白魔導士のギルド、崩壊する
緑であふれる大きな家の庭。
そしてその中心にある白が基調の大きな屋敷。
ゼオンは落ち着かないながらも、セレア、ラディに付いて行って庭を通り、大きな扉から屋敷に入り、大広間に通された。
「セレアさんって、物凄くお金持ちなんですね。」
大広間の広いテーブルに付きながら、ゼオンは辺りを見回す。
「パパが地元で結構有名な商人だからね。」
セレアが話している間に、ラディがセレアとゼオンの前のカップにお茶を入れた。
「あ、すみません。」
思わず礼を言うゼオンに、ラディは軽く会釈だけ返してその場を離れた。
「さて、さっきは助けてくれてありがとうね。」
「い、いえ。」
「助けてくれたことは感謝するけど、あんな危ない真似しちゃ駄目じゃない。ラディが通報してくれたから何とかなったものの、そうじゃなきゃあんた、今頃殺されてたわよ。」
セレアの指摘にゼオンは苦笑する。
「仰る通りです。命は大事にしないといけませんよね。」
「まさか、本当に死のうとしてた、なんてことはないわよね?」
「べ、別に死のうとしてたわけじゃありません!死んでもいいとは思ってましたけども。」
何気にセレアが発した言葉にゼオンは凄く焦りながら答えた。
「同じ意味でしょ!じゃあ、何で死んでもいいなんて思ったわけ?」
「聞いてくださるのですか?」
「乗り掛かった舟だからね。」
「ありがとうございます。原因は、一言で言ってしまうと仕事に対する能力不足です。僕は今、アスロさんがギルド長を務めるプラチナ級のギルドに所属しています。」
「プラチナ級!?しかもあの、アスロさん!?」
「はい。」
ギルドは冒険者達の組織のようなものである。
パーティーは冒険者達が一時的に組むチームに過ぎないが、ギルドはそれよりもっと強い結びつきがあり、一度入れば抜けるには正式な申請を出さなければならない。
ギルド内部にも様々な守るべき規則や目標の管理等があり、報酬の分配についても取り決めがある。
また、ギルドに入ってくる依頼はギルド長が振り分け、そこでいつまでにどのメンバーが行うものかを決定する。
依頼は個人でできるものもあれば、チームを組むことが必須のものまである。
各々の仕事には納期があるため、それに間に合わせられなければ、業績に響く。
いろいろと決まりがある分、メンバーに対する各種手当も充実していて、怪我や病気で動けなくても生活に困らないよう費用はギルドが負担する。
また、必要最低限の休日を取ることが義務付けられていて、ギルド長は特定のメンバーに負荷が集中しすぎないよう管理することも求められている。
また、冒険者には階級がある。
難しいクエストを多くこなした冒険者は階級が上がる。
無印、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの5つの階級があり、階級が上がるほど難関なクエストを受注できる。
プラチナ級の冒険者は最上位であり、冒険者として実績を上げるか、冒険者養成学校で余程優秀な成績を修めなければ資格を得ることはできない。
ギルドによっては、一定以上の階級がないと入れないものもあり、アスロが率いるギルドはプラチナ級の中でもトップクラスの成績を修める冒険者のみが入れるギルドだった。
ゼオンの家系は優秀な白魔導士として知られてきた。
そのため、彼の父親も母親も白魔導士であった。
両親は一人息子であるゼオンを優秀な白魔導士にするため、とにかく教育熱心だった。
家庭教師は多い時で五人も付け、冒険者養成学校の白魔導士のクラスで優秀な成績を取り続け、飛び級により同年代の学生達より早く卒業した。
その成績はプラチナ級であり、更にゼオンの両親とアスロが親しかったのもあり、半ばコネでギルドに入ることとなった。
だが、ギルドに入った後にすぐにゼオンは自らの実力不足を感じることとなった。
ゼオンの使う回復、補助スキルは効果こそ他の白魔導士より強かったものの、ギルドに属している者達は総じて実力が高いため、過剰強化になるだけであまり重宝されなかった。
また、飛び級で学校を卒業したため、魔物との実戦経験や知識が不足していたのもまずかった。
魔物の攻撃パターンを把握していないために、ゼオン自身が戦闘不能にされてしまうことが何度もあった。
こういうことを防ぐために、他者との連携は不可欠なのだが、ゼオンはそのコミュニケーション能力も不足しており、周りの人にいつどうやって助けを求めるのか分からなかった。
