そして負けを知らない。
「お姉様も交代しましょう!私ばかりやらせて頂きまいたからっ」
ティアラの言葉に「えっ」と一度言葉を詰まらせるプライドは目を泳がせた。
前回のトランプ勝負でも殆どが負け続きである彼女からすれば、勝利の為にもここは勝利の女神であるティアラに台頭し続けて欲しい。しかし、ずっと矢面に立たされた彼女も疲れたのかしらと考え、そして自分がゲームからはぶられないようにの優しい妹からの心遣いだと思えば無下にもできない。
ほんのりと「私よりジルベール宰相は……」と同じくまだ順番の回っていない天才謀略家に助けを求めてみたが、それも「いえ私はこちらで手が埋まっておりますので」とすんなり断られた。見れば、セフェクとケメトがさっきのヴァルのイカサマ術を教えて貰うべく彼の散らかしたカードをかき集めているのをジルベールも手伝っていた。
もう自分が出る以外選択肢がないことを悟ったプライドは、丸くなった肩のままティアラに譲られた椅子に腰掛けた。カードを配られる前から、既に負けが確定したような表情で対戦相手である二人を見比べる。
「嬉しいなぁ、こうしてプライドとステイル王子とポーカーが出来るなんて」
「僕もです。まだレオン王子とカードをしたことはありませんでしたから」
姉君もですよね?と、先ほどと打って変わって穏やかな笑顔のステイルにプライドの顔が強張った表情ごと固まってしまう。ステイルもレオンも穏やかに紅茶でも嗜んでいるような様子だが、カードを片手に尋常ではない覇気を溢れ出させる様子はどう見ても〝お遊び〟ではなかった。いつでも相手の寝首を掻けそうな二人を前に無意識にプライドは自分の首を摩ってしまう。
─ 大丈夫、大丈夫……二人はイカサマとかしないもの。
怯える自分を落ち着けるようにプライドは心の中で言い聞かす。
既に自分達は最下位。ここまで来ればいっそ肩も軽い。ティアラも負けても良い前提で自分に譲ってくれたのだろうとも思う。反則技のセドリックとイカサマ師のヴァルが盤上から降りてくれたこともありがたい。ティアラの幸運すら押し除けた二人に自分が勝てるなど想像もできなかった。ならば二人とも退場した今、今度こそ正真正銘の公平なポーカーが始まるのだと
「ストレートフラッシュ」
「フルハウス。……やはりお強いですね、ステイル王子」
……あれ、と。
目の前の高レベルな攻防にプライドは顎の力が抜けそうになった。
勝負を始めてから、ステイルもレオンも全くお互いに引けを取らない。誰がどう見てもプライドの望んだ正攻法のポーカーではあったが、その水準は彼女の手に負えるものではなかった。今もツーペアで少し嬉しくなっていた自分が恥ずかしくなっている。
策士であるステイルもまたポーカーは強かった。特にハッタリやカードの確率を考えるのも得意分野である彼からすれば、セドリックの助言を借りずとも普通の相手であれば先ず負けない。
本来ならばチーム内での相談も可能な今、セドリックが降りたところで彼から相手のカードを聞けば良いのだが、既に戦いから降りたことに気が抜けてぐったりしている彼は「もうこれ以上は」と断っていた。単純に良心が咎めて疲労したこともあるが、ティアラからの『イカサマよりずるい』発言が理由こそ違えど未だに胸へと刺さり精神を削っていた。
しかも顔を上げれば記憶だけでも鮮明に先ほどまで自分へ敵意を向けていたティアラ本人が、また彼が何かするのではないかステイルに耳打ちするのではないかと警戒するように睨んでいる。ここで自分がまたステイルの協力をしたら今以上にティアラに嫌われるだろうと思えば、まさに彼女の手料理以上のおおごとだった。
その為、今のステイルはセドリックからの協力は無しでレオンと渡り合っていた。
第三者から見てもセドリックには一度断られた以降、全く相談もサインも送りあってはいない。数歩離れたところでソファーに座り込んでいるセドリックよりも、椅子にかけるステイルの隣で彼の肩に手を置きカードを覗き込んでいるアーサーの方がまだステイルとこそこそ相談し合っている様子だった。その様子を眺めた近衛騎士達は何を話しているのかと少し気になった。少なくとも聡明で名高いステイルにカードが苦手なアーサーが策の助言などしているわけないという確信はある。
