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~傭兵と老人~


「仕事取ってきたぞぉ」

紙を片手でヒラヒラさせながらジルは扉を開けた。部屋の中ではザークとドンが子供達と遊んでいた。というより遊ばれている感じだが……。ザークは子供達のヒットアンドアウェイに翻弄され、ドンに関しては木登りならぬ人登りをしている子供達をちぎっては投げを繰り返している。迷惑顔の二人に反して子供達は夢中で楽しんでいた。

 そんな様子を苦笑いしながら眺めていると、部屋の隅の方で女の子に絵本を読んであげていたレティがこちらを見ていた。それに気付き目を向けると女の子が先をせがむのを無視しながら

「……どんな?」

と、一言だけ尋ねてきた。

「おっ?そうだな…… おぃ!お前等それくらいで勘弁してやれっ! ザーク、ドンっ、食堂に来てくれ。それからレティもな」

ジルはそれだけ言って部屋を出た。


 ここはガメントスの首都ガーメント。ジル達はその中にある孤児院を宿替りとして使っていた。普通は傭兵用の安宿を使うのが一般的だが、レティが見つけた迷子の女の子を送り届けたらお礼にと管理のおばちゃんに強引に滞在させられている。その方が子供達も喜ぶと……。

 冬場は余程切羽詰まらない限り戦にならない。それだけ厳しい冬なのだ。そのため雇われていた傭兵達の半分程は解雇され残った者達も最低限の契約金しか出ない。そのため好きに仕事が出来る事になっていた。仕事は選ばなければいくらでもある。殆どは紹介所を通しての仕事だ。街の住人の雑用から荷物の運搬、狼退治など。中には鉱山まで出稼ぎする者までいる。とにかく何かあった時には戻ってきて戦列に参加する。それだけの契約だ。

しかしジルを始めとした隊長クラスの人間は首都から離れる事は出来ない。有事の際に即応しなければならないというのが国の言い分だ。また他の三人も孤児院の子供の世話をしていた。もちろん無償で……。ラウルに関してはまた別だ。傭兵全体をまとめているため戦時中にできない事務仕事でそれどころではない。というより忙殺されていた。


 「そんな訳で…… 護衛だ……」

食堂に移動し、四人でテーブルを囲み椅子に座ったところでジルは切り出した。

「そんな訳ってどんな訳?」

つまらない顔をしたままレティは聞き返した。

「隊長の話、まるで見えないですけど……」

ザークもレティに同意とばかりに続ける。

「…………」

ドンだけは無言のまま腕を組み目を瞑っていた。

ジルは苦笑いを浮かべ溜息を一つ吐いてから

「ネオスって商人、知ってるか?」

「あの大陸で五本の指に入るという大豪商、フィルト商会のご隠居様ですか?」

答えるザークに苦々しい顔で頷き

「それの護衛……」

「ネオスって言えばこの戦乱で一山当ててさっさと引退して、なにを想ったか今度は慈善活動をしてるとか何とか…… そんな人の護衛って…… ますます話が見えないんですけど…… それに隊長はここから離れられないんじゃ?」

頭を悩ますザークにジルは何かを諦めたようにようやく語りだした。

「その爺様、辺境の寒村を回ってタダ同然で食料や生活物資を売って回ってるそうだ…… そんでこの時期のこの半島は比較的平穏らしいって噂を聞きつけたらしくてな。そんなわけで国に商売の許可をもらいにきてるらしい。それに今回は国の直接の仕事だから問題ないんだと」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! そんなの一階の傭兵の仕事じゃないじゃないですかっ! むしろ正規兵の仕事ですよっ!!」

慌てて話を止めるザーク。


 ザークの慌て様も無理のない事だ。それだけ大きな商会の隠居……。引退したとはいえ当然大きな発言権を待っていることはまず間違いはない。フィルト商会ではこの国の特産である鉱物も少なからず取り扱いがある。物資の流通も然りだ。しかも他の商会とも少なからず繋がりもある。もしものことを考えれば傭兵などに任せられる仕事などではない。正規の兵士が然るべき準備をして護衛に当たるのが国として当然の事だ。


 そのことがさらにザークを慌てさせた。

そんなザークの心情を知ってか知らずしてかジルは続ける。

「まぁ、最後まで聞けって…… 奴さんはあくまで許可をもらいに来ただけ…… 護衛の依頼じゃない。しかも正規兵が一緒じゃ客がしり込みしちまうって丁重にお断りしてきたらしい。だからって国としても「ハイそうですか」ってわけもいかずラウムに話がいったんだと………… でっ、白羽の矢が俺に刺さってしまったというわけだ」

沈黙する三人を見渡しながら疲れたように微笑むジル。

「断るわけには…… いかないですよねぇ…… なんかラウムさんに弱みでも握られているんですか?」

なにげに訊ねたザークの言葉にレティが怒気を孕んだ目つきでジルを睨めつけた。

「……そうなのか?」

「そっ、そんなわけないっ!断じてないっっ!! ただ他に良い人選がなかっただけだろ?」

レティの怒気に怯えたようにいうジルに

「わかりました。で、いつからなんですか?」

レティをなだめながら訊ねるザークにジルは気を取り直して

「あぁ、今からみんなで顔合わせいくぞ」

そう言うやジルは椅子から立ち上がりみんなを促した。

ザークは溜息を一つついて

「急ですね……」

「まぁ一連の話が全部昨日今日のことだからな…… 今頃、先方にも城からこの事が伝わってる頃合いだろうぜ…… ってぇわけだからお前らはついてくんなよっ!」

突然ドアに向かって叫ぶジル。それを合図に扉が開き子供達が駆け込んできて一斉にブーイングを始めた。一人の女の子がレティの足にしがみつき泣きながら嫌々している。その子こそ迷子になっていた子だ。それを抱きかかえ頭をなでながら

