神城家
神城家は代々、神に仕える一族である。神殿は太陽神を祀るもので神官も一族が務めている。そのため神殿のすぐ隣は神城家の本家の敷地となり、親族もこのあたり一帯に多い。しかし神殿運営は神城家のある意味本業であって本業でない。神殿運営は多くの国民の信仰を集めはするが、一族にとっての目的は一族の使命を果たすことにある。その使命というのが一定周期でこの一族に生まれる【太陽神の力の一部を受け継ぐ乙女】通称・太陽の乙女がその神力をもって人間界の悪を正し、世界に貢献することを支えることにある。そのため一族は様々なところに情報網を持ち、乙女の活動を支えられるだけの財力・知力・人脈を有している必要がある。その使命の元に構築してきたのが現在の神城家のビジネスである。具体的には、太陽神である女神様の好みと思しき分野である服飾、化粧品、美容サロン、女性向けの教育機関、カフェから高級料亭までの飲食店経営で成功してきている。
杏那たちが神殿を訪れると、神官が出迎えてくれた。
「杏那様、ようこそおいでくださいました。昨日も見事な浄化の力をお示しになられたと月城様からご一報をいただき、お話を伺えるのを楽しみにしておりました。」
「本日はお時間を作っていただき、ありがとうございます。先日の神占通りの日時、場所でした。成功できたのも周一叔父様の神占のおかげです。」
この神官は杏那の叔父にあたる神城周一。この神殿において二番目に偉いお方だ。一番偉い立場には神城家当主の兄が着いているが、高齢とあって直接お目にかかれる機会は限られている。
杏那は豪と理世にはため口だが、同じ一族とはいえお互い立場のある身、礼儀を尽くして接する。杏那にはそういう律義さがあるのだ。
杏那が周一の神占結果に感謝を示すと周一は“いえいえ”と謙遜しながら神殿の中へと案内する。周一はいつもの秘密の応接室へと案内してくれた。この場所は隠し扉の奥にあり、限られた人物しかその存在も入り方も知らない。部屋の中央には円卓がありテーブルを囲むように、皆が席についた。口火を切ったのは周一であった。
「杏那様、さきほどから肩に乗っているのが昨日浄化したものでしょうか?」
「はい。虎の見た目をしたこの子が、あの獣の妖怪を浄化した後に現れたのです。今朝目を覚ましたのですが、なぜか私に懐いているようでずっと私のそばにいるのです。」
子虎は杏那の肩にちょこんと乗りながらそのサファイアの瞳で周一をじっと見ていた。見た目は変わらないものの、今朝のダイニングルームでは感じなかった、威厳あるオーラを纏っているように杏那は感じた。
「杏那様、間違いございません。この方、この虎の姿をしたこの方こそ、我々が探していた神獣の白虎様でございます。」
周一はそういうと腰かけたままではあったが、恭しく頭を垂れた。
「白虎様、お目にかかれて大変光栄にございます。ようこそおいでくださいました。」
子虎は杏那の肩からテーブルに降り、右前足を曲げ、頭を少し低くし目を伏せる形でお辞儀を返した。その姿は幼い姿ながらもどこか威厳を感じさせる立ち振る舞いである。そしてすぐに杏那の肩の上に落ち着いた。
その様子を見ていた豪は「やはりそうでしたか」と呟き、椅子から立ち上がって子虎の方に向き直った。
「白虎様、お久しゅうございます。月城家、先代剣士の豪でございます。」
豪はとても懐かしく、でもどこか寂しそうな顔をしていた。子虎は杏那の肩に乗ったまま、豪の方を向いて右前足を少し上げて振った。まるで親しかった旧友に再会し手を振っているように。伝承で聞く神獣・白虎に会えて感慨深い周一と久々の再会を喜ぶ豪の傍らで、この状況をあまり飲み込めていない人が二人。挨拶がひと段落したと思われたところで杏那が問いかける。
「あのぅ、感慨深い状況のようなのですが、あまり話についていけておりません。私たちにも事情をお話いただけますか?」
「杏那様、申し訳ございません。神殿に伝わる文書に記録もあり、代々伝承されてきました神獣・白虎様に実際にお目にかかれて大変光栄でして。それに月城様も久々の再会で大変お懐かしいことでしょう。つい気持ちが高ぶってしまいました。」
周一は豪と子虎が旧知の仲と知り、微笑ましくもどこか哀愁ただよう表情でこの状況を見守っていた。何かと涙腺の弱い周一は若干涙ぐんでいたのだが、姿勢を正し杏那の方に向き直って説明を始めた。
「白虎様は代々、神城家をお守りくださる神の遣い、神獣様でございます。杏那様もようやく今年で十六歳。良いタイミングです。順を追ってお話しましょう。」
杏那はやや緊張した面持ちで周一の話に耳を傾けた。
「我が一族には一定周期で太陽神の力の一部を受け継ぐ乙女が生まれます。そしてその乙女は受け継いだ神力をもって人間界に貢献する使命を持ちます。この乙女こそが当代では貴女様です。ここまではご存じですね。」
杏那が頷くと神官は続ける。
