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くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない  作者: 藤烏あや@『ヤンデレ皇王のつがい様』発売中


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第三十話

 アイビーは目を回した間者を見下ろしながらため息をついた。


「私はそんなに実力がないと思われていたのか……?」


 心外だと言わんばかりに腕を組む。


「いや、今は嘆いている場合じゃないな」


 木の根付近に置いていたバックから麻縄を取り出し、間者を縛りあげる。

 月明かりのない森では手元がわかりにくかったが、きちんと拘束することができた。

 手練れの間者であってもすぐに縄抜けされることはないだろう。


「こんなものか。問題はこの後だな」


 いくら魔王領が平和だとはいえ、意識のない間者をこのまま放置するわけにもいかない。

 かといって間者を抱えたまま国境を越えられるとも思えない。

 アイビーは逡巡したあと、大きなため息をついて木の枝を集めはじめた。

 集めた木に火を付け、アイビーはその場に座る。

 バックから非常食を取り出してかじった。

 あまり味の良くないそれを飲み込みながら、アイビーはこれからの算段をつける。


(こういう時、携帯食は便利だな。手早く魔力回復できる。国境までなら魔力も持ちそうだな)


 王城から抜け出すため身体強化魔法でそれなりの魔力を消費している。

 食事を摂ったからといって一朝一夕には回復しないが、国境までならなんとかなりそうだ。

 それに間者をこのまま放置するわけにもいかない。


「連れて帰るしかないか」


 アイビーはバックの紐を肩にかけて立ち上がると、いまだ意識を飛ばしている間者の胸ぐらを掴む。

 持ち上げようと腕に力を込めた瞬間、足下から冷気が立ちこめた。

 驚きに目を見開き、反射的に胸ぐらから手を離す。

 するとこれ幸いといわんばかりに間者がみるみる凍り付いていく。

 見事な氷像となった間者に、アイビーは大きなため息をついた。


「ライ」

「あれ、バレた」


 彼の名を呼ぶと、木の陰からアイビーの前に現れた。

 少年姿のライは笑みをたたえているが、声色は硬い。

 静かな怒りを孕んだ双眸はギラギラと攻めるようにアイビーを見上げている。

 アイビーはその目から逃げるように視線を逸らした。


「隠す気もなかったくせによく言う」

「まぁね。これでも僕、怒ってるんだよ?」

「そりゃあ間者が送られてるんだ。怒るのは当たり前だろう」

「そうじゃない」


 ライは背筋が凍るような雰囲気を四散させ、アイビーの手に触れる。

 その手つきはまるで壊れ物を触るようで、ひどく優しい。


「僕は勝手に出ていったアイビーに怒ってるんだよ」

「……」

「相談一つしてくれないんだもん。そんなに僕って頼りない?」

「そんなことは」

「君がやったことはそう言っているようなものだよ」


 ライに手を握られ、じんわりとぬくもりが伝わってくる。

 彼の手元へと視線を落とし、アイビーはようやく気がついた。

 手が震えていることに。


(なぜ)


 アイビーはカーネル王国の騎士団長で、間者を引き入れる原因となったのだから姿を隠して当然だ。

 そう思っていたはずだというのに、アイビーの心は引き裂かれるように痛みを訴えてくる。

 ずきずきと軋む心にようやく気がついたというのが正しいかもしれない。

 何とも言えない顔をしたアイビーを、水晶のような瞳が心配そうに覗き込んでくる。


「ちゃんと僕を頼って。君が頼ってくれたら、僕は何だってできるよ」

「っ、王妃が貴殿を狙っているのにか?」

「僕の大切な子に手を出したらどうなるか、教えないといけないよね」


 当たり前だと言わんばかりに頷いたライは、自信たっぷりに微笑んだ。


「……敵わないな」


 アイビーは力なく微笑み、繋がれた手をゆっくりと握り返す。

 手の震えはいつの間にか止まっていた。

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