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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
重版感謝

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70/144

交わし、


「おー、すっげ。やっぱ最終試合かかってるとなると覇気が違うよなー」


なっ!と、観覧席に立つアランは偶然居合わせた隣に並ぶ新兵へと投げかけた。

自分より前に騎士団へ入団した新兵だが年齢が近いこともあり、この一年で砕けた会話もするようになった大勢の仲間の一人でもある。アランの言葉に肯定を返しながらも苦笑う。

視線の先では今も、手合わせ場の中心で新兵が決着をつけたところだった。

本隊ではない見習い騎士とはいえ、騎士団長の指導の元育てられた新兵は誰もが臨機応変な動きで戦闘を繰り広げていた。特に後半戦にもつれ込むにつれて、その戦闘は単純な斬り合い押し合いで留まらず鮮やかさが加わっていく。

単純に入隊がかかっている為や観覧者に尊敬する本隊騎士がいるから、という理由だけではない。最終試合に至る前から、彼らはすでに審判により見定められている。

本隊入隊が無条件に確定されるのはあくまで優勝者のみ。しかし、それ以外の新兵が切り捨てと言うわけではない。手合わせの上で本隊騎士に相応しい実力が見られる者もまた、審判の判断とその後の選考により本隊騎士として選ばれる。

今こうして鮮やかな立ち回りを見せれば、それがそのまま最終試合にいかずとも本隊騎士へ選ばれる要因にも成り得る。入隊として選ばれる可能性が望み薄である初戦と異なり、勝ち進めば進むだけ本隊騎士になれる可能性は増え、そしてただの力の押し合いから新兵として培ってきた技術のお披露目の場にもなる。

自分の試合を終え、目を輝かせてライバル達の試合に夢中になるアランに、友人は肩を竦めながら「呑気だな」と嫌味なく投げかけた。


「お前も最終試合勝ち抜いた一人だろ?どうせならここよりあの〝エリート〟の試合見に行っておけよ」

「あー、でも今から向かっても終わってんじゃねぇ?」

ここから一番距離あるし、と。さらりと流すアランは、友人の言葉が誰を指しているのかも理解する。

自分達と同じ新兵でありながら、実力が頭一つ分抜き出ている青年のことだ。成績全てが文句なしの優秀な彼のことは、アランもこの一年で何度も名も噂も耳にしていた。新兵でも知らない者はいない、優秀な騎士見習いだ。彼が貴族出身であることも本人からではなく、巡り巡って来た噂で知った。

本来、貴族出身である〝本隊騎士〟を示すその言葉を、新兵の身でありながら唯一掛けられているその理由も。


決勝戦がかかった最終試合。初戦時と異なり、最終試合会場もたった四つに絞られていた。一隊近くいた新兵の中で残った四人だけが、決勝試合会場へと招かれる。

アランは人数や試合所用時間の関係で一足早く終えたが、今目の前の試合のようにそれまでの試合の長引き具合によって最終試合に入る時間はそれぞれ異なる。そして、その新兵唯一エリートと呼ばれる彼ではもう最終試合くらいまで終わっているとアランは思う。

当然、彼の試合が気にならないわけではない。今観覧している試合も、単純に自分の試合会場から近かったからなだけだが、正直あまりそのエリートの試合は見ごたえもないと思う。何故なら彼は去年も短時間で勝利し勝ち進んでいたことでも有名なのだから。

今日も救護棟の帰りに一度立ち寄ってみたが、彼の試合は本当にあっという間だった。まだ初戦だったこともあるが、涼しい顔で着々と勝利を手にする戦闘技術は関心はしたが見ごたえはない。これから自分がいつか当たるかもしれないと思えばそれなりにわくわくするが、それとこれとは別だった。それなら近場で鮮やかな戦闘術を披露してくれるこの場に押し留まりたい。


しかし、そんなアランの呑気さに呆れながら友人はその肩をぐいぐいと押しやった。「走れば良いだろ速いんだから」とまだ一度も優勝候補の試合を確認していないだろうと思うアランを急かす。自分は悔しいことに今年は落ちてしまったが、せめてアランぐらいは優勝して欲しいというのは本音だった。

