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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
コミカライズ記念

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〈コミカライズ四話更新・感謝話〉義弟は根に持つ。

本日、コミカライズ第四話更新致しました。

感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。

〝もし、ステイルがあの日のことを語る気になったら〟

時間軸は「破棄王女とシュウソク」あたりです。

あくまでIFですが、うっすら本編に繋がっております。


「……正直。今でも時々お前を殴りたくなる」


ぼそり、と。

独り言のようにステイルがそう呟いたのは、午後を過ぎた時間帯だった。

摂政であるヴェストから先ほど移り、今は王配業務を学ぶ為にジルベールの補佐についていた。王配業を引き継ぐティアラと、そして女王となるべきプライドの為に。

ジルベールの執務室で、アルバートに提出する資料のまとめを手伝う。殆どは他の上層部や従者達により記載されていたが、その方々から纏めた資料を王配の目に通しやすく再編集するのも宰相の役割だった。

既に慣れたその作業に手を動かしながら、ステイルの言葉は静かに沈黙へと穴を開けた。先ほどまで書類を捲る音とペンを走らせる音だけだった空間に、小さくても肉声はよく響いた。


「おや。てっきり私は毎日かと」

振り向きざまに肩を竦めて笑うジルベールに、ステイルは目だけで睨む。

冗談のような口調だが、半分は本音だ。過去の罪から、自分はステイルにそれくらいされても当然だと思っている。しかし同時に、今の彼は自分のことを以前ほど悪くは思っていないこともわかっていた。奪還戦で彼から受けた言葉は、たとえ何千年経とうとも忘れられはしない。

ステイルからの漆黒の眼光もにこやかな笑みで返してみせれば、更に彼の眉間に皺が刻まれた。いつもならすぐにここで反撃をする彼だが、今回は口を噤んだ。

様子の違う彼にジルベールもすぐに気づき、身体ごと振り返る。眉の間隔を開け、真っ直ぐ見返せばステイルは視線をやっと書類へと戻した。


「……今朝、昔の夢を見た。お陰で今も腹立たしい」

低めたその声に、ジルベールは小さく息を吐いて笑う。

そうですか、と返しながら彼がどんな夢を見たのかある程度を予想する。少なくとも最初の発言から考えて自分関連のものだろうことだけは想像もついた。ここまで来たら、最後まで聞いてみようかと考えながら口を動かす。


「昔、……といいますと六年は昔の記憶でしょうか?」

「いいや十年以上前のことだ」

意外と遠い、と思いながら思考を巡らす。

ステイルの十年以上前といえば、彼が城にきたばかりの頃だろうかと見当付ける。ステイルには昔から嫌われていることはわかっていたが、ならばプライドへのどの失言についてかを選別する。

ジルベールが考え始めたことに少し満足しながら、ステイルは再び手を動かした。資料に補足を付け加えながら、視界の隅にジルベールを捉え続ける。


「姉君への悪舌を持つ男が居てな。心ない言葉を吐いていた」

「それはそれは。無礼者がいた者ですね」

「不敬罪でも軽いな。しかもその男は我が国の宰相だ」

「それは許されませんねぇ」

あくまで自分のことだとわかっている。

その上で互いにこの場にいない人間のことのように会話を成立させる。淡々と語るステイルにジルベールも落ち着いた笑みだった。己が罪については誰よりもジルベール自身が自覚している。そしてステイルからのこういった嫌味や指摘も別段珍しくはない。

ステイルは「だろう?」と軽い言葉と共に、語りを続けた。


「あろうことか、城の人間の前でペラペラと嘯く始末だ」

「王配殿下が処罰されないことが不思議でなりません」

「残念ながら父上は居なかった。お陰で全員が男の話に聞き入る始末だ」

「…………?」

「それどころか姉君のみならず父上や母上の悪噂までも口にする」

「……あの、ステイル様。それは、もしや」


初めて、ジルベールの顔色が変わる。

ステイルに自身が良く見られていなかったことも、今や当時の己が罪を全て知っていることもわかっている。しかし、あくまで直接耳にされたのは式典などでアルバートの補佐として同席する時の筈。しかし、ステイルの話ではアルバートのいない場所での行いだ。当時、アルバートの同席無しで彼に会ったことなどあっただろうかと考え、更にはプライド以外の失言まで聞かれたことになる。流石にジルベールにも記憶がない。