「嬉しいですよ。あまりカードで負けたことはないので。こうして拮抗して貰えると、これがゲームの醍醐味なのかなと思います」
あくまで優雅な動作と滑らかな笑みを崩さないレオンは、まっすぐに翡翠色の眼差しをステイルに向ける。
今この段階では愛しいプライドよりも初めて出会えたカードの強敵を見定めた。
レオンの眼差しに段々と妖艶さが混えてきたのを直視しながら、プライドはレオンのゲームの設定を思い出す。腹黒策士であるステイルに対し、主人公ティアラのカウンセリングにより本来の姿を取り戻したレオンは間違いなく
完璧な、王子。
当然、完璧な彼はカードも強い。ゲームでも城下の裏通りで裏稼業の人間からカモに合った彼は「よくルールは知らないんだけど」と言いながら、彼らを全員ボコボコにカードで沈黙させていた。
そして言うまでもなく今やその完璧な王子である彼が、ゲームで裏通りの人間にすら勝てた彼が弱いわけもない。中途半端なイカサマであればそれでも彼が勝ててしまう。そんな相手に拮抗しているステイルにプライドは心の中で感心する。ティアラやセドリックと並ぶ、引きの強い彼に頭脳と駆け引きだけで対抗できてしまっていることに。
前世のゲームでも、ステイルはポーカーに携わる場面などなかったと思えば、改めていまやっているポーカーが運ゲームではなく頭脳戦なのだと思い出させられた。
カードを引き、上乗せしているチップの数で相手の自信のほどを図りながら最良の手札を探して組み合わす。もともとカードの引きが強いレオンにそれだけで喰らいつくのは簡単なことではない。
互いに図り合い、騙し合い、嵌め合うやり取りはプライドの心臓にも悪かった。完全に自分が蚊帳の外だと感じたプライドは一回目以降一度もチップの上乗せ勝負に参戦できなかった。一度なけなしのチップをさらに減らしてしまった彼女は、もうこれ以上下手に出られない。一応奇跡的に良いカードがこないかと再戦の度に覗くが、今のところ一度も叶っていない。
そうしている間にステイルとレオンは互いにチップの増減を殆ど変えないように維持しながら、何度も何度も勝負を繰り返していく。レオンがチップを多く出して牽制してもステイルはするりも躱して勝負で勝ち、逆もまた然りだった。レオンがそれまでに相手に決定的な致命打をと振るう彼らを前に、完全にただの〝カード置き〟になりかけるプライドは、二人が騙し探り合いながらチップを上乗せする光景を眺めることしかできなかった。
「次はいくら賭けましょうか。時間も押し始めてきましたよね」
レオンは滑らかな笑みをそのままに時計を確認した。制限時間になれば残すはチップのカウントのみ。あと十試合くらいかなと頭におきながら投げかけるレオンにステイルも時計を確かめた。そうですね、と回された手札へ目を向けて考える。いちかばちかと呼ぶほど悪手でもない。ここは最後の決定打になるまで大賭けを提案してみるか、だがそれを自分が言い出せば良手を持っていると知らせるようなものになる。ここはどのような流れでその流れへ持っていくかをとステイルは考え
「でしたらこちらはいっそオールインにしちゃいましょうお姉様っ」
バッ、と鈴の音のような声からの予想外の提案に二人は顔を向ける。
見れば、先ほどまで置物になっていたプライドの手札を覗くティアラが姉をけしかけていた。オールイン、つまりは全賭けだ。
負けが決定したように青い顔をしていたプライドも、その言葉にただただ頷いた。どちらにせよ最下位が決まっているならいくら賭けても変わらない。しかし仮にもチームの命運を握るそれを自分が託されたことが恐ろしい。掠れた声で手が空いたジルベールに目を向ければ「どうぞプライド様」とやはり逃げられない。自分が例え敗北しても許してくれそうな空気はありがたいが、ティアラとジルベールの命運を握ったことはただただ恐ろしい。
震える指を一度ぐっと握ったプライドは所持チップを全て前に差し出した。それでもステイルやレオンの半分にも満たないが、逆を言えばチップの大賭けを狙っていた二人にはちょうど良い額だった。
ならば、そうだね、と二人もプライドからの誘いに同額を乗せた。
