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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
重版感謝

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72/144

挑み、


アラン・バーナーズ

カラム・ボルドー


そう、大々的に名を呼ばれた中央に立つ新兵二名に会場中の注目が集まった。

大勢の新兵が戦い抜いた中、最後の優勝争いをするのはまだ両者とも新兵歴の浅い同世代。新兵のうちからエリートと語られるカラムと、去年入団したばかりのアラン。

新兵のみならず騎士団全体が注目するのは当然だった。

いくつもある演習場の中でも最も設備が充実した室内手合わせ場は、会場中に炬火やランプがいくつも灯され真夜中でありながらお昼のように明るく照らされた。


八方から声援が飛ばされ、最後の注目試合を前に審判からは改めて試合上の注意と規則が説明される。その間一定距離を空けて向かい合うアランとカラムは表情こそ真剣そのものの、顔色は対象的だった。

休息時間中に控え室で準備運動に余念もなく身体を伸ばし動かし温め維持し続けたアランに対し、カラムの方は一時間全てを休息に費やしたがそれでも激痛と戦う地獄のような時間だった。

その為、血色も良く登場する時には声援をくれる周囲に手を振りはしゃぐ余裕もあったアランと異なり、カラムは無駄な体力も気取られるわけにもいかないと表情も変えなければ顔も白に近かった。

包帯の巻き直しと適切な己の処置で一時間前よりは痛みも引き落ち着いたが、気休め程度。戦闘を始めれば確実に激痛と共に汗が噴き出すだろうと今から理解し、それでも頑なに隠し通す。

規則説明の後、最後に改めて両者の名とそしてカラムには〝怪力〟の特殊能力も上げられる。戦闘中に特殊能力とみられる行動や事象を見せればその時点で反則行為となる。特殊能力者でないアランからすればそれだけでもかなり有利でもある。

己が騎士道と矜持さえ気にしなければ、試合中に「いま特殊能力を使われました」と言い張れば良いのだから。そうでなくても、特殊能力者によっては意志関係なくうっかり使用してしまう者もいる。


構えの合図をかけられ、両者共に剣を抜く。

声援をあげていた観覧者も息を飲み、一時的に会場が静まり返る。騎士団長、副団長も注目し見守る中で、審判によりとうとう〝始め〟と試合の火蓋が切って落とされ




両者、共に動かなかった。




短期決戦を望むカラムだけでなく、常に持ち前の足で飛び込む戦闘が主流だったアランまで動かなかったことに一瞬だけ観衆も虚をつかれた。

試合としては珍しくない。開始を上げられても両者共に互いの動きを様子見ることは寧ろよくあることだ。たった一拍の戸惑いの後には変わらず声援が上げられた。

どちらも動かない膠着状態に、最も戸惑いを感じ続けたのは観衆ではなくカラムだ。


全くいつもの調子にしか見えない、まるでさっきの自分とのやり取りも全て忘れたように振る舞ってくれるアランには心の内で感謝した。

下手に試合前に余計な気遣いや言葉を掛けられれば本隊騎士の審判や誰かに勘付かれかねない。そして本気で来られなければ自分もまたやり難い。


しかし弱点の右脚を狙われるくらいは覚悟していた今、まさかこのまま動かない気かと別の恐れが過ぎった。


前の試合は、殆ど動かなかった。移動も最低限に抑え、相手が掛かってくるのを待ちそして捉えた。しかし今回はアランが動かない。単純にここまできて自分へ攻撃することを躊躇っているとすればそれはそれで面倒だが、もう一つの可能性は更に今のカラムには厄介だった。

アランが動かなければ、自分が動くしかなくなる。

一歩でも歩けば痛む右脚で、駆け込まなければならない。それがアランからの〝本気〟の戦略かと思えば冷たい汗が頬を伝った。この上なく正しい、そして右脚を直接狙われるよりも遥かに絶望的な戦略だった。

自分の怪我を知るアランだけではない、一般的な騎士としても相手の出方待ちというのは手法の一つ。今のカラムにとって最も当たりたくない戦法というだけだ。


表情も読めず、ただ剣を構えたまま自分の出方を伺い続けるアランにカラムは思わず歯噛みする。

このまま自分も動かず長時間膠着状態になったところで、カラム一人に疑問を向ける者はいない。むしろ常に飛び出し前に出るアランの方に違和感を覚える可能性の方が遥かに高い。

