許婚
「この婚姻ってやっぱり定められたものなの?」
神獣である白虎が通例通りの日に現れなかったことと、杏那と廉の婚約の儀が行われなかったことが結び付けて考えられている中、杏那はふと疑問を口にした。
「…はい。表向きには両家のビジネスは密接に関係しており、国を支える家柄同士、協力体制を強固なものとする一環として定期的に婚姻を結んでいるということになっております。しかし実際には周一殿の話にもありましたように、太陽神様は太陽の乙女をサポートする存在を乙女の周りに配したとされています。その最たる存在が白虎様、そしてまたその一人であるのが乙女の結婚相手となる剣士なのです。」
「それは月城家の方または剣士様ならだれでも良いというわけでもないのかしら?」
「お嬢様同様、神が選んだ者と定められています。それになにより太陽の乙女と同じ日、同じ時間に生まれた剣士以外と過去に結ばれた乙女はおりませんので…。」
「爺やの記憶に干渉する特殊能力も特別に与えられた力だものね。その力はやっぱりいざというときに必要になるだろうし、なんとか廉様にその使命を受け入れていただかなくてはならない、ということね。」
杏那は小さくため息をついた。理世も眉間に皺を寄せている。
豪は心の中で呟いた。
(記憶を操る力を受け継ぐ方法からするともしかしたら廉以外でも認められれば受け継ぐことはできるかもしれない。しかしあの本に辿り着くのも選ばれた剣士の宿命。当代では廉と定められている。廉も悪い人間ではない。むしろ真面目な良い子だ。やはり伝統に倣うのが一番だろう。神の定めに背くなど恐れ多い…。)
「月城様、このような事態は初めてと仰っておりましたよね。これまでの剣士様は皆さま何も問題なく婚姻に応じられた。もちろん歴代の乙女様もそうですが。これまではなぜ円滑に進み、今回、廉様が婚姻を阻むのは一体何が原因なのでしょうか?他に想いを寄せる方がいらっしゃるのでしょうか?」
流石、理世。今起きている問題の核心に迫る質問を投げかけた。
一方、杏那は知りたいようで知りたくない。
(理世さん、直球ね。まあ確かに原因が分からないと手の打ちようもないものね。でも仮に他に好きな人がいるとか、私が嫌いとか、好みじゃないとかだったら、どうしよう。流石に結構ショックよね…。)
杏那が内心そわそわしているのをよそに、豪が答える。
「直接本人と話したわけではありませんが、ちょうど思春期の若輩者です。家が決めた結婚はしたくないとかそういった話だと思います。昔は家の決定は絶対でした。拒否するという選択肢がありませんでしたが、今は個人個人の意思を尊重すべきだという時代に変わりました。本当は我々も伝統を時代に合わせて柔軟に変えていくべきなのかもしれませんな。」
豪の返答を聞いて、杏那は内心で安堵した。理世も納得できるという様子だ。
「確かにもっともらしい原因でございますわね。昔は男性にとって良家のご令嬢との婚姻は大変喜ばしいものでしたが、最近は家業を継ぐより自由に生きたい、自分だけのやりがいある仕事を見つけたい、という若者が増えているそうですから。ですが、廉様の場合は大層名誉ある使命の下にお生まれになられたのですし…。」
「本来であれば我が月城家がしっかり教育し、問題なく婚姻を進め、お嬢様をお支えできるよう育てるべきなのです。当主である父もこの事態は把握しているのですが、時がくれば解決すると考えているようでして…いやはや困ったものです。」
皆少し俯き、少しの間、沈黙が流れた。
「この場合って、私自身の使命を果たすためにも廉様と結婚しないといけない、そのためには私が廉様に歩み寄るべき、っていう話になるのかしら…?」
杏那が二人を上目遣いに見上げながら質問を口にすると、豪と理世は顔を見合わせる。
「その手がありましたわね!」
「お嬢様から歩み寄っていただければ、あれの気持ちも動くやもしれませぬ、いえ、必ずや運命に導かれ、婚姻を受け入れるでしょう!」
「え!?えぇっと、ちょっと待って!もう四年近く廉様とはお話もしていないし、もしかしたら本当は私との結婚が嫌なのかもしれないし…。」
「杏那様、せっかく打開策を見つけたのですよ!実践しない手はございませんわ!」
理世はやけに張り切っている。
「あの、でも…。」
杏那が戸惑っていると、膝の上で丸くなっていた白虎が突然、肩に乗り豪と理世をサファイアの瞳で威圧した。空気を察した豪が慌てる。
「白虎様はこの案に乗り気ではないようです。お嬢様、理世さん、今日はこの辺にいたしましょう。まずは白虎様がしっかり回復できますようお嬢様も余計な心配はなさらず、ゆっくりお過ごしくださいませ。きっと白虎様も私たちがこうして話していると、お休みになれないでしょうからね。」
理世も空気を察して豪に続いた。
「そうですわね。杏那様、白虎様、騒がしくしてしまって申し訳ございませんでしたわ。まずは白虎様の回復にご専念くださいませ。必要な情報がありましたら何なりとこの私にお申しつけくださいね。」
二人は杏那と白虎に挨拶すると応接室を後にした。
応接室の扉を閉めた理世は豪に小声で話しかける。
「月城様、今回は通例に照らし合わせると白虎様も遅れて到着されたということになりますし、通例とは少しずれながらも、うまくいくという可能性はあるのではありませんか?」
「可能性はあるでしょう。ただ前例がないのです。」
「そうですわね。私、自分の役目は心得ておりますので、調査を開始いたしますわ。あとご報告が遅れましたが、本日の神殿は得に不穏な動きはございませんでした。あの神官様も知識は文献や伝承頼みですが、人材としては誇り高くご自身のお役目に取り組まれている、とても真面目な方。悪意ある人間に利用されないよう、動向は注視を続けますわ。」
「流石の観察眼ですな。ご報告、承知した。それとお嬢様は廉とのことで悩んでおられるご様子。年の近い理世さん、貴女になら相談もできるでしょう。お嬢様の力になってあげてください。」
「心得ておりますわ。」
理世は完璧な微笑みを浮かべ、豪に挨拶をすると早速どこかへ出かけて行った。
一方、杏那は少しぐったりしていた。
(今日は初めて聞く話ばかりでなんだか疲れたわ。)
杏那はこういう恋愛の問題や人間関係のいざこざは苦手だ。人の気持ちは分からないし無理強いすることもできない、と廉とのことで思い知ったからである。それも十二歳というちょうど恋愛に興味を示す年頃のときに、初恋の相手である廉から冷たくされ、杏那は自信をなくしていた。太陽の乙女としての任務に本格的に取り組み始めたのもこの頃からであった。自分の使命に集中し、自分の心を守ってきたのだ。そのせいか、杏那はどんな時でも任務への集中力は高く、これまですべての任務を成功させてきた。浄化対象および周辺環境を分析し近づく順序や使える術を考え、柔軟且つ慎重に計画を組み立て、難しい局面も切り抜けてきた。しかし廉の気を引くこととなると、杏那には一切の手立てが思い浮かばないのだった。
(怒らせるようなことをした記憶もないし、私は行事にはいつも笑顔で参加していたし…。)
自室に戻った杏那は、白虎を抱えたまま、ベッドに腰かける。
(なんだかもう思考回路が停止しているわね…。すごく眠たい…。)




