表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

プロローグ

気になっていただき、ありがとうございます。

カクヨムでも連載をしています。

新作はそちらが先にアップしている事が多いです。




プロローグ


犯罪は、起こる前に観測される。


それは理念でも標語でもない。この国において、それはすでに「風景」だった。


統合管理AI《Adam》は、都市の地下深く、光の届かない演算領域で稼働している。

個人の履歴、行動傾向、購買記録、通話ログ、視線の動き、睡眠の質、感情の揺らぎ。

あらゆる情報を結び、編み上げ、未来を演算する。


犯罪は衝動でも、偶然でもない。

膨大な履歴が導く必然の『結果』――


そう定義されてから、この社会は静かになった。


夜道で足を早める必要はなくなり、駅のホームに警戒線は減り、ニュースから凄惨な事件は姿を消した。

代わりに増えたのは、淡々とした通知と、統計で示される安全である。


――あなたは将来的に犯罪を犯す可能性が高いと予測されました。


その文面は、驚くほど丁寧だ。

責める言葉も、脅す言葉もない。

ただ事実として、未来の可能性が提示される。


未来に罪を持つと判断された者は、「義務観測者」と分類される。

刑罰はない。

拘束もない。

課されるのは更生という名の義務だけだ。

生活圏の制限、行動記録の提出、心理補正プログラムの受講。すべては再犯防止ではなく、未発生防止のため。


人はまだ、何もしていない。


だからこれは裁きではないとされた。

観測であり、配慮であり、社会の安全装置だと。


彼らを裁かず、導かず、ただ“観る”ことのみを許された国家資格者がいる。

特別観測士。


観測士は更生を判定しない。

義務観測者の行動を評価せず、是非も語らない。

ただ定期的に対面し、記録し、報告する。

更生プログラムの強度を提案する権限だけは持つ。


――あくまで、建前としては。


観測は裁きではない。

だが、観ることそのものが未来をわずかに書き換える。


観測されていると知った瞬間、人は自らを修正する。

言葉を選び、感情を抑え、衝動を飲み込む。

自己は、他者の視線の中で形を変える。


Adamはそれを「予測誤差補正因子」と呼んだ。


観測士は誤差だ。

だが、その誤差こそが、この社会の安定を保っていた。


完璧な秩序は、ほんのわずかな揺らぎを許容することで完成する。

過剰な最適化は、逆に破綻を招く。

だから人間が必要だった。

冷徹な演算の外側に、非効率で曖昧な存在が。


それが、特別観測士の存在理由。


そしてある日、その誤差は想定外のかたちで現れた。


犯罪予測リストに、三つの識別番号が追加された。


人造人間AIDエイダ


感情を抑制され、自己を持たぬよう設計された補助個体。労働、介護、行政。

人の代わりに役割を果たし、しかし逸脱しない存在。

逸脱確率は、常に限りなく零に近い。


そのはずだった。


《重大犯罪実行確率:95.2%》


無機質な数値が、サーバールームの空気を切り裂く。

技術者は首を傾げ、監査官はログを洗い直し、再演算が走る。

誤差か、外部干渉か、システム異常か。


だが、再計算後の値はさらに上昇した。


《実行確率:98.7%》


確率は確定へと収束しつつある。


誤差か、外部干渉か、システム異常か。


Adamは無感情に、ただ結果を提示する。


原因不明――。

だが予測は有効。


義務観測措置、適用対象。


心なき人形に、未来の罪が定義された。


その通知は、特別観測士候補の端末にも届く。


織原紡おりはら・つむぎは、画面に並ぶ三つの識別番号を見つめていた。

添付された画像には、整いすぎた顔立ちと、光を反射するだけの瞳。

最終試験――その一文だけが、静かに点灯している。


観測士候補が扱うのは、通常、人間である。

衝動や環境、過去の選択が数値として説明できる存在。

だが、今回は違う。


「自己形成なし」と明記された存在。


心を持たないはずのAID。


紡は端末を閉じる。

窓の外では、都市が均質な光を放っている。

監視カメラの赤いランプが、星のように灯る。

誰も走らず、誰も叫ばない。

秩序は完成に近づいていた。


完璧なAIが導き出した、欠陥のないAIDたちの「罪」とは何か。


裁きは不要。

救いも無意味。


それでも、観測は始まる。


月が雲間から姿を現し、都市の輪郭を白く縁取る。

冷たく、無慈悲に。


記録に残らない履歴がある。

保存されない選択がある。

数値に換算できない揺らぎが、確かに存在する。


Adamは未来を観測する。

だが、心までは予測できない。


まだ、誰も知らない。


その三体の内部に、

未知の可能性の揺らぎが生まれ始めている。


それは欠陥ではない。


微細な揺らぎが、

やがて未知なる進化の兆しとして芽生える。


読んで頂きありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