勝ち抜き、
「すっげぇえええええアラン‼︎やったじゃねぇかおめでとう‼︎‼︎」
「お前こうなったら絶対騎士なれよ⁈俺に勝ったんだからな⁈」
「あのハリソンに勝ったんだからいけるだろ‼︎」
「だーからハリソンには勝ったんじゃねぇって。何でかあっちがまた反則負けで……」
「どっちにしろ決勝まで行くんだから胸張れ‼︎」
大勢の新兵達に集われ囲まれ背を叩かれながら、アランはニカッとした笑顔で「ありがとな」と言葉を返した。
既に月が姿を現し、国中が静寂に包まれている時間に騎士団演習場だけは最高潮の盛り上がりを見せ続けるばかりだった。
決勝。全新兵でたった四人しか挑めない最終試合会場で、優勝者を決める戦いに挑む権利をアランは掴み取っていた。
当然ながら相手は自分より年齢も経験も上の新兵の先輩だったが、それでもやはりハリソンよりは人間的な対戦相手だったなとアランはこっそり思う。あの時の縦横無尽な戦い方で殺されかけたのは一生忘れられそうにないが、ここまでこれたのも彼のお陰かもと思えば恨みも湧かなかった。ただ、もう二度とハリソンと手合わせはしたくないとだけ思う。
自分の試合後に引きずられていったハリソンとは、それ以降すれ違ってもいない。他の新兵から聞いても誰も目撃情報がない為、本隊騎士に説教されているのかなぁとぼんやり思う。
少なくとも騎士団長と副団長は専用の観覧席で自分の準決勝試合も見守ってくれていた。あの騎士団長に見られてると思えば一気に緊張が走り最初は動きもぎこちなかったアランだが、しかしそれでも剣で駆けこまれれば目も覚めた。第一戦目ではそんな呆けている間があればハリソンに一刀両断されていたかもしれないのだから。
「今年すげぇな‼︎まさか最終決戦会場に残る四人中二人が十代なんて」
「アラン!次のはちゃんと見ろよ⁈お前これが決勝前にエリートの試合見れる最初で最後の機会だからな‼︎」
「おい待てアランお前まだ一回も見てねぇのか⁈去年本隊にも選ばれた準優勝者だぞ⁈」
バシン、バシンと背を叩く強さがさっきよりも容赦がなくなっていく。
先ほどカラムの試合を見に急いだアランだったが、結局はどちらにせよ観覧する前に最終決戦試合選出まで終わっていた。それを正直に答えたアランに、周囲の友人達は全員が「ちゃんと見ろ!」と危機感のなさを怒鳴った。
普通は年齢が近い優秀な人間であれば対抗意識を燃やしても良い筈なのに、アランは入団時からそういう姿を見せない。
わかってるわかってるって。言葉を返しながらアランは集まって来た新兵達と共に観覧席へと急いだ。時間を置き、次に始まるのがカラムの試合だ。ここで勝ち抜いた相手が、アランと優勝争いをすることになる。
掛ける席もあったが、アランも他の新兵も落ち着いていられず立ち見を選んだ。唯一試合を行う試合会場に、新兵だけでなく本隊騎士も大勢集い観覧する中、中央部の手合わせ場では既にカラムと対戦相手の新兵が佇んでいた。当然十代のカラムより年齢も上であれば、経験も、そして一族に騎士も含まれている青年だ。
ちゃんと見ろよ、目を離すなよ、と仲間に声を掛けられる中、アランも目の前の柵に頬杖を突きながらそれを眺めた。既に一度は見かけたカラムの試合だが、最終試合会場で、そしてあの右足でどう戦うつもりなのかは興味もある。
上から眺めている分は、カラムに異変ほ感じられない。事情を知っている自分すらカラムが足を気遣っているそぶりも、不調に顔を歪めている様子も見えないのだから、審判でもあれはわからないだろうとアランは思う。
互いの紹介と特殊能力の確認後、試合開始の合図と共に飛び出したのは対戦相手の方だった。
剣を構えまるで反撃を狙うことをわざと見せつけるように姿勢を低めるカラムへと、一気に距離を詰めた。
構えるカラムより更に低姿勢で空を切り、そして彼の剣が届く距離の半歩手前で跳び上がった。てっきりそのままカラムの反撃を打って出るつもりかと考えていたアランも「おぉ!」と声を上げた。自分の方が跳躍力はあると思うが、今の剣に届く寸前を見極めるのはまだできない。
低姿勢から一気に上からの奇襲を狙う新兵に、カラムもすぐに姿勢を変えた。低めていた体勢から背を伸ばし、そして避ける素振りもなく剣を手の中で真横に構える。真正面から新兵の剣戟を受けようとする様子のカラムに、アランも目を疑った。今のカラムが受けたくない体勢での攻撃にも関わらず、躊躇いがなかった。
ガキィンッ‼︎と直後には激しい金属同士の衝突音が響いた。カラムに弾かれ着地と同時に大きく背中を反らす新兵と、そして剣を受けると同時に左へと転がるように倒れ衝撃を逃がしたカラムが互いに別方向に吹き飛ぶ。
