表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜OLは異世界でも休めない。〜破滅フラグをへし折るために領地経営を立て直したら、冷血宰相にヘッドハント(求婚)されました〜  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

第2話 魔法よりも鋭い「Excel脳」の逆襲

領主館の私室が、深夜のうちに戦場になった。


机の上には、過去三年分の領収書と出納帳、税収台帳、商会との契約書の写し。蝋燭の火が揺れるたび、紙の山の影が伸びては縮む。前世なら、ここに冷めたコンビニコーヒーが鎮座していたはずだけれど――今夜の相棒は、薄いスープと、魔導板。


黒い板に指を滑らせると、淡い光の文字が浮かぶ。罫線を引き、項目を並べ、数字を流し込む。見た目こそ違っても、やっていることは同じだ。


(よし。脳内でピボット展開、開始)


私はまず、領収書の“癖”を探した。金額の並び、端数処理、日付の付け方、押印。人間が書いたものには、必ずクセが出る。クセは嘘をつけない。


二時間後、魔導板の上に、私だけが分かる地図ができた。


「……やっぱりね」


代官バルドーの管轄の支出だけ、“綺麗すぎる”のだ。金額が妙に丸い。例えば銀貨一〇〇枚、二〇〇枚、五〇〇枚。現場の支払いは本来、端数が出る。食糧、道具、修繕、賃金。現実はそんなに整っていない。


さらに、同じ月に「倉庫補修費」が二回計上されている。片方は“緊急”、片方は“追加”。そして両方とも、同じ商会名――ルミエール商会。


(王都の商会が、こんな辺境の倉庫補修を? しかも二回?)


私は領収書の紙質を比べた。押印の滲み方も。すると二枚だけ、わずかに違う。紙が新しい。封蝋の欠け方が不自然。書き手の筆圧も違う。


――偽造だ。


証拠はまだある。


私は税収台帳を開き、“未収金”の項目を魔導板に写した。未収金は、回収予定と紐づくはずだ。なのにこの領地は、未収金が年々増えている。徴税が下手? いいえ、違う。


未収金の増え方が、ある村に偏っている。


(ミル村……蜂蜜の産地。ここの未収金だけ、毎年きっちり同じ割合で増えてる)


貧しい村の滞納は、年によって揺れる。天候で収穫が変わるからだ。なのに、一定の割合で増えるのは不自然すぎる。まるで誰かが意図的に“帳簿上でだけ”未収にして、差額を吸っているみたいに。


「グレアム」


扉の外で待機していた執事長が、すぐに入ってきた。疲れているはずなのに、目が冴えている。私の作業速度に、置いていかれまいとしている顔だ。


「領内の徴税担当者、今すぐ呼べる?」


「夜明け前ですが……可能でございます」


「代官バルドーもね。――逃げたって聞いたけど、まだ領内にいる。馬を変えた形跡があるはず」


グレアムが目を見開く。「なぜそれを……」


「飼葉代の支出。昨日だけ二倍。馬小屋の記録と合ってない。つまり、馬が増えたか、馬を使ったか」


言った瞬間、背後で侍女が小さく息を呑んだ。たぶん、私が魔法でも使ったように見えたのだろう。


(魔法じゃない。監査だ)


夜が明けるころ、代官バルドーが連れて来られた。汗をかき、作り笑いを張り付けたまま、私の前に膝をつく。


「お嬢様、お目覚めになられて何より。王都ではお辛い目に――」


「倉庫補修費、同月二回。片方は偽造。押印が違う」


私は淡々と、領収書を二枚並べた。バルドーの顔が引きつる。


「な、何を根拠に……!」


「根拠なら他にもある。ミル村の未収金。毎年、同じ割合で増えてる。村の収穫がそんなに安定するわけない。徴収した税の一部を“未収”に見せかけて抜いてる」


「でたらめだ!」


「でたらめは数字が嫌うのよ」


私は魔導板を彼の前に滑らせた。そこには三年分の徴税額、村ごとの収穫量、未収金の推移。さらに、王都商会への“前払金”の増減と、代官の私的支出の一致。


「この月、ルミエール商会への前払金が増えた。ほぼ同時期に、あなた名義で王都の家屋の購入手付金が支払われてる。支払先の商会が同じ」


バルドーの喉が鳴った。


「……なぜ、そこまで……」


「前世の私の仕事は、こういうのを見つけることだったの」


言い終えた瞬間、彼の肩が崩れた。観念したように、震える声が漏れる。


「……少し、少しだけだったんだ。領地が苦しいのは本当で……俺だって、家族が……」


「家族を守りたかったなら、領地を食い物にするな」


言葉は冷たく出た。でも、私の中では別の計算が動いていた。


(ここで切り捨てるだけじゃ足りない。穴を塞いで、再発防止の仕組みを作る)


