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~海賊と小娘と~


 最初は曖昧で些細な噂だった。港の倉庫を国が買い上げたらしい。その程度の世間話だ。尾を引いたとしてもどうせガラクタを容れておく物置か何かだろうぐらいなもので一週間もすれば消えてしまうような面白味のない内容だ。事実,最初の二、三日でそんな噂は半ば忘れ去られていた。その頃合いに今度はあの倉庫はやはり国が買い上げたらしい。どうやら冬の間の非常用の物資や食糧を入れるためらしい等という噂が広まりさほど話題になる事もなくまた消えていく。そんな他愛もない噂が現れては消えが三、四ヵ月程続いた頃今回の戦が始まった。


 街の人々には正確な情報は流れて来ない。国も特に戦況を発表することなどしなかった。だから、街中に流れる噂話にはやれ旅の行商人だの近くの村人だのそんな曖昧な主語ばかりがついてまわる。そんな中、今回の戦場はケートのこちら側での戦いになっているらしい事。味方が敗れ敵の追撃を避けるため散り散りになって王都を目指して敗走しているらしい事。最近になって少しずつあの倉庫に荷物が運び込まれている事、しかも夜、夜中に。そんな噂まで流れ出した。

 後は憶測が尾鰭の様についてくる。今回の戦は劣勢なのではないか? 国王はここを捨てて船で逃げるつもりではないか? そのために港の側のあの倉庫に財宝等を一時的に隠しているのではないか? そんな噂がまことしやかに囁かれる中、リトス達が帰ってきた。しかもぱっと見でみても出て行った兵士の数の半分にも満たない。これでさらに噂の真実味が増していく。

 そうこうしている内に城に残っていた殆どの兵が、それに王直属の近衛兵までもが最終防衛線となる砦へと向かって出立した。城から歩いて半日とかからないその砦は、城壁のないアージェントの正に城壁の代わりとなる砦だ。ここを抜けられれば街は火の海となるだろう……。街はどことなく不安な空気が漂っていた。




 そんな中、当然のようにこれを利用して一つ事を起こそうとする連中もいた。それこそがリトスが手負いのガメントス軍よりも優先した海賊達だ。初冬のこの時期、海賊たちは多少のリスクを負っても大きな仕事をしなければならない。本格的な冬が来れば海が荒れて船が出せない。出したとしても襲うべき船がないのだ……。海の藻屑と消えていくとわかっていて尚、船を出す商人はいない。多少リスクと時間を掛けてでも陸路を使うからだ。

 普段商船を出す場合、それぞれの国に護衛を頼むこともあるが戦乱のこの時代、余計に兵を割けるほど余裕のある国は少ない。よって商人達が自分達で傭兵を雇い護衛をさせる。所詮海賊といっても、もともとは貧しい漁民。護衛の傭兵で事は足りていた。ほとんど損害も出ることもなく、ザクラスもその例に漏れず損害はなかった。しかし去年頃から損害が飛躍的に多くなった。海賊達が組織立って行動するようになったのだ……。

 そうなってくると国としても黙ってはいられない。商船が襲われれば人の流れも物資の流れも滞る。海路の中継地点として栄えたザクラスにしてみれば死活問題だ……。それで国もようやく重い腰を上げ海賊討伐に乗り出した。しかし、いざ打って出てものらりくらりとかわされ挙句、逆に手ひどく反撃を受ける始末……。一度など大船団で追い詰めておきながらまんまと逃げられるなどという失態もあった。元々が漁民、船の扱いには長けている。国の海軍など比べるまでもなかった。しかも海賊達は烏合の衆ではない。隊を組んで組織立った行動で国軍を幾度となく翻弄してみせた。情報では元々傭兵をしていた人物が海賊にくら替えして一帯の海賊達をまとめ上げ今に至っているとの事だった。傭兵の名はダラス……。大陸では有名な傭兵だった。




 世も更けて日付が変わる頃、街の東側で火の手が上がった。それを確認してから男は指示を出した。

「よし、取り掛かろう。」

ここは街の西のはずれ。海に面した倉庫街のはずれだ。男の後ろに控えていた男達は一つ頷くとそれぞれに動き出した。男もそれを確認してから動き出す。周りを見渡しながら物陰から物陰へとすばやく移動を繰り返していく。

その男の名はダラス。元傭兵にして今は海賊の首領をしている。歳は四十を少し過ぎたくらいで、頭には髪の毛一本なくツルリとしている。小麦色の肌は海での生活が長い事を証明するようだった。精悍な顔つきに口ひげを蓄え隆々とした筋肉はすばやい動きの妨げになりそうなほどだ。黒く大きな瞳は見るものを威圧してしまいそうなほど力がこもっている。