レオンも満足げに眺めながら笑みだけは滑らかな笑みを崩さない。そしてやっとプライドが勝負に乗ってくれたことも嬉しかった。生まれつき何故かカードも強い彼は、負けたこともない。社交程度ならば悪くもないが、単純にゲームを楽しみたい側としては難もあった。苦労せずとも戦略を考える必要がない程に自分は良い手札ばかり無条件に揃ってしまうのだから。
今もプライドがすぐに降りてしまうことが残念だった彼には、また彼女とゲームができることにそれだけで小さく胸が弾んだ。今も視線の先ではカードを何枚交換するかと顔を硬らせた彼女がジルベールに手解きを受けている。
ポーカーを実際行うのは初めてだと語る彼女とのゲームはそれだけでレオンには景品に等しい。予想以上にステイルに苦戦を強いられていることは嬉しい誤算だったが、彼女が意外にもカードが弱い様子なのは見ていて微笑ましかった。自分とステイルだけの壇上にしてしまったことは悪い気もしたが、あわあわとカードを両手に戦略を考え、しょぼんとした表情でチップも賭けずに安全な策へと移行する彼女が本当にポーカーに慣れていないのだなとわかった。普通の女の子らしい手間取りようはレオンには余計に彼女が魅力的に感じてしまう。意外な弱点、と思えば今度は罰ゲーム関係なく彼女とまたカードをしてみたいなとも思った。プライド相手ならば勝敗関係なく楽しめるに決まっているのだから。
そうして青い顔の彼女が結局交換無しでの勝負を決め、レオンが三枚、ステイルが二枚カードを交換した。勝負になり、彼らが出した手札は
「ろ……ロイヤルストレートフラッシュ……です。」
歯切れ悪く震えた声で放たれた五枚のカードに、全員が言葉も出なかった。
最強手。既にヴァルのイカサマにより見慣れていたカードの並びでこそあるものの、それをここでプライドに出されたことは想定外だった。
その場にいるステイル達だけでなく、壁際に控えていたセフェクとケメト、ヴァルも腰を上げる中でカードを出したプライド本人はカタカタと指が震えていた。
強張った顔はどう見ても勝者の顔とは程遠い。
「お姉様の大勝利ですねっ!」
すごいですっ!と硬直する周囲を跳ね除けるようにティアラがはっきりと声を響かせる。
全員に同意を求めるような呼び掛けの後、今度はジルベールがレオンとステイルの強手を確認してから躊躇いなく賭けられたチップを全てプライドの手元へと移動させた。ガシャガシャとあまりの量に角度によってはプライドの姿が見えなくなるほどの山が積み上がる。
「流石はプライド様。ここぞという場面での引きの強さです」
パチパチとジルベールが軽く拍手する中もプライドはアハハ…と乾いた声しか出てこなかった。
あまりに嬉しそうではない彼女に、ステイルはアーサーへと風を切る勢いで振り返ったが、彼は首を横に小刻みに振るだけだった。あんぐり開いた口と目が、一気に頂点へ上り詰めた彼女へ穴が開くほどに注がれる。
おおー、と感嘆の声が遅れて近衛騎士達から放たれたが、プライドの肩は不自然に上がったままだった。
「さぁ時間もありません。あと数勝負で終了時間となっております。次へと移りましょう」
味方である筈のジルベールが軽く手を叩く。このまま制限時間になれば自軍のチームの勝利になるにも関わらず、どんどん参りましょうと彼女の手札を山へと戻し次を促した。
エリックもぽかんとしたままではあるが、再びカードを切る。ステイル達もレオンも何が起こったかはわからない。単純に彼女の起死回生手だと思えば、なぜティアラがあそこまでオールインを突然提案したのかもわかる。プライドの顔の強張りも最強手を当たってしまったからこその驚きだったのだと思い直せば納得も
「ろ…ロイヤルストレートフラッシュ……」
「ロイヤルっ…ストレートフラッシュです……」
「ろろろロイヤルストレートフラらッシュ」
「〜〜っろいやるすとれーとふらっしゅですごめんなさいっっ‼︎‼︎」
まるで数分前の悪夢の再来だった。
途中から本人が半泣き状態になりながら最強手を開くプライドに、とうとうレオンもステイルもアーサーも開いた口が塞がらない。