「いくら神力があっても一人できることは限られてしまう。そこでその力を最大限に発揮できるよう神々から与えられたのが乙女をサポートする者の存在。その最たるものが、太陽神に仕える神獣・白虎様からの加護でございます。白虎様は乙女が十六歳の誕生日を迎えると人間界に降り立ち、乙女が人間界に存在する間、使命を果たせるように乙女を守り導く存在とされております。太陽神が直々に遣わせてくださった尊き存在なのでございます。」
周一の説明を聞いて杏那は思った。
(私が感じていた神聖な気は正に神域のものだったのね。なんだがすごい話だわ。それにしてもなぜこんなに大事な話をもっと早く聞かせてくれなかったのかしら?でも今はそこじゃないわね。もっと白虎様のことを聞かないと。)
「ご説明ありがとうございます。それでは先日のご神占は私たちが出会うことを予期したものだったのですね。」
「はい。ですが、神占の結果、白虎様の存在を示す兆しはあるものの、暗雲が立ち込めている。さらに周囲には邪魔建てが入る予兆が出ている。これらの内容から、もしやと思い、日時と場所、そしてもしその場に浄化の必要を感じるものがあればご神力を使いお救いくださるようにと告げさせていただいたのです。」
「そこまでの読み解きができるなんて、すばらしいですわ。」
理世が周一に賛辞を贈る。
「お褒めに預かり恐縮です。神官の勤めですので。」
神占とは神官が神の導きの下に得るお告げである。それは神占台の上に現れる数々のヒントから読み解く必要があるのだが、周一の導いた神占は大当たりだったということになる。それでも驕る様子のない周一を見て杏那も内心で感心していた。すると豪が話を進める。
「お嬢様、聞きたいこともたくさんあることでしょう。本日はまず白虎様のことについてお伺いいたしましょう。」
「えぇ、そうね。叔父様、白虎様の回復の度合いはお分かりになりますか?」
「伝承によれば本来は体調2mほどの大きく優美な白虎のお姿を持つとされております。
回復の度合いですが…白虎様は片時も杏那様のおそばを離れないご様子です。おそらくは杏那様の神力を頼りに鋭意回復中といったところかとお見受けします。」
子虎改め白虎は周一の説明を聞きながら小さく二回頷いた。
「私の神力を頼りに、ですか?」
「はい。『神獣は乙女の神力で回復する』との伝承がございましたので。」
「お嬢様、先代のときに聞いたことがありますが、相乗効果のようでございますよ。いわばお互いの神力がお互いのエネルギーになる、といった形かと思われます。」
「月城様、貴重な情報をありがとうございます。神殿の伝承に加えさせていただきます。」
周一は信憑性の高い情報にとても嬉しそうだ。杏那はもう一つ気になっていたことを質問してみようとする。言葉のことだ。神獣である白虎は人間の言葉を話してくれるのか、テレパシーのような形で意思疎通ができるのか、昨日から特に言葉を交わしていないためずっと気になっていたのだ。
「ありがとうございます。えっと、あのもう一つお伺いしたいのですが、白虎様は…(?!)」
白虎の爪が杏那の肩に少し食い込む。思わず杏那が白虎を見るとサファイアの瞳と目が合った。そしてその目はまるで『その質問はするな』と言っているようであった。少女は慌てて質問を変えた。
「…白虎様は何をお召し上がりになるのでしょうか?好きな食べ物についてなど伝承はありますか?」
なんとも十六歳らしい質問である。
「伝承にご興味をお持ちくださったのですね!光栄でございます。伝承には勿論記録がございましたよ!白虎様は果物がお好きだそうです。特に新鮮なオレンジなど甘くてでも爽やか、そのようなものがお好みと伝えられております。」
周一は答えられる質問に安堵しながらも嬉しそうに教えてくれた。
「果物ですね。ありがとうございます。少しでも早く回復していただけるよう新鮮な果物を用意して、白虎様をおもてなしさせていただきますわ。とても貴重なお話を本当にありがとうございます。」
杏那がお礼を言うと、今度は豪が質問に助け舟を出してくれる。
「白虎様の回復後には、白虎様が浄化を必要とする状態になられた原因を特定しその原因を取り除く、もしくは次に犠牲が出ないよう策を講じる、ということが我々の次の任務となりますかね?」
「その通りでございます。さすがは先代の剣士様ですね。その件につきましては、白虎様が回復されました後、可能であれば白虎様から直接状況などをお聞かせ願えますと解決の糸口も見えてくるかと存じます。」
「承知いたしました。それではまずは白虎様の回復が最優先ですね。我々が心してお世話させていただきましょう。」
豪は話をまとめた。そろそろ良い時間なので杏那たちは周一に挨拶しお暇することにした。
「本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。伝承のお話、大変興味深く参考になりました。白虎様の回復状況をまたお伝えに参ります。」
「こちらこそ、本日はありがとうございました。それではお気をつけてお帰りください。」
周一に見送られ、一行は屋敷へと戻っていくのだった。




