〈コミカライズ五話更新・感謝話〉首席騎士は控える。
本日、コミカライズ第五話更新致しました。
感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。
時間軸は「最低王女と家族」です。
本編に繋がっております。
「ティアラ第二王女殿下の生誕祭に私が、ですか……?」
騎士団長室。
演習後の号令後に呼び出された私は、騎士団長のお言葉を聞き返す。一体何の呼び出しかと可能性をいくつも考えたが、これは想定外だった。
存在を明らかにされた我が国の二人目の王女の初披露でもある場に、まだ本隊騎士になって一年も経っていない私が招かれるなど想像もしなかった。
本来ならば承諾の一言で返すべきなのに「何故私を」とつい尋ねてしまう。それに騎士団長は椅子に掛けられたままゆっくりとその口を開かれた。
「ティアラ第二王女殿下の生誕祭は来週だ。確かに本来であれば今年はローガンが出席する筈だったが、五番隊は知っての通り遠征中だ」
ティアラ第二王女の存在自体、公表されたのはつい最近だった。今年の最優秀騎士隊長に選ばれたのはローガン隊長。既に遠征に出ていた五番隊に所属しているあの人が出席することは不可能だ。通信兵を介し、情報だけは五番隊にも伝わっているが、任務を放棄してまでの出席は義務づけられていない。そしてローガン隊長もきっと、自ら任務を優先されたのだろう。
「しかし、それでしたら私ではなく次点の騎士隊長が居られるのではないでしょうか。例えば去年最優秀騎士隊長でしたカーティス隊長は……」
「これは陛下からの希望でもあるんだ、カラム」
私の言葉をやんわりと上塗られた副団長が、そこで一歩前に出る。
騎士団長の隣に佇まれた副団長に視線を向ければ、柔らかく笑みながら私と目を合わせられた。
「今年度の入隊試験で若くして首席入隊を決めたお前に、陛下や王配殿下も是非にと望んで下さった。今後のお前に期待をしての御指名だ」
「……承知致しました。ありがたくお受け致します」
自分でも呆れるほど淡泊な声しか出てこなかった。
光栄なことだと。そう副団長も仰られたいのだろうが、どうしても私には喜ばしさの欠片も感じられない。しかし王族直々の望みであれば、断るわけにもいかない。これも首席入隊した身としての役目だと謹んで受けることにする。
当日は宜しくお願い致しますと、騎士団長と副団長に頭を下げれば退室も許された。挨拶を告げ外に出てから向き直り、もう一度礼をしてから扉を閉める。騎士団長と副団長の御姿が完全に遮断されてから私は静かに深く息を吐いた。……やはり、騎士団長と副団長の前はどうしても緊張する。流石は王国騎士団の頂点に立たれている方々だ。一歩近付くだけで威厳と覇気を肌で感じられる。
「お、カラム!もう騎士団長との話は終わったのか?」
そう息を整えている間に背後から緊張感の欠片もない声が掛けられた。……本当にコイツは。
吐ききった息のまま少し丸くなっていた肩を反るほど伸ばし、前髪を指先で払う。振り返る前から眉間に皺が寄りかけながら私は彼へと振り返った。
「アラン。どうしてここに居る」
今年、……正確には今年度というべきか。私と同期で本隊騎士となったアランに向き直れば、ひらひらと気楽そうに手を振りながら歩み寄ってきていた。
所属している隊こそ違うが、演習内容に大きな違いはない。にも関わらず彼は、白の団服を灰色と見間違えるほど汚していた。頬や鼻頭も土を拭った後がまだ残っている。何が呆れるかといえば、これが日々の身嗜みを怠っているという意味ではなく、今日一日で汚した結果というところだ。
私の問いに「通りがかっただけ」と軽く返す彼は、既に本隊騎士の中でも周囲に馴染みきっている。私もなるべく彼らと交流を図ろうと心がけてはいるが、やはり彼のように柔軟にはいかない。
「これから鍛錬に行くとこでさ。カラムも暇なら手合わせしねぇか?」
「ある程度なら付き合おう。ただし、私が止めたらお前もちゃんと休息を取れ。服を洗う時間も必要だろう」
衣服は定期的に城の侍女が纏めてか、必要に応じて新兵が任されることもあるが、団服を毎回ここまで汚すのはアランくらいのものだ。
