第二十二話:雪の境界
第二十二話:雪の境界
十二月、街が華やかな喧騒に浮き足立つ頃、二人の世界はさらに狭く、冷たくなっていた。
蒼真は深夜のバイトを増やし、削られた睡眠時間をエナジードリンクで補いながら、狂ったように数式を解き続けていた。
ある夜。凪が帰った後の暗い部屋で、蒼真はふいにペンを置いた。
どれだけ解いても、どれだけ知識を詰め込んでも、過去に背負わされた「汚れ物」の感覚が消えない。
――お前は、一生日の当たらない場所で這いつくばっていろ。
かつての父の、教師の、佐々木の嘲笑が耳の奥で反響する。
蒼真は、逃れられない呪縛を振り払うように、激しく、拳で机を叩いた。
ゴン、という鈍い音が壁に響き、静寂が痛いほど戻ってくる。
孤独は消えない。凪が隣にいても、戦うのは自分自身なのだ。
一方、学校での凪もまた、限界の淵にいた。
昼休み、模試の判定が「D」から動かない現実と、周囲の冷笑。彼女は逃げ込むようにトイレの個室へ入り、鍵を閉めた。
鏡の中の自分は、かつての女神の面影もなく、青白くやつれている。
「……大丈夫。私は、ここにいるわ」
自分に言い聞かせる声が震え、涙が一滴、床に落ちた。声を殺して泣きながら、彼女は自分の首筋を強く握りしめた。ここは戦場だ。泣いている暇などない。そう自分を叱咤しながら、彼女は再び仮面を被り、教室へと戻った。
★
共通テストの前日。
試験会場の下見を終えた蒼真は、夕闇の校舎で、招かれざる人物とすれ違った。
佐々木だった。
なぜ、あいつがここにいる。
地元で自堕落な生活を送っていたはずの、人生を狂わせた張本人が、なぜ今、目の前に立っているのか。
「……久しぶりだな、七瀬。随分と必死そうじゃねえか」
佐々木は、昔と変わらない薄汚い笑みを浮かべていた。蒼真の胃の奥で、どろりとした澱が逆流する。
「……お前には、もう用はない」
「冷てえな。俺はただ、お前がどこまで落ちるか見届けに来ただけだよ。まだそんなことやってんのか。
まあ、頑張れよ。どうせ無理だろうけど。」
蒼真は、一瞬だけ立ち止まった。
全身の血が逆巻く。だが、その時、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
凪からの短いメッセージ。
『今夜の窓の明かり、昨日より少しだけ明るくしておくわね。……待ってる』
蒼真は、佐々木を追い抜いた。
一瞥もせず、言葉も返さず。
佐々木の罵声が背中に飛ぶが、蒼真にはもう届かない。
自分を陥れた過去の亡霊など、これからの自分が行く高みには、もう、振り返らない。。
★
その夜。マンションのポストには、匿名で届けられた一冊の医学雑誌と、最高級の栄養剤が入っていた。
凪はそれを黙って受け取り、父親の「無言の投資」を、自分の一部として吸収した。
窓の外。
雪は、音を消して降り続けていた。




