謎のワーム
ドリーはゼオンを部屋に招き入れた。
ベッドに座るドリーの前に、ゼオンは深々と床に頭を付けて詫びる。
「申し訳ありませんでした!」
「何の話だよ?唐突に土下座されたって困る。」
ドリーは不審な目を向ける。
ドリーに言われてゼオンは顔を上げる。
「昨日花壇が踏み荒らされていた件、私もドリーさんが加担していると思っていました。
でも、調べたら、フレアさんとロンダさんの二人だけでやったことが分かったんです。」
「どうやって調べたんだ?」
「二人に同意をとった上で記憶を読むスキルを使わせて頂きました。そうしたら、あの二人がネリーさんからあっさり手を退いたドリーさんに反発して、ドリーさんに罪を着せようとしてやったことが分かったんです。ドリーさんのことを疑っていて、申し訳ありませんでした。」
そう言って、再びゼオンが頭を下げる。
「あいつら、か。友達だと思ってたんだがな。」
「苛めっ子のグループなんてそんなものですよ。全員で同じ人を虐めているから、その間はお互い仲間だと錯覚しがちですが、本当はお互いを思いやる心なんて持ち合わせていないんですから。それに、もしかするとドリーさんも内心は虐めを反省してるんじゃないかと。」
「何を馬鹿な。」
「この間、玲人君から決闘を申し込まれた時、戦っても勝てないからって不戦敗にしましたよね?
決闘は片方が拒否した場合は成り立ちませんから、戦うのが嫌なら決闘を断れば良かっただけです。
にも拘わらず、玲人君との決闘を受けて降参したのは、虐めを止めるきっかけを作りたかったからかなと。推測ではありますが。」
「おめでたいな。」
図星だったが、ドリーは強がった。
「あの二人にはよく注意しておいたので、今後ドリーさんに絡んでくることはないと思います。虐めに関する話はここまでです。それより、体調は大丈夫ですか?顔色が良くないですが。」
「べ、別に、熱はないし。大した事ないよ。」
昨日の玲人とのことを話すべきか、決めかねてドリーの歯切れが悪くなる。
「もしかして、昨日玲人君と何かあったのですか?」
「な、何でそう思うんだよ?」
図星を突かれて、ドリーは内心焦る。
「これも推測ですが、玲人君はあなたが決闘での約束を破ってネリーさんを虐めたと思っています。そうなると、極端な手段に出る可能性もありますので。」
もはや勘付かれているとドリーは悟った。
同時に、今自分の身に起こっていることを、誰かに聞いてもらいたくもあった。
「そのことだけどさ。」
ドリーは意を決して話し始めた。
「えぇっ!?彼がそんなこと!?」
昨夜玲人から受けたことをドリーから聞いたゼオンは困惑した。
玲人と何かあったことは薄々気付いていたが、その玲人に犯されたというのは想定外だった。
「か、彼がやったことは犯罪です!すぐにでも学校側か憲兵にも連絡を…」
「いいんだ!」
右往左往するゼオンを止めたのは、ドリーだった。
「昨日玲人にも言ったけどさ。私は玲人のことが好きだった。なのに、私より玲人と仲良くなるネリーに腹が立ったんだ。玲人と一緒に上級者向けのギルドで頑張ってるアイリスならまだしも、私より地味で成績が悪いネリーがどうしてってね。理不尽な動機だってことは分かってる。だから、理不尽な目に遭わされたって、仕方なかったんだ。」
「だからって……」
「それだけじゃない。一度とはいえ、好きだった奴のことを訴えたくはないんだ。それに私にだって、玲人とそういう関係になりたいって気持ちが少しはあったし。」
ゼオンは首を振る。
「そんなことはないはずです。目に見えるほど具合が悪そうなのに、好きでやったようには全然見えませんよ。」
「うるさいな!私がいいって言ってるんだからもういいんだ!帰ってくれ。今は誰とも話したくない。」
今帰れば、今後二度とドリーと会わないだろうことは、ゼオンにも分かった。
それだけに彼女の現在の様子は気になったが、かといってゼオンは、自分にできることは何も思い付かなかった。
「分かりました。長々と失礼しました。」
ゼオンは頭を下げて部屋から出ようとする。
「ごほっ!」