周囲と連携できないのは白魔導士として致命的であり、それ以来ゼオンをパーティーに入れる者も減り、仕事も割り当てられなくなっていった。
他の者と連携して仕事ができない以上、ソロでクエストを進めるしかないが、ゼオンは攻撃用のスキルはまるで才能がなかった。
冒険者養成学校で白魔導士の回復スキルや補助スキルは習得必須項目である。逆に攻撃スキルについては必須ではないため、極端な話、使えなくてもプラチナ級冒険者の資格を得られてしまう。
ゼオンの場合、これが完全に裏目に出て、プラチナ級の冒険者でありながら他者とパーティーは組めず、ソロでの戦闘もできない白魔導士となってしまった。
その後ゼオンは現状を改善しようと、魔物の攻撃パターンや他のクラスのスキルを必死に勉強したが、一度失ったメンバー達からの信頼を取り戻すには至らなかった。
「その上、最近アクシデントが起こって、簡単な薬草採集のクエストも失敗してしまって。冒険者として続ける自信もなくなっていたんです。」
セレアは先日自分が落下してゼオンを下敷きにしてしまったことを思い出した。
セレアは内心罪悪感を感じるが言い出せず、ゼオンもセレアの顔は覚えていないようだった。
「勿論、ギルド長からは厳しく注意されました。だから、今日アスロさんにも言ったんです。僕の能力ではとてもこのギルドでお役に立てないので抜けさせてほしいと。」
ゼオンがそれを伝えた時、アスロはゼオンを見下ろし、小さく溜息を吐いた。
『正直、呆れている。お前は自分がうまくいかない原因をこのギルドのせいにするつもりか?自分の問題点が分かっているのに、それを改善する努力もなく諦めるのか?そんなことでは、このギルドどころか階級が一番下のギルドですらも同じことになるぞ。』
ゼオンの話を聞いたセレアは少なからず衝撃を受けた。
「それで悲観して死んでもいいって思ったわけね。」
「そんなところです。今まで白魔導士として生きていく方法しか勉強してこなかったので、それが駄目になったらもうどうして良いか分からなくなって。」
「まあ、そうでしょうね。でも、プラチナ級の冒険者って本当に大変なのね。プラチナ級冒険者になってみたいって、憧れてたんだけどな。」
沈んだ顔をするセレアを前にしてゼオンが焦る。
「いや、僕の場合は分不相応なのに、プラチナ級の冒険者限定のギルドに入ったのが原因なんです。現に僕以外の人はうまくやれてるわけですから。だから、セレアさんが諦めることはないですよ。」
「うん、ありがとう。」
そこでゼオンの持っているコールが白く光って点滅し、連絡が来たことを告げる。
「出ていいわよ。ギルドからの連絡かもしれないでしょ?」
「は、はい。失礼します。」
ゼオンは軽くセレアに一礼してから、コールをとって部屋から一旦出る。
連絡してきたのはアスロだった。
「はい。ゼオンです。」
緊張した声でゼオンは応答した。
「今は大丈夫か?」
いつも通り、アスロの威厳のある低い声がなおさらゼオンを震え上がらせる。
「はい。」
「冒険者協会より、魔王の居城の場所が分かったとのことだ。クエストを受注したので、これより1時間後、俺達のギルドで魔王の討伐に行く。お前にも同行してもらいたいが、行けるか?」
「ま、魔王!?」
人や魔物を問わず、大きな魔力を持ち、数多の魔物を率いて世界に害を為すもの。
そういったものは魔王と呼ばれていた。
近隣の村を支配したり、歯向かう人間を虐殺したりとその悪事は広範囲に及ぶ。
冒険者協会でもその存在は危険視され、好成績のギルドのみが受注できる最難関のクエストだった。
「そ、そんなクエストに僕が参加しても良いのですか!?」
「別にお前に最前線で動いてくれとは言わない。お前は他のメンバーの動きを見て勉強してほしい。何かあればその都度指示は出す。」
「は、はい!」
「予定していたクエストの参加人数より一人分枠を増やした。その分各々の報酬額は下がるが、ギルドとしても、上司の立場としても、いつまでもお前が何もできないまま放置するのは宜しくない。魔王との戦いに同行することは、きっと良い経験になるはずだ。」
「はい!ありがとうございます!」
コールの前でひたすらゼオンは頭を下げた。
アスロとの連絡が終わったゼオンは、セレアが待つ大広間に戻った。
そこでたった今アスロからクエストの参加要請が入ったことを伝えた。
「なんだ、そんな高難易度のクエストに参加させてもらえるなら、まだ見限られてはいないわね。」
「あくまでも首の皮一枚繋がってる状態ですけどね。」
ゼオンは苦笑する。
「でも、良いところを見せればこれからの評価も変わるかもしれないわよ?」
