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第八話:黄金の刻印、未来への選択

ペルセポリス・ネオの地下深く、古代遺跡の最深部。アジダハーカのエネルギーコアが穏やかな青白い光を取り戻したその聖域は、今、再び戦いの嵐に見舞われようとしていた。


ライラ・ザハニは、カーヴェ・アシュラフィと共に、二つの脅威と対峙していた。一方は、冷徹な合理主義を体現するかのような、イスファンディヤール社のサイボーグ指揮官とその精鋭部隊。もう一方は、狂信的な理想に燃える、アジ・ダハーカの末裔の美しきリーダーとその残党。彼らの目的はただ一つ、ライラ――覚醒した『刻印持ち』――とその力を手に入れること。


空気は、爆発寸前のエネルギーのように張り詰めている。ライラもカーヴェも満身創痍。特にライラは、コアとの交感によって生命エネルギーを大きく消耗し、髪の一部は白銀に変じ、右手の甲には黒い刻印の紋様が焼き付いていた。対する敵は数も多く、それぞれのリーダーは計り知れない力を持つ。状況は、絶望的と言ってもよかった。


だが、ライラの瞳には、恐怖や諦めはなかった。そこには、アジダハーカとの対話を経て得た静かな覚悟と、自身の内に脈打つ新たな力の輝きがあった。隣には、傷つきながらも揺るぎない決意でブレードを構えるカーヴェがいる。一人ではない。


「…無駄な抵抗は終わりだ、ライラ・ザハニ」サイボーグ指揮官が、合成音声で最後通告を発した。「我々に投降せよ。それが最も合理的な選択だ」


「否!」末裔のリーダーが、恍惚とした表情で叫んだ。「彼女は我らと共に、穢れた世界を浄化し、新しき楽園を築くのだ! さあ、我らの元へ!」


最後の戦いの火蓋が切られた。


イスファンディヤール社の兵士たちが、統率された動きで一斉に射撃を開始する。エネルギー弾が雨のようにライラとカーヴェに降り注ぐ。同時に、末裔たちが強力なジャードゥーを放つ。炎の渦、氷の槍、空間を歪ませる念動力の波。


「カーヴェ!」


「分かっている!」


二人は、言葉を交わすまでもなく連携した。カーヴェはライラを庇うように前に出て、超人的な体術とブレード捌きで、物理的な攻撃や低レベルのジャードゥーを捌き、弾き、回避する。彼は敵の攻撃を引きつける盾となる。


一方、ライラは両手を広げ、意識を集中させた。彼女の全身から、再び穏やかだが力強い黄金色のオーラが溢れ出す。右手の甲の黒い刻印が、オーラに呼応するように淡く輝く。


(来る…!)


ライラは、迫りくるエネルギー弾やジャードゥーの波動を、ただ受け止めるのではない。彼女は、アジダハーカとの交感で得た感覚――エネルギーの流れを読む力――を使い、それらを『受け流す』かのように、自身の周囲に展開した光のフィールドで逸らしていく。まるで、合気道の達人が相手の力を利用するように。


さらに、ライラは遺跡全体に満ちるエネルギーに意識を繋げた。それは、彼女の「刻印」を通して、意のままに操れるわけではない。だが、流れを読み、わずかに干渉することは可能だった。


「そこ!」


ライラは、ジャードゥーで炎を操る末裔の一人に意識を向けた。彼の体内のエネルギーの流れに、微細なノイズを送る。すると、男が放とうとした炎の渦が制御を失い、暴発して彼自身を包み込んだ。


「なっ!?」


他の末裔たちが動揺する。ライラはさらに、念動力を使う敵の精神に、調和を促すような穏やかな波動を送った。男は一瞬、動きを止め、その隙をカーヴェは見逃さなかった。閃光のような速さで接近し、ブレードの柄で男の鳩尾を打ち、意識を奪う。


「やるな、ライラ!」カーヴェが、息を切らしながらも称賛の声を送る。


「あなたもね!」ライラも応えた。


だが、敵はまだ多数いる。サイボーグ指揮官は、ライラの能力を冷静に分析し、部隊に新たな指示を出した。


「ターゲットのエネルギー干渉パターンを解析。対抗フィールドを展開。ジャミンググレネードを使用しろ!」


兵士たちが、特殊なグレネードを投擲する。それは爆発すると同時に、周囲のエネルギーの流れを強制的に乱し、ジャードゥー能力を阻害するジャミングフィールドを発生させた。ライラの遺跡エネルギーとの接続が、一時的に不安定になる。


