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Eclipse  作者: 楪美
【2】-Ⅰ
26/41

【2】Ⅰ-6,Stuck


扉の敷居を隔てて、その男は俺の頭から爪先までを二往復、無遠慮に眺めた。同じように目線だけで、前に立つ男を観察する。



無造作に伸びた髪は後ろで一つに結われ、頬と顎には無精髭が目立つ。日に焼けた肌と相反し、並びのいい歯列と白目がやけに強調されていた。十一月という冷え込みの季節にも関わらず、薄い白のTシャツにわざとかと思うほど破れたダメージジーンズという出立ちのその男は、面識こそなかったがすぐに推測することができた。



「黒羽、征晴」



髪型も服装もかけ離れてはいたが、彼女の従兄弟、征景と顔が同じだった。一卵性の双子というだけあって、同じような格好をされたら見分けはつかないだろう。



「うん、確かに俺は黒羽征晴。でもそうじゃなくて、俺はお宅が誰かって訊いてんの」



顔は瓜二つでも、喋り方は征景とは違い人を食ったような、飄々とした口調だった。



「俺は」



彼女の身内と言えど、下手に身分を明かすことは避けたかった。



友達 と浮かんですぐに思い直し、知り合い、隣人、バイト先の人間と次々に浮かんだが、口には出せない。




俺は、彼女の何だ?




「俺は?」

「名乗る必要はない」



勝手に沸き上がった自問をかき消し、機械的に告げた。



「いやいや、誰だかわかんない人家にあげたくないんだけど」

「黒羽ルナは、どこにいる」

「話聞いてる?」



頭を掻きながらも、目では注意深く俺の脚と手の動きを見ている。少しでも不審な動きをしようものなら間髪入れず制圧する、手練の目だ。



「まあ、じゃあいいや。ウチのに何の用?」



所有物かよ



状況を忘れ、いらない突っ込みを口にしようとした時だった。



「晃斗さん?」



征晴の後方、洗面所と風呂に繋がるドアから、半分だけ顔が覗く。彼女だ。



「ごめんなさい。私、電話もらったのに」

「やっと出てきたか。どちらさん?この人」

「ついさっきメールしたんだけど、届いてない?」

「無視かよ」



不満げな征晴の横を通り抜け、彼女は姿を現す。服装が昨日来た時のままだったが、触れないでおいた。



「悪い、まだ見れてなくて」

「ちょっとバタバタしちゃっててまだ準備できてないの。上がって待っててもらえるかな」

「時間かかるようなら、連絡くれればまた来るけど」

「あー、もしかして君アレか。コイツのお守り役の」

「大丈夫。すぐ済ますから」



促され、数週間ぶりのリビングへ通された。インテリアは、前に来た時とほとんど変わっていない。脱ぎっぱなしのブルゾンがソファに投げられているのだけが、唯一違っていた。



「どうぞ、座って」



俺に席を勧めながらブルゾンを除けた彼女は、容赦なくそれを征晴の方へ放り投げる。



「おま、投げんなよ」

「コーヒー淹れるね」

「いや、飲んできたから」

「そう?じゃあすぐ準備するね」

「また無視か」



返事はおろか視界にすら入れようとしない彼女を追って、征晴は彼女の部屋へついていく。



「なあ、俺携帯充電したいんだけど」



やはり、返事はない。代わりに、床にコードが落ちるような音が 、リビングまで小さく伝わってくる。



「あー、コレじゃダメだ。合わない。パソコン貸して」

「うるさいなもう!着替えるんだから出てってよ」

「なんだよ、機嫌悪いな」



部屋を追い出された征晴は 文句を垂れつつ俺の隣に腰を下ろすと煙草を銜え、さらにポケットを探る。



「君、吸う人?」

「ああ」

「火、貸してくんね」



持ってきているか曖昧だったが、ポケットの中に入っていたのでライターを手渡す。いつもはやたら渋る火が、何故か今日はすんなり灯る。



「アキト君だっけ。どうよ、アイツ」

「何が」

「何がって言われるとなあ。相性とか?」

「相性の良し悪しは任務には支障ない」

「任務っつったって、連れ回されたりパシられたりがいいとこだろ。元SIO本部長警護隊員にとっちゃ、役不足なんじゃないの」



俺の存在はおろか、彼女との関係や来歴まで把握していながらすっとぼけていたようだ。弟の征景とタイプは違うが、奴もまた食わせ者らしい。



「でもさ、アイツお嬢の割にはそれっぽくないだろ。ぶっ飛んだとこはあっても、ワガママ言ったりとか世間知らずってことはない。そこらの女よりよほど聞き分けもいい。違う?」



