普通の高校生、最強の冒険者になる
日が落ちて真っ暗になった家の中。
眼鏡をかけた一人の少年、ゼオンが机に向かって遺書を書き綴っていた。
「先立つ不孝をお許しください…いや、違う。両親に読んでもらいたいわけじゃない。弱ったな、これが人生最後に書く文章だと考えると、いい言葉が急に浮かんでこなくなる。」
いっそのこと、遺書は書かなくても良いか、と考えてみた。
だが、それはできなかった。
遺書も書かずに死んだら変死扱いになって、捜査が必要になる。
そうなると、捜査担当になった人に迷惑だし、もっと重大な事件が起こったときに人員が不足してしまうかもしれない。
できることなら、誰にも迷惑をかけずに死にたいと思った。
床には、くしゃくしゃになった紙が大量に落ちていた。
ゼオンは疲れた頭に鞭打って、再び遺書の作成に取り掛かった。
時を同じくして、ここは巨大な城の内部。
玉座の間は室内と思えないほどに広く、天井もとても高い。
そして遥か先にある壁が暗闇の中にぼんやりと浮かぶ。
玲人は魔王討伐のため、ギルドメンバー達と共に魔王城に乗り込んでいた。
既に魔王の攻撃を受けて倒れているギルドメンバーが複数名。
しかし、玲人は全くの無傷だった。
一方の魔王は幾分かダメージを負い、既に息が上がっていた。
「図に乗るな!小僧!」
魔王は大剣を取り出すと距離を詰め、玲人に斬りかかった。玲人はあっさりと躱してみせる。
「貴様!」
魔王が衝撃波が発生するほど勢い良く剣を薙ぎ払ったその時、視界から玲人の姿が消える。
「むっ!?」
玲人にとっては魔王の攻撃を躱しながら頭上をとり、更には反撃に転じること等容易だった。
「オメガブレード!」
玲人は膨大な魔力を集中させ、巨大化した剣を振り下ろした。
玲人が放った攻撃で魔王は剣諸共真っ二つにされた。
「こ、この私があああああ!!」
魔王は断末魔と共に霧のように消滅していった。
「やったぞ!魔王を倒した!」
メンバー達が歓喜しながら駆け寄ってくる。
「これだ、これだよ!俺が異世界転生で求めていたものは!」
玲人はメンバーにガッツポーズで応じながら、すっかり有頂天になっていた。
玲人が何故魔王を圧倒できるほどのスキルや身体能力を手に入れられたか。
話は数日前に遡る。
事の始まりは、玲人が神様と名乗る老人に出会ったことである。
「天府玲人君じゃな?前世で普通の高校生だった君が何故ここへ来たのか、今の話で大体分かった。」
老人は白い髪に長い髭、緑色のローブといったいかにも神様といった風貌をしていた。
周囲は全面が木でできている、まるでログハウスのような、というより本物のログハウスだった。
部屋の中は、玲人が寝ていたベッドと本棚、そして本棚の上には木でできた動物の置物があった。
置物はしばらく動かした形跡がなく、埃をかぶっていた。
「君は前世で普通の生活をしておったが、学校帰りに信号無視したトラックに轢かれ、ここへ来たわけじゃな。」
「はい。俺、やっぱり死んだんですよね?」
「残念ながらな。しかし、それにしては落ち着いているね。普通はもっと前世での未練がありそうなものじゃが。」
「起こってしまったことを気にしたって仕方ないですから。それより、ここがどこで、俺が何をするべきかを知りたいです。」
「冷静じゃね。中々好感が持てる。さて、質問の答えじゃが、この世界は君が住んでいた世界とは全く別の異世界じゃ。とはいえ、社会というものがあり、皆各々の職業に就いて生計を立てているという点では類似しておる。」
職業とは、農家であったり、医者であったり、商人だったり、教会の牧師であったり、様々なものがある、と老人は説明した。
しかし、中でも玲人が最も気になったのは冒険者という職業だった。
この世界には玲人の世界には存在しない魔物という生物がいる。
魔物の中には凶暴で人々に害をもたらす者や、周辺の街を占領する等の知能を持った者もいる。
冒険者とは、人々の暮らしの脅威となる魔物を討伐したり、依頼された素材、アイテムを収集するなど、幅広い仕事を取り扱っている。
危険な仕事ではあるが、他の仕事に比べて報酬も多い。
「冒険者って、俺でもなれるんですか?」
「希望するなら、誰でもなれる。そして、君に一つ良い報せじゃ。君のような若くして死んだ者を、転生後に危険な世界に住まわせるのは可哀そうだという声も多くての。我々神の間では、条件を満たした者に対しては、あらゆる魔法やスキルを使える能力や、身体能力強化等の特典を与えることになっている。」
「その条件とは、どんなものですか?」
「学校成績普通、容姿普通、彼女なし、人畜無害、更に信号無視したトラックに轢かれて異世界転生といったことが条件じゃな。君は見事にそれらの条件を全部満たしておる。意外かもしれんが、こういう普通の条件を全部満たす者など、案外いないものじゃよ。そういった者に強い能力を与えても世界に大きな害を及ぼさないことは統計的に結果が出ておるのでな。」
まさに玲人にとって願ったり叶ったりの特典ではあったが、疑問があった。
「何でトラックに轢かれることが条件に入ってるんですか?」
「特異点というものがあるのじゃよ。君達の世界とこの世界は結界で挟まれているため、通常は行き来できない。じゃがこの特異点なるものを通すと結界を通ることができる。その特異点の一つが君を轢いたトラックというわけじゃ。勿論ただ触れるだけでは駄目で、結界を破るほどのスピードが必要になるからの。つまり、君はトラックに轢かれたからこそこの世界にやってきて、こうしてわしに出会ったというわけじゃよ。」
「なるほど」
玲人は納得した。
「じゃあ、俺、冒険者になります。」
老人はまるで玲人のその答えを待っていたように頷く。
「そう言ってくれると思っていたよ。さて、君に与えた力がちゃんと使えるか試してみようか。ここでは狭すぎるから、外へ出て試してみよう。」
言われるままに、玲人は老人と共に家の外に出た。
周囲は森で、家の周辺の木はまばらになっていた。
そこに入ってくる日差しが玲人にはまぶしく感じられた。
「まずは炎のスキルを試してみようか。この焚火に火をつけてみるといい。まあ、最初は難しいじゃろうが、やっていけば徐々に…」
「えっと、火をつけるってこんな感じですか?」
玲人がちょっと手を構えるとそこから強力な火炎の魔法が発生し、木の枝は消し炭になった。
老人は呆気に取られる。
「今のって、凄いんですか?頭の中で炎をイメージしたら、できちゃいましたけど。」
「こりゃ、想像以上の逸材かもしれん。他の属性の魔法も試してみよう。それと身体能力もじゃ。」
言われるままに、玲人は氷、水、光、闇、雷、大地の魔法を使いこなして見せた。また、素手で太い木の幹に大穴を空けることができた。
「どうやらわしの目に狂いはなかったようじゃな。これだけできれば十分すぎるぐらいやっていけるじゃろう。」
「本当ですか!?じゃあ、この世界で英雄になることも!?」
「勿論じゃ。この道をまっすぐ行けば街に出る。そこで人々の話を聞いて今後のことを決めるといい。」
「はい、ありがとうございます、神様!」
玲人は取って付けたようなお辞儀をして、森を出る道を進んでいった。
老人は玲人が見えなくなるまで見守っていた。
やがて玲人の姿が見えなくなると、老人は崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。
その皮膚はみるみるうちに白骨化し、ただの遺体となった。