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素直な心で②

PM 7:45

市目鯖(しめさば)高校 2年A組教室

 真ん中あたりの席に横並びで座るシゲミとアヤコ。2人以外に教室には誰もいない。シゲミは本を読み、アヤコは父親の誕生日プレゼントとして渡す飛び出す絵本を作るため紙を切り貼りしている。



シゲミ「家でやればいいのに」


アヤコ「こういう地道な作業は学校で集中して一気にやったほうが捗るの!」



 およそ2分間の沈黙の後、シゲミが再び口を開く。



シゲミ「お邪魔でなければ聞いてもいい?」


アヤコ「……何か?」


シゲミ「アヤコちゃんの家、お金持ちなんでしょ? でも私立の高校じゃなく公立の市目鯖に通ってるのは何故なのか気になって」



 作業の手を止めるアヤコ。



アヤコ「中学は私立だった。大学まで一貫の、いわゆるお嬢様校。周りには私の親以上にお金持ちの家の子がゴロゴロいて……私の取り柄であるお金が活かせなかった! だから高校は貧乏な家の子が多いだろう公立校を受験したの! お金の力で全校生徒を屈服させたかったから!」


シゲミ「傲慢(ごうまん)が過ぎるわね」


アヤコ「アナタも殺し屋業で儲けてるんじゃないの? なんで市目鯖に?」


シゲミ「近かったから」


アヤコ「ああそう! うらやましいわ、単純な思考で生きられる人間が!」



 作業を再開しようとしたアヤコだが、シゲミが言葉を挟む。



シゲミ「悲しくはならない? 昼間みたいにお金をせびろうとする人ばかりで」


アヤコ「……ならない。私が好きでやってることだから。アイツらは私の奴隷よ。みんな私の言いなりに行動する奴隷」


シゲミ「その関係性もいつかは破綻してしまうと思うけど」


アヤコ「うるさい! 作業が進まないでしょ!? ずっと私の隣にいなくてもいいから、学校内のパトロールでもしてきなさいよ!」


シゲミ「わかったわ」



 シゲミは本を机の上に置いて立ち上がり、教室から出て行った。1人、作業に戻るアヤコ。



???「……さん……ヤコさん……アヤコさん……アヤコさん……」



 教室のどこからか、アヤコの名前を呼ぶ低い男の声が響いた。椅子から立ち上がり、辺りを見回すアヤコ。



アヤコ「誰……? シゲミ……じゃないわよね?」



 教室内にはアヤコしかいない。しかしアヤコの名前を呼ぶ声が響き続ける。



アヤコ「誰!? どこにいるの!? 隠れてるなら出てきなさいよ!」



 教室の後ろにある掃除用具ロッカーがギギギと音を立てて開く。中からエナメルバッグを肩から斜めにかけたノリチカが出てきた。



アヤコ「ひぃぃぃっ! シゲミぃぃぃーっ! シゲミ早く来てぇぇぇーっ!」


ノリチカ「あ、あああ安心して! ぼ、僕はアヤコさんを守ろうとロッカーの中で待機してたんだ」


アヤコ「ずっと!?」


ノリチカ「3時間半前から」


アヤコ「ド変態ストーカーぁぁぁっ!」


ノリチカ「し、静かにして! ぼ、僕は何も悪さはしないよ! ア、アヤコさん、夜まで居残るの不安がってたから、ち、力になりたくて……」



 アヤコのそばに寄るノリチカ。不審に感じ、アヤコは後ずさる。



ノリチカ「シ、シゲミさん1人だと負担も大きいだろうから。ぼ、僕も協力するよ」


アヤコ「……何よ、私のボディーガードをやるからお金をくれとでも?」


ノリチカ「ち、違う! ぼ、僕は他の生徒たちとは違う! じゅ、純粋にアヤコさんを守りたいだけなんだ!」



 ノリチカは両目に涙を浮かべながら訴える。その目はアヤコが何年も見てこなかった、お金目当てで近寄ってくる人間の目とはたしかに違うように思えた。


 ノリチカへの警戒を緩め、再び椅子に座るアヤコ。



アヤコ「……わかった。私を守るのは勝手にやってもらって構わないけど、私の半径5m以内には近寄らないで。もし近寄ったらシゲミに吹き飛ばしてもらうからね」


ノリチカ「う、うん」



 ノリチカは、アヤコが座る席がある列の最後尾の机にエナメルバッグを置いた。そしてバッグを開け、中から包丁を何本も取り出す。



アヤコ「ちょっとアンタ! 何よそれ!?」


ノリチカ「ぶ、武器が必要だと思って、家庭科室から包丁を持てるだけ持って来たんだ……こ、これで安心でしょ?」


アヤコ「アンタが一番恐ろしいわ! 安心できない! やっぱり出て行って! そしてもう二度と私に関わらないで!」


ノリチカ「そ、そんな……ぼ、僕はアヤコさんのことを」


アヤコ「言い訳しても無駄! 早く出て行って!」



 アヤコは肩を怒らせながら教室の前の扉へと歩く。そして扉を開けようとスライドさせた。しかし動かない。レールに何かが詰まり、ストッパーになっているようだ。



アヤコ「あれ? なんで? 開かない? アンタ! 扉に何かした!?」


ノリチカ「い、いや何も……」



 力を入れて懸命に扉をスライドさせるアヤコ。ガッという鈍い音とともに扉が動き、僅かに開く。開いた扉の隙間からおびただしい数の虫が教室になだれ込んできた。

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