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~厳寒と馬鹿と~

「ジルっ、起きろ」

ラウルが会議から戻ってきたのは朝方近くだった。これから寝ずに各隊の隊長を呼び会議の報告をしなければならないのだが流石に眠い。10分程簡易ベットに横になろうとテントに戻ると自分のベットに見知った男が寝ていた。

「コイツは……」

いつもは温厚なラウルも戦闘と貫徹の疲れからか苛々していた。ので問答無用で拳を振り上げ降ろした。

「…………っはぁ!?」

無防備な鳩尾に沈みこむ拳にさらに体重を乗せていく。

 ジルと呼ばれた男は丘に揚がった魚の様に口をパクつかせながら虚空を見つめていた。やがてゆっくりとラウルの方を向くと

「おっ……はよ……う、ラウル……」

「貴様は此処で何をしている?」

尋ねるラウルは切れ長の黒い瞳に殺意を乗せてジルを睨みつける。ちなみに拳に乗せた体重はそのままだ。

呼吸もままならないジルはラウルの殺意に冷や汗を流しながら沈黙していると

「……ジル、貴様は人のベットで一体何をしているんだ?」

言うや拳の力を一瞬抜く

「……っふぅっっ」

とジルが息を吐いた瞬間、拳を握り直し同じ場所目掛けて体を空に投げ出し肘を落とした。

「フガァ!?」

ラウルは立ち上がりベットで悶えるジルを上から見下しながら溜息を一つついた。

「まぁいい…… お陰で目が醒めた。

報告とこの後の指示をするから他の奴ら呼んでこい」

そう言うと近くにあった椅子に座り込み頭を下げて目頭を押さえながら沈黙した。

 ようやく復活したジルは腹を押さえながら立ち上がり

「寝起きは効く……  ……んでどうなった?」

それだけ尋ねると伸びを一つして筋肉のコリをほぐす。


 この男、身長は190近くある。無駄な肉も殆どなく身のこなしも軽い。黒い髪を無造作にのばしているがさほど長くもなく目も同じ黒い瞳をしている。黙っていればいい男だ。


 いつの間にか顔を上げこちらを睨むラウルに気付き冷や汗を流しながら無言で尋ねると

「聞いてなかったのか? さっさと他の連中を呼んでこいっ! 話はそれからだっ!!」

 それだけ言うと再び頭を伏せた。

「へいへい……」

肩をすぼめテントを出ると遠くの山々は既に明らんでいる。もうすぐ太陽が顔を出すだろう。朝方の痛いくらいの冷気がぼやけた頭をすっきりとさせてくれた。しばらく空を見上げ澄んだ蒼い空を思い浮かべるため目を閉じる。にやりと口を歪めて

「ザーク叩き起こして連絡させるか……」

一人呟き歩きだした。




 夜も完全に明けガメントスの陣内は撤収の準備をしていた。

 結局、朝方まで揉めていた会議もザクラス軍の撤退という報告で拍子抜けしてしまった。

 白けた者と安堵した者、半々だったが相手がいなければ仕方ないと一度王都に戻り報告する運びになった。しかし敵の奇策直後だけに全軍一気にというのも憚られ、ラウルを始めとする傭兵隊の一部を殿として残す事になった。

