寄生された少女
翌日、セレアは玲人が滞在している宿屋の前まで来ていた。
特に約束をしているわけでもなかったが、無意識に通りかかっていた。
「寝過ごしてやしないわよね?って、なんで私が玲人のこと心配するのよ!?」
などと、一人で突っ込みをやっていたセレアだったが、ふと地面に大きな影が映ったのに気付く。
すぐ上を見ると、そこには黒い鳥の魔物、デビルウィングが頭上まで来ていた。
デビルウィングはセレアの頭上をとるや否や、急降下して襲い掛かってきた。
「くっ!」
セレアは頭上からの爪による急襲を間一髪のところで躱した。
デビルウィングは攻撃を外すと上空に逃れ、更に攻撃の体勢をとる。
「何でこんなところに魔物が!?こいつらは人目に付くところを縄張りに選ばないはずなのに!」
デビルウィングは今度はセレアの真正面に回ると、鋭利な嘴を前方に突き出し、突っ込んできた。
「でも!私に真っ向勝負を挑むなんて10年早いわ!」
セレアは手甲を装備し、拳を振りかぶる。
「メガスマッシュ!」
相手が迫るより早く、セレアは間合いを詰め、振りかぶった拳を振り下ろした。
攻撃を受けたデビルウィングは地面に落ちて動かなくなった。
「やった!」
勝利を確信したセレアだったが、デスウィングから白い触手が飛び出す。
セレアがその姿を目でとらえた時には既に肩を抉られていた。
「やっ!?」
不意を突かれて驚いたセレアだったが、すぐに我に返り触手を手刀で切断した。
「どうなってるの?デビルウィングがこんな攻撃するなんて、聞いたこともない。」
セレアは息を整えながら、デビルウィングの死体を見ていた。
「セレア?何してるの?」
セレアが振り返ると、ちょうど学校へ行く用意ができた玲人が出てきたところだった。
「いや、大したことじゃないんだけど、ちょっと魔物に襲われて。もう倒したけどね。」
「ならいいけど、でも怪我してるよ。ちょっとじっとしてて。」
玲人はセレアの肩の傷口に手を向ける。
「ヒール。」
玲人が回復魔法を放つと、セレアの怪我はあっという間に治った。
「凄い、あんた白魔導士の回復魔法も使えるの?」
「大事なスキルは昨日ライセンさんから教わったんだ。」
「ライセンさんって、あのアスロさんの次に実績を残してるギルド長の!?どこでそんな人と知り合ったの!?」
「昨日魔王討伐に行ったときにね。」
玲人はアイリスの父親の仇を討つために魔王討伐に行く途中、ライセンのパーティーと偶然知り合い、同行したことを話した。
また、アイリスからの告白で、彼女と付き合うことになった話もした。
「なるほど。あんたが魔王を討伐したってことね。今更驚くのもあれなんだけど、本当に大したものね。」
「うん。俺の力をこの世界のために使えて良かった思ってるよ。」
「強い上に、人間もよくできてるわね、玲人は。アイリスが惚れたっていうのも理解できるわ。」
「そういえば、今日は魔王討伐記念のパレードがあるんだ。ちょうど時間は学校が終わった後だから、セレアも来てくれるかな。」
「当たり前でしょ!友達の晴れ姿を見に行かないわけがないじゃない。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。おっと、そろそろ行かないと遅刻するね。」
「そうね。行きましょう。」
玲人に付いていこうとしたセレアだったが、その直後、肩に疼くような感触があった。
目を向けて手を当ててみるが、特に痛みは感じない。
「セレア?」
付いてこないセレアを不思議に思って玲人が振り返る。
「ううん、何でもない。行きましょう。」
セレアは気のせいだと思い、玲人の後に続いた。
放課後。
沿道は既にパレードを見に来た人でいっぱいになっている。
「もうそろそろ通るかな。」
アイリスは道の遠くの方を見る。
「まずはギルド長であるライセンさん、それから今回活躍された玲人さんの順番で来ると思います。」
ティアは事前に配られていた情報誌を眺めている。
「あ!来たみたいよ!」
セレアが遠くの方から国旗を持った兵士、そして馬に乗ったギルドのメンバーが来るのを見つける。
ティアが最初に言った通り、先頭を馬に乗って進むのはライセンだった。
ライセンは人々の声援に手を上げて応えながらも、プライドの高そうな雰囲気を醸し出していた。
その後ろに馬に乗って続いていたのが、玲人であった。
「玲人君!」
アイリスが真っ先に玲人に気が付き、手を振る。
玲人はアイリスの方を振り向いて笑顔で頷き、そして剣を抜いて掲げて見せた。
人々の間から歓声が上がる。
「かっこいいですよね。玲人先輩。」
ティアがうっとりとした顔で言う。
「あら、ティアも玲人を狙ってた?」
「そ、そんなことないです!」
セレアにからかわれ、ティアは顔を赤くして否定する。
