~勘と戦術と~
あちこちから剣戟が聞こえてくる。
ここは半島の中央のやや西よりにある丘陵地帯。ザクラス、ガメントス共に半島中央を流れるケート川を国境としていたため、ややザクラスの領土内にあたる。
そんな中、一人の男は目の前の敵と鍔ぜり合っていた。相手を力まかせに押し返すと同時に鳩尾に蹴りを入れると相手の男は後ろにいた何人かを巻き込みながら倒れ込んでいく。
「ザーク、代われ。」
そう叫びながら少し後ろで脇を固めていた男の更に後ろに下がった。
「隊長、もうバテたんですかぁ? だからあれほど飲み過ぎには気をつけてと言ってるのに。」
「ちげぇよ、バカ! 余計な事言ってっと死ぬぞ?」
そういいながらもしきりに回りを見渡している。
砂埃の舞う、敵味方入り交じる乱戦の中で隊長と呼ばれた男は一人冷静に戦況を把握しようとしていた。
「レティっ! ザークはいいから、左の部隊の援護っ! ドンは右の脇を固めろっ! 崩されるぞっ!」
言うやザークの死角をつこうとしていた敵の首元に剣を捩込んだ。 抜くと同時に噴き出す返り血を気にもせず再びザークの隣まで出る。
「少し下がるぞっ」
隊長は言うと
「えぇぇっ? ようやく敵の前線が崩れてきてるのに、なんでですかぁ?」
ザークは不満げに叫んだ。
確かに敵の前線は崩れつつあるように見える。 しかし何かがおかしい。
なにより敵の死体が少ないのだ。
前線が崩れる……。 それは即ち敵を殺す事によって数の優劣を作る。 単純に考えればそれだけの事。しかし、一歩引いて全体を眺めてみれば、さほど差はない。 士気にも特別差があるわけでもない。
何かが腑に落ちない。それは勘とか直感とか、その手の域を出ないものに過ぎなかった。 所詮、一部隊の隊長。 全ての部隊に命令出来る訳もなく、せいぜい自分の部隊の損害を抑えるために動くだけだ。 ……元より傭兵の集まり。命の価値などはさほど高くはないのだが……。
一際大きな声が上がった。
「敵が崩れたぞぉ、一気に本陣へなだれ込めぇぇぃ!」 右の方を見ると敵の前線の一部が崩れ味方がそこに向かって進んで行く。
まるで排水管に流れていく水の様に意識がそこに向かっていく。
「隊長っ! 俺達も行きましょうっ!」
ザークが興奮気味に叫んでいる。
「うるせぇっ! 目の前の敵に集中してろっ!」
若干、苛立ちながら叫び最前列に目をやると、ちょうど敵の本隊とぶつかったところだった。
普通なら前線の兵士は動揺し、本隊は浮足立つ。 しかし敵の本隊は動揺など微塵もみせず、前線の兵達も一向に変化がない。 逆に集中が切れたこちら側の前線が崩されかけている。
目の前の敵をいなしながらその様子を眺めて舌打ちし、
「……ヤバイっ。
いよいよヤバイぞっ! ザークっ、下がれっ! 他の奴もだっ! モタモタすんなっ!」
状況が読み込めず混乱しながらも、ザークや他の仲間達は隊長に従い後退する。
まさにその時だった。左手の方から騎馬隊が怒涛の勢いで突っ込んでくる。敵の前線の前と後ろ、まるで二本の矢が競い合う様に。
完全に虚を突かれた味方の前線はズタズタに崩され、混乱の極みに陥り、もはや烏合の衆の様な状態だ。
さらに悲惨なのは敵の本隊に向かった部隊だった。もう一本の矢(騎馬隊)に完全に背後を取られ挟み撃ち状態。
もはや助ける事も叶わない。壊滅必至だろう。
「隊長ぉぉ…」
ザークの情けない声を聞きながら、間一髪、目の前の惨劇を睨みつけ、
「敵が追撃に移る前に退却だ。
おらぁ! ザーク、もたくたしてんじゃねぇ!
敵の騎馬隊も丘の裏に隠れた。 下手こくと全滅だぞっ!」
そういうや敵の本隊のさらに奥にある丘を睨みながら退却を始めた……。
この時代、この半島で馬は希少な存在だった。 騎馬隊といっても揃えてみて20~30騎、伝令や斥候に用いるくらいのもので、前線に投入されるなど思いもよらない事だった。
まして、50騎はいただろう騎馬隊を最前線で使うなど、驚き以外の何物でもなかっただろう。
「追撃は程々にして、負傷兵の運搬を最優先に。
騎馬隊もさげて下さい。」
そう側近に告げると、リトスは前線に目を向け、悲しげに見つめた。
ここは、本隊の更に後方にある小高い丘の上。戦場が見渡せる場所にある。 リトスはそこで数名の共と戦況を見守っていた。
「リトス……」
隣に立つ鎧を着けた女性が心配げに見つめている。 リトスは顔を上げ優しげに微笑んだ。
「サラ…… 大丈夫です。 心配いりません。それにそんな暗い顔してると老けますよ?」
そう言っておどけてみせる。
「う・る・さ・いっ! そんな事よりクリストファー様にご報告にもどるぞっ!」 拳をリトスの頭にぐりぐりしながら、しかし優しく微笑みながらそう言った。
「さっサラ、痛いぃぃ……」
涙目のリトスは笑いながら言う。
「そうだね、みんな、クリスちゃん所戻ろうっ!」
そう言いながら、テケテケと丘を下りだした。最後に退却していく敵部隊を眺めた……。
呆れながら、そして微笑ましいリトスについて丘を下りていく共の兵達。
そんな中、サラは肩をプルプル震わせながら
「だ・か・ら……
クリストファー様だぁぁぁっ!!」
一人叫んでいた。