんて言ったら、業界にとどまらず世界レベルのトップニュースものだ」

「もう面倒だから人工頭脳ってことでよくない?」

「ありじゃないか?この際。わざとAI説流したらどうなるか、見ものだな」

「それよりハル、いったん情報をまとめさせてくれ」



赤信号で止まったところで、征景が話題に入る。



「今回のこの大芝居で、手に入れたカードと言えば」

「目立った収穫はねえな。ただあのおっさんと個人的にコンタクトが取れる状態になって、「シン」の名前でビビってもらえただけ」



征晴は電話越しではあったが、この双子は顔だけでなく声までも同じだ。



「アレクサンドルは、「オクト」を信用したと思うか?」

「どうだか。ただ今後奴と直で会うことはなくても、向こうからシンちゃんに接触してくる可能性はあるな。それができればの話だが」

「僕は別にいいんだけど、肝心なことがわかんなかったじゃん」

「ああ。誰がどんな動機で祖父さんと、ルナちゃんまで手にかけようとしたのか」



信号が青になり、僕らの車も前の車について交差点を進む。



「アレクサンドルのおっさん曰く、開発派を襲撃しているのはクリスタの一部の派閥の連中らしいが、思想犯である可能性はほぼゼロだろうな。何か主張があればもっと目立つやり方を選ぶはずだ」

「おそらく真相は、邪魔者を暗殺まがいのやり方で黙らせることだろう。問題は、誰が奴らにとっての"邪魔者"なのか」

「うちのじいさんも厳密には開発派でもなんでもねえんだよな。なんとか省やらでかい商社やらに資金の援助はしてるが、「wing」自体は技術分野では独立してるし」

「会長としてよりも、次官として狙われてると見た方がよさそうだな。根拠はないが」

「でもそうだとすると、なんでルナちゃんまで、しかも組織ぐるみで狙われるのかがますますわかんなくなるよね」



女子高生に変装までしたのに、僕の一番知りたかったことについてはヒントすら引き出せなかった。



彼らがなぜ、「ジョーカー」に手を伸ばすのか。



彼女がなぜ、「ジョーカー」なのか。



彼女は、いったい何を抱えているのか。



「身の安全確保は相模君に任せるとして、俺たちも俺たちで動かないと、またいつ仕掛けられてくるか」

「心配は結構だが、あんまりしつこいと退かれるぜ?お兄ちゃん」

「人のこと言えるのか」

「俺は物理的に離れるし」



彼らが彼女を守ろうとしているのは、家族愛からだけでないのはわかる。その理由が、晃斗が彼女へ持っているそれとは違うことも。



「とりあえず、あとは任せた」



丸投げとも取れる台詞を残して、征晴は電話を切った。車が桜田通りから外れて細い道に入ったので、まっすぐ走っていた時より揺れが大きくなった。メイク落としを中断して窓を開け、シートにもたれかかって上を向く。



「征晴、どこ行くんだろうね」

「逃げるんだろう。アレクサンドルの件はじめ、不確実ではあるがクリスタの情報を結構仕入れて来てるからな。既に目をつけられててもおかしくはない」

「また、何か持ってくるつもりなのかな」

「だとしたら、今回は前みたいに半年では済まないと思う。赤坂本部は、より深くクリスタのことを知りたがってる」

「ルナちゃん、また悲しむんじゃない?」



僕の問いには答えず、迎賓館みたいな立派な門の前で征景は車を止めた。胃が上下に揺さぶられるような感覚を覚え始めていた僕は、声をかけられる前にシートベルトを外し、車から降りる。



「玄関まで遠いよ?」

「いいんだ。歩くよ」

「わかった。水でも用意させておく」



ありがとう と御曹司に伝え、開いた門を通り抜け進んでいく彼の車の後ろを追う。警備員らしき男性が目だけでこちらを見たので、目だけで笑い返した。特に何も言われなかったので、僕はそのまま黒羽の「城」へと向かう。



庭というにはあまりにも広い公園みたいな広場を横切りながら、僕は考える。



僕が釣り上げたアレクサンドルという魚に征晴が情報という曖昧な、でも大量の餌を与え、征景が観察日記をつけて彼の今後を予測し、今は三人で売り先を探す段階まで来た。実際に手放すのは、育ってからではなく、彼が持ちうるすべての栄養を僕らが頂いた時だ。大事なのは売り価格よりもリリースそれ自体で、タイミングが鍵となるのは僕も双子も承知している。



露天風呂みたいな池に放されたカラフルな鯉たちが、僕を見てぱくぱくと口を動かして寄ってくる。可愛いなと思う反面、その動きが餌を得ようとしている計算づくな振る舞いのようにも思えた。



