噂には冷静に
杏那と龍也が婚約したという噂が出ていると言う未莉愛に、杏那はまず詳細を確認する。
「一体なぜそのような噂が?詳細を教えていただけますか?」
「先日、杏那様と水宮様が神殿で会われていたという情報があり、さらにご当主様同士でも会食、その上、水宮様が杏那様のご実家の営む呉服店に着物を発注されたということで、お二人がご婚約されるのではということになっているのです。」
(確かに、そんな状況証拠が重なれば誤解されなくもないとは思うけど、噂の根源は状況証拠からの推測といったところね。)
「あら、それは初耳でございます。教えていただき、ありがとうございます。ですが、それぞれの状況は正しくても、水宮様との婚約のお話などございませんわ。」
「そうですわよね。杏那様には月城様がいらっしゃいますものね。私、杏那様のお言葉を聞いて安心いたしましたわ。」
以前から廉とのことを応援していると言ってくれる未莉愛は水宮家との縁談はないと聞いて安堵している。
「それで、お噂はいかがなさいますの?否定されるのですか?」
杏那はあまりこういった事態には慣れていないが、もともと噂に興味がないタイプである。
「いいえ、わざわざ噂を否定しても怪しまれるだけですわ。真実のない噂なら次第に皆さまも飽きられるでしょう。」
「さすが杏那様、そうですわね。でももし何かありましたら、いつでもこの未莉愛がお力になりますわ。」
「未莉愛様、ご親切ありがとうございます。」
それから数日、ところどころで噂をしている者はいるようだったが、杏那と廉がいつも通り一緒に通学している様子を見て、単なる噂だったのだと気づく者が増えたようであった。しかし一方で、変わらず視線を向けている者が学園内にいることに杏那たちは気づいていなかった。
ある日の王宮、品の良い調度品で整えられた豪華絢爛な一室にとても上品な薄水色のシンプルなドレスを着た一人の若い女性が窓辺に立ち、扇子を片手に噴水のある庭園を眺めて立っていた。冬とあって花の咲き具合は少し寂しいが、サザンカや椿といった季節の花が力強く咲いている。そこへ学園の制服を着た少女が入ってきた。
「香久耶お姉様、私とんでもない噂を聞きましたの。これは一刻も早くお姉様に教えて差し上げなくてはと思って急いで帰って参りましたわ!」
少女の後ろには必死に付いて来たであろう侍女たちが肩で息をしている。その様子を見た香久耶と呼ばれた若い女性が返事をする。
「真利耶、お帰りなさい。そんなに慌てて、貴女また走ってきたのね。」
美しい声で返事をしたこの女性、香久耶はこの国の第一王女である。年は二十一歳。外見も美しく気立ても良く聡明で諸外国からも縁談が度々持ち掛けられるが、学業と公務を理由に断っているらしい。そして学園から帰ってきた少女は香久耶の妹、第二王女の真利耶、十五歳である。王宮育ちだが姉想いで元気いっぱいの姫である。そんな真利耶が急いで帰ってきた理由を香久耶に早速報告する。
「水宮様と神城の巫女が婚約するそうなの。お姉様、ご存じでした?神城の巫女といえば、私の一つ上の学年にいるけど、月城の剣士との婚約がうまくいかなくて乗り換えたのかしら?ねぇ、香久耶お姉様どう思う?」
「えっ…。」
香久耶は侍女の手前、表情に出さないようにしているが明らかに動揺し、顔が引きつっている。
「水宮様にはお姉様がお似合いよ!絶対渡しちゃだめよ!」
「真利耶ったら何を言って…渡すも何も、私は水宮様とは何も…。真利耶、そんな噂を鵜呑みにしてはいけません。王族らしく冷静に真実を見なさい。それに城の中を走るなんてレディのすることではありませんよ。さぁ、着替えていらっしゃい。」
気まずくなった香久耶はこの話は終わりと言わんばかりに、妹の真利耶を優しく注意し部屋から追い出した。
侍女も下がらせ、部屋に一人になった香久耶は机の引き出しを開けると何かをじっと見つめていた。




