時の神の力
月城家に伝わる廉が受け継いだ力とは…
月城家極秘の任務について仁は順を追って話を始めた。
「我が月城家はそなたもよく知っているように剣士の一族だ。そのほとんどは剣士として軍や国防総院、治安部隊などに所属し王家や民を守るために力を使う。一方で表向きには公表できない任務が一つある。それが時の神の力を受け継ぎ太陽の乙女を守る剣士になることだ。そなたが昨日見た幻影というのが、あの絵本に意思を残した【時の神】その人。今の我が一族の創始者といっても過言ではなかろう。当代の選ばれたものがその本に辿り着くと幻影となって絵本から現れ力を授ける。これはとても危険な力だ。そのため、その力は太陽の乙女のためでなければ使えないし、誤ったことに使った場合は効力がなく、以降力を失うという言い伝えだ。」
「その力というのは具体的にはどういったものなのですか?」
「時を操り、人の記憶に干渉する力だ。」
「時を操り人の記憶に干渉する力…それは他人が実際に見聞きしたものを書き換えることができるということでしょうか?」
「あぁ、大方そのようなところだろう。わしも詳しいことは知らぬがな。ただ、危険な力であることはそなたにも分かるであろう。むやみに他言すればその力を悪用しようと近づいてくる悪い輩がいるかもしれぬし、その力を脅威であると権威ある者がみなせば、言いがかりをつけ陥れようとする者がいるかもしれぬ。一族を守るためにも用心せねばならぬのだ。」
「あの、護衛対象という太陽の乙女というのは?」
廉の脳裏にあの時の神々しい光景がふと浮かんだ。
「太陽の乙女、あの絵本の一文を覚えているか?“女神の光は人の世を照らす。陽だまりのように温かく優しき光は人々の凍てつく心を溶かし人々を正しき道へ導くのだった。”この文章は絵本のために少しぼかして書かれている。正確には太陽神の力を受け継ぐ乙女があらゆる悪を浄化し、この世界のあらゆるものを正しき方向へと導いてくれる、ということだ。その対象は悪霊や悪鬼、人に害をなす妖怪、人の心に巣食う悪などあらゆるものだと聞いている。この世界が平穏に保たれているのも、陰での乙女の活躍があってこそというわけだ。」
「それほどに尊い乙女をお守りするのが月城家の使命ということですか?」
「その通り。さすがは優秀な廉。物分かりが良い。乙女がその使命を全うできるよう生涯そばでお支えするのが、選ばれた月城家の剣士なのだ。」
「まるでおとぎ話のようですね。しかし…。」
「しかし?なんだ?」
「それほど強いのなら護衛など不要では?」
「確かに、そういった見方もできるだろう。だが、どんなに強い者も一人より二人、二人より三人だ。それに千年も前の昔に神が定めたことだと伝承されている。伝承や力についての詳細は神官や先代剣士の豪から聞くのが良いだろうな。それより、乙女が誰か見当はついたか?」
「実は先日、その太陽の乙女と思しきお方をお見かけしたのです。あの光景を見ていなければ、今のお話も信じられなかったでしょう。しかし、見たこともない女性でした。まるで夢でも見ているような、実在するとは到底思えないのです。その方はどう探したら良いのでしょうか?」
「……。」
仁は少し唖然としている。
(生涯そばで支える使命と言ったのだが気づかぬか…廉は鈍いのか…。ん?待てよ…。)
「あの光景というのは?」
「おそらくはその乙女が実際に力を使っている光景に出くわしたのです。」
(そういうことか。確か伝承にあったな。力を使うときは太陽神のように見えると…。)
「さようであったか。それでは普段の様子とは少し違って見えていた可能性があるな。当代も乙女は存在しておる。それにそなたは気づいていなかったようだが、時期が来た時に円滑に関係を築けるよう一族を挙げてお膳立てもしてきたのだぞ。神に仕え、当家と親しい一族といえば、もう分かるだろう。」