しかし時間をかけられればかけるほど、長期戦に持ち込まれれば持ち込まれるほどに圧倒的不利になるのはカラムの方だった。

本気で自分を潰しに来ていると。そう判断したカラムは早々に決断する。このまま消耗された後最後に動くくらいならば、自分から決着に挑むしかない。

飛び出す瞬間まで構えは変えず、静かに剣を握り直す。利き足ではない左足に重心を静かに増し、そして飛び出した。

ダン、と最初の飛び込みでアランの懐までできる限り詰めるべく込めた脚力は鈍く地面を鳴らした。飛び込むカラムに盛り上がり周囲も声を上げる中、アランもまたそこで初めて動く。カラムが最悪の状況を想定したようにアランは





手加減する気が微塵もなかった。





距離を詰めるべく飛び込んでくるカラムに対し、迎え撃つではなく逃げる。

持ち前の足で跳ねれば、一瞬でカラムが詰める以上に距離を空けられた。更にはカラムが方向転換の際に右脚を使わなければならない左後方へと逃げた。もともと自分より足の速いアランの逃亡にカラムも今度は確信する。ただの追いかけっこが今は殺し合いのようにカラムの足には凄絶な負荷だった。

逃すかと、一瞬痛みを忘れるほどの熱を頭中に走らせる。軽やかに足を運ぶアランの逃げる道を先読みする。先ほどの敢えて自分の弱点を突く方向に逃げる手法から考えてと、これ以上なく鋭い眼光を研ぎ澄ませた。

先読みと誘導を悟られまいと、アランの反射神経を逆手に取り一瞬だけフェイントをかければ予想通りの方向へアランが飛び込んだ。策通り、誘導したその先へ自分も〝右脚〟で地を蹴り飛び込めば、歪な音が耳の奥まで響くと同時にアランへと目論み通りぶつかった。


カラムが瞬間移動したようにも見えたアランは、まさか誘導されたと思わず目を見張る。

さっきまで相手が居た方向へ完全に身体ごと剣が向いていた中、カラムは既に剣を振り上げていた。しかも跳ね飛び、ちょうど僅かとはいえ空中にいる動きが取れない地点での攻撃だ。

磨かれた反射神経で身体は自由にならずとも、腕と剣だけはカラムの攻撃を受けるべく構えれば自分が想定していた以上の衝撃が剣を通し伝わった。

踵が地を着地するよりも前に、カラムの飛び込みと全体重がアランを押しやった。ガギィィン‼︎と会場中に響く剣の雄叫びの後、今度は新兵二人分の倒れ込む音が続く。


寸前に背中で受け身は取れたアランだが、構えた剣へと叩き折らんばかりの力でカラムが剣を振り下ろし拮抗していた。

左足を立て、一時的に右脚は負担を避けられた体勢で渾身の力と全体重、更には支点力点も計算し尽くし重心をかけるカラムに、アランは地面に預けた背と両腕の力だけで対抗する。

アランが力を抜けば押し潰される形で自らの剣が顔面に落とされ、カラムが力を抜けば背後に跳ね飛ばされ致命的な隙が生じる。


ギリギリと互いに拮抗し合う中、体勢的に有利なカラムの方が腕が震え始めていた。単純な力のせめぎ合いによる振動ではなく、右脚を酷使したせいだ。剣を握る手も、足も、全身から震えが止まらず奥歯を食い縛っても堪えきれていなかった。

身体が警告を上げるように滝のような汗が一気に噴き出した。ボタリ、ポタポタと地面や下にいるアランにも大粒が落ちる。身体ごと俯けたカラムの顔色は観衆には勿論、審判にすら確認はできない。

仰向けの体勢でそれを眺めるアランは、今顔を覗き込まれたその時点で試合中断が入るだろうと思う。顔面は蒼白で、一人雨の中のように汗を溢れさせ、険しい顔のまま目の焦点が覚束ない。

全体重を乗せるカラムの顔が近く、荒い息が直接かかる。歯を剥き出しに食い縛り、今も尚自分を剣で押し潰そうとするカラムはまるで命のやり取りをしているかのようだった。

それに対しアランは両腕こそ一瞬も力を抜けられないが、余裕もある。結局はカラムの恐れる持久戦になっていた。どちらかが剣を弾くか力負けしない限り、膠着状態のままだ。


「…………なぁ、お前そんなに騎士なりてぇの?」

ぼそり、と呟きのような小声は審判にも聞こえない。

カラムが影になり、アランの口が動いていることすら周りには分かりづらい状況で、初めての投げかけだった。

さっきまで知らないふりを徹していたアランからの言葉にカラムも目を見開いた。焦点も満足に合わず、それでも痛みの中で次の一手を考えようと頭を休めなかった中、アランの問い掛けは思考の妨げでしかない。しかし