突如、またドリーの喉からまたこみあげてくるものがあり、咳き込んだ。
口を抑えた手を見ると、先程より多くの血が落ちていた。
「ドリーさん、それは…!」
ドリーの口から流れる血を見て、ゼオンも異変に気付く。
「これは、その……」
ドリーは何とか頭を整理して窮状を伝えようとするが、その前に腹部の強烈な痛みが走る。
今朝からの痛みとは比べ物にならないほどの痛みに、ドリーは腹部を抑えて蹲る。
「大丈夫ですか、ドリーさん!?今、ヒールを」
ゼオンはドリーに近付きかけた。
「う、ああああああああ!!」
次の瞬間ドリーの腹部から鋭い牙を持つワームが、皮膚と服を食い破って顔を出した。
「ドリーさん!!」
「そんな…私は、寄生されてなんか……」
血を吐きながら、ドリーが床に仰向けに倒れた。
「こんなワーム、見たことがない!」
ゼオンが知っている限りではワームは芋虫型の生物であり、主に人間の体内の細胞と結びついて栄養分や魔力を奪ったりする。
よって、牙のような気管は必要ないはずだった。
「いや、それよりも、早く助けないと!」
多くの臓器が収まっている腹部を内部から食い破られている以上、もはや猶予はあまりなかった。
しかし、ヒールを使ったところでワームを浄化することができず、使い続ければゼオンの魔力にもいずれ限界が来る。
だからといって、キュアラでは回復ができず、ワームを浄化するまでドリーがもたない可能性がある。
「ならば、二つ同時に使うしかない!」
ゼオンは杖を構える。
「キュアヒール!」
二つのスキルの魔法陣を同時に連想することで、スキルの組み合わせが可能となる。
ゼオンのスキルの効果で、ドリーの腹部損傷を治しながら、確実にワームにダメージを与える。
「なかなか浄化しない!?このワーム、通常のやつより耐久力もあるのか!」
ワームはキュアラの効果で苦しみもがいているが、浄化されない。
それでも、少しずつドリーの腹部から外に出てきている。
ゼオンは更にスキルに込める魔力を高めた。
途端、ワームが勢いよく飛び出して、ゼオンの喉元に喰らい付いた。
「うっ!?」
ゼオンのキュアヒールでドリーの腹部は完治し、ドリーは意識を取り戻す。
起き上がったドリーはすぐに状況を察した。
「や、やめろ!」
ワームに食付かれたゼオンに走り寄ろうとしたドリーだったが、
「待って、ください。大丈夫です。」
ゼオンが途切れ途切れに言ったそのすぐ後に、ワームが浄化されていった。
「ごほっ。」
ゼオンは体を起こすと同時に血を吐く。
「お、おい、早く手当てを…」
「そう、でした。治すんでしたね。」
ゼオンはヒールを使って傷を治す。
「ところで、大丈夫でしたか?」
「私は大丈夫だけど、でも、どうしてこんな無茶してまで私を助けたりしたんだよ?私がネリーを酷い理由で虐めてたって知ってるはずだろ?」
「それは分かっています。分かってはいますけど、だからといって見捨てるのは、あんまりな気がして。」
ドリーはゼオンを眺め、それから何を言って良いか分からず俯いた。
「では、私はこれで。」
「ああ。」
少しの間の沈黙を挟み、ゼオンは部屋を後にした。
扉を閉める直前、
「先生。」
不意にドリーが声をかけた。
「ありがとう。」
照れ臭そうに言うドリーに、ゼオンは頷いた。
「お元気で。」
そう言い残して、ゼオンは部屋の扉を閉めた。
ゼオンがドリーの部屋を出た時、外はもう暗くなり始めていた。
「やっぱり、ここにいたのね。ゼオン。」
ゼオンが声がした方を振り向くと、そこにはセレアがいた。
「やっぱり、僕がゼオンだってこと、気付いてましたか。」
「何度もクエストを一緒にやって顔を合わせてれば、眼鏡取って髪型変えたぐらいじゃ誤魔化せないわよ。」
「御尤もです。しかし、何故ここが?」
「あんた、今日が臨時教師の最終日だったでしょう?なのに挨拶もせずにさっさと帰っちゃうんだもの。あんたのことだから、ドリーのことを気にして家まで行ったんじゃないかってね。」
「ぐうの音も出ません。」
セレアはそこで、ゼオンの口元に血の跡が残っているのに気付く。