視線だけで俺を伺い、征晴は天井に向けて細く煙を吐き出す。



「まあ、だからこそ逆に案外苦労するかもな」

「苦労?」

「お、心当たりあるっぽいね」

「別に」

「何考えてるかわかんないだろ、アイツ。一見素直そうに見えても、掴みどころがなくて、本心を見せようとはしない」



返事はしなかった。否定をするには的を射ており、肯定するには彼女のことを知らなさすぎた。



「当然、君はアイツの奥底を探ろうとしただろうね。もしくは現在進行形か。でも、気付いたはずだ。下手に壁をぶっ壊そうとするよりも、同じように自分も壁の向こうから語ればいいって。その方が余計な摩擦を生むことなく、任務をこなせるだろうし」

「何が言いたい」

「あれ、わかんない?」



わざとらしい問いにも、黙ったまま答えずにおいた。見透かしたような言い方をしてくるあたり、どうも応じる気が失せる。



「無意識に自我を押し殺すのが癖になっていることに、アイツ本人が気づいていない。だから、あんたがアイツのそういう性格を理解したうえで上手くやろうとすりゃ、互いにちょうどいい距離を保ったまま、必要な時だけ手を取るっていうふうに、表面上はやっていける」



余計なことは口にしない。心中で言い聞かせていたにも関わらず、最後の一言が、スイッチになった。



「どういう意味だ」

「ん?」

「表面上ってのは」

「そのままだよ。傍から見れば、問題なく意思疎通ができているように思える。だが実際は、互いが互いをきちんと認識できてないから、いざって時に綻びが生じてそのまま負の連鎖、ってのがオチだ」



相変わらずの癇に障るような口調に、またしても無言を通した。今度は、言い返そうとしても言葉が出てこなかった。



「危険に晒さないという目的が第一なら、アイツを学校なり走らせになりでこの部屋から連れ出している時点で、君は役目を果たせていないだろ」



彼の、征晴の言うことに間違いはなかった。



「極端な話、怪我させないなんざ簡単だ。外に出さなきゃいい。閉じ込めて、鍵かけて、監視すりゃいい。だが、君はそれをしていない。依頼人の征景からやり方は一任されているのに。SIOのお偉いさんのようなのっぴきならない仕事やら事情やらなんて、アイツには一切ないのに」



正論だった。こうして情けなく抉りこまれている言葉の一字一句が正論だという事実が、かろうじて冷静さを保つ砦になっていた。



「それでも、アイツを外に出してる理由は。今のアイツの生活を壊さないように、パシリに甘んじて、学生に混じってモグリやってるのは、何でだ?」



訊かれるまでもなかった。だけど、彼女はそれをきっと知らない。



「余計なお世話って思うんならいいし、別に答えを俺に聞かせてほしいってわけでもない。心の隅にでも置いといてくれりゃいいよ」



もう一度天井へ煙草をふかしてから、征晴はソファを立った。煙を従えて離れて行く姿を眺めつつ、頭の奥から、意識して落ち着きを広げていく。そうでもしないと、勢いに任せて声をあげてしまいそうだった。抑えていた苛立ちが、暴発しそうだった。