友人の勧めに、アランも「えー」と声を漏らしながらも考える。自分でも、また楽観的になっている部分はあることはほんのり自覚している。

二戦目からこそ今度は気を抜かない、負けるかもしれないと危機感と緊張感を張り詰めながら臨んだ。しかし、自分でも疑うほどに二戦目以降の試合は快勝だった。剣の打ち合いになれば何度か苦戦もしたが、一戦目の時のように肉弾戦に引き込めば勝率はぐっと上がった。昔は剣を持って戦うのも邪魔に感じたが、今は剣を持ちながらの動きもある程度板についている。

何より、所詮の相手が強敵過ぎたのは今となっては運が良かったのかもしれないとアランは思う。

あの時は本気で殺されると思ったしその後も腹立たしさと八つ当たりで取っ組み合いまでしたが、ハリソンと比べれば他の相手は全員良心的で且つまともだった。お蔭でどんな奇襲でもそこまで焦ることもなく、対戦相手全員に驕ることも油断することもなく勝ち残れた。


そしてとうとう最終試合まで勝ち残れてしまった今は、なんとかなるという気持ちが大分強くなっていた。

剣で押し負けることがある分は悔しく今からでも素振りから始めたいが、この後の決勝会場に行けばそれだけでも大分本隊へ上がる可能性は増す。流石に優勝はあのエリートを相手に難しいとは思うが、その間に肉弾戦と剣でもそれなりに戦えるというところを見せればもしかするかもしれない。

しかし、同時に優勝者以外は決して本隊行きが確約されているわけでもないことも知っている。

過去にも優勝者のみしか入隊できなかったことも、準優勝者は入隊できなかったのにその下位の順位者が入隊に複数人選ばれたこともある。アラン自身、いくら身のこなしが良くてもそれで騎士として認められるわけではないことは過去に痛いほど思い知った。騎士として主流が剣である以上、剣での戦闘技術も見せなければ本隊には選ばれない。


そんなことを考えれば、確かにあのエリートの剣術をもう一度確認するのもいいかもなーと思えて来た。現に彼の過去の入隊試験での噂を知っていれば、手本になることは間違いない。


い、け!!走れ!!と友人に背中を叩かれ、とうとう駄目もとでアランは別会場へと駈け出した。

もともと足にも体力にも自信がある分、決勝試合前にも走ること自体はなんらこの後にも影響しない。

既に日が暮れ、演習場内の炬火やランプが各所で照らされる中、少しでも直線距離で急ぐアランは足元も見えないような暗がりの裏道ばかりを器用に通る。新兵として一年間演習場で暮らしただけでなく、深夜までや明け方前からの自主鍛錬に明け暮れたアランはもう大概の配置図は頭に入っていた。大規模な催しで新兵や本隊騎士が演習場内を闊歩しているにも関わらず、建物の裏や隙間を縫い駆けるアランは誰ともすれ違わない。単純な直線距離だけでなく人混みにぶつからない分も時間短縮に繋がった。しかし


「……ん?」


ピタッと、アランは急遽足を止めた。

建物の裏側ばかりを跳ね駆けていたアランだが、つい今通り際に視界へ過ったものを確認すべく来た道を後ろ足で戻った。

気の所為かなぁとも頭の隅で思うが、気配を消しつつこそこそと覗けばやはりそうだった。建物と建物の間、鬩ぎ合った狭い物陰に見覚えのある新兵が一人腰を下ろしている。今まで何度も同じ道を通ったことがあるアランだが、そんなところにわざわざ人が腰を落ち着けているのを見るのは初めてだった。

しかも、自分が試合を見に向かっていた〝エリート〟本人だ。


……もう試合終わったのか。


そう適当に検討づけながら、アランは身を潜めつつ覗き見する。

最終試合まで時間があるなら、それまで休息を取るか精神統一している場合もあるが、場所も中途半端に会場から離れている。時間厳守である試合の為、遅刻を恐れ順番が巡る前には周辺で控えるのが基本である。ただでさえどこの会場も最終試合を終えている中、こんなところで落ち着いているとは考えにくい。ならば、やはり自分が予想した通りもう彼の会場も最終決戦を終えたか、もしくは彼が敗退したかのどちらかしか考えられない。