とすれば、あり得るのは……と記憶の扉を開けば僅かに喉が引き攣った。

あくまで記憶にないのは、ステイルの〝前で〟言ったことのみ。しかし、己が王族の悪評を吐いた回数ならば数え切れない。常に王族には気取られないように場所や相手を選んだ筈だが、しかしもしそのどこかでと。

書類を持ったまま手が固まり、僅かに焦燥を隠しきれないままステイルに尋ねるが彼は聞こえないようにジルベールの言葉を更に上塗った。


「しかも第一王子である俺の部屋の下でだ。当時、俺も姉君も教師の授業の兼ね合いで部屋を出ている筈だったからな。まさか聞いているとは思わなかったらしい」


さらさらと言い切るステイルの言葉にジルベールの顔から血色が薄れていく。

僅かに開いた口の中で舌も回らず、当時の自身の行いを省みる。王族の悪評を広める為に各所で上層部の人間に噂を広め、王居内であるステイル達の宮殿傍でも嘯いた覚えがある。

アルバート達のいる王宮よりは遥かに王族側の人間が少ない。更には上層部が行き交う王居内でも彼らの子ども達しか住んでいないそこは噂も撒きやすく、衛兵の目さえ気にしなければ穴場も多かった。

宰相として王族の予定を把握できる立場にいたジルベールは、プライド達の行動表も頭に入っていた。更には元々の評判も信用も悪かったプライドや城に入ったばかりのステイルに聞かれて追求されたところで、自分は簡単に受け流し誤魔化せる自負もあった。そこまで考えれば、当時の自分を締め上げたくなる。

腹立たしいだろう?と口の渇いたジルベールへステイルが変わらず他人事のように同意を求める。しかし、ジルベールも今度は流石に受け流せない。今までステイルに幼少の頃から敵意を向けられていたのは、自身のプライドへの直接的な嫌味が原因だと考えていた。プライドを慕う彼が、彼女に敵意や悪意を向ける自分を良く思っていなかったのだと。しかし、今の彼の発言が事実だとすれば。

それを考えれば、じわじわと視界が狭まるのを感じた。元々、自分に似た気質を持っていたと考えていた彼だが、想像以上に自分の影響を強く受けてしまった可能性が出てきた。

ジルベールから返事がないことに、ステイルはちらりと一瞬だけ視線を彼に投げた。絶句という言葉が相応しく瞼を無くした目で自分を凝視しているジルベールに口元が緩みそうになりながら敢えて引き締める。そして代わりに決定打となる杭を彼へと打ち込んだ。


「あの日、俺は急遽部屋に閉じこもっていたからな。姉君も教師も気を利かせて父上にも報告せずにそっとしてくれた。俺も〝手紙をゆっくり〟読みたかったからあの配慮には救われたよ」


落ち着いた口調で言い放ったステイルの言葉に、今度こそジルベールは目眩を覚えた。

整理し終えたばかりの書類をうっかり机に落としかけた。自分の行いが予想よりも遥かに早く彼に知られていたのだと理解する。

ステイルから与えられた情報を頼りに考えれば、一体いつのことかはすぐに算出できた。あの時か、行き着けば確かにその可能性も視野に入れるべきだったと見当違いな反省を最初に考える。そして直後には、やっと自身がステイルに敵意を向けられていた原因を理解した。プライドとアルバートから寛大な処置を受けたその日に、悪意の塊である自分の行いを目にすれば敵視するに決まっている。今でこそ立派な次期摂政に成長している彼だが、まだ七歳だった彼になんという現場を見せてしまったのかと思えば頭が鉛のように重くなった。

堪えきれず書類を机に置いて片手で額から抱えれば、どんな顔をすれば良いかもわからなくなる。


「それに」

そのジルベールの心情を読んだように、再びステイルは口を動かした。

いつもは口で自分に勝っていることの方が多いジルベールが完全に消沈していることに心の底でほくそ笑む。敢えて淡々とした口調になるように意識して続ければ、一度切ったところでジルベールは顔を上げなかった。額を抱え、俯けたまま過去の己と葛藤している。

ざまあ見ろと口では言わず、目だけで一方的にそう告げたステイルは今度は緩む口元をそのままに言葉を紡いだ。


「お陰で見定めるべき敵にも気づけた」


ニンマリ、と。黒い笑みをそのままに悠々と発するステイルの声にジルベールは今度こそゆっくりと顔を上げた。

見れば、笑みを浮かべる青年からは今は自分への殺気どころか敵意すら感じられない。ただただ勝ち誇ったしてやったりの笑みだけを浮かべていた。瞬きを一度だけ思い出し、目が合えばステイルは眼鏡の黒縁を軽く指で押さえる。それからまたジルベールへ落ち着き払った声を掛けた。


