第十三話:鏡の告白
第十三話:鏡の告白
雨音は、先ほどまでの激しさを忘れたかのように、静かな調べへと変わっていた。
蒼真が古いガスコンロで湯を沸かし、マグカップにインスタントの紅茶を淹れる間、凪は借りた大きなバスタオルに包まって、パイプ椅子に小さく座っていた。
「……熱いから気をつけろよ」
「ありがとう」
受け取ったカップから立ち上る湯気が、凪の白い頬を微かに赤く染める。
彼女は一口、ゆっくりとそれを飲み込むと、意を決したように視線をカップの中へ落とした。
「……七瀬くん。私の家、少し変わっているの」
静かな語り口だった。
「私は、父が欲しがった“息子”だったの。』だから、私が生まれたとき、周囲はひどく喜んだわ。……私は、完璧な息子として育てられたの」
蒼真は、棚に背を預けたまま無言で聞いていた。
「でも、身体は言うことを聞かなかった。」
凪が、震える手で自分のスカーフの結び目に触れる。
「アンドロゲン不応症。それが私の身体の理由。……私の中には、父が欲しがった『男』の証がある。でも、私の身体はそれを拒絶した。」
凪はスカーフをゆっくりと解いた。
「父にとって、今の私は失敗作。……だから、来月の末に私は『修正』される。身体の中に残った証を取り除いて、ただの『管理しやすい形』に変えられるの。……それが、私の予定された未来」
凪が顔を上げた。その瞳には、自分の存在そのものが否定されることへの、底冷えするような孤独が宿っていた。
「……ねえ、七瀬くん。幻滅したでしょう? 完璧な女神だなんて言われていた中身が、こんな……どっちつかずで、行き場のない人間だったなんて」
蒼真は一歩、彼女の方へ歩み寄った。
そして、凪の震える手からマグカップを取り上げ、机に置いた。
「どっちつかず……か。いいじゃないか、それで」
蒼真の声は、低く、けれど揺るぎなかった。
「俺だって、親に犯罪者扱いされて捨てられた、どこの世界にも居場所のない人間だ。……お前と同じだよ」
凪が目を見開く。蒼真はそのまま、彼女の細い肩に手を置いた。
「お前は失敗作なんかじゃない。……あの窓の明かりが、俺を一年半も支えてくれたんだ。あの光が、どれだけ本物だったか。……男だとか女だとか、そんな言葉で壊せるようなもんじゃなかった」
凪の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「女神」という偶像でも、定義できない「何か」でもない、ただの一人の少女として、彼女の声が部屋に響く。
「……生きたい。……私、お父さんの持ち物じゃなくて、私のままで、生きたい……!」
「ああ。……明日、お前の親父に会いに行こう。俺は、お前の味方だ。」
窓の外、雨上がりの夜空に、二人の部屋を結ぶ「境界」はもう存在しなかった。