こんな誰にも見られないような場所でとなると、まさか敗退して泣いてるのかとも過ったアランだが、すぐにその考えは改まった。物陰の向こうにいる彼は、顔を伏しているが打ち拉がれてはいない。寧ろ険しい表情で






右脚を固定していた。






歯を食い縛り、前髪が湿り大粒の汗を地面に落とすほど顔から首筋までを滴らせる彼がどういう状況なのかは一目瞭然だった。

片脚分だけ取り外した鎧が立て掛けられ、剥き出しになった足を足首から膝までの厳重な固定だ。何重にも包帯を巻き付けている。

その処置はアランの目にも手本になるほど的確だったが、遠目でも血流まで止まるのでは無いかと思うほどの力の込めた巻き方だった。しかもその表情から判断するに、完璧な応急処置をしても尚痛みは引いていない。


「……。今から救護棟行った方が良いんじゃねぇ?」

ハッ‼︎と息を飲む音が、アランにまで聞こえた。

突如掛けられた言葉に目を限界まで見開いた新兵は、風を切り振り返る。

今さっきまで足の固定と激痛に意識が持っていかれ、見られていることに気付かなかった。折角人影のない場所を選び身を潜めたというのに、まさか一番見られたくない場面を目撃されてしまった。

瞬間的に言い訳も考えたが、やはり無理だった。せめてここに身を潜めた時や、包帯を巻く前後であれば言い訳も誤魔化しもできたが、間違いなく今自分は包帯で足を固定するところを目撃されてしまっている。数拍遅れてから、アランに掛けられた声だけでなく言葉も思い返せば間違いなかった。

瞬きも忘れ硬直する新兵に、アランは歩み寄る。茶色がかった金髪の頭を掻きながら、自分でも悪いところを見たとは思う。しかし、どう考えても彼の行動はおかしかった。

もうそっちも最終決戦終わったのかと。軽く尋ねる声も一応は潜め、そして続ける。

「決勝試合まで時間あるだろ。救護棟で怪我治療の特殊能力受けてこいよ。なんなら七番隊の人呼ん」



「ッ頼む誰にも言わないでくれ‼︎‼︎」



潜めつつ叫んだ声は、その色だけが切迫していた。

周囲に気付かれないように声を荒げこそしなかったものの、場所さえ問題なければ喉を張っていた。

歩み寄ってきたアランへ包帯を巻いた足が地を踏んでしまうことも気にせず新兵が駆け縋る。たった一歩、ほんの少し足先を踏み込んだだけで痛みが足全体まで響いたが、今は顔を顰めている場合ではなかった。最悪の場面を見られてしまった以上、その対処が最優先だった。

自分の両肩を掴み、この場を去られないようにする新兵とその表情にアランも目が悪くなる。たった一年しか知り合っていないが、それでも彼がそんな必死な形相をするのを見るのは初めてだった。

自分が入団した時から彼は常に冷静沈着で、そして涼しい顔で優秀な成績を収めた男だったのだから。


カラム・ボルドー。


最年少の十四で騎士団へ入団を果たし、その後も常に優秀な成績を収め若年ながら頭角を現していた彼を知らない新兵はいない。

アランも素手での格闘こそ勝率は上回っていたが、それ以外の全てもカラムは常に上位を保っていた。〝新兵〟とはいえ、年齢層は幅広い。十代の騎士だけでなく、身体が最高状態である二十から三十代の新兵もいればそれ以上、現騎士団長よりも年上の新兵もいる。経験年数もまた、同じだ。