「グレアム。代官の権限を停止。徴税は二人体制に。現金の受け渡しは必ず立会い、日次で残高照合。倉庫は入出庫を印章二重化。帳簿の様式も統一する」


「かしこまりました」


バルドーは連行されていった。私の胸の奥に、鈍い達成感が落ちる。


数字の謎は解けた。けれど、これはスタートラインだ。


◇◇◇


午前。私は領内の代表者を集めた。村長、職人頭、商人、護衛隊長。会議室の空気は重い。誰もが「どうせ手遅れだ」と顔に書いている。


私はまず、短い資料を配った。領地の現状と、止血策。そして――特産品の話。


「クロムウェル領の“霜蜜”は質がいい。なのに王都での値が安い。なぜか分かる?」


村長が渋い顔で答える。「運ぶのに金がかかりすぎる。道が悪い。護衛も必要だ。商会に買い叩かれる」


「つまり、流通コスト」


私は頷いた。前世の物流改善で何度も聞いた言葉だ。


「今までは、王都の商会が運ぶ権利を独占してた。彼らは往復で運賃を取る。でも実際、王都からこちらに来る荷車は、塩や鉄を運んできて――帰りは空で戻ってる」


商人が目を丸くする。「空で……?」


「ええ。だから提案。帰り便に霜蜜を積む。戻り便は追加のコストが少ない。運賃を半分にできる」


ざわめきが広がった。私は畳みかける。


「それと、容器。今の壺は割れやすい。破損率が高いなら、その分が価格に乗る。樽を規格化する。蜂蜜は粘性が高いから、密封してしまえば樽のほうが安全」


職人頭が身を乗り出す。「樽なら作れる。だが規格を揃えるとなると……」


「揃えるの。揃えれば、積み込みが速くなる。荷崩れしない。結果、護衛時間も短くなる。――全部、コスト削減」


私が魔導板に簡単な式を書き込むと、文字が光って並んだ。


(運賃×往復)+(破損率×損失)+(待機時間×護衛費)=現在の流通コスト

→ 規格化+戻り便活用で、破損率と護衛費を下げる


「……数秘術か?」


誰かが呟いた。別の者が咳払いで誤魔化す。私は心の中でため息をつく。


(数式です。Excelです)


「難しい話じゃないわ。無駄を減らして、同じものを高く売る。その分、領民にも戻す。税も“取れるところから”じゃなく、“回るようにしてから”取る」


沈黙の後、村長がゆっくり頷いた。


「……やってみる価値はある。だが、商会は抵抗するぞ」


「抵抗させない。契約を見直す。必要なら新しい取引先も探す。領地を担保にされる前に、こちらから条件を作る」


私の声が、少しだけ強くなる。


「私はもう、誰かの気分で首を切られる働き方はしない。ここは私の領地で、あなたたちは私の人員。生き残るために、全員で回す」


会議室の空気が、ほんのわずかに変わった。諦めの膜が、一枚だけ剥がれ落ちる感触。


その日の夕方、倉庫には“新しい台帳”が置かれ、霜蜜の樽の試作品が並び始めた。徴税担当は二人体制になり、受領の印章が二つになった。


私は私室に戻り、魔導板に一通の報告書を打ち込む。


『クロムウェル領 緊急改善報告(第一次)』


差し止めた不正支出の金額。回収見込み。再発防止策。流通コスト削減計画。今後三か月の資金繰り表。


最後に、署名を書き入れる。


――レティシア・ヴァン・クロムウェル。


(これが、私の生存戦略。数字で生きる。数字で守る)


報告書を封蝋で閉じたとき、窓の外で日が落ちた。


王都にいる誰かが、この紙を見れば、きっとこう思うだろう。


「辺境の没落領地が、なぜこんな資料を出せる?」


その“誰か”が、私の次の運命を連れてくることを――このときの私は、まだ知らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