「おーい、ルナ。灰皿どこやった?」



征晴が彼女の部屋をノックしている。何度も何度も、呼んでいる。



「聞こえてるかー、シカトすんなよー」



この数週間彼女と行動を共にしてきて、気づいていた。確信すらしていた。



「なあってば、ルナ」



認める他なかった。俺は、恐れていた。



「ったく、感じ悪いなアイツ」

「ひとつ、いいか」



不満げに頭を掻く征晴に声をかける。振り向いた彼を、座るよう促す。



「あんたが言った通りだ。俺は、彼女の内面に踏み込むことを避けていた」



言葉にすると余計に情けなかった。頭が、かっ と熱くなっていく。



「干渉は無用だと思うようにしていた。歩み寄り過ぎないように、コントロールしていた」



ただ、恐れていた。



彼女と、ルナと向き合い、自身の内面をさらけ出すことから、逃げていた。



「距離をおいている自覚はあった。無難にやり過ごすのが最良だと 、その自覚を押し込めてすらいた」



征晴は脚を組んで少し遠くを見ながら、黙って聞いている。風貌こそかけ離れていたが、牧師に向かって懺悔をしている気分だった。



「周りの人間にも、それとなくではあるが指摘はされていた。有耶無耶にしようとしていたのがバレてたんだろうな」



おっさんの忠言も、蓮見馨の発破も、シンの挑発も、俺の心中の葛藤を見抜いての上だったのだろう。彼らの目にどれほど滑稽に映っていたかを思うと、穴を掘ってでも姿をくらませたかった。



「でももう、逃げ場はないんだな」



はっきりと突きつけられて悟った以上、誤魔化すことは許されない。許したくなかった。



「ケジメつけろってことだろ?」

「そういうこと。諦めて付き合ってやってくれや」

「望むところだ。ただな」



話が終わったと思ったらしく、立ち上がろうとした征晴を引き止める。



「ただ?」

「何様のつもりだ、あんた」



言葉にする直前、少し躊躇った。



丸く収まりかけたこの場には完全に不要な、余分な一言だった。



「あんたの俺に対する忠告は正しい。だが、彼女を放って出ていったあんたに言われる筋合いはない」



喋るほどに沸き上がっていく感情を制御しようとするのに比例し、無駄に声が低く、重くなっていく。呼吸を意識し、声量と口調を抑える。



「失踪した事情は知らないし、聞き出す気もない。ただあんたが突然姿を消して、彼女がどんな思いをしてたかは理解すべきだ」



言い切って、ほんの少し反省した。



咎める権利がないのはお互い様だ。しかも相手は彼女と生活を共にしていた身内であり、対してこちらは、たった数週間過ごしただけの雇われの身である。出過ぎた真似をしている方は、明らかに俺の方だった。