「ッッ決まっているだろう‼︎‼︎」








激痛をそのまま吐き出すような叫びが、今度は会場中に響いた。

今まで痛みに気付かれないようにと声を出すのも抑えていた喉が、怒りと感情のままに張られる。いつも落ち着き払っているカラムから唾が飛ぶほどの叫びに、アランも僅かに身を強ばらせた。周囲からはカラムが突然怒鳴り出したようにしか見えない。

ギリッと歯を一度また食い縛ったカラムは、今度は声を押し殺した。「なりたいさ」と掠れるような声で溢し、唯一自分の怪我を知るアランには隠す意味もないと苦痛のまま顔を歪める。



「その為に努力したその為に難題に応えその為に耐え抜いた‼︎‼︎騎士になりたくてなりたくて全てを掛けてここにいる‼︎」



家を捨てれば良い。だが、恩も感じる家と家族にこれ以上は逆らえない。

騎士は向いてなかったと諦めれば良い。だが、どうしても子どもの頃から憧れた夢が捨てられない。

自分にとって、夢を叶える最後の機会は間違いなく今日までだった。

伯爵家であることに不満はない。十四になるまでは、このまま問題無く伯爵家の跡継ぎ候補もしくは補佐として社交界に出せると教師にも高く評価された。だがそれも全ては騎士を目指す為。騎士を目指すのを許される為に学び、入団試験前に騎士の教育を受けさせて貰う為に貴族としても優秀を維持した。

両親が貴族として生きる次男を望んでいることもわかった上で、それでも入団と同時に家を出た。

貴族の生き方にも意義も誉れもあることはわかっている。多くに憧れ羨まれる生涯であることも、ボルドー家の権威と領地を守ることがどれほど民の為になり、大事なことなのかも。それでも自分は騎士が良い。

この手で、身分も立場も生まれも関係なく民の中で民の声を聞き直接手を差し伸べたい。一人で大勢の民を守り救えるような、力を持ちながらたった一人の民の為に脅威に立ち向かうようなそんな騎士になりたい。立場や無力に苛まれる民を救い、そして自分が彼らの力になりたい。

憧れ、夢に見ては叶わないと傷付き落ち込み諦めようとしたこともある。しかしどうしても捨てられない。



「騎士になる為ならば‼︎‼︎ッ……骨でも靱帯でもくれてやる……‼︎」



「そっか」

単調な声を返すアランは、フーフーと獣のような息遣いのカラムの決意に感想はそれだけだった。

カラムも同情も共感も期待していない。ただ叫べば叫ぶほど声量に比例し痛みが紛れ、途中まで止まらなかった。最後の一言だけは声をまた意識して押し殺し、アラン一人にのみ躙り零した。

カラムがアランの剣を弾き奪うべく、剣の角度を変えようと手首に力を込める。それを気取られまいと鬩ぎ合う力は緩めず寧ろ押しやるべく地面を噛む左足とそして右足にも力を込めた。ビキビキと脳まで響く亀裂のような痛みをそのままアランへの圧に変換させる。

そこまで力を込められても尚顔色を変えないアランは「じゃあさ」と、短く余裕のある音での呟きを返した。オレンジ色の瞳が鏡のようにカラムを写す。エリートと呼ばれる新兵の必死な力押しも、アランの純粋な腕力には敵わない。




「そんだけ覚悟あるんなら文句は言うなよ?」




ドカッ、と。

淡々とした声を放った直後、突如としてカラムの身体が宙に浮いた。

仰向けの体勢だったアランが前足でカラムの腹を蹴り上げ、飛ばした。視界が狭まっていたカラムには完全な死角の不意打ちだった。

鎧に守られ、吐き出すほどの威力にはならなかったがそれでも息が詰まる。

空中に浮かぶ感覚に、着地と追撃の対応をと頭に過る。ほんの二秒前後の間、一回転で衝撃を和らげようと身体を捻ったが右足の激痛に妨げられ間に合わない。眩んだ視界で構わず目だけでもアランを睨むが、幸いにも追撃はなく向こうは仰向けから立ち上がり剣を握り直すだけの動作に収まった。