「あの時にお前の本性を見なければ、俺も姉君やティアラのように騙されていたかもしれないな。お前の腹黒さあってこその今の俺だ」

今この場でジルベールよりも遥かに腹黒い笑みを浮かべながら言い放つ。

微笑ましいとすら思えたこともあったステイルのその笑みに、今だけはジルベールの胃が痛んだ。今まで自分に似た気質があるとは思っていたが、もしかすると彼の性格が捻れた要因は本当に自分の責任なのではないかと考える。

幼い頃は手紙を抱き締めて泣いていた純粋な少年が歪んだのも自分の行いを見た所為かと考えれば、更に自分は取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと血の気が引いていく。むしろ、ステイルがプライドやアルバートへ悪意を向ける自分の行いを見て、それを何年も胸の内に秘めて滾らせていたのかとも考えれば、よく自分は彼に殺されなかったなと思う。寧ろ自分が己を殺したくなる。


「どうだ?腹立たしいとは思わないか?」

漆黒の眼差しを闇色に光らせながら語りかけるステイルに、ジルベールは言葉も出ない。

その通りですね、の言葉すら重かった。大変申しわけありませんでしたとも言いたいが、それだけで足りるわけもない。六年前のあの日、自分の罪を現行犯で目の当たりにした彼が尋常ではない殺意を向けてきたことも、今思えば当然だった。

彼はプライドよりも遥か前から、自分が彼女に犯していたことも裏切っていたことも嘘を吐いていたことも知っていたのだから。僅か七歳だった少年がずっと自分のような人間からプライドを守ろうとしていたのだと知れば、頭が下がるどころか机に叩きつけたい気持ちになった。

上げた顔が自然とまたテーブルへと重力と共に引っ張られる。額に手を当てたまま、あまりにも唐突に明かされた新事実に頭がついていかない。

返事がなく、視線を落とすジルベールにステイルは簡単な様子で「俺は腹立たしいよ」と投げた。いつもならば軽く受け流せる言葉も今はジルベールの胃と心臓に刺さる。しかし




「つまり俺は七歳の頃からお前の背中を見て育ったということになるのだから」




波のない、変わらず落ち着いた声で放たれたその言葉に、額を支えていた手も落ちた。

ぱたり、と力の無く腕が机に着地すると同時にジルベールは視線だけを彼へと上げる。見れば、笑みを浮かべていた彼の眉だけが僅かに顰められていた。

複雑な感情が交ざったその笑みは、プライドに出逢う前の彼ならば決してできない表情だった。ジルベールと目が合った後も、今度は彼もそれ以上は口を噤む。僅かに悪い笑みともとれるその表情のまま、今度は彼の方から視線を机へ落とし、再びペンを走らせた。カリカリと紙表面をペン先が掻く音までもが鮮明にジルベールの耳に届いた。

彼の表情がどういう意味かも理解し、ジルベールは一度口の中を飲み込んだ。「まさか」と息に近い音で呟いた後に、頭を冷やす。

沈黙と聞き慣れたペンの音で次第に調子を取り戻したジルベールは、そこでやっとステイルへ投げるべき言葉を正しく選んだ。敢えて柔らかく笑み、ステイルがかけたのと同じほど落ち着いた声で投げかける。


「……まさか、ステイル様ともあろう御方がお許しになったわけではありませんよね?」

「あり得ないな。未だに根に持っている。今でもお前を殴りたくなるくらいには」

「お望みでしたらいつでも差し出しましょう?」

当然のことのようにジルベールの問いを否定したステイルは、その言葉に鼻で笑って返した。

フン、と音にしながらペンの動きを止めない。書類も残り少なくなっていくのを確認し、それから今度は低めた声で彼に返す。


「俺もお前のお陰でそれなりに成長したからな。昔は摂政になったらお前を国から追い出してやるとまで考えていたが、……今の俺ならばそうは思わないだろう」

まるで自分も丸くなったと言わんばかりのステイルの発言にジルベールも「ほぉ?」と軽く相づちを打てた。

彼が摂政として人として成長しているのはよくわかっている。しかし、何か含みを持ったように聞こえるステイルの言葉にまだ続きがあることも理解した。

ステイルは区切りの良いところでやれやれとペンを一度置き、それからジルベールへとにこやかに正面から笑みを向けた。




()()()()()()()()立たせてやる」




清々しいその笑みに。

ジルベールはうっかり笑いそうになった。唇をきつく絞って堪えたが、あまりにもステイルらしい答えだと思えてしまう。

以前よりも殺意の増した言葉にも関わらず、それはジルベールにとってはそれ以上ない回答だったのだから。流石はステイル様、と心の中で賛辞を呟きながら笑みだけでステイルにそれを返した。