まだ本隊騎士になって一年も経っていないにも関わらず、自分だけが毎日新兵に任すのも悪いということで、毎回自分で洗っては予備とで使い回している。いい加減汚さない方法を考えるか、もしくはもう三着くらい支給を望めば良いものを。団服も支給品には変わらないにも関わらず、彼は「今のところなんとかなってるし!」と全くそうしようとしない。
飲み会もしくは鍛錬。彼のすることは基本的に毎晩変わらない。私も何度か誘われるままに彼の鍛錬に付き合ったことがあるが、正直恐怖を覚えるほどに終わりがない。
本隊騎士で演習後にも自己演習や鍛錬をする者は珍しくないが、アランはそれが極端過ぎる。単純な狙撃演習や騎馬訓練などならわかるが、彼の場合は相手がいれば勝っても負けても相手が根を上げるまで休み無く手合わせを続け、そして一人であれば基礎的な鍛錬をひたすら繰り返し続ける。
私も最初の頃こそは競争心も働いて彼に合わせたが、最悪の時はそのまま朝になった。「いやー相手がいると違うな!」と生き生きと笑ってそのまま早朝演習へと駆けていった彼の姿は目に焼き付いた。そんなことばかりしてはいつか身体を壊すぞと窘めたこともあったが、……結果そろそろ一年経ちそうだというのに全く彼が疲労しているのを見たことがない。
その上、彼は演習の合間や誰もが身を休める休息時間にも暇さえあれば鍛錬をしている。場合によっては仲間内で会話しながら一人だけ片手間に鍛錬をしていた。完全なる鍛錬バカだ。一体いつ彼が休んでいるのか私も時々疑問に思うことがある。
「よっし!じゃあ空いてる演習所行こうぜ。やっぱお前は付き合い良いよなー」
お前に言われたくない。
騎士団内では毎日何所かしらで飲み会は行われる。その飲み会に最も出席しているのは間違いなくアランだ。
相手が先輩であろうと上司、上官であろうと構わず人の波に飛び込む彼の適応力は羨ましいとすら思う。一年経とうとしている今も、同期どころか先輩騎士にすら一歩置かれてしまう私とは違う。……私の場合、一度目の入隊試験での自業自得だが。むしろそれで白い目で見られたりや邪険にされない分、本当に騎士達は懐が深い。
しかしお陰で今も、私のことは騎士団内では有名になってしまっている。元々貴族出ということである程度思われることは覚悟していたが、それだけなら騎士で珍しくはない。貴族の家で騎士を定期的に出そうとしている家も多い。
私の場合はそう簡単にはいかなかった。両親からは昔から反対され、条件を突きつけられ、そして何とか今こうして念願叶い騎士となることを許されたわけだが、……そうなれたのも。
「そういやぁさ、騎士団長からの話って何だったんだ?」
彼の、お陰だ。
色々と、少々未だに悔しいことに、腹立だしく歯痒いことに、はっきりと認めてしまえば私はアランのお陰で騎士としてここに居る。本来であれば今回の生誕祭出席の権利も彼に与えられるべきだったとも思う。
彼はそれを鼻にも掛けず、恩にも着せず、それどころか何事もなかったかのように私と友好的に接してくれている。……当時、無事彼も騎士になれた時は、心の底から安堵した。
「……来週行われる生誕祭に、ローガン隊長の代理で出席する。今年度首席入隊した騎士として、騎士団長達に同行させて頂く」
「マジかよ⁈良いなぁ騎士団長と副団長とだろ⁈いやそりゃあすっげぇ緊張するけど騎士団長達に同行できるなんてさあ‼︎」
一気に近距離から叫ばれ、鼓膜に響く。
思わずアラン側の耳を押さえながら、上体を反らす。声が大きいぞと指摘したが、全くアランの興奮は冷めない。すっげぇ、良いなぁ!と繰り返す彼に、本気で代われるものなら代わりたいと思う。
先輩や上司、隊長格相手にすら物怖じしない彼にとっても、特に騎士団長は別格だった。騎士に憧れを抱いていたという彼は、騎士団長の前でだけでは岩にでもなったかのようにガチガチに緊張する。言葉数も減り、流暢な筈の舌まで痺れて緊張し過ぎた時など顔まで熱が入る。何故そうも何でもかんでも極端なのか。
「お前は嬉しくねぇのかよカラム⁈首席入隊の騎士が呼ばれるなんて滅多にねぇだろ⁈」
「確かに騎士団長達と御同行が許されることは光栄だが……。……王族の式典など、堅苦しいだけだ」
騎士団本隊首席入隊。その一年だけの肩書きに、周囲の王侯貴族が興味を持つことはよくあることだ。