「でも、確かに凄い奴よ、玲人は。アイリスの父親のことを聞いたその日のうちに魔王を倒しに行ったんだから。普通そんなことできないわよ。」
セレア達は次第に遠ざかっていく玲人達を眺める。
玲人達の後で、他のギルドメンバーが通っていく。
セレアはふと横に目をやると、見知った顔を見つけた。
「ゼオン?」
そこには、歓声を上げている人々とは不似合いな、死人のような顔をしたゼオンが歩いていた。
パレードの方には目もくれず、路地裏の方に入っていった。
セレアは気が付いた時にはゼオンの後を追っていた。
路地裏を抜けていき、空き地に着いた。
周りは廃墟で人目はない。
ゼオンはそこで一つのロープを取り出す。
そして廃墟に捨ててあった椅子を立て、その上に上り、一本の木の枝に括り付けた。
ロープを強く引っ張り、解けないことを確認した。
もう一方の先端をもやい結びにする。
「ちょ、ちょっと待って。これってまさか……。」
隠れて様子を見ていたセレアは嫌な予感がよぎる。
ゼオンはそこで何かを思い出したように椅子から降りると、一つの封筒を出して地面に置き、風で飛ばされないようにその辺りにあった石を重しとして上に置いた。
その封筒に書かれている文字を見て、セレアは唖然とした。
『遺書』
ゼオンは椅子の上に上り、ロープの輪を両手に持った。
「ちょっと待ってえええ!!」
その姿が目に入るや否や、セレアは全力でゼオン目掛けて走っていた。
「ごふっ!?」
ゼオンが振り向くと同時に突っ込んできたセレアと衝突した。
その時、セレアはまた肩が疼くような感覚に襲われ、顔をしかめる。
気付いた時にはセレアの体の下で、ゼオンは気絶していた。
「うわあ、またやっちゃった。」
この間と全く同じことをやってしまい、セレアは苦い思いで頭を掻いた。
地面の上に座ってゼオンとセレアは向かい合っていた。
ゼオンの頭にはコブができていた。
「そりゃあ、私も慌てていたとはいえ、結果的に怪我させたのは悪かったわよ。」
「いえ、セレアさんは助けようとしてやってくれたことですから。」
「でもあんた、魔王討伐から帰ってこられたのね。アスロさんのパーティーが魔王討伐に失敗したって聞いたから、てっきり。」
「ええ、まあ。変なところで悪運が強かったようです。」
「ねえ、一体何があったのよ?」
「どこからお話したら良いものか。皆さんが知っての通り、僕達は魔王討伐のクエストに行っていました。だけど、実をいうと魔王とは戦っていないんです。」
「え?そうなの?」
「魔王のところにたどり着く前に全滅してしまったんです。魔王の使いに遭遇して。」
岩山の上でアスロのギルドメンバー達は、一人の魔王の使いと対峙していた。
ところが、魔王の使いは戦闘開始直後、いきなりゼオンに攻撃を放ってきた。
紫色に光る魔力弾が猛烈な勢いでゼオン目掛けて飛んでくる。
「うわああ!?」
咄嗟に杖にプロテクトのスキルを使って硬化させ、防御するもその勢いに押され、背後の崖へとゼオンは転落していった。
「ゼオン!」
アスロが振り返った時には、ゼオンの姿は既になかった。
「僕は崖から落ちた後で別の魔王の使いに襲われました。多分その間にアスロさん達もやられてしまったのではないかと思います。」
ゼオンは当時を振り返りながら話す。
「でも、その魔王の使いは何であんたを真っ先に攻撃してきたのかしら。」
セレアはその部分が気になった。
ヘイトという概念があり、魔物は攻撃する優先順位のようなものがある。
攻撃力の高いものはより敵から狙われやすくなる。
そして、回復スキルは、攻撃力が高いもの以上にヘイトを稼ぐことになる。
しかし、ゼオンはその時まだ何も行動していなかったし、前衛にいたわけでもなかった。
「何らかの理由があったか、あるいは頭の悪い敵だったか、ですかね。」
「頭が悪い?」
「その手の敵は、ヘイトなんてお構いなしに手当たり次第に攻撃してきます。それで狙われたら、運が悪かったと思うしかないですね。」
「なるほど、きっとそうね。」
セレアは納得した。
「結局ギルド長のアスロさんと主力メンバーが全員亡くなられたのでギルドは解散。しかもここ最近、僕は全く成果を上げてこなかったので、それを期にプラチナ級冒険者の資格も剥奪されました。もっと言うなら、それが原因で両親からも勘当を言い渡されました。」
「うわ、それはなんというか、大変だったわね。それで死のうとしてたってこと?」
「そうですね。ただ、僕は借家に住んでますから、家の中で首を吊ったら大家さんに迷惑が掛かってしまいます。丁度今日はパレードだと聞いて、街の中の人はほとんど出払うはずだと思いました。だから、その間に人目が付きにくい場所でやれば、気付かれないかと。」
セレアは考え込む。
死のうとしてる相手がいれば、止めるのが人として正しいと思っていた。