うるっと涙目で謝罪を繰り返しながらも最強手を投げる彼女を責められる人間などこの場には皆無である。ヴァルに至っては有罪と言わんばかりに指を指しての大爆笑だった。にこにこと笑いながら共犯と黙認を行うティアラとジルベールも含めて、あのプライドが何をしているかは火を見るより明らかだった。まさかの彼女がイカサマなど、という驚きとそれとも本当に幸運が味方したのかと半信半疑になる。ティアラが「すごいですっ!」と何度も飛び跳ねる中、プライドだけが肩をカチカチ震わせる。さぁ次も幸運を呼び寄せて下さいねと笑う
ジルベールに。
─ こわいこわいこわいこわいこわいから‼︎‼︎どこでそんなの覚えたの⁈!‼︎‼︎
怖い‼︎と、プライドは新たに配られたカードを手にまた震えが止まらない。
今、エリックにより配られたカードは中の上程度の布陣である。当然ロイヤルどころかストレートフラッシュとすら呼べる並びではない。しかし、チップを賭ける前であろうと後であろうとカードを交換する前であろうと後であろうと変わらない。ただ、横からジルベールが彼女にポーカーの手解きをする振りをして手札に触れるだけで良い。
このカードは良い手ですね、流石の引きです、このままでいきましょうかねぇ、と口遊みながらプライドのカードに触れればそれだけで魔法のように彼の袖口から最強手となるカードへと入れ替えられていく。ステイル達どころかヴァルの目にも気付かれず、プライドはただ何もせず手札を持っているだけだった。自分は何もしていないのに手の中にある筈のカードが次々と目の前で入れ替えていく光景と感触はもうプライドには魔法を超えて恐怖だった。ヒィィィィィィィッッ‼︎と叫ぶのを喉の奥で抑えるので精一杯だ。一体ジルベールがどうしてこんな技ができるのかと、勝敗よりもそちらの方が問い詰めたい。
ゲームでジルベールの設定こそ知っているものの、あくまで元下級層の人間という情報しか知らない彼女は、まさか彼が妻であるマリアンヌに出会う前まではヴァルと同じくそれなりに非合法な稼ぎ方の手練れだったことを知るよしもない。
敵チームのいる前では自分を絶対勝利へ導くジルベールに待ったも制止も言えず、唇を絞り、されるがままになる彼女は今すぐ窓から逃げたい欲求に襲われた。
大はしゃぎするティアラと自分を言葉だけで椅子に縛りつけるジルベールに抗えるわけもなく、制限時間までただただ流されるままにカードを出し続けるしかなかった。
そして時間になり残り数を見れば、優勝者はチップを数えるまでもなかった。
一度の反撃も許さず、最強手を打ち続ける彼女が激流の中での勝者だった。
「やりましたねっ!」と飛び跳ねるティアラへ下手な笑顔で力なく答えるしかないプライドを横目に、ジルベールはすんなりと袖の中からトランプの束を取り出して見せた。
「こちら、ありがとうございました。ご返却が遅くなって申し訳ありません」
全く申し訳なさそうにしない笑顔で自らイカサマの証拠を彼らに見せつけたジルベールは、優雅な動作でそれを持ち主へ返した。
「……あー?」
片眉を上げながら突きつけられたトランプを見るのは、最初に堂々とイカサマをしてみせたヴァルだった。彼の代わりにケメトが受け取る中、一気に点と点が繋がったステイル達が激流を巻き起こす。
「ッ主犯はお前かジルベール‼︎」
「っつーかまたヴァルテメェかよ‼︎‼︎」
ざけンな!とステイルに続いて声を荒げるアーサーもこれには床を踏み鳴らす。
だがヴァルからすればジルベールに手を貸した覚えは全くない。セフェクとケメト、そしてレオンが一体いつの間にジルベールとと視線を向けるが、ヴァル 本人も怪訝な顔のままだ。
最初こそヴァルのように下準備のなかったジルベールだが、ヴァルがいる時点で彼がイカサマの種を仕込んでいることは容易に想像できた。出された山札から抜き取れば、その動きでステイルに気付かれる可能性もあったが、余分なカードであるヴァルの仕込みであればその心配もない。
必要であれば隙を見て一時的に〝拝借〟することも考えたジルベールだったが、その前にヴァル自ら持参したカードを捨ててくれた。セフェクとケメトが拾うのを手伝いながら、何枚か使えそうなカードを拝借すればそれで仕込みは充分だった。あとはプライドに花形を譲り、彼女の手札を変えれば良い。
自分の手持ちを摺り替えるだけならばヴァルにも容易だが、ただ触れる程度の動作だけで相手のカードを摺り替えるのはジルベールだからこそできる禁術だった。イカサマの腕だけで言えばヴァルすらをも上回っていることを気取られぬまま、プライドに勝利を捧げる為だけに最後の最後まで研いだ爪を隠し続けていた彼の勝利だった。