特に優秀な成績や血筋、若ければ若いほど未来の隊長候補、騎士団長候補とも考えられやすい。場合によっては社交界である王侯貴族主宰のパーティーに招待されることもある。副団長も仰られた、文字通りの〝期待〟の現れだ。
こうして指名で招かれたり、任務で忙しい副団長や最優秀騎士隊長の代理として、話題に困らない首席入隊者が公の場の同行者に選ばれることも稀にある。本来、隊長格でもない騎士が招かれることのない場で、人脈や名を売る貴重な機会でもある。
「まぁエリートのお前じゃあ式典も珍しくねぇか」
「未成年だった私が式典など出席できるわけがないだろう。王族の式典など私も初めてだ。だが、……興味もない」
気楽そうに嫌味もなく言うアランに私から一つ訂正する。
まず貴族出身だからといって国中の貴族全員が王族の式典に招かれるわけではない。確かに我がボルドー家は招かれているが、それでも許されるのは当主と成人した同行者一名のみ。その私が〝個人〟として王族の式典に指名で招かれたことは父にとっても喜ばしいことになるかもしれない。しかし、……どうにも王族の為に開かれる式典だからと喜ぶ気にはなれない。
アランもあくまで王族ではなく、騎士団長達との同行という一点についてのみ羨ましがっている。彼も彼で王族には大して思い入れがないらしい。
「へー。俺は元々庶民だしそういうのに最初から縁も興味もねぇけど、やっぱエリートでもそういう奴いるんだな」
「両親は別だろうが、私と兄は全く興味がない。貴族主宰の社交界に招かれたことはあるが、結局は見栄張りと自己顕示ばかりの世界だった。王族の式典ともなればそれも相当だろう」
式典に私が、……いや騎士が招かれること自体もその意図が強いだろう。
招待客と言われれば響きも良いが、結局は〝王国騎士団〟の威光で王族の威厳と力を民に示す為のものだ。だからこそ招かれるのは優秀な騎士隊長もしくは話題性のある騎士のみ。本来、人数だけであればもっと大勢の騎士を招くことも可能な筈だ。
指名とは言われたが、叙任式の祝会で一度は挨拶もしている。本隊首席入隊者として呼ばれたと言っても、私が本隊入隊を果たしてからもう少しで一年が経つ。それまで一度も王族の式典に呼ばれなかったというのに、今更になって期待など社交辞令に等しい。
恐らくは一年経とうとする私が、本隊騎士として継続した望ましい成績を残しているか尋ねられるのだろうが、……どうせまた新しい〝首席入隊騎士〟が現れれば、私への興味も移るだろう。
王族が興味を持ったのは〝カラム・ボルドー〟ではなく〝首席入隊した今一番話題性の高い騎士〟なのだから。たとえば私があと二、三年後に死んでも、彼らは悼むどころか顔を思い出すことすら難しいだろう。
王族といっても所詮は雇い主。我々は新兵も含めて全員が騎士団だが、直接雇い主と関われるのは一握り程度だ。王族は騎士一人一人を認識しているわけではなく、あくまで〝騎士団〟の極一部としてしか見ていない。
……当然のことだ。王族は国を統治し、世界を相手にする立場。騎士一人ひとりまで見ろという方が無理な話だ。それほど広い視野を求められながら、国の為にいつ死ぬかもわからない騎士にまでいちいち心を傾けてはいられない。一年間で死んだ騎士の名前どころか人数だけでも把握していれば素晴らしいくらいだ。そしてそんな雇い主やその身内に直接会えるからといって、光栄に思えるわけもない。
民の為にあるのが王族。民と王族の為にあるのが騎士。あくまで王族にとって騎士は国や民、自身を守る為の手段でしかない。王族は私達一人一人には興味がなく、……だからこそ、私も王族に興味を持とうとは思えない。
騎士は、誇らしい。
見返りを求めず、その命を国と民の為に捧げ、来たる時の為に己を磨き続け、有事の際にはどのような者にも手を差し伸べる。一人の研鑽が、大勢の民を救うことになる。
権力や見栄ではなく、ただひたすらに救いを求める者の為に、抗う力を持たない者の為に生き続けるそれこそ、私の求めた騎士の生き方だった。
国を護りたい。身分関係なく民をこの手で護りたい。そして、そのような誇り高き生き方をする騎士を一人でも死なせたくない。彼らの力となりたい。だからこそ私は自身も騎士になることを望み続け、叶った今も騎士としての高みへと登りつめる為に研鑽を続けている。