「お仕事だよ……」

微笑みながらそうささやくレティの顔は優しかった。




 子供達の暴動にも似た混沌とした食堂を逃げ出し(正確にはおばちゃんの一喝で幕を閉じた)外へ出ると初冬らしく粉雪がちらついていた。外套を羽織るまでもなかったのでそのまま出てきたが流石に少し寒かった。傭兵達が泊まる裏通りの安宿とは違う表通りの立派な宿泊施設の立ち並ぶ道を四人で歩いていると突然ジルが語りだした。

「俺ぁ、魔術とか呪いとかは信じないが…… あのおばちゃんの声、絶っっっ対、なんか力あるよな…… なんだろうな、相手を逆らわせない有無を言わせぬ威圧感というかなんというか…… とにかく逆らえないんだよなぁ……」

「珍しく意見合いましたね、隊長……」

苦笑いしながら頷くザークは初めて孤児院に行ったときの事を思い出していた。

泣いている女の子をなだめ、ようやくたどり着いた孤児院。そこで始めて会ったおばちゃんは愛想のいいどこにでもいそうな小太りな中年の女性だった。普段から元気の良すぎる子供達を怒鳴っているためか声は少し擦れていたがその笑顔は見るものを幸せにするような嘘偽りの無い太陽のような笑顔だった。 そこで子供を渡して終わりのつもりだったが女の子がレティから離れなくなり、おばちゃんの進めもあってお茶をご馳走になることになった。そこで自分達が傭兵であること、この街にしばらく滞在することなどを話しているうちにならばここに泊まれば良いという流れになってしまったのだ。はじめは丁重にお断りしてお暇するつもりだったが、しつこく誘われしつこく断っているうちに

「うるさいっっ! 泊まってけっっっっ!!」 

と怒鳴られてしまった。あまりの大音響に半ば呆けたまま頷いてしまっていた。その清々しいまでのおばちゃんの優しさとお節介さを思い出しているうちに

「どうやらここらしい……」

そんなジルの声が聞こえた。見上げると周りの宿とさほど変わらない普通の宿があった。

「へぇ…… 意外と普通のところに泊まっているんですねぇ」

「まっ、詮索はいいからさっさと行くぞ」

ジルはそれだけ言うと入口に向かい歩き出した。


 通されたのは普通の宿屋だった。窓の傍にベッドがあり、枕元に簡易テーブル、セットの腰掛。特別豪華でも質素でもなく普通という言葉がそのまま当てはまるようなそんな部屋だった。そのベッドの端に一人の老人が杖に両手を乗せ座っていた。その老人は細身で長身、頬もこけていたが目だけが大きくぎょろりとしていた。入ってきたジル達に気付くと笑顔で出迎えた。

「寒い中ご苦労様です。お話は先ほど国の方達がいらして伺いました。行商の供をして頂く事になっている方々ですね。私がネオスです」

そう言って立ち上がり頭を下げた。

「俺はジル。んでザークにドンにレティだ。かたっくるしいのは抜きにしよう。元が唯の傭兵。雇われれば仕事をするだけだ」

そう言ってネオスに手を差し出した。その手を見て苦笑しながら

「先ほど来た方々にも申したのですが…… 手前も雇ってある傭兵がいますし、それほど大所帯にもしたくありませんしとお断りいたしたのですが……」

「まぁ難しい話は良くわからんが…… 俺達は国から金を貰う。あんたはタダで腕の立つ傭兵が四人も手に入る。俺達にもあんたにも損はないからそれでいいじゃねぇか?まぁ国に知られたくない何かがあるのなら話は別だが……」

出した手を引っ込めずにジルが笑顔のまま言うと

「ふむ…… 確かにその通りじゃし特に隠し事も無い…… ただザクラスの方の村々も回りたいので遠慮したのじゃ。それでも構わないと国の方も仰って下さったのだが実際供するものには忍びなくてのう……」

そういってベッドに腰掛けた。

「隊長、それ聞いてないんですけど……」

伸ばしたままのジルの手を上から押さえつけ、横に出てきたザークは非難めいた目つきで睨んできた。

「俺も初耳だから…… きっとラウルの嫌がらせだ……」

ザークの視線を受け流しながらジルは難しい顔でしばらく考えてからザークを押しのけ

「構わない…… 供をしよう。さっきも言ったように一階の傭兵だ。拒否権ないし、拒否したら後が怖い…… 最終的なこちらの人数は追って報告するとして、『四人だ……』んっ?」

突然レティが割り込んだ。相変わらず冷めた表情のまま

「四人だ……」

それだけ繰り返し言ってあとはまた黙ってしまった。ジルが振り向いても顔を見ようともせずそっぽを向いている。ドンは相変わらず腕を組んで目を瞑り口も真一文字に結んだままだ。ザークを見るとやれやれといった様子で苦笑いして肩を窄めた。ジルは一つ小さな溜息をついて振り向いた。

「だ、そうだ…… という訳で改めてよろしく頼む……」

笑顔で一つ頷き立ち上がったネオスは右手を差し出しながら

「わかりました…… ではよろしくお願いいたします。あ、それと出立は明日ですので準備は最低限だけで構いません。食料やテントなどはこちらで準備いたしますので」

「なっ!? 明日って急だな…… まっいっか。とりあえずよろしく頼む」

ネオスの右手を握り返しながら笑顔で答えた。ネオスの背後にある窓から見える空は相変わらず曇天だったが雪は止んでいた……。 


「と」一個獲りました

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