だが、たとえ殴られようとも、腹の中に沸き上がっていく憤りを言葉にせずにはいられなかった。



無邪気に、明るく振舞おうとする彼女から離れていきながらなおも沈ませ、縛り付けている野郎を許せなかった。



飛んでくるのは、嘲笑か、罵倒か、それとも拳か。覚悟のうえで、奴の長い前髪の奥を見据える。



「理解すべき、ね」



組んでいた脚を直し、ソファに凭れかかって征晴は天井を仰いだ。かと思うと、反動をつけて身体を起こし、俺の横二十センチ程に接近してきた。



「いい度胸じゃん。俺に説教なんて」



ドスの利いた声に怯む前に、肩に手が回っていた。



「いいね、安心したわ」

「は?」

「アイツともどもよろしく頼むよ、あっきー♥」



てっきり怒らせた、むしろそのつもりだったにも関わらず、征晴は何が面白いのかやたら上機嫌に笑った。



「何だよそれ」

「可愛いじゃん、響きが」



数秒前までの緊迫が、一気に寒気に変わる。こんな嫌がらせを受けるくらいなら、いっそ思い切りぶん殴られた方がマシだ。



「やめろ、気持ち悪い」

「キモくないキモくない」

「お待たせ」



声のした方を向いた時には既に遅く、彼女の顔は不自然に笑ったまま引き攣っていた。



「仲良さそうだね」

「妬くなよ」

「誰が?」



おどける征晴を一刀両断し、彼女は行こう と俺を促す。



「レポートは完成したのか」

「あ、うん。なんとか」

「印刷は。昨日紙切れてるって言ってたよな」

「学校でやるよ。今から買いに行って帰ってきて、またプリンター動かすのものも面倒だし」

「A4だよな」

「あ、いいよいいよ。買いに行ってなんて言わないから」

「何、おまえら出かけんの?」



ソファから腰をあげて玄関まで来た征晴になおも反応を見せず、彼女は靴紐を結んでいる。



「学校?」

「...ああ」



代わりに答えなければ間が持たないほどの空気の重さだった。行こう と、今度は腕の裾を引かれる。履きかけだった靴に躓きそうになったのを堪え、バランスを保つ。



「時間かかんの」

「多分」

「マジか。俺腹減ったんだけど、なんかメシ」



その先の征晴の言葉は続かなかった。



久々に、剥き出しの殺気を感じた。一瞬何が起こったのか把握できず、見ると征晴が脚を投げ出し床に伸びていた。頭の傍には芳香剤が転がっており、散乱した中身が強烈な匂いを放っている。



「どの口が」



唸るように呟き、スニーカーのまま玄関から上がる彼女を止めることはしなかった。正確に言えば、口はおろか指先すら動かせなかった。



「どの口が、どの面下げて言ってるわけ?」



広くない廊下に横たわった男に馬乗りになり、女は胸ぐらを掴んでゆする。男は動かない。俺も、動かない。



「なんなの、ねえ。生活力ない高校生放って勝手にいなくなって、連絡しても全部無視して、挙句突然帰ってきたら電源貸せだの食べさせろだの。なんなの本当。何考えてんの?」

「ちょ、待」

「口座とか携帯とか部屋とかの支払いの名義全部変えなきゃいけないし、未成年だからって理由で手続きは面倒だし。私とヒロくんがどれだけ苦労したと思ってるの?」

「落ち着け、って。伸びる、服」

「今更何しにきたの。なんで連絡寄越さなかったの」



辛うじて応える征晴の声にも耳を貸さず、それとも耳に入っていないのか、ひたすら抑揚も感情もない口調で彼女は詰問を続ける。



「散々人に心配かけといてよくけろっとしてられるね。ていうかわざと私のこと怒らせてるよね?昔っからずっとそう。人の気も知らないで、やりたい放題で、我儘ばっかりで」



さすがに感極まったのか、最後の方の言葉は段々と途切れていった。靴を脱いで玄関を上がり、彼女の肩に手を伸ばしかけて、止める。代わりに言葉をかけようと、口を開いて、またやめる。宥め方も、かけるべき言葉もわからなかった。馬鹿みたいに、少し離れたところに立っているしかなかった。



「あのー、ルナさん?」



間延びした征晴の声が沈黙を破った。床に倒された身体を少しずつ起こし、後ずさるようにしてすり抜けていく。彼女の方は、そのまま床に座り込む形になった。



「よーし。そのまま。な」



両方の手のひらを上げ、獰猛な肉食獣でも相手取ったように、征晴はその場から距離をとる。彼女は何も言わず、俯いている。



「いい子だ。とりあえずコレ、片づけよう。それから飯食って、茶でも飲んで、それで」



ゴツン と、鈍い音がした。喋っていたはずの征晴が、ゆっくりと再び床に倒れ込む。手にしていた芳香剤のポットが宙を舞っている。座り込んでいた彼女の髪が揺れ、右手の拳が真っ直ぐ伸びていた。脇の閉まった、見事なストレートだ。