しかし私やアラン、騎士達にとって騎士がどれほど誇り高き素晴らしい存在であっても、それを王族にまで理解を求めることが間違っていることも勿論理解している。
そこで王族へ何の不満を語ろうとも思わない。騎士でも志願した理由が人それぞれ異なるように、王族にも彼らの正義がある。つまりはただ単に私個人が王族へ
期待も関心も抱けない。ただそれだけだ。
「……勿論、王族としての権威を示すことは国の政治としても重要な公務ではある。だが、私には性に合わない」
そして、このような捻くれた考えをわざわざ他言しようとも思わない。
私の言葉に「へー」と軽く受け流したアランは自身の頭の後ろに腕を回す。星も浮かんだ空を見上げながら、独り言のような口調で「固いなぁ」と呟いた。
「ま、何か面白いことあったら教えてくれよ。飲みながらでも良いからさ。ちょうど来週辺り、本隊入りの一年目二年目で飲もうってマート達と話してるし」
「それは構わないが、彼らにも興味がある話題かどうか……」
「なんか初披露目なんだし、王族の様子とかでも良いんじゃねぇ?ほら、件のティアラ様とあとー……養子になった王子とか。色々なんか王族が会うの初めてなんだろ」
ステイル第一王子だと、そう訂正しながら前髪を指先で押さえる。
まぁ確かにそういう意味では興味深いかもしれない。第一王女と第一王子が初めて第二王女に会い、そして第一王子が初めて陛下に謁見する場だ。表向きだけでも仲睦まじく振る舞われれば恙なく終わるが、もし僅かでも険悪な雰囲気になればそのまま我が国王族の不穏にも繋がる。
特に第一王女は人格的に問題があるとも噂で聞く。我が国の行く末を見据えるという意味では、意義のある式典かもしれない。
「……そうだな」
「まっ、んなこと言って俺はそれも興味ねぇんだけど」
ししッと笑いながら言うアランと共に歩き、せめて頭を抱える結果にならないようにだけ願う。
お陰で僅かにだが、生誕祭を控えた足は軽くなった。
……そして、ティアラ様の生誕祭。
「三人で、この国を…民を、守っていきましょうね」
王族は滞りなく邂逅を終え、
「ロデリック、これは……」
「…………そうだな」
騎士団長と副団長は信じられないように目を見開かれ、
「プライド・ロイヤル・アイビーを第一王位継承者と認めます!」
私もアラン達への土産話こそ得られたが
「先程の御言葉、感激致しました。この度は第一王位継承権と、ティアラ様のご生誕おめでとうございます」
……結局はあくまで〝王族としての理想的な〟式典というだけだった。
懸念はなくなり、そしてまた今まで通り期待も関心もないまま私は騎士団長からの紹介にも預かった。
「お初にお目に掛かります。カラム・ボルドーと申します。今年度、本隊騎士に任命して頂きました。お会いできて光栄です、プライド第一王女殿下」
当時八歳だった第一王女に言葉だけの敬意を払い、名を語った。
覚えられることなど、一生ないと理解しながら。
……しかし。
「アラン隊長!エリック、カラム隊長っ‼︎」
まさかその時の第一王女が
「あの時は御礼を言えなくて申し訳ありませんでした。心配をしてくれてありがとう。…どんな状況でも助け出した民のことを想って下さっていたカラム隊長はとても素晴らしい方だと思います。これからも宜しくお願い致します」
きっかけとなった騎士団奇襲事件に飽き足らず
「カラム隊長は、とても優秀で部下や周りの騎士にも気を配って下さるお優しい方だと聞き及んでおります。…私も、その通りだと思います」
私の常識を次々と打ち壊し
「……私はっ…まだ、お二人に護って欲しいですっ…‼︎」
あまつさえ心まで奪われることになるなど
「カラム隊長も、死ぬまで私が一緒に居たいと思えた人だもの」
当時の私は、……想像もしなかった。
「いっそ、次からは外でお会いする時にはエリック副隊長のことは〝エリックさん〟と呼ばせて頂きたいくらいです。本当に御家族の一員になりたいと思ってしまうくらいに素敵な」
「プライド!プライド‼︎そろそろっ、そろそろもう充分誠意は伝わったのではないでしょうか⁈」
「プライド様御安心下さい。エリックは一度受けた任務は必ずやり遂げる騎士ですから……‼︎」
今や、王族に興味を持てなかった日があまりにも遠過ぎる。
プライド様の近衛騎士を自ら望み、婚約者候補となってしまった私には。