「くっ…!」


ライラは眉をひそめた。同時に、サイボーグたちが、強化された装甲と火力で突撃してくる。カーヴェはそれらを迎え撃つが、彼のブレードも、強化された装甲には容易には通らない。


「カーヴェ! 彼らのエネルギー供給ラインを狙って!」


ライラは、サイボーグたちの動きを観察し、瞬間的に見えたエネルギーの流れの弱点を叫んだ。カーヴェは即座に反応し、敵の攻撃を掻い潜りながら、ライラが示した関節部や動力パイプと思しき箇所に、的確にブレードを突き立てていく。火花が散り、数体のサイボーグが動きを鈍らせ、あるいは完全に停止した。


連携は完璧だった。ライラが敵の能力を妨害・分析し、カーヴェが物理的な突破口を開く。二人の共闘は、絶望的な戦況に少しずつ変化をもたらし始めていた。


だが、二人のリーダーは、まだ健在だった。


「小賢しい真似を…!」


末裔のリーダーが、ついに本領を発揮した。彼女は両手を天に掲げ、周囲の空間そのものを歪ませ始めた。重力が異常に強まり、ライラとカーヴェの動きが鈍る。同時に、周囲の瓦礫や破壊されたサイボーグの残骸が、彼女の意志に従って浮き上がり、凶器となって二人を襲う。


「させるか!」


ライラは、重力制御のエネルギーの奔流の中に、調和の波動を送り込もうとした。だが、リーダーの力はあまりにも強大で、完全に相殺することはできない。ライラは自身の防御フィールドを展開するのが精一杯だった。


その隙を突き、サイボーグ指揮官が動いた。彼は自身の腕を変形させ、高出力のプラズマキャノンを展開すると、カーヴェに向けて発射した。


「カーヴェ!!」


ライラは叫んだ。カーヴェは重力の影響で動きが鈍っており、回避は間に合わない。


だが、カーヴェは避けなかった。彼は、最後の力を振り絞るように、プラズマキャノンに向かって突進したのだ。そして、自身のブレードを盾にするように構え、同時に、腰に隠し持っていた最後の切り札――先代の守人から受け継いだという、遺跡のエネルギーを瞬間的に吸収・放出する古代の護符――を起動させた。


閃光。轟音。


プラズマの奔流が、カーヴェの身体を包み込んだ。だが、護符が放った青白い光が、プラズマのエネルギーを吸収し、拡散させる。カーヴェは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたが、致命傷は免れたようだった。しかし、護符は砕け散り、彼の身体はボロボロになっていた。


「カーヴェ!」


ライラは駆け寄ろうとしたが、末裔のリーダーの念動力が、彼女の動きを封じる。


「終わりだ、守人の小僧」サイボーグ指揮官が、プラズマキャノンのチャージを再開しながら、冷たく言い放った。


絶体絶命。


その時だった。ライラの脳裏に、再びアジダハーカの声とも、遺跡自身の声ともつかない囁きが響いた。


『…力は、流れ…循環…受け止め、そして、還す…』


ライラは、はっとした。そうだ。敵の力を、ただ防いだり、相殺したりするだけではない。受け止め、調和させ、そして、別の形へと変換する。それが、刻印の力の、本当の使い方なのかもしれない。


ライラは意識を集中させた。末裔のリーダーが放つ、空間を歪ませる強力な念動力。そのエネルギーの流れを、自身の刻印を通して感じ取る。そして、その流れを、無理に逆らわずに、受け入れ、自身の内部で調律する。それは、激流を導く水路となるような、あるいは、不協和音の中に調和を見出すような、高度な精神の集中を要した。


ライラの全身から放たれる黄金色のオーラが、その性質を変え始めた。それは、ただ輝くだけでなく、周囲のエネルギーを吸収し、そして穏やかな波動として周囲に還していくような、循環する光となった。


末裔のリーダーが放つ念動力の波が、ライラに到達する前に、その勢いを失い、霧散していく。リーダーは驚愕の表情を浮かべた。


「馬鹿な…私の力が…!?」


「あなたの力は、憎しみと支配欲に満ちている」ライラは、静かに、しかし力強く言った。「だから、調和の力の前では、形を保てないのよ」


ライラは、循環させたエネルギーを、今度は別の形へと変換した。それは、攻撃ではない。相手の心に直接語りかけるような、穏やかで、しかし抗いがたい精神的な波動だった。


「あなたの求める新世界は、本当に人々を幸せにするの? 憎しみと破壊の上に築かれた楽園に、真の平和は訪れるの? あなたが本当に求めているのは、支配ではなく、理解と…愛ではないの?」


