神獣様
杏那は白虎を連れて、豪と理世とともに神殿から屋敷へと帰ってきた。三人は杏那専用の応接室でローテーブルを挟んで片方の長椅子ソファには杏那と白虎が、向かい側のソファに豪、横の一人掛けのソファに理世が座っている。白虎は杏那の膝の上で丸くなっている。神官である周一の前で見せていた威厳は隠れ、すっかり杏那に甘えているようだ。理世の淹れてくれる紅茶を三人で飲みながら、周一との話もふまえて白虎について話をする。
「ねぇ爺や、爺やと白虎様は先代のときからのお知り合いなのよね?決して責めているわけではないのだけれど、どうしてすぐには気づかなかったの?」
「はい、今思えば縞模様の感じや青い瞳など正に白虎様なのですが、当時は体調が2.5mほどもありまして、威厳に満ち、空を駆け抜けるとても優美なお姿の印象が強かったため、すぐには気づけなかったのです。周一殿の仰っていた通り、お嬢様のそばでしっかりと回復すれば、おそらく元のお姿となられるでしょう。」
「まぁ!もとはそんなに大きく優美なお姿なのですね。さすが神獣様ですわね。それにしても、初耳の話ばかりで何から聞いていいのかと悩まれているご様子ですね、杏那様?」
理世が会話に参加し、杏那の困惑を言い当てる。
「…えぇ、そうなの。やっぱり二人はお見通しね。代々、太陽神様からの加護が与えられているとは聞いていたけれど、こうして実際に神獣様がそばに来て手助けしてくださるなんて知らなかったわ。それに周一叔父様のお話でも恒例の様子だったわよね。すでに神力を使って使命に向き合っている私にはもっと早く教えてもらえなかったのかなって思っていたの。だってとても大事なことじゃない?」
杏那は素直な気持ちを二人に打ち明けた。
「神獣様のお話はおそらく神城家のトップシークレットでしょう。本来私も聞いてよかったのか心配ですわ。月城様、そのあたり含め、何かご存じでいらっしゃるのでは?」
理世は豪に話を振る。
「お二人のおっしゃる通りです。今回は我が大甥、廉のせいで順番が前後してしまいました。まずは廉に代わってお詫びいたします。申し訳ない。」
豪は二人に頭を下げた。
「まず、理世さん、白虎様のことは太陽の乙女のことと等しく神城家のトップシークレットです。もし貴女が何らかの事情で漏らしてはいけない相手にこの情報を漏らした場合、我が一族が聞いた者の記憶を修正することになります。そして貴女の記憶からも神城家に関する全ての情報を消去し修正する。貴女のことは信頼しておりますが、どうかこの点を肝に銘じてください。」
理世は表情一つ変えない。流石はスパイ一家の精鋭である。
「承知いたしました。スパイの仕事は生きるか死ぬか、記憶を消されるというのは特殊ですがある意味、想定内の条件でございますわ。ですがどうかご安心くださいませ。松崎の一族を代表してのこの任務、命に代えても秘密を守りお役に立ちますわ。」
理世はとても誇らしいといった感じで美しい緑の瞳を輝かせた。理世は松崎というスパイの一族の生まれであり、その実力をかわれ杏那の世話係兼護衛、そして諜報役を担っているのだ。
「それを聞いて安心いたしました。どうぞよろしくお願いいたします。」
豪は丁寧に応じた。
「それでは今回なぜお嬢様への説明が遅れてしまったのか、お話させていただきます。」
杏那は膝の上の白虎を撫でながら真剣に聞き入った。
「本来であれば太陽の乙女が十六歳の誕生日を迎える日、我が月城家の選ばれし剣士が太陽の乙女と揃って神殿を訪れ、婚約の儀を行います。そこで神官より神獣様についての説明を受けるのです。そしてその日に神々の住まう天空の世界から太陽神様より遣わされた神獣・白虎様が人間界に降り立ち、乙女と剣士が揃って出迎え、神獣様の加護を得る。というのが伝承にもある通例です。ですが、当代その使命を担う廉は剣術の修行はこなしているものの呪術に陶酔しお嬢様との婚約を蔑ろに…許婚だというのに、もう何年も誕生日にお嬢様と会いもせず、当人同士の関係構築も婚約の段取りも進まず、今回の婚約の儀は見送りとなったため、説明の機会を持てなかったのでございます。」
「だから十六歳、良いタイミング、と叔父様はおっしゃったのね。」
「はい。七か月前のお嬢様の誕生日、婚約の儀が行えないとなったとき、神官長殿や周一殿からも相談を受けてはおりました。ですがこのような事態は例がなく、このことを知る両家の当主夫妻も交え話し合った結果、もしお嬢様に話して、二人が揃わないが故に神獣様が来られないなどの事態になれば、お嬢様を余計に哀しませ不安にさせてしまうのではないかと。それで神獣様のお話はしないこととしたのです。実際にお嬢様の誕生日の神占でも、通常現れるはずの神獣様がお見えになる兆しが現れず、婚約の儀もなく、異例ずくめだったのです。」
杏那と廉の誕生日は三月の二十一日。あれから七か月が過ぎ、季節は秋へと巡っている。
「そうだったのね、状況は理解できてきたわ。」
杏那はそう相槌を打ちながらも複雑そうな表情をしている。
「私の代で伝統を壊してしまったのね。」
「そんな、お嬢様のせいではありませんよ!悪いのは全て廉の方です。」
「廉様のことは悪く言いたくはありませんが、決して杏那様のせいではありませんわ!」
豪も理世も杏那のせいではないと言ってくれる。理世は杏那の隣に来ると杏那の手を包み込むように握り、杏那を励ました。
「だってこんなに美しくて可愛らしくて、心優しい可憐な女性は他にいませんわよ。学校でも群を抜いて人気者。杏那様とお付き合いしたいと真剣に思っている殿方がどれほどいることか。もう一度言いますが杏那様が落ち込む必要は一ミリたりともございませんわ!」
理世の情熱的な説得に杏那も落ち込んでいた心がほぐれる。
(あぁ、やっぱり理世さんってすごい。こうして人の心を動かすのね。)
「あ、ありがとう。二人とも気を遣ってくれて…あ、いえお世辞でないことはちゃんとわかっているわ。本当にありがとう。」
(廉様に相手にされていないのは前から分かっていたわ。幼いころは一緒に遊んだりして仲の良かった時期もあったのだけど、四年前くらいからだったかしら。毎年一緒にお祝いしていた誕生日の行事を突然欠席されるようになって、学校でもなんだか避けられて…。恋愛絡みとなるとちょっと爺やには話しづらいし、あとで理世さんにこっそり相談してみようかしら…。)