僕らが飼い慣らすか、はたまた狭い中であくまでも優雅に泳ぐ魚の方が、好機を狙って飛び出すか。



本当に賢いのは、与える側か、それとも与えられる側か。



それがわかるのは、次のカードが切られる時。



今の僕にできることはまず黒羽のお屋敷で水をもらい、完全にメイクを落とすため顔を洗うことだ。



ところどころに雲が伸びる空を見上げながら、口笛と一緒に、大きな家へと向かった。












「シン、テレビ見れるか」



ソファで寝ていたところにかかってきた電話を、時刻も相手の名前も確かめずにとった。耳元に携帯電話が置かれていたのは運がよかった。リモコンに手を伸ばすのが億劫で、テーブルの上に置きっぱなしのパソコンをテレビモードに変えた。



「何チャンネル?」

「どこでもいい、ニュースやってる番組に回してみてくれ」



言われて、適当にチャンネルを回す操作をする。この間も、誰が電話をかけてきているのか、なんの要件なのか、なぜ僕は言われるままにテレビを見ているのか、把握できていなかった。



「あ」



二局連続で同じ映像が出てたので、指を止めた。前の部分がぺちゃんこになった車と画面に表示された字幕、それに勝手に出た自分の声で目が覚めた。



ーー飲酒運転か?レオンサイバーテロ対策責任者来日中交通事故、意識不明重体ーー



「これが、奴らのやり方ってことなのか」



アナウンサーが原稿を読み上げる声に被さって、征景が誰ともなく尋ねるように呟いた。



ニュースによると昨晩日付が変わる頃、猛スピードで走っていく一台の車を何人かが目撃し、何か重い物が落下するような大きな音を大勢の人が聞いたという。事故現場は人通りの少ない裏道で車がぶつかる瞬間を目撃した人はおらず、轟音を聞いて集まった人々がエアバックと運転席のシートの間に挟まれていたアレクサンドル氏を、協力して救出したらしい。



「ブレーキ痕はなく、手術に伴う検査の結果、アルコール分が体内から検出か」

「できすぎてるだろう」

「本当なのかな」

「そりゃあ、飲酒運転なんて」



僕の呟きに応えかけた征景の言葉が止まる。



「まさか、事故自体が」

「だって、誰もぶつかったところ見てないんでしょう?」

「俺たちを、揺さぶるためにか?」

「それもあるかもだし、アレクサンドルのおじさんを本気で消したかった人たちがいるのかもしれないね。どっちにしろ、お見舞いに行って顔見ない限り、信じるのは早すぎると思うよ」



仮にこの報道がでっちあげだとして、アレクサンドル氏を動けなくして得をする人間を絞り出すのは現時点では難しいだろう。それよりも僕らをはじめ誰かを欺くことで得をする、アレクサンドル氏から秘密が漏れるのを止めたい人間、あるいは組織を思い浮かべる方が早い。



「とりあえず俺は業界筋でアレクサンドル氏の入院先から当たってみる。ある程度しても見つからなければ、君の仮説を元に方針を変えて、誰が裏にいるのかを探ってみよう」

「って言っても、君のことだからどうせもう心当たりはあるんでしょう?」

「鋭くて助かるよ。写真、送っておいてくれ」

「僕は僕で動いちゃっていいかな」

「やるなって言ってもやるんだろう」

「せっかく回線には入れてるままだから、Dos攻撃はそのままにして、いろいろ探っておくよ。そこから何かわかるかもだし」

「危なくなったらすぐ退くんだぞ」



朝からすまなかった との律儀な挨拶に応えたあと、僕から電話を切った。親指を動かし、昨日撮った写真をギャラリーから呼び出す。シャンデリアの部分をトリミングして切り取り、人物の顔をアップにしたものを征景宛に送る。



「次の魚は、君かな?」



画面に映る金髪の西洋人に語りかける。それから少しスクロールして、別の写真を呼び出した。



こちらを見ていないその視線の先には、仏頂面で、だけどどこか柔らかい表情の男が少しぼやけて写っている。その男に微笑む彼女の横顔は屈託のない、幸せそうな笑顔だった。



その顔の下に、何を隠しているの?



声には出さず、写真の中の彼女へ問いかける。胃がちくちく痛んだのは、きっと空腹のせいだ。



携帯電話をソファのクッションへ放り、冷蔵庫へ向かった。雨でもないのに、「Singing in the rain」の曲が口笛になって出てくる。冷蔵庫の中の定位置のオレンジジュースをグラスに注ぎ、胃へ流し込んだ。頭の中の僕が、狂ったように歌って、踊っている。まるで「時計じかけのオレンジ」で、衝動に任せて暴力に溺れる少年アレックスだ。



ジュースを飲み干しても、まだ胃が痛かった。窓を開けて、外の空気を吸う。昨日あんなに媚びていた鯉たちが、僕の視線にも気付かずのんびり泳いでいるのが見えた。彼らですら何か隠し持った秘密があって、カモフラージュのために狭い池で泳いでいるのではないか。頭の中で歌い踊り狂う僕が、そんな妄想を抱いているもう一人の僕を嘲笑っている、そんな気がした。




ひとまず第二部完了でございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