祭典と仕掛け
神殿裏手の森。二人の男が暗闇に紛れて何やら仕掛けを作っている。この辺りは木々が鬱蒼と生い茂り、日中でも薄暗い。
「この辺で良いだろうか?」
「あぁ、ご指示ではこの辺りだ。ちょうど仕掛けられそうな木もあるな。」
男たちはそんな会話をしながら準備を進める。彼らの手には犬、鳥、蛇の形をした片手に収まるほどのサイズの置物と目覚めの護符が握られている。置物を等間隔に並んだ木の根元にそれぞれ埋めると、その上に護符を貼った。これで仕掛けは完了だ。
「さぁ、そろそろ祭典も始まる。我々も戻ろう。」
観月祭は夕刻、杏那の祈りの儀式から始まった。祈りの儀式は神聖なため、限られた関係者しか立ち会うことができない。さらには杏那の神力を使うため、太陽の乙女の存在を知る者のみが立ち会うことを許されている。
杏那は神殿の最上階にある祈りの間、祭壇の前で祝詞を奏上する。祈りの間の天井には天空の光を取り入れられるよう、美しいステンドグラスが張られている。ステンドグラスには人間界を優しく見守る女神と色とりどりの花々、草木が描かれている。祈りを捧げ始めると杏那の黒髪は紫がかった銀髪に輝き、辺りは陽だまりのような眩い光と温かさに包まれた。祝詞を奏上し終える頃、天井からはちょうど夕日の光がステンドグラス越しに降り注ぎ、祭壇に飾られた銅鏡に吸収されていく。なんとも神秘的な光景である。これで祈りの儀式は無事完了だ。
祈りの儀式が終わると今度は来賓や国民も観賞できる華々しい歌や舞が神殿の中庭で披露される。王族は三階のバルコニーから、有力な家の当主や子女は主に二階のバルコニーと懇親会場の窓辺から美しい満月と中庭での祭典を鑑賞する。二階には水宮家の次期当主・龍也の姿もあった。
「龍也くん、最近調子はどうだい?」
親し気に話しかけてきたのは近年勢力を増してきている経済産業総院の一人・満島、四十五歳だ。国政への関わりでいえば水宮家の方が歴史は長いが、龍也は年上の満島に気を遣い、失礼のないように爽やかな笑顔で接する。
「満島さん、いらっしゃっていたのですね。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。」
「いやいや、そう畏まらないでくれ。龍也くんにはいつも世話になっているのだから。ところで以前から頼んでいるあの件だけど、特に問題はなさそうかな?」
「あぁ、あの件ですね。様子を見ていますが、特に進展はないようですよ。」
「そうかそうか。それなら良いんだ。」
「王家への挨拶がまだですので、この辺で失礼させていただきます。」
龍也は内心で“他家の婚姻にまで口を出すとはなんとくだらない”と思いながらも表情には一切出さずに笑顔で挨拶をした。そして、従者を連れて三階に向かう。階段を上りながら龍也は従者に状況を確認する。
「準備は問題ありませんか?」
龍也は従者に問いかけた。この従者はさきほど森で仕掛けを作っていた男である。
「はい、ご指示通りに準備いたしました。」
「裏手の様子はどうですか?」
「今のところ異常はありません。この様子でしたら特に出番はなさそうですね。」
「はは、ここまでの祭典の進行にも特に問題は出ていない様子ですし、出番がないに越したことはありませんよ。」
龍也は、異常に備え神殿を守るための仕掛けを設置したと思っている従者に調子を合わせて会話をしていた。三階に着き、王族に挨拶を済ませると、二階に戻る途中、龍也は従者に言う。
「中庭に知り合いがいるようなので挨拶してきます。君もせっかくの機会だから自由に祭典を楽しんできなさい。」
そう言って笑顔を見せると、従者は感激したようだ。
「師匠、なんというお心遣い、誠にありがとうございます。実はお供とはいえ祭典に参加させていただけるのを楽しみにしていたのです!」
龍也は従者と別れると、神殿裏手の森が見える一室に一人入る。窓辺から森を眺めると、従者が仕掛けを作ったあたりを見つめた。龍也は護符を一枚取り出すと右手の人差し指と中指の間に挟み口元に近づけ呪文を唱える。
「我ここに命ず。深くに眠りし者よ、封を解き、目覚めさせるは汝の主。主の声に目覚めよ。」
龍也が念じると仕掛けの位置から更に奥の方で地鳴りが起こり黒い気配が生じる。地鳴りはそれなりに大きく響いているが、祭典に気を取られている神殿関係者や観客たちは気づかない。
「目覚めたか。」