 そんな中にジルと呼ばれる男もいた。撤収の準備をする正規兵の替わりに簡易の見張り台に昇るとそれまで見張りをしていたザークがいた。

「様子はどうだ?」

「隊長?もう交代ですか? 随分部下思いですね」

「皮肉はいらねぇ…… 借金の催促もいらねぇ…… 女と酒なら大歓迎ってな」

「いろんな意味で却下です…… こんな寒さじゃ敵は疎か野鼠一匹いませんよ」

 「そのようだな……」

そう言うと二人とも黙ったまましばらく何処までも続く丘陵地帯を眺めていた。しばらくすると目線はそのままにザークは苦笑いしながら

「妙なタイミングの撤退でしたね…… やっぱり罠ですかね?」

ジルに尋ねるわけでもなく一人呟いた。

「どうだろうねぇ…… ただの気まぐれじゃねぇか? 疲れたし寒ぃから帰って母ちゃんのオッパイでも吸いながらヌクヌクしたかったんだろ?」

 そう言いながらザークの方を向いて笑いかけるとザークは深刻そうな顔で

「茶化さないで下さいっ! まだこんな所で死ぬわけにはいかないんですよっ!! どうしてもやらなくちゃならない事があるんです…… どうしても……」

そう言いながら俯いてしまった。

それを見てジルは派手に溜息をついて

「どうした?ザーク。らしくない…… 心配すんなって。俺の勘じゃ敵は残ってない。綺麗サッパリ帰っちまったよ」

そう言うとザークの首に腕を回した。

「……鬼畜の勘ってやつですか?」

苦笑いしながら聞くザークに微笑みながら

「へいへい…… 鬼畜で結構。 それに……」

そこまで言うとジルはザークから腕を離し、その腕でザークの背中をおもいっきり叩きつけ蒼い空を眺めながら

「お前らの隊長は臆病者だ…… それも、とびっきりのな。 死ぬのはいつも勇敢な奴からだ。だからまだまだお前等は大丈夫だよ。 なにより俺がそんな事させねぇ……」

この時のジルの顔は今までに見せた事のない真剣な表情だった。それはザークを驚かせ、同時に安心させた。これまで見た事も聞いた事もない戦術、それを実行し成功させてしまうような敵だ。当然、退いたと見せ掛け再び襲ってくる可能性は高い。こちらの想像を超える戦術を混じえて……。さらにこちらの本隊は既に渡川にはいっている。このタイミングで襲われれば自分達が死を覚悟して味方を逃がさなくてはならなくなるだろう。それが殿の役目だから……。

ザークはその現実に混乱していたのだ。まだ死ぬわけにはいかない。されど死を覚悟しなければならない。その現実に狼狽していた。しかしジルの、隊長の言葉と笑顔に冷静になり、そして狼狽していた事が少し恥ずかしくなった。

ふと気付くと隊長がまたいやらしい笑顔でこっちをみていた。

「今の台詞、みんなに聞かせたかったですね」

照れ隠しにそう言った。

「ばぁろぉ、あいつ等にそんな事言ったら半年は酒の肴にされちまう。俺の飲む酒がまずくなるだけだ」

「でもレティの隊長に対する株が上がるかもしれませんよ?」

「なるほど…… そう言う遠回しな口説き文句もありか……」

ジルはそんな事を呟きながら手摺りに肘を乗せ頬杖をつきながら本気で考え出した。

(この人はこの手の事に関しては本気で馬鹿らしい……)

 ザークはそんな事を思いながら見張りに意識を戻す事にした。その顔にはいつの間にか笑顔が戻り、心も不思議と落ち着いていた。


「ジルっ!何をサボっているっ!降りてこいっ!」

下から凜として良く通る声がした。しかし同時にそれは怒気を含ませてもいた。

「うげぇ、うちの最強に勇敢なのが来たよ……」

流石の隊長殿もラウル殿には頭が上がらないらしい。苦笑いしながら手を振っている。

「隊長…… また何かやらかしたんですか?」

冷ややかな目で隊長を眺めるザーク。その目には哀れみも含まれていた。

「またって何だよ?ったく、そんな目で俺を見るなっ! どぅせいつものお説教だろ? まっ、とりあえず行ってくるから後の見張りよろしくな」

そう言うと梯子を降りていった。

 降りるなり側頭部にハイキックを頂戴し崩れ堕ちるところを首根っこを掴まれそのまま引きずられていった。

 その時、ザークの首筋をゾクッと寒さが走った。その寒さの原因が初冬のせいか、それとも他の何かのせいなのか本人にもわからなかった。

 ……むしろ考えたくなかったのだろう。


小寒です

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