仁は廉を見ながらニヤリと笑った。神に仕え、月城家と親しい一族といえば神城家が最も有力だ。しかもお膳立てしてきたとある。
廉は答えに辿り着いた。
「もしかして…!!」
廉は目を見開いて仁を見た。
「そう、そのもしかして、だ。本来であれば今年の十六歳の誕生日の日、婚約の儀で神殿を訪れた際にこの話を神官から聞くことになっていたのだ。」
「お爺様、そんな重要なことをなぜ誕生日の前に教えてくださらなかったのですか?私が自ら伺いに来なければお話しないおつもりだったのですか?」
廉は思わず声を荒げていた。内心では、なぜそんな大切な話をしてくれなかったのかと憤慨しているが、当主の前とあって精一杯抑えている。一方、仁は廉とは逆に穏やかで優しい眼差しを廉に向けていた。
「わしらも悩んだのだ。そなたも覚えていると思うが、そなたが“婚姻はしない”、“行事もすべて欠席する”と言い始めた頃はわしらもあの手この手でそなたを参加させようとした。しかしそなたの頑なな姿を見て、確信が持てなくなった。」
「確信、ですか?」
「条件でみれば当代の剣士はそなただが、神城家との婚姻に嫌悪し呪術に傾倒する様子を見て、本当にそなたがその宿命を背負うのか、何か間違いが起こっているのでは、と。そなたの背負う宿命を話し、説得しようかとも考えた。しかしそなたの様子を見ていると、説明したところで、宿命だからとそなたが婚姻を素直に受け入れるとは思えなかったのだ。そこでわしらは廉を宿命に縛り付けるのをやめ、宿命が運命として動き出すのを見守ることにしたのだ。そして見事、そなたは宿命に引き寄せられ、時の神の力を受け継いだ。その証拠がそなたの右手人差し指にはめられている深紅の宝玉のついた指輪だ。」
廉は複雑な気持ちで仁の話を聞いていた。そして指輪に視線を落とした。なんと返答していいかも分からなかったが、黙っているわけにもいかず、絞り出すように返答する。
「経緯はよく分かりました。詳細に教えていただき、ありがとうございます。」
仁は廉の礼儀正しい返答に小さく微笑んだ。
「廉よ、この運命がそなたにとって嬉しいことか単なる重荷かは分からぬ。しかし、選ばれてしまった。書庫に行ったのも絵本を探したのもそなたの意志だったはず。導かれる運命を掴みに行ったのはそなた自身だ。急なことで戸惑っているだろうが、前向きにどうするかよく考えてほしい。答えを出すための精神力はそなたにはもう十分に備わっておる。」
仁は“当主”というより“廉の曽祖父”の顔をしていた。廉も仁が自分のことを信じてくれていることが分かった。だが、廉の複雑な心境は変わらない。
「しかしお爺様、つまらぬ反骨心が原因とは言え、私は長年、神城家との縁談を蔑ろにしてしまいました。仮に私がこの力を受け入れ、乙女を守る任務に着こうとしたところで、神城家は私を受け入れるでしょうか?」
「簡単ではないだろう。疎遠にしてきてかれこれ四年になるだろうか。その歳月は長い。そなたの覚悟と努力、誠意が大切になってくるだろうな。」
「…はい、おっしゃる通りと存じます。」
「廉よ、今日は初めて聞く話ばかりで疲れたであろう。帰ってよく休むがよい。またいつでも相談に乗ろう。」
「ありがとうございます。お爺様。」
「最後にもう一度だけ忠告させてくれ。この話を知っているのは一部の神官、神城家の当主夫妻、歴代の乙女と剣士、その近親者、当代の乙女とその仲間、そしてそなたとわし、わしの妻だけだ。他言無用。相談相手を間違うでないぞ。万が一にもあの水宮家の耳に入れてはならぬ。良いな?」
「……承知いたしました。」
さすがは当主。重要なポイントを最後におさらいして、この日の面会はお開きとなった。
帰りの車中、廉は仁から聞いた話を反芻していた。