一体どこでそんな手を覚えた⁈とプライドがずっと聞きたかった問いを投げるステイルにジルベールは「いえ少々嗜んだことが」とだけ答えた。嗜んだことがイカサマなのか手品なのか奇術なのか魔法なのか、それ自体は敢えてぼやかす彼にレオンも興味を抱く。フリージア王国の宰相は特殊能力以外にも多才なんだなぁとは思えば、詳しく聞いてみたくもなった。
「プライド様とティアラ様を預からさせて頂いている以上、このくらいは。事前にイカサマもご愛嬌とのことでしたので、つい」
あくまで自分は最善を尽くしただけだと、両手を胸の前で上げて見せるジルベールにステイルもそこで噛みつく口が閉ざされた。
実際自分も同じような手を講じていることを考えれば、それ以上は怒れない。プライドを上手く利用したなとも言いたくなったが、それを言えば自分もセドリックに同じ手を使ったも同然なのだから。むぐぐと堪える中で、ふと一つの可能性に気付く。はっ、とステイルは絞った目を丸く開くとジルベールから今度はセドリックへ180度首の向きを変えた。
ステイルからの眼差しにすぐ意図を理解したセドリックはビクッッ!と肩を上下させると無言のまま深々と頭を下げた。
彼がヴァルと同じように別のカードを使っていたジルベールにセドリックが気付かない筈がない。むしろセドリックはその目で次々とプライドの手の中でカードが入れ替わっていくのを確認しながらずっと黙っていたのだから。プライドに頭が上がらないこともあるが、それ以上に手を合わせて嬉しそうにはしゃぐティアラを前に水を差すことが彼には不可能だった。
「……もォ良いからチップ数えンぞ」
はぁぁ……、と誰に怒るわけでもなく一人どっと疲れた様子のアーサーはそう言うと怒れるステイルの肩を掴み、自分達の席へと引き寄せた。
一位はプライドのチームで確定だが、まだ最下位が決まっていない。自分の策をヴァルの予想外なイカサマ手とジルベールの隠していた爪、そしてティアラという切り札そのものに阻まれたステイルは、悔しそうに拳を握りながらもアーサーの促しに従った。実際、ヴァルとジルベールさえ手練れでなかったら、ステイルの勝ちは間違いなかった。
近衛騎士達も手伝う中、チップを数えればたった二十枚の差ではあるが勝敗は決した。優勝はプライド。そして最下位はレオン、ヴァル、セフェクとケメトのチームだ。
残念、と肩を落とすセフェクとケメトだったが、優勝者であるプライドとティアラに「またカード遊びを皆でやりましょうね」と賞品である〝命令〟を使われれば嬉しさで目が輝いた。
「僕!次はヴァルみたいに格好良くできるようにします!」
「私も‼︎だからさっきのカード出すの教えて!」
返却されたカードを手に駆け寄るケメトとセフェクにヴァルは「その前に駆け引きから覚えやがれ!」と苛立ちのまま怒鳴った。勝敗自体は優勝者がプライド達になった時点で九死に一生を得たが、折角の自分の仕込みをジルベールに使われたことが腹立たしくて仕方がない。クソが、と吐き捨てながら忌々しそうにジルベールを睨んだが、彼からは寧ろ感謝の笑みしか返されなかった。
そうしてとうとう各々の休息時間が終わり、上機嫌なジルベールと不機嫌なステイル、交代を終えたアーサーとエリック、やっとこの場から開放されたヴァル達が部屋を去ることで決着からの終息は本当にあっという間のものだった。
「次は近衛騎士の皆さんともやりたいですねっ!」
今回も楽しかったと、声を弾ませるティアラの言葉にプライドは苦笑しながらも同意した。
その時は絶対に怖いステイルかジルベールを味方にしたいと心から思いながら。
……
「そういえばアーサー。結局一度もカードに加わらなかったな」
騎士団演習場へ向かう道すがら、先ほどまでの話を振り返っていたエリックは思い出したようにアーサーに投げかけた。
裏で暗躍していたジルベールを抜けば、アーサーだけが今回のポーカーに数合わせとしてしか参加をしていない。彼がステイルに早々にチームに入れられたことは二人の友人関係を知れば不思議ではなかったが、全く参加をしなかったことが少し気になった。騎士団でのポーカーですら、彼は「苦手なンで」の一言で打席に立とうとすらしなかった。騎士団に仲間内でぼったくるような人間はいないとわかっていても、アーサーは必要最低限は断り、そして今回もそうだった。