ライラの言葉は、末裔のリーダーの心の奥底にある、狂信に隠された孤独や渇望に触れたのかもしれない。リーダーの瞳が激しく揺れ動き、彼女の全身から放たれていた禍々しいオーラが、急速に萎んでいく。


「…愛…だと…? ふざけるな…! この穢れた世界に、そんなもの…!」


リーダーは何かを叫ぼうとしたが、その言葉は続かなかった。彼女のジャードゥーは完全に制御を失い、自身のエネルギーに耐えきれなくなったかのように、その場に崩れ落ち、意識を失った。ライラは、最後まで彼女の命を奪うことはしなかった。


残るは、サイボーグ指揮官と、数名の兵士だけとなった。


指揮官は、末裔リーダーの敗北と、ライラの未知の能力を目の当たりにし、僅かに動揺を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。彼は合理的な判断を下したのだろう。これ以上の戦闘は不利。目標をライラの捕獲に絞り、速やかに撤退するべきだ、と。


「…全機、撤退準備! ターゲットを確保後、直ちに離脱する!」


指揮官は部下に命じ、自身も強化された脚部でライラへと突進してきた。その動きは、先ほどカーヴェに見せた隙を完全に修正し、最適化されている。


だが、その動きは、ライラには見えていた。刻印の力がもたらした、限定的な未来予知に近い感覚。指揮官の次の動き、攻撃パターン、そして、そのサイバネティックボディの僅かな弱点。


ライラは攻撃をひらりとかわし、指揮官の腕の関節部にある、エネルギー供給ラインと思しき箇所に、黄金色のエネルギーを纏った手刀を打ち込んだ。


バチッ!という音と共に、火花が散り、指揮官の腕の動きが停止した。


「なっ…!?」


指揮官は驚愕の表情を浮かべた。彼の完璧な戦闘アルゴリズムが、ライラの動きを予測できなかったのだ。


その隙を、カーヴェは見逃さなかった。彼は最後の力を振り絞り、床を蹴って跳躍すると、指揮官の背後に回り込み、首の後ろにあるメインプロセッサーユニットと思しき箇所に、ブレードを深々と突き立てた。


「ぐ…お…のれ…守人…!」


サイボーグ指揮官は、苦悶の声を上げ、その場に膝をついた。全身の機能が急速に停止していく。彼は、霞んでいく視界でライラを見た。


「…理解…できん…なぜ、その力を…支配に…使わん…?」


「この力は、支配のためじゃない」ライラは、指揮官の目を見て、静かに答えた。「共存と…未来のためよ」


指揮官は、その言葉の意味を理解できたのか、あるいはできなかったのか。やがて、その機械の目は光を失い、完全に沈黙した。残った兵士たちも、指揮官を失い、ライラたちの力を目の当たりにして、戦意を喪失していた。


長い、激しい戦いが、ようやく終わった。


コアの間には、破壊されたサイボーグや倒れた末裔たちが転がり、戦闘の痕跡が生々しく残っている。だが、中央のエネルギーコアは、穏やかな青白い光を放ち続け、静寂を取り戻していた。


「…終わった…のね」


ライラは、全身の力が抜けるのを感じながら、その場に座り込んだ。極度の疲労と、力の代償による身体の変化が、重くのしかかる。


「ああ…終わった」


カーヴェもまた、傷ついた身体を引きずりながら、ライラの隣に腰を下ろした。彼の顔には、疲労と安堵、そして何かを成し遂げたような、静かな満足感が浮かんでいた。


だが、安堵も束の間だった。遺跡全体が、大きく揺れ始めたのだ。天井から岩盤が剥がれ落ち、床には亀裂が走る。エネルギーコアの光も、再び不安定に明滅し始めた。


「まずい!」カーヴェが叫んだ。「戦闘の衝撃と、敵が試みたコアへの干渉で、遺跡の構造自体が限界を迎えている! 崩壊が始まったんだ!」


「早くここから出ないと!」


ライラは立ち上がろうとしたが、足がもつれてよろめいた。カーヴェが素早く彼女を支える。


「アルダシール! 聞こえる!?」ライラは通信端末に呼びかけた。ノイズが酷いが、かろうじて応答があった。


『ライラか! 無事か!? こっちも大変だ! 遺跡の崩壊が…ザザ…加速してる! 急いで脱出しろ! 最も安全なルートは…ザザ…お前たちが来た隠し通路を戻り、セクター・ベータの緊急避難シャフトへ向かえ! 俺がシステムをハックして、一時的に起動させる! だが、時間はねえぞ! 急げ!!』