「ねえ、怪我してるみたいだけど大丈夫なの?ドリーにやられたの?」
「いえ、ドリーさんのせいではありません。彼女の部屋にワームが現れて、それを退治するときにちょっと。」
「無茶するわね。あんたらしいけど。」
セレアは苦笑いを浮かべるゼオンを見ながら、今までのゼオンと過ごした出来事が頭をよぎる。
最初出会ったときに不良冒険者から曲がりなりにもセレアを助けようとしたこと、ゴーレムとの戦い、ラディを助けたこと、結婚式で友人夫婦を助けたこと等、ゼオンがこれまでやってきたことがセレアの頭に流れてくる。
また、玲人とアイリスが仲良く二人きりで下校した姿も思い出された。
「ねえ、ゼオン。」
気が付いたら、セレアは口に出していた。
「はい?」
声をかけはしたものの、セレアはそこから先の言葉を出すのに勇気を要した。
そもそも、何故このタイミングで言おうと思ったのか、彼女自身もよく分からなかった。
しかし、一度声に出した以上、言わなければならなかった。
「私と、付き合わない?」
「えっ。」
セレアの突然の告白にゼオンも理解が追い付かなかった。
「付き合うって、その、僕と、本当に?」
数秒の後、狼狽えながら、ようやくゼオンが口を開く。
「嘘でこんなこと言うわけないでしょ。あんたが今まで私やいろんな人を助けてきたこと、私は知ってるから。だから、あんたとだったらいいかなって。」
セレア自身も恥ずかしそうにもじもじしていた。
「駄目、かな。」
不安そうに訴えかけるセレアに、自分では到底釣り合わない、とゼオンは喉の奥からでかかった。
そこで、アスロに言われていた言葉がふと頭に響く。
『お前はすぐにできないというが、本当にやりたいことならできるかできないかではなく、どうやったらできるかを考えろ。』
その言葉に後押しされたゼオンは思わずセレアの手を握る。
「ありがとうございます!セレアさん、僕もセレアさんとお付き合い出来たら、嬉しいです!」
「ちょっ、そんなこと堂々と言わないでよ。」
セレアは赤面して思わず顔を背ける。
そこでゼオンも、自分がどれだけ大胆なことをやったか気付いた。
「す、すみません、思わず!」
ぱっと手を離した。
「まあ、いいわ。これからも宜しくね。」
「は、はい、こちらこそ!」
「だから硬すぎるって。」
クスクスと笑うセレアだった。
「これで良かったのよね。」
セレアは心の隅でそう思った。
玲人は部屋の中で、ベッドの上に横になっていた。
学校から出された宿題も簡単すぎてあっという間に終わった。
「こっちの世界にはゲームも漫画もないんだよなぁ。退屈だ。」
彼が横になっていると、扉をノックするものがあった。
「すみません、ネリーです。今宜しいでしょうか?」
遠慮がちな声が扉越しに伝わってくる。
「いいよ。入って。」
玲人はベッドから体を起こす。
ネリーは扉を開けて、部屋に入ってくる。
「あの、今回の件、本当にありがとうございました。」
ネリーは深々と頭を下げる。
「俺は当たり前のことをやっただけだよ。」
「いえ、玲人さんがいなかったら、私はきっと……だから、今日は玲人さんに是非ともお礼がしたいんです。」
「お礼、かぁ。」
「私にできることでしたら、何でも構いません。」
ネリーはそう言って玲人の横に静かに腰かける。
「玲人さんが喜ぶことでしたら、私、どのようなことでもやって差し上げたいです。」
ネリーは横に座る玲人に手に、そっと自分の手を重ねる。
「そっか。」
相手も同意の上なら問題ない、と玲人は彼女に向き直り、背中に手を回す。
そして、左手で彼女の胸を触れようとすると、ネリーは抵抗することもなく、自分の手を玲人の手に重ね、自らの胸に導く。
「胸だけは、アイリスさんより大きいつもりです。」
「確かにね。」
玲人は緩急付けて彼女の胸を揉みしだく。
やがて、玲人はベッドの上にネリーをゆっくりと押し倒した。
「あの、自分から言っておいておこがましいですけど、優しくしてください。」
「ああ、分かってるさ。」
玲人はそのままネリーに覆いかぶさる。
満月の夜、二人はそのまま交わるのであった。