しかし、ここまで追い付けられているゼオンに関しては、止めた後でどうすればいいのか分からなかった。
「あ、ごめんなさい。延々と身の上話をしてしまって。考えてみれば今日は御めでたいパレードの席ですから、死のうなんて思っちゃ駄目ですよね。」
ゼオンは明るく微笑んで見せるが、どうみても無理に笑っていることはセレアにも丸分かりだった。
「パレードの席云々は関係ないでしょ。」
「ええ、まあ。こんなつまらないことに付き合わせてしまったお詫びとして、セレアさんもどこか怪我があれば治して差し上げます。」
「別に怪我なんて…」
そう言いかけたセレアだが、今朝から疼く肩を思い出した。
「先ほど僕とぶつかったとき、肩の方を気にしてらっしゃったので。」
「確かに魔物と戦って怪我したけど、すぐに玲人にヒールしてもらって治ったはずよ。」
「そうですね。でも、念のためということで。これでも一応白魔導士なので、少しはお役に立てるかとお思います。」
セレアは少し悩んだが、結局ゼオンの提案に乗ることにした。
「分かった。ちょっと見てみるから、あっち向いてて。」
セレアに言われてゼオンは言われるままに後ろを向く。
セレアは制服の上着をはだけて自分の右肩を確認する。
「って、何これ!?ゼオン!?」
いつの間にか、セレアの右肩の上に芋虫のような形の痣ができていた。
それだけではなく、明らかにもぞもぞと動いている。
「ワーム!?」
痣を見たゼオンも驚きを隠せない。
「何、それ?」
「この生物は長らく存在が確認されていなかったのですが、書籍上で見たことがあります。」
ワームとは寄生虫の一種で、他の生物に寄生して栄養分や魔力を吸収して成長する。
単独での活動も可能ではあるが1週間程度が限界で、それ以上寄生できなければ栄養不足で死滅する。
また、単独での戦闘力はほとんどないため、自分の身を守るために他の生物や無機物に寄生して操り、戦うことができる。
無性生殖で増え、対象の表面に接触するだけで溶け込み、寄生する。
ゼオンが以前読んだ書物にはそう書かれていた。
「そ、それって、危険な生物ってこと?」
「恐らくは。書籍には宿主の体内でどんどん繁殖して増えるので、意識を乗っ取られたり、最悪体内を食い荒らされて死ぬケースもあると。」
「嫌よそんなの!こんな虫に食い殺されるなんて!」
ワームの危険性を聞き、セレアは思わず涙目になる。
「あ、いや、ワームにも個体差がありますし、個体によっては宿主が死なないよう生み出したワームを体外に出す者もいますから。それに、除去可能です。」
「ほ、本当に除去できるの!?」
ゼオンは杖を持ち上げ、先端をセレアの肩に向ける。
「ワームはヒールで除去できないのがちょっと厄介なところです。ヒールは生物の体内の自然治癒力を一時的に高めることで正常な状態に戻しますが、寄生虫自身が生物ですからね。だから、浄化魔法のキュアラを使います。」
「キュアラって、毒や麻痺を治すスキルの?それで除去できるの?」
「ワームの細胞のパターンが分かれば、キュアラで浄化できます。体内の毒物を取り除くのと同じ要領で。」
ゼオンが持った杖の先から青白い光が灯る。
「キュアラ!」
ゼオンがスキルを発動すると、セレアの肩から紫色の光の粒のようなものが出て行く。
やがてセレアの肩からは痣は完全に消えて違和感もなくなった。
「終わったの?」
「はい。ワーム自体にそれほど強い生命力はありませんから。」
「た、助かったわ!ありがとう!」
セレアは一も二もなく、ゼオンに礼を言う。
ゼオンは照れ臭そうに頭を掻く。
「僕も嬉しいですよ。白魔導士として初めて誰かのお役に立てて。」
セレアはそこでゼオンが首を吊ろうとしていたことを思い出す。
「いい?死のうなんて思ったちゃ駄目だからね?こんなことができるんなら、白魔導士として十分やっていけるじゃない。」
セレアの言葉に、ゼオンはまだ浮かない顔だったが、
「はい。もう死のうと思ったりしません。一度教会に行ってカウンセリングでも受けてきます。じゃあ、僕はここで。パレードはまだ続いてますから、ご友人と一緒に来ているなら戻られた方が良いかと思います。」
ゼオンは背を向けて去る。
「あ、待って……」
ワームに対する不安と、ゼオンがこれから何をするか分からない不安があり、止めようとしたセレアだったが、そこで肩から何かがずれる感覚に気が付いた。
そこで自分が肩をはだけていたために薄い水色のブラの紐が見えていることに気付いた。
「ひゃっ!?」
反射的に肩を隠す。
そこでセレアはゼオンが遺書とロープを忘れて行ったことに気が付いた。
「何はともあれ、これは処分しとかないと。また変な気を起こされたらあれだし。」
セレアはゼオンが残していった遺書を破り捨てた。