向かう先には国が買い上げたという倉庫があった。そこは海のすぐ隣にあり気が付けば海には海賊船がすぐ傍まで来ていた。甲板には船員達が待機して接岸の準備をしている。それを確認しながら倉庫の前までやってくると巨大な鉄の扉の前で部下達が待機していた。

「どうした?」

ダラスが訊ねると部下の一人が

「思ったよりも錠が頑丈な上それが複数あるようで開錠に手間取ってまさぁ」

それを聞くとダラスは愛用の自分の丈ほどもある戦斧を肩に担ぎ

「てめぇらどいてろや……」

そういうや一気に戦斧を振り下ろした。金属と金属がぶつかり合う大きい音と共に錠は地面に落ちた。それを二、三度繰り返すと

「よし、扉を開けろ。お宝頂戴してさっさとずらかるぞ」

扉が開かれた倉庫の奥の暗闇を見つめながらそう言った。後ろを振り向くと接岸の終わった船からも仲間達が続々とこちらに向かってくる。東の空へ目を向けると街の反対側に放った炎が空を赤く染めていた。

「ちょっとやりすぎたかな……」

元々、がさつで大雑把な性格だ。しかし、仲間を守るために慎重になっていた。この二ヶ月で情報を集め回り、自らも何度も下見もして時期を待った。念には念を入れての放火だ。しかし城の兵士達が出て行くのも見ているダラスにしては少しやり過ぎた感は否めない。元来『敵』以外を傷つけるのを極端に嫌っていた。しかし背に腹は変えられない。どうしても成功させなければならないだけに行った結果だ。赤い空をぼんやり眺めているそのときだった。

「国軍だぁぁぁぁ!!」

倉庫の中に入っていた仲間が悲鳴にも似た声で叫んだ。

「なっっ!?」

驚いて倉庫の中に目を向けるダラス。すると中から何人かの仲間が走ってくる。その後ろから続々と先日背中を見送ったはずの兵士達が剣を構えて進んできた。

「罠かよ……」

苦虫をつぶしたような顔で舌打ちし、呟くダラス。しかし慌てることなく状況を見る。こちらは今十人ほど。敵はその倍ほど。しかもぱっと見て並みの兵士しか見えない。船まで戻ればあと二十人ほど仲間がいる。

「船まで戻れば後退すれば何とかなるか…… てめぇら俺の両脇につけろっ!退却だっっ!!」

そう叫んで戦斧を肩に乗せた。仲間達が隊列を組むと自分は一歩前へ出て

「敵をいなしながら下がる。俺に近づきすぎるなっ!」

兵士達もすぐには襲い掛かっては来ずにこちらを囲むように横一列になりじわりと間合いを詰めてくる。走って逃げればすむ事なのかもしれないが万が一逃げ遅れた仲間を犠牲にするぐらいなら自分を盾にみんなで下がったほうが間違いない。そう考えるのがダラスの考え方だった。

 敵を睨みつけながらゆっくりと後退を始めるが敵は一向に襲い掛かってくる気配がない。ダラスは違和感を覚えた。

「……?」

敵の意図が見えない。確かに敵意を感じることはできるが戦場で対峙した者から感じるような殺意がまったく感じられないのだ。戸惑いを覚えながらもゆっくりと船のほうへと下がる。

 ようやく船の側まで下がるとどういうわけか仲間の姿が全く見えなかった。

「ダラス…… 船が……」

仲間の一人が船のほうを見つめ震えながら言った。言われて振り向いたダラスが見たのは船の上で一列に並び両手を挙げている仲間達の姿だった。半ば呆けたように船を見つめ

「あいつら…… この非常時になにやってんだ……?」

その言葉が合図だったように船の上の仲間の後ろから弓矢を構えた兵士達がこちらに狙いをつけて並んだ。それと同時に海を前にしたこちらを囲むように三方向から敵兵が現れた。

「武器を捨ててくださいっ。 あなたたちは完全に囲まれています」

振り返り遠巻きに囲む兵士を睨んでいると船の上から場違いなくらいおっとりした女性の声でこちらへ呼びかける声がした。振り返るとそこにはやはりこの場には不釣合いな女性の姿があった。綺麗というよりもかわいいといえる顔立ちのその女性は妙に青白い顔で船の手すりにつかまって立っていた。

「お願いします。下手に抵抗すればお互いに怪我だけではすまなくなります。ダラスさんもそれは望まないはずです」

一瞬自分の名前を呼ばれたことに驚いたが観念することにしたダラスは肩を竦め武器を捨てた。すると仲間達もそれに習い次々と武器を捨てた。それを見た兵士達が取り押さえようと駆け出した瞬間、船の上の女性が手のひらを前に挙げそれを制した。その一連のやりとりを見ていたダラスは交渉のチャンスと思い