エリックの言葉に「あー……」と小さく声を漏らすアーサーは一度視線を浮かす。
「……まァ、最初からステイルも俺を出す気はありませんでしたから」
アーサーの言葉にエリックも一声で納得した。
アーサー本人が乗り気ではないのなら、わざわざ出す必要はない。そしてポーカーが苦手なアーサーをわざわざ出すよりも確かにステイル本人が出た方が勝率は増す。実際エリック達の目でもステイルはその手腕でレオンに渡り合っていたのだから。あそこにアーサーが居たところで同じカードを配られてもステイルと同じように渡り合えたとは思えない。
「それに結局、最初から最後までほとんど正攻法じゃありませんでしたし。」
確かにな、と。そこでエリックは思わず笑った。
親役を担当した彼だったが、あきらかに今回の勝負は本来のポーカーから逸していた。ルールが簡易版にされていたこともあるが、それを抜いてもセドリックにヴァルにジルベール。全員が普通ではあり得ない手を振るっていた。
結局優勝できなかったことはアーサーも残念に思うが、最初からセドリックに協力を頼んでズルをしていたのだと思えば諦めもついた。だが、あそこまで誰よりも早く策を組み上げたステイルがヴァルとジルベールに阻まれたことだけは少し不憫だとは思う。
「まぁ、結局正々堂々の勝負はレオン王子とステイル様の一騎打ちぐらいだったなぁ」
「…………」
はははっ、と声に出して笑うエリックに今度はアーサーは答えなかった。
アーサーがカードの類が苦手だと知っているステイルは、彼を引き込んだ時点で矢面に立たせるつもりはなかった。その為にイカサマを許可した上での「協力可能ルール」だったのだから。
結果として二位に甘んじることになった彼らだが、たった二十枚の差。しかし最初から引きの強いレオン相手にそこまで渡り合い、最後に最下位を回避できたのはステイルの頭脳と機転、そして
アーサーの存在に他ならなかった。
「ステイル様、降りなかった勝負では全部レオン王子殿下に勝っていたしなぁ……」
流石だ。というエリックに今度は一言だけ平坦にアーサーは返した。
人の取り繕いの表情に敏感なアーサーは、昔からカードゲームの類が得意だが〝苦手でも〟あった。単純な運勝負や頭脳戦程度なら問題ないが、駆け引きになるとどうにも一歩引いてしまう。
カードを持つ相手の表情で大概の取り繕いは見破れてしまうのだから。
今回もゲームに参加こそしなかった彼だが、その代わりにずっと目を光らせていた。常に勝利を確信してイカサマを隠す気もなくニヤニヤ笑うヴァルやカードの引きにではなくジルベールの行動にドン引きのプライドにこそ気付けなかったが、手札が悪くても良いふりをする〝ポーカーフェイス〟を全て見破れてしまう彼には駆け引きなどあって無いようなものだった。
今回も、ステイルがレオンと戦い始めてからずっと横で誰にも気取られない鉄壁の笑みを浮かべていたはずのレオンの顔色を読み、その都度「今は結構良い手だ」「多分それほど良くねぇ手だと思う」「降りろ、絶対やべぇカード来るぞ」とステイルに警告を鳴らしていたのはアーサーだった。
セドリックのように具体的なカードがわからずとも、相手の顔色さえわかれば勝てずとも〝負けない〟ことは容易だ。途中退場が許されるポーカーでは特に。
だからこそアーサーは、騎士団では可能な限りポーカーには加わらない。もし自分が入ればゲームの醍醐味無く確実に勝って〝しまう〟のだから。
それこそあくまで実力だが、それでも確実に自分が勝ってしまうのにひけらかすのは気が引けた。しかも勝負中は相手が自分の苦手な取り繕いのオンパレードとなれば、彼にとって良いことは殆どない。実際、騎士同士でポーカーをしているのを眺めていれば、相手のカードが見えなくても容易に予想もできた。
「……やっぱ、カードは苦手っすね」
ぼそっ、と独り言のような呟きを薄く拾ったエリックは、軽くそれに相槌を打った。
まさか苦手だと嘯く彼が、正攻法でやればあの場にいた誰よりも負け知らずであるとは思いもせずに。




