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底辺冒険者、薬草集めに失敗する

 玲人は森を抜け、広い野道を歩いていた。

 が、そこで重要なことに気が付いた。

 

 この世界のお金を持っていない。

 いくらチート能力があっても、先立つものがないのは不安であった。


 そう思って歩いていると、道の真ん中で立ち往生している馬車に気が付いた。

 馬車の前にいる商人らしき中年の男性は、何かを見つめて時折溜息を吐いている。

 

「どうかしたんですか?」


 玲人は近寄って声をかけた。

 

「私は貿易商を営んでいる者でな。仕入れた壺をお客様に届ける予定だったのだが、道の真ん中に突如野犬が飛び出して馬が驚いてしまってな。荷物が馬車から落ちて壊れてしまったのだ。」


 商人は包みの上にある壺の破片を見てまた溜息を吐いた。

 

「これを直せるのは復元魔法、フィックスを使える人だけだが、高度なスキルで習得者も少ない。今から使える人を探していたら納品予定に遅れてしまう。」

「ふうん。ちょっと待って。」


 玲人は壺の破片の前にしゃがむと、手をかざす。

 そして壺の破片と破片がつなぎ合わさるイメージを思い浮かべる。

 

「フィックス!」


 玲人が詠唱すると壺の破片が少し揺れたかと思うと浮き上がり、まるでパズルのようにくっついていく。

 

「こ、これは!?」


 その光景を見て驚く商人の前で、瞬く間に壺は元の形となった。

 試しに商人は壺を突いてみる。

 持ち上げて軽く振ってみる。

 壊れる様子は全くなかった。

 

「な、なんということだ。こんなところでフィックスを使える人に会えるとは!」

「使ったのは初めてで、うまくいくかは分からなかったけどね。多分、前より頑丈になったはずだから、簡単には壊れないよ。」

「いやあ、助かったよ。そうだ、ちょっと待ってくれ。」


 商人は馬車に戻って壺をしまうと、一つの袋を持ってきた。

 

「これはせめてものお礼だ。」


 袋の中には金貨が大量に入っていた。

 

「えっ!?こんなに!?」

「この壺の値段に比べれば全然大したことはない。君がいなかったらお金もお客様からの信頼も失ってしまうところだった。是非受け取って欲しい。」

「そっか、そういうことならありがたく受け取っておくよ。」

「それから、これは我が店で取り扱っている商品だが、これも受け取ってくれ。」


 商人は一つの丸い入れ物を取り出した。

 

「ポッドというアイテムでな。中にいくらでも道具を入れておける万能容器だ。」

「へえ、便利なものがあるんだな。」

「じゃあ、私はもう行くよ。道中気を付けてな。」


 商人はまた馬車を走らせて行った。

 

「これで当分はお金の心配はいらないな。さて、街の方へ行くとするか。」


 玲人は再び町の方向へ歩き出した。




 切り立った崖の下にある草原。

 そこで大勢の少年、少女達が集まっていた。

 武器を持っている者、鎧などの防具を装備している者もいた。

 その団体の前で、一人の少女が先ほどから説明を行っていた。


「本日の実技訓練は上級生の方達との合同になります。内容はこの草原に住む魔物の討伐。私達の学年は先輩方の御指導の下、普段の訓練よりワンランク上の魔物を相手にすることになります。時間はお昼過ぎまで。この訓練の後で、倒した魔物から入手した素材、及び討伐結果のレポートを提出して頂きます。宜しいですか?」


 黒く長い髪をポニーテールでまとめ、眼鏡をかけたいかにも委員長といった雰囲気を醸し出している少女だった。

 その一方で、着ている服装が巫女のような和服であったりと、周囲から浮いている面もあった。


「あ、あのぉ、スピアさん?説明して頂けるのは大変ありがたいのですが、それは先生の役目でして。」


 黒い短髪、細身で気の弱そうな男性教師、リアムがしどろもどろになりながら、スピアと呼ばれた少女に呼びかける。

 

「すみません、リアム先生の声はあまりにも通りにくい上に、どう説明して良いか困っていらっしゃったようですので。それでは、ここからの説明はお任せします。」

「任せるも何も、もう説明できることはありませんよ!?」


 揉める二人を尻目に、上級生と下級生のメンバーは合流していった。

 

 冒険者養成学校。

 冒険者を志す者はここでクエストの受注方法、冒険者としての素養、各クラス毎のスキルの術式、実技等、冒険者として必要な学習を一通り行う。

 クラスには、剣士、魔法戦士、黒魔導士、武闘家、白魔導士、盗賊等様々なものがある。

 基本は、筆記試験や実技試験で一定以上の成績を修めることで上の学年となっていく。

 逆に成績不振の場合は留年となる。

 最終学年で十分な成績を修めた後は学校を卒業、その後に冒険者としての職に就くことになっている。

 ただ、成績が優秀な者については、卒業前に冒険者としての資格を与えられる。

 そこから先、学校に残って学習と冒険者の仕事を両立するか、飛び級という形で卒業して冒険者の仕事に集中するかは本人の自由だった。

 