「確かにそうですね。」
「とにかく!せっかくのチャンスなんだから、ちゃんとモノにしなさいよ!私も応援してるから!」
セレアはゼオンの肩を叩いて元気づけようとする。
「はい。何だかさっきまでの暗い気分がなくなったような気がします。」
「じゃ、行ってきなさい。良い報せを待ってるわ。」
「はい、失礼します。」
セレアに促され、ゼオンは来た時よりも元気良くセレアの家を出て行った。
とある荒野の岩山の上。
岩山の上では、多くの冒険者が地に伏していた。
鋭利な刃物で切り付けられた者、体に大穴が空いた者、口から泡を吹いている者。
いずれも既に息絶えていた。
アスロも例外ではなかった。
岩山の下の崖では、蜘蛛の糸のように白い糸が張られており、ゼオンは丁度その中心にかかっていた。
蜘蛛の巣のように粘着力があるわけではなかったが、いずれも手足にきつく巻き付き、自力でほどくのは不可能だった。
そんなゼオンの元に、一人の少女が近付く。
「あなたは?」
少女の存在に気付いたゼオンが目をやる。
「私はメリッサ。魔王の使いの一人よ。」
魔王の部下の中には、特に上級の実力を持つ幹部クラスの魔物がいる。
そのような魔物は一般的に魔王の使いと称されていた。
「皆は?この崖の上にいる皆はどうなったんですか!?」
「全員死んだ。御姉様に殺された。」
「そんな、アスロさん達は全員プラチナ級ギルドのメンバーなのに!」
ゼオンはすぐには信じられなかった。
その時、メリッサは手に持っていた丸いものを転がした。
ゼオンはそれを見て絶句した。
それはギルドのメンバーの首だった。
「私の言うことを信じてもらうために持ってきた。もっとあるけど見る?」
地面が盛り上がると、そこから次々とメンバー達の首が転がり落ちる。
「あ…あぁ……」
かつてのメンバー達の変わり果てた姿に、ゼオンは青ざめ、言葉を失った。
しかも、どの首も不気味に溶けかけていた。
「分かってもらえたようで何より。」
「な、何てことを……」
「残酷だと言いたいの?私達に手を出してきたのは人間の方。そもそも、人間の命に価値なんてない。価値のないゴミを奪うことが、何の罪になるの?」
メリッサはゼオンがかかっている糸の上に飛び乗る。
そして、掌の中に複数本の糸を出現させると、その糸をまるで針のようにゼオンの右手首に突き刺した。
「うっ!」
刺されたゼオンの手首から血が噴き出す。
「仕留め損ねた人間を始末するよう御姉様から命令を受けている。あなた達の命はゴミだけど、奪うことで御姉様から褒めてもらえるなら、いくらでもやる。存分に苦しんでもらった後でね。」
その言葉通り、メリッサは急所をわざと外して、苦しむように刺し続けた。
最初は呻き声を上げていたゼオンだったが、それも徐々に小さくなり、何の反応も返さなくなった。
血はまだ噴き出し続けている。
「弱い。何であなたがプラチナ級限定のギルドに入れたのか、人間社会はよく分からない。」
メリッサがとどめを刺そうとしたとき、岩盤を突き破って大型のムカデの魔物、センチピードが飛び出してきた。
「邪魔よ!図体だけの雑魚の分際で!」
メリッサは周囲に張り巡らせた糸で、糸の壁を作り出す。
センチピードは壁に当たり、それでも突き進もうとするが、糸の束は頑丈でビクともしない。
だが、その時ゼオンを拘束していた糸の一部が緩んだ。
ゼオンは気を抜くと気を失いそうになる中、力を振り絞り、攻撃力を上げるリフォースの魔法を使った。
力を得たセンチピードは目の前の糸の壁をぶち破った。
「えっ!?」
流石のメリッサも一瞬戸惑いを見せた。
センチピードはそのままメリッサが乗っている糸を目掛けて突進してきた。
メリッサは崖の上の木に糸を巻き付け、上方に逃れる。
メリッサが先ほどまで乗っていた糸の足場が魔物の攻撃で破られた。
さらに、上に逃れたメリッサをセンチピードは長い体を生かして飛び掛かる。
センチピードの攻撃がメリッサに届く手前で、崖から大量の糸が飛び出した。
糸はまるで巨大な手のように、センチピードの胴体を締め付ける。
やがてセンチピードの体が耐え切れなくなり、真っ二つに切断された。
崖下に落ちて行くセンチピードの死体を見て、メリッサは仕掛けた糸を全て使ってしまったことに気が付いた。
振り向くと、ゼオンの姿はなかった。
崖の下には川が流れている。
「あんな雑魚をここまで強化するなんて、いったい何者?せっかく御姉様からワームの力をもらったのに、御姉様に怒られちゃう。」
メリッサは残念そうに呟いた。