「分かったわ! ありがとう、アルダシール!」


二人は、互いを支え合いながら、崩壊が始まったコアの間を後にし、隠し通路へと急いだ。途中、意識を失っている末裔のリーダーや、機能停止したサイボーグ指揮官の横を通り過ぎる。彼らを助ける余裕はない。今は、自分たちが生き延び、そして手に入れた情報――詩の完全版と、アジダハーカの真実――を地上に持ち帰ることが最優先だ。


隠し通路もまた、崩落が始まっていた。壁が崩れ、天井から岩が落ちてくる。二人は必死に走り、瓦礫を避け、時にはライラが刻印の力で一時的に通路を補強しながら、アルダシールが示した緊急避難シャフトへと向かった。


そして、ついに、古びた円筒形のシャフトを発見した。アルダシールが遠隔操作でシステムを起動させたのだろう、内部の昇降プラットフォームがかろうじて稼働している。


「早く乗れ!」


二人はプラットフォームに飛び乗った。その直後、背後で隠し通路が完全に崩落し、轟音と共に闇に閉ざされた。


プラットフォームは、軋むような音を立てながら、ゆっくりと上昇を始めた。暗いシャフトの壁面を、非常灯の赤い光が照らし出す。二人は、互いに寄りかかり、荒い息をついていた。


どれくらいの時間が経っただろうか。やがて、プラットフォームの速度が落ち、上方に微かな光が見えてきた。それは、ペルセポリス・ネオの地表へと続く、出口の光だった。


プラットフォームが停止し、ハッチが開かれる。外には、夜明け前の薄明かりが広がっていた。二人が辿り着いたのは、ペルセポリス・ネオ郊外の、寂れた工業地帯の一角だったようだ。


ライラとカーヴェは、互いを支えながら、プラットフォームから地上へと降り立った。朝日が、地平線の向こうから昇り始め、世界をオレンジ色に染め上げていく。新しい一日が始まろうとしていた。


二人は、まず互いの傷を確認した。ライラの腕の火傷、カーヴェの全身の打撲と切り傷。どちらも深い傷を負っている。そして、ライラの白銀に変わった髪の一部と、右手の甲に黒く焼き付いた刻印。これらは、決して消えることのない、壮絶な戦いの証だった。


カーヴェは、持っていた医療キットで、まずライラの手当てを始めた。その手つきは、やはり驚くほど優しく、丁寧だった。ライラもまた、カーヴェの傷に応急処置を施した。言葉は少なかったが、その行為の中に、死線を共に乗り越えた者だけが共有できる、深い信頼と絆が確かに存在していた。


「…これから、どうする?」


手当てを終えたカーヴェが、昇り始めた朝日を見つめながら、静かに尋ねた。


ライラは、データパッドを取り出し、そこにダウンロードされた詩の完全版と、アジダハーカに関する膨大な情報を表示させた。そして、自身の右手の甲の刻印に、そっと触れた。アジダハーカは眠りについた。遺跡も崩壊した。だが、脅威が全て去ったわけではない。イスファンディヤール・コーポレーションは、まだ健在だ。そして、自分の中に宿るこの力と、どう向き合っていくべきなのか。守るべき未来のために、自分に何ができるのか。


彼女の戦いは、まだ終わっていない。むしろ、これからが本当の始まりなのかもしれない。


ライラは、朝日を浴びて輝き始めたペルセポリス・ネオの摩天楼を、真っ直ぐに見据えた。その瞳には、極度の疲労の中にも、未来への揺るぎない決意と、そして、困難な道のりの先に待つであろう、かすかな希望の光が宿っていた。


「…さあ、どうしましょうか」ライラは、カーヴェに向き直り、微かに微笑んだ。「やるべきことは、まだたくさんありそうね」


その言葉は、問いかけへの答えであり、同時に、彼女自身の新たな始まりの宣言でもあった。黄金の刻印を持つ探偵の、未来への選択。その物語は、まだ始まったばかりだった。

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