ならばと。カラムは両足の着地を諦め、肩と腰で受け身を取る。ドサァッと跳ねさせられた勢いのまま地面を身体が擦り、重力のまま必然的に右足も打った。グ、ァァッと堪らず食い縛った口で呻きを殺そうとしたがそれでも半量溢れた。足を押さえたい欲求を堪え、握った剣を地面へ突きそのまま立ち上が





「降参」





……ろうと、したところで崩れかけた。

片膝をつく形で凝視する先ではアランが片手を顔の横まで上げ、審判へ向いていた。

叫ばずともはっきりした声色で告げたその宣言に、審判もすぐには言葉が出なかった。観覧していた騎士団長、副団長までもが耳を疑う。会場全体が動揺を露わにどよめく中アラン一人が変わらぬ調子でまた笑った。


「棄権します。俺は、ここまでで」

まるで手合わせを切り上げるような気軽さでもう一度告げ、剣を腰へと収めた。

戦闘意志無しを形にしたアランに、審判は口の中を飲み込みそして頷いた。試合の勝敗とは別に、降参を言うか言わないかは選手に一存される以上、審判からも言えることはない。


アラン・バーナーズ棄権により敗退。勝負あり。

勝者カラム・ボルドー、と。


響く声で審判が告げ響めきと共に喝采も混じる中、最も喝采を浴び続けるカラムは茫然としたままだった。

ぽかんと顎が外れたまま、穴の空いた目でただ視界に広がる景色を眺め続ける。あまりの状況に右脚の痛みも脳に届かなかった。何が起こったのかも頭が処理しきれないまま、時間だけが一方的に流れていく。

ただ左膝だけを立てたまま、右膝は地面を噛むことをせず今は地面についたままだった。何が起きたかはわからずとも、もう右脚を酷使する必要はなくなったことだけ強制的に理解し脱力する。


視線の先のアランは、カラムのことは気にしない。手を差し出すでもなければ何か告げることもなく、喝采と試合中に応援をくれた観衆に手を振り笑う。時には敬意を示すようにぺこりと頭を下げる姿は、まるでアランの方が優勝者のようだった。

放心するカラムに、審判から起立するように告げられる。未だ整理のつかないカラムも、我にかえり今度こそ立ち上がる。左脚に力を込め、右脚は最小限の負担に抑えた。アランと同じように周囲へ礼を配れば、耳を塞ぐような喝采にゆっくりと自分が優勝者なのだと思い知る。


騎士団長ロデリックにより、閉幕の言葉が放たれれば一度はそこで全体が静まり返った。

優勝者カラム・ボルドーの本隊騎士確定と、更には今年本隊騎士へと選出される新兵の名もこの後すぐに貼り上げると告げられる。この場で発表するには時間が掛かるほど、本隊に上がる新兵は多い。騎士団長の指導の元、入団者が絞られる分今は本隊に相応しい実力に上がった新兵の数が急増している。

優勝者であるカラム・ボルドーとそして本隊への選出された新兵は張り出しを確認後すぐ本隊騎士への手続きにと説明される。

本隊入隊者以外の新兵と本隊騎士はその後に全員で全会場の片付けと清掃。解散、と。その言葉を受けた瞬間に新兵は急ぎ張り出し予定場所へと向かった。


少しでも自分に可能性があると思う者ほど急ぎ、初戦敗退など可能性の低い者は比較のんびりと。今年の新入りが気になる本隊騎士もまた張り出し場所へと向かう。

特に今回は、決勝で予想外の行動に出た準優勝者の結果は誰もが気になるところだった。

騎士団長副団長の退場後、追うようにガヤガヤと興奮を露わにしたまま誰もが会場を後にする中、手合わせ場中央に立っていたアランも「よっし‼︎」と地面を蹴った。優勝が叶わなかった今、自分もそこに掛けるしかない。


待て‼︎と、カラムが声を張り上げるのも当然だった。


明らかに険しい気配を放つカラムに、審判の本隊騎士も気になりはしたが静かにその場を引いて距離を取った。

乱闘にならないか見届けようとは思うが、アランへさっきの試合の言及や不服を言いたい気持ちもわかる。


出口へ駆けようとしたアランは肩で軽く振り返った。

「ん⁇」と丸い目を向けながら、カラムが言いたいことも理解はする。


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