一瞬遅れて、コン と間の抜けた音とともにポットが床に転がった。彼女は立ち上がり、俺の隣を過ぎて玄関に座ると、スニーカーを脱ぎ始める。



「グーは、ねえだろ」



鼻を抑えているせいで、征晴の声はくぐもっていた。助けた方がいいのか、あるいは放置しておくべきか判断できず、転がったままの征晴と、彼女とを交互に見比べる。



「晃斗さん」

「はい」

「学校、ご飯食べてからでもいい?」

「あ、うん。全然」



急に呼ばれ、何故か改まった返事をしてしまう。立ち上がって振り向いた彼女は、すでに元の顔に戻っていた。



「晃斗さんはもう食べて来ちゃったよね」

「いいよ。また時間空けて来る」

「えー、あっきーも茶くらい飲んできなよ」



いつの間に起きたのか、征晴が俺の肩に顎を乗せて顔を突っ込んできた。正面で、彼女が露骨にげんなりしてそれを睨みつける。



「どうせ自分は何もしないんでしょ」

「だって、おまえがやった方が早いじゃん」

「いいって、俺は」

「いいじゃん。ゆっくり語ろうぜ」

「だから、どの口が言ってんの」

「痛ってえ!鼻叩くんじゃねえよ」

「それ、片づけといてよね」

「は?ぶつけたのおまえだろうが」



反論する征晴をよそに、彼女はキッチンに向かっていった。その横顔は呆れてこそはいつつも先ほどまでの刺々しさは消え、口元には笑みが浮かんでいる。こんな顔もするのか と、ふと思った。気まずい雰囲気は和らぎ、彼女の安全も確かとなり一件落着といったはずが、どうもこのまま彼らとテーブルを囲む気にはなれなかった。



「やっぱ帰るわ、俺」



床を掃除していた征晴に声をかけ、片方が横に転がっていた自分の靴を履く。暗い店の中では目立たない汚れが明るい電灯に照らされ、やたら煤けて見えた。



「なんでよ。遠慮すんなって」

「久々に帰ってきたんだろ。ゆっくり話してやればいい」



玄関までついて来た征晴が手に持っているシトラスの芳香剤の残骸が、強烈な匂いを放っている。振り向いて喋る気が起きず、背を向けたまま応えた。



「もしや気遣ってる?」

「別に」

「そういうのいらないから。アイツだって今更俺の言い訳なんて聞きたかないだろうし」



つーかさ と、征晴が音を立てて頭を掻く。



「あっきーの方こそ、アイツに本当のこと言ってないんだろ」



ドアの取っ手に伸ばそうとしていた手が勝手に止まる。そのままやり過ごして出ていくこともできたが、観念して征晴を見据える。



「しつこく聞かれてもどうせ答えてやれないんだ。少しでも頭数増やして空気軽くしてくれよ」



言い分は分からないでもなかった。人に言えないような仕事である以上、その任務や自らの立場を明かすのは可能な限り避けるに越したことはない。近親者であれば、危険を遠ざけるためにも尚更だ。



正直でありたい、すべてを知って欲しいなどという欲求は、身勝手な望みでしかない。



「苦労すると思うけどさ、頼むよ」



一緒に暮らしたという数年の間、彼女に真実を隠したまま過ごしてきたであろう彼の内心を思うと、くだらない意地だけで無視する訳にはいかなかった。捉えどころはないが、その心中には秘められた意志がある。根拠こそなくても、確信へ至るには充分だった。



「わかったよ」

「お?」

「ここに来て、半端なままじゃ済まないだろうし」

「あらあ、おっとこまえー」

「調子に乗るな」



靴を脱いでいたところにまた肩を組まれ、バランスを崩してしこたま壁にぶつかった。大の男二人が激突し、馬鹿でかい音と振動とが響く。



「バカ、危ねえだろ」

「なんだ、鍛えてると思ったら意外と非力?」

「この状況で脚力は関係ねえ」

「何やってるの?」



冷たい声の先では、フライパンと菜箸を持った彼女が眉を顰めてこちらを眺めていた。もはや作り笑いすらなく、完全に呆れている目だった。



「友好条約の締結だ」

「あ、そう」

「おまえ突っ込む気ねえなら訊くな」

「お味噌汁あったまったらできるから座ってて」

「それは?目玉焼き?ちゃんと」

「半熟、でしょ」



わかってるじゃん と、征晴が彼女の頭を撫でる。彼女は得意そうに笑う。俺はまた、少し離れたところでそれを見ていた。



壁なんてない。信じれば、うまく行くのかもしれない。



だが、目に見えず、触れもしないそれは、油断するとこうして突然、重々しく威圧でもするように立ちはだかる。



姿の見えない先で、二人が話す声が流れてくる。五メートルもない距離が、遠かった。



置くタイプの消臭剤のあのぷよっとした塊が空気にそのままさらされたらつけすぎた香水の如く有害な存在にすらなるわけで、何が言いたいかというと良い子のみんなは消臭ポットは投げちゃダメだよ☆

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