ジルベールの笑みにステイルもそれを返事と受け取ると「次また裏切っても同じだ」と投げ、再び書類仕事を続けた。

ステイルは、あの日ジルベールの本性を知った日のことは後悔していない。それによって自分がどれほど歪んでねじ曲がってしまったとしても、それが結果としてプライドの為になるならば良かったと思う。

たとえ自分がどうなろうとも、彼女を数多の大人や悪意から守り続けることこそが自分の誓いだったのだから。たとえ自分の性格がこうなる要因がジルベールだったとしても、そのことに関しては全く恨んでいない。何より今は



ジルベールとのこの関係も、嫌いではない。



「俺はあと三枚で終わるぞジルベール。父上とティアラを待たせるなよ」

「ご安心を。私は既に終えた後ですので」

むっ、とそこでやっとステイルの顔が敵意に歪む。

まさか自分が話しかけた時点で終えていたのかと、未だ仕事の早さでジルベールに勝てなかったことが腹立たしい。

自分の方が遅れているとわかった瞬間、ステイルの手の動きが速まった。その様子にジルベールも肩の力を落として笑みで眺める。ステイルが少なくとも、己の性格がこうなったことの原因に関しては自身を恨んでいないことがわかり、自然と緊張感もほぐれた。

今も必死に自分へ挑むようにペンを走らせる彼に、集中を逸らすような悪戯心が芽生える程度には。


「ではステイル様が摂政になられるまで、この首は清めておかなければなりませんねぇ」

「それはまた裏切るという宣戦布告か?ならばこの場で粛正してやる」

いえとんでもない、と軽く言葉を返しながらも軽く首を摩ってみせた。

急いで残りの三枚も片付けたいというのに集中を削ってくるジルベールへ僅かにステイルは殺気を零す。ジルベール自身はステイルのその性格が寧ろ気に入っている。


「マリアとステラにお腹の子どもまで置いて死んだら、俺が地獄から引き摺り上げてでも殺してやる」

「ええ。私もステイル様の老後を看取るまでは死んでも死にきれません」

あともう少し力を抑えなければ確実にペンを折っていたとステイルは自覚する。

ジルベールの穏やかな声に、書類を睨みつけながらも奥歯を噛み締めた。軽口に言われたその言葉が本当に自分の老後にあり得ることだと思う。

言い返したい衝動を今は書類を片付けることにぶつけ、話しながらの倍の早さで仕上げたステイルは音を立てて書類を机の上で整えた。トントンッ!といつもより強い音に、未だステイルの機嫌が傾いたままだなとジルベールは静かに笑んだ。

行くぞ、と自分が補佐についている筈のジルベールを従えるように声を掛け、部屋を出る。再びアルバートの待つ執務室へと二人は戻った。


「遅かったなジルベール、ステイル。すまないが、書類がまた溜まっている」

「おかえりなさいっ。兄様、ジルベール宰相にまた意地悪は言わなかった?」

ノックを鳴らし、扉を開ければアルバートとティアラが二人を出迎えた。

自分達が席を離れている間に、新たな仕事の山がアルバートのみならず、ジルベールとステイルの机にも置かれている。お待たせしました、畏まりましたとアルバートへと言葉を返す間にも、核心を突くティアラのその言葉に二人は一瞬だけ先ほどの会話が頭に過ぎる。そして同時に、にこやかな笑顔を彼女らへと向け、言葉を返した。




「「とんでもない」」




声も揃った二人に、ティアラは「やっぱり」という言葉を飲んでステイルへ頬を膨らませ、アルバートも僅かに眉を寄せてジルベールを睨んだ。


次期摂政と悠久を生きる宰相は、二人の視線にもまるで気付かないように受け流すとまたいつものように仕事へと戻っていった。


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