女の子の不器用すぎる助け方
放課後。
冒険者養成学校からの帰り道。
「本当に大丈夫?また昨日みたいな奴らに絡まれたりしたら…」
「大丈夫よ。そう何回も絡まれたりしないって。」
アイリス、ティアは途中で家が違うために別れ、今は玲人とセレアだけだった。
「ところでさ、あんたはもう冒険者養成学校に入学したんだから、寮に通った方が良いんじゃないかしら。その方が経済的にずっと良いわよ。」
「そうだね。明日学校の人に聞いてみるよ。」
「それがいいわね。じゃあ、また明日ね。」
「うん、またね。」
セレアは玲人と宿屋の前で別れ、家とは別方向に歩みを進めた。
「今日はクレープの特売日だったわ。売り切れないうちに行かないと。」
そう考えて走って向かっていたのが災いした。
急に何かにぶつかった。
「ご、ごめんなさ……」
謝罪しようとしたセレアだったが、そこで顔を引きつらせた。
「やあ、また会ったね。セレアちゃん。」
昨日のライルとレジーだった。
「今度は何の用?玲人に決闘で負けたはずでしょ?」
レジーは警戒するセレアを嘲笑う。
「そうだったっけ?まあ、どっちにしてもさ、あいつからは『立ち去れ!』としか聞いてないよね?で、俺達はそれに従ったっと。」
セレアは記憶を辿ってみたが、相手の言うとおりだった。
玲人が『立ち去れ』といって、その時彼らが本当に立ち去ったとしたら、これ以上相手に命令する権利は玲人にもセレアにもない。
「今日は本当に急いでるんですけど?」
「まあまあ、そこのクレープの特売に行くんでしょ?奢ってあげるから今日は俺達とゆっくり遊ぼうよ。」
そう言ったライルも、レジーも目が笑っておらず、昨日の意趣返しが目的なのは丸分かりだった。
そもそもこの二人が女性関係でトラブルを起こす常習犯だということはセレアの耳にも入っており、クレープ一つでついていく気にはなれなかった。
「奢ってくれなくても結構です。」
「そんなこと言わずにさ。暇そうなんだし、付き合ってよ。」
「嫌!放して!」
ライルに手を掴まれ、セレアは振り放そうとするが、武闘家をやっているライルを振りほどくことは容易ではなかった。
そこへ
「ええい!」
突如一人の少年がライルとレジーに突っ込んできた。
「うわっ!」
不意を突かれて、ライルはセレアを掴んでいた手を放してしまう。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて。」
眼鏡をした気弱そうな少年、ゼオンは平身低頭で詫びを入れる。
「今お前、『ええい!』って言わなかったか!?」
ライルが即座に突っ込む。
「そ、そんなこと言いましたか?」
「ふざけるな!」
レジーがゼオンの胸倉をつかみ上げる。
「僕を殴るのは構わないんですけど、良いんですか?お友達、いや、恋人の目の前でそんなことしても。嫌われちゃいますよ?」
「別にこの二人は私の友達でも恋人でもないわよ!」
勘違いされると思い、セレアは慌ててゼオンの発言を否定した。
「ああ、殴らねえよ。お前がさっさとどっか行けばな。」
レジーが凄味をきかせて言った。
「今さっきこの女の子はあなた方二人を友達でも恋人でもないって言いましたよね?その上初対面の人間にこんなことする人達と女の子を残して去るなんて、僕にはとてもできませんよ。」
ゼオンの相手の態度を逆撫でするかのような態度に、セレアは昨日の玲人を思い浮かべた。
「これはまさか、スキルの一つ、挑発?相手の注意を自分に引き付けるという。じゃあ、こんな見た目だけど、この子相当強いんじゃ……って、あっさりやられた!?」
セレアが気付いた時には既に息を荒くしたライルとレジーによってめためたに叩き伏せられたゼオンの姿があった。
「何だこいつ、滅茶苦茶弱いじゃねえか!?」
「立派なのは口だけか!」
それでも、ゼオンはゆっくり起き上がる。
そしてレジーの方に指を差す。
「そこの人。クラスは盗賊ですよね?じゃあ、短剣で戦ってはどうですか?それともそれは、ただの飾りですかね?」
「ああ?」
レジーは抉るようにゼオンを睨み、装備していた短剣を抜いた。
「もっと痛い目に遭いたいってのか?」
迫るレジーにゼオン自身は涼しい顔だった。
「まさか、今度こそ秘策が!?って、そんなわけあるか!やめなさい!!」
セレアが制止しようとしたその時、黒い服を着た屈強な男がレジーの方を掴んだ。
「憲兵だ。街中で暴行を働いている者がいると通報を聞いてきた。暴行のみならず、殺人未遂の現行犯だな。」
憲兵。
それは街の治安維持のためのグループであり、当然凄腕の者ばかりが揃っている。
冒険者が魔物を退治する専門なら、憲兵は人を取り締まる専門だった。
気付けばライル、レジーの二人は憲兵隊に囲まれてしまっていた。
二人は青ざめた。
「ち、違います!俺達は決闘をしていただけで!」
レジーが言い訳をしようとする。、
「いえ、確かにこの二人が一方的にそこの少年に暴行を働いていました。」
声の主はミディアムでストレートの黒髪の女性で、服装はメイド服だった。
「では、ちょっと来てもらおうか。」
「わっ、誤解です!無実です!」
「無抵抗の少年を殴って刃物まで取り出して何が無実だ!」
ライルとレジーはそのまま憲兵隊達に連れていかれた。
「御無事でしたか?セレアお嬢様。」
女性はセレアに声をかけた。
「私は無事だけど、この人は全然無事じゃないわ。」
セレアがゼオンに目をやる。
「言い忘れてたわ。私のメイドのラディよ。」
セレアが紹介するとラディは深々と頭を下げる。
「この度はお嬢様を助けて頂きありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ、助けて頂きありがとうございます。」
ゼオンもお辞儀を返す。
「お礼と言っては何ですが、その怪我の手当てを致しましょう。」
「いえ、どうぞお構いなく。」
ラディからの提案を断り、ゼオンは杖をかざしてヒールのスキルを放った。
見る間にゼオンの傷は治った。
「わっ、本当に治った。あんた、白魔導士?」
セレアが目を丸くする。
魔導士には白魔導士と黒魔導士の2つのタイプが存在する。
攻撃魔法を得意とする黒魔導士と、回復や補助魔法を得意とする白魔導士である。
「仰る通り僕は白魔導士で、ゼオンといいます。では、僕はこの辺で。」
その場を立ち去ろうとするゼオンの腕を思わずセレアは掴む。
「ちょっと待った!私を助けるためにぼこぼこに殴られた人を、ありがとうの一言で帰すわけにはいかないでしょ!聞きたいこともあるし、とくかくうちに来て!」
「はあ。」
ゼオンは半ば強引に押し切られる形でセレアの家に行くことになった。