「おじょうちゃん……。 俺のことはどうなっても良いから他の奴等は見逃してくれねぇか? 元々こいつらはただ貧しいだけの漁民だ。重税にあえいで泣く泣く海賊に身を落としただけなんだ……」

『ダラスっっ!!』

仲間達が口々に異論を唱えようとする。それを手で制止し

「危なっかしくて見てらんなくてな…… 俺がそれをまとめてやらせていただけだ。……こいつら保護してやってくれよ」

黙って話を聞いていた女性は

「事情はわかっています…… でもこれまでしてきた事は悪いことです。だからあなた達にはそれなりの罰を受けてもらいます。それからのことは悪いようにはしません。 ……ぅっぷ…… それからダラスさん。あなたにはわたしに使えて働いてもらいます。そうですね…… 絶対服従三年の刑です。どうですか?これが呑めるなら今回の件は大目に見ます ……っっっぷ……」

顔色を青から土気色に変えながらそう提案してきた女性に悪意があるようにも裏があるようにも感じずなおかつ命も奪わないときた。まさかこんな好条件が出てくるとは思わなかったダラスは

「あぁ…… あんたは信用できそうだ。俺の命はあんたに預ける…… それでこいつらが助かるなら安いもんだ」

 それを聞いた女性は心底安心したような笑顔を見せた。

「よかった…… 交渉成立ですね。では私達は引き上げましょう。海賊の……じゃなくて元、海賊の皆さんは一度戻って家族を連れて来て後日城に来て下さい。それまではダラスさんは人質です……ぅぅぅぷっ」

そこまで言うと覚束ない足どりで船を下りてダラスの側まで歩いてくる。回りの兵士達が笑いを堪えながら付き従う。そんな様子を不思議そうに眺めていたダラスの目の前で女性は立ち止まり

「改めまして…… 私はリトスといいます。これからよろしくお願いします」

そう言うと一つお辞儀をして手を差し出してきた。ダラスは苦笑しながら頭をかいて

「ダラスだ…… よろしく頼む…… 完敗だったよ、今回の事は全部じょうちゃんがやった事か?」

頭をかいていた手でリトスと名乗った女性の手を握りながら訊ねた。

「いいえ…… 私は考えただけ…… 成功したのはここにいる兵士達と私を信じて行動してくれた人たちのおかげです…… それより…… さっそくなんですが…… 最初の命令です……」

「おぅ、何でも言ってくれ」

ダラスがそう言うと突然リトスが頭から倒れこんできた。

「だっ、大丈夫か?」

慌ててリトスの両肩を押さえ支えてやると俯いたまま消え入りそうな声で

「私をおんぶして城まで運んでください……」

「はぁぁぁ?」

意味がわからず混乱するダラスを余所に後ろでリトスに付き従っていた兵士達が大爆笑し始めた。そんな様子に目をやり兵士の中の隊長格だろう一人だけ苦笑している男に目で訊ねてみる。するとその男は目線に気づき

「あぁ、すまんな。リトス殿は船に滅法弱くてな…… 乗った瞬間から船酔いだったんだ…… しかも結構待ってたからいわゆる泥酔状態なんだ……」

それを聞いてダラスは少しだけ傷ついた……。

(俺は、こんな満足に船に乗れないような小娘にしてやられたのか……)

そう思って少なからず凹みながらリトスを覗き見てみると肩をつかまれたまま、よだれを垂らしながら気持ちよさそうに眠っていた……。

「ぷっ、ははははははっ……」

思わず笑っていた……。なんかもうどうでもよくなってしまって、ただただ笑った。そして、これからしばらくは面白い毎日が続く気がした。

 一通り笑った後、リトスを背負い自分の部下のほうを向き

「おぅ、おめぇら、言われたとおりだ。アジトに戻って家族と荷物まとめて来い。 ……心配すんなって。お前らの身は俺が保障する。今までどおりって訳にはいかないが、なんかあったら必ず俺がお前らの先頭に立ってやるよ」

不安そうにこちらを向いている連中にそう言い笑いかける。いつもダラスの背中について来た。信頼に足りる背中だと身をもって知っていた。だからそう言われたら笑うしかなかった。ダラスが一人一人と目を合わせながら頷きあっていく。それから部下達は船に乗り込み港から離れていった。それを兵士たちと見送ったダラスは海に背を向け

「さっ、城に案内してくれ。あんまりのんびりしてると船酔いの次は風邪引いちまうぜ」

他の兵士を促しリトスを背負い直し歩き出した。

いつの間にか雲の隙間から月が顔を出しダラスの足元を照らしていた。


文字数バラバラ……

なんでだろ?

あと、タイトルの「と」いらない気がしてきた……

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