「アイリス先輩!今日もよろしくお願いします!」


 紫色で首筋にかかるまでのショートヘアの少女、ティアはアイリスと呼ばれた少女に礼儀正しくお辞儀をする。

 

「もう、そこまで畏まらなくても良いのに。私こそ、宜しくね。」


 金髪でストレートのロング、碧色の瞳の少女、アイリスはティアに笑顔を見せる。

 アイリス、そしてティアは魔法戦士のクラスだった。

 魔法戦士は魔法と近接の両方をこなせる万能タイプである。

 白くピッタリした服装に下はスカートを着用している。

 

「そうそう、もっとがっつりいっても、先輩達は誰も怒らないって。」


 気さくに声をかけてきた茶髪でセミロングの少女、セレアはティアの髪をわしゃわしゃとかき回す。

 セレアのクラスは武闘家で、布の服にスパッツといった動きやすさを重視した服装をしていた。

 

「ふふ、ありがとうございます。セレア先輩。」


 気さくなセレアの行いに、ティアも満更ではないようだった。

 

「セレアちゃんはいつもがっつりいきすぎよ。」


 アイリスが窘めるように言う。

 セレアは不満げに顔をしかめる。

 

「私だって、アイリスのようにお淑やかになれたらいいなって思うわよ。頑張ってみたことはあるけど、やっぱりそれじゃ疲れちゃうもの。」


 そんな彼女達の様子を少し離れた草むらから眺めている少年がいた。

 黒髪で眼鏡、背もさほど高くない少年、ゼオンである。

 

「青春だねぇ。僕も昔はあんな思い出……ないな。と、感傷にふけっている場合じゃない。薬草採集の依頼を早く終わらせないと。」


 彼は草むらから目当ての薬草を探し続けた。

 

 数刻の時が経ち、依頼されていた薬草は揃った。

 

「これでよしっと。さあ、早く冒険者協会にこれを納品しないと。」


 彼が薬草を仕舞おうとした矢先、

 

「きゃあああああ!!」


 彼の頭上から少女の悲鳴が聞こえた。

 

「ん?」


 彼が振り返る直前に、少女はゼオンの上に落下した。

 

「セレアちゃん、大丈夫!?」


 アイリスが走ってくる。


「いたたた、ちょっと着地を失敗したけど、地面が思いのほか柔らかかったから平気よ。」


 起き上がろうとしたセレアは、足元を見てゼオンの存在に気が付いた。

 

「えっ!?」


 セレアが驚愕するが、後から追いついてきたティアも驚いた。

 

「セレア先輩が男の人を尻に敷いてる!?」

「断じて違うわよ!敵を倒すときにうっかり巻き添えにしちゃっただけよ!」


 後からスピアも追いついてきた。

 

「セレア先輩。崖を駆け上がって本来なら攻撃が届かないはずのデビルイーグルを撃退したのは素晴らしいと思います。」


 深手を負って逃げていく鳥の魔物を見てスピアは言った。

 そしてすぐにゼオンの方を向き直る。

 

「その身体能力の高さの秘訣をお聞きしたいところですが、今はこの人の手当てをするのが先かと。」


 スピアはゼオンの前に屈んで、その顔色や出血の有無を確かめる。

 

「ど、どうなの?」


 ゼオンからどいたセレアは心配そうに尋ねる。

 

「意識を失っていますね。目立った怪我はありませんが、頭を強く打っている可能性もあるので早いところ医務室に運びましょう。」


 スピアの提案で、ゼオンは冒険者養成学校の医務室に運び込まれることとなった。

 


 

 ゼオンは薬品の匂いで目を覚ました。

 

「ここは?何故僕はこんなところに?」


 ゼオンは辺りを見回す。

 人は誰もおらず、白いベッドの上で寝かされていた。

 そこから、徐々に記憶が蘇って来る。

 

「そういえば、いきなり降ってきた女の子の下敷きになったな。あれで気を失ったのか?じゃあ、誰かがここに運んで手当てをしてくれたのかな。」


 そこでゼオンはもう一つ大事なことを思い出した。

 

「そうだ!クエストは!?薬草採集のクエストの期限は……もう過ぎている!?」


 ゼオンはポケットから通信用の機器、コールを取り出す。

 コールは特定の相手に声や文字のメッセージを伝えることができる魔法道具である。

 コールには、彼が所属するギルド長からのメッセージが大量に入っていた。

 

『納品時間10分前です。そちらの状況を教えてください。』

『依頼主の方からいつ届くのかと問い合わせが来ています。至急連絡をお願いします。』

『直ちに折り返し、連絡してください。』

『依頼は他のメンバーに引き取ってもらいました。後でギルド本部に来てください。』

 

 悪い意味で予想通りの内容だった。

 

「こんな簡単なクエストにまで失敗するなんて、もうおしまいだ。」

 

 ゼオンはしばらくショックでその場から動くことができなかった。

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