ゴロゴロと地面を転がりながら体勢を立て直すカラムと、仰け反った状態から半歩下がることで起立したまま戦闘へと戻れる新兵では優劣は誰の目にも明らかだった。
モグラを叩くように間髪入れずもう一度上から飛び掛かり、カラムの剣を今度こそ叩き落とすべく高低差を有効活用する。単純な腕力でもカラムより上回る新兵だが、勢いと助走も加えれば間違いなく力押し勝利になる。
カラムも戦闘態勢には戻れたが、左膝をついたところで足を止めまた剣を横に構え
─ て、また転がった。
新兵の勢いをつけた一閃はカラムがまた真正面から受けてくると思った渾身の振り下ろしだった。それを避けられても、新兵も途中で止まることはできなかった。
正面衝突こそせずとも、カラムが避けたことを頭では理解してもそのまま一秒にも満たない時間剣を地面へ振り下ろしきってしまう。ガチン、と空の地面が剣に傷付けられるのと同時に新兵の両手も僅かに痺れた。それも構わずそのまま真横へ避けたカラムへと剣を横に振る……おうとした瞬間には、もう喉へ剣を突き付けられた後だった。
転がり避けた瞬間から、相手が自分の傍で一瞬の隙を作るのを見計らっていたカラムの勝利だった。剣を叩き落さずとも、勝つ方法はいくつでもある。
敗北と、そして勝者の宣言が続くと共に会場全体から喝采が唸り響いた。
おおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉぉおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっっ‼︎‼︎と、決勝前にも関わらず短時間での勝敗決定に誰もが賞賛を露わにする。
本来であれば、最終試合会場に近付けば近づくほど誰もがこの後の選手に選ばれることを鑑みて様々な剣術を含む戦闘技術や判断力を披露するというのに、カラムはその時間も無駄と言わんばかりに最小限の攻撃で決めてしまった。
流石は前年度準優勝、エリートだなぁ、やっぱり去年の噂本当か、首席しか興味ないなら技術披露の必要もないよなと。そう語り合う新兵達の言葉を拍手の渦の中で聞きながら、アランは頬付いた手を降ろした。
ぐー-っと大きく両手を天へと上げ、ストレッチするように身体を伸ばす。
時間を空け、次は最後の決勝だと。アランの周囲からは改めて鼓舞が上がった。
がんばれ、という応援からエリートは絶対短期戦でくるぞ、とカラムが技術披露の気もないことを告げアランが油断しないようにと注意を呼び掛ける。
会場全体がカラムと対戦相手の健闘へと惜しみない拍手を振るう中、アランは「いってきまーす!」と軽い調子で選手控え室へ向かって行った。
「ッッー---------------……」
選手準備室。
試合前の新兵選手の為にそれぞれ用意された個室で扉を閉じた瞬間。カラムは必死に音を噛み殺した。
剥き出しに歯を食い縛り、扉が開いたらすぐわかるように背中を寄りかけて床に座り込む。最終試合会場として用意された場は王族関連や今回のような特別な時にしか許されない。選手の着替えの為の準備室も他の会場の数倍の広さと器具や備品、椅子やテーブルも配置されていたがカラムはもう扉の前から動く気もなかった。またアランの時のようにうっかり目撃されてはたまらない。
扉の前で誰かが聞き耳を立てていたことも鑑み、一人言でも発言に注意する。
頭の中では無数に喋り唱え己を叱咤し、背を丸め小さくなった。口は歯を食い縛って無理矢理固め、歯の隙間から荒い息が盛れいっそ布でも噛んでおくべきかと考える。
試合前からカラムにも鼓舞や声を掛ける新兵や先輩騎士はいた。しかし顔色を悟られないようにまともに返事もできず、いつもよりも態度の悪い横柄な人間に見えてしまっただろうかと悔やむ。
さらに、決勝進出になった自分に、去年辞退という無礼行為を犯したにも関わらず「がんばれよ」「今度こそ首席取れエリート!」「アランとにかく速いからな!」と声を掛けてくれた者もいる。
だがそれも、早く個室で身を落ち着けたいのと何より背を叩かれることで足が痛むのも露見するのも恐れた為、愛想もなく一直線にここへ戻ってきてしまった。
─ 痛むな、もう少し耐えろ、頼むから動け、冷えろ、待ってくれ
痛みに震える手で乱暴に右足の鎧を剥ぎ取り、滝のような汗を滴らせながら先ずは少しでも熱を逃そうと外気へ晒す。
包帯を手探りで取り、時計を確認してからもう一度最初から巻き直すことを決めた。
幸いにも水差しは用意されていた為、包帯を終えたら水分補給だと己に言い聞かせ先に足の固定を進める。
総勢、一隊分近くの人数勝ち抜き戦を耐え抜いた新兵二名。
一時間の休息を与えられ、とうとう優勝争いが始まる。