その中でたった十代で常に上位に立ち続けるカラムは、誰もが本隊に上がるのも時間の問題と見なす騎士見習いだった。

その上伯爵家。しかし彼が新兵の間で〝エリート〟と呼ばれるのは、単純に貴族出身だからではない。


「アラン、君も最終試合には通ったのか?」

「まぁ…一応。お前に当たらなかっただけ運が良かったけど」

「ならば私と相対した時は容赦なくこの足を狙って良い。だからこのことは誰にも話さないでくれ。敗退するわけにはいかないんだ」

落ち着かせた口調を意識しても気付けば早口になっているカラムに、アランもやっぱりそれくらいの怪我かと理解する。

救護棟へ行けば医者による専門的な応急処置や治療も、そして傷の具合によれば特殊能力者により今すぐ痛みや腫れを引かせることくらいはできる。カラムの怪我がどの程度のものかはアランにはわからないが、応急処置についての演習でも的確で優秀な彼が敗退するほどと判断したということは間違いないだろうと考える。

つまり、救護棟で医者に見せれば決勝戦に出るまでもなく戦闘不可と見なされ敗退を下されてしまう。だからこそ物陰で誰にも見られずに補強する必要があった。

滲む汗を拭おうともせず自分を掴み詰め寄るカラムに、アランはちらりと彼の足を見た。一応立ててはいるが、それでも重心を左足にかけているのがわかる。

さっきの最終試合でやられたのかと平坦な声で尋ねれば、頼む側のカラムも正直に返した。

最終試合で結果的に勝つことはできたが、その前に着地の瞬間を狙われた。身体を翻し剣で弾いたが、着地の前にそのまま無理に反撃まで狙った所為で最後の最後に着地に失敗し自分も転倒してしまった。

ゴキリ、と衝撃と同時に骨まで響いた感覚にすぐ捻ったどころではないとわかった。更には、気付かれればその場で進出不可と判断されてしまうと理解しその後も退場するまで右足を庇わず歩き続けた。少しでも足を庇えば、本隊騎士である審判に気付かれないわけがないとわかっていた。それが余計に傷を悪化させるともわかった上で。

新兵であるカラムは私物の包帯こそ取りに行くことはできたが、個室ではない新兵同士の共有部屋の為そこで落ち着いて応急処置をすることもできなかった。


「あと二戦だけなんだ……‼︎あと二回勝利すれば騎士になれる。だから」

「いやいやいや……やめとけって。あと二回〝も〟だぜ?流石に利き足使わず勝つのは舐め過ぎだろ。それこそ騎士生命絶たれたら意味ねぇし」

カラムの必死の熱意に当てられながら、アランは首を激しく横に振る。

最終決戦に残るのは自分とカラムをいれて四人。つまり二回も勝たなければならない。満足に避けるどころか走ることも出来ず、更には彼の特殊能力も封じられている。しかも相手は新兵の中で勝ち抜いた強者だ。いくら優秀とはいえ、それでも勝つ気というのは無理がある。

アラン自身、騎士になりたいという思いは強い。だからカラムが無茶してでも決勝に出たい気持ちはわかる。しかし無理をして、脚に後遺症でも残せば本隊になろうとその場で騎士生命は絶たれる。

ここは悪いとは思うが、やはり恨まれてでも本隊騎士に報告すべきだとアランが考えた時。



「同じだ……‼︎私にはもう今年しか残されていない‼︎‼︎」



潜めきれず、今度はカラム自ら声を響かせた。

アランの肩を掴む手が、無意識にミシリと力が込められた。〝怪力〟の特殊能力を持つ彼の力は本気を出せばアランの肩骨も容易に粉砕できる。だが、この肩の痛みがカラムからの脅しではなくただただ感情に伴ったものだとアランはすぐに理解した。

放った後に歯を食い縛り、隙間から溢れる荒い息が自分の肌にも触れた。

〝今年しか〟という言葉にアランも口を結んだ。鼻の先にある赤茶の眼光が先程までよりも遥かに鋭い。

一分以上の、沈黙が流れた。カラムから続きが語られるのを待つアランと、そして口走ってしまったことに後悔しながらもそれ以上口を噤むカラムで拮抗する。互いに目を逸らさないまま、その均衡を破ったのはアランの方だった。

どういう意味だ?と、無駄を削ぎ落とした問い掛けにカラムは一度歯を食い縛る。本来であれば関係ない上に対戦相手でもあるアランには言いたくない。だが、口止めを頼んでいる側の自分が理由は話せないなどと拒む権利はないと思う。どちらにせよアランにバラされれば終わりとなると思えば、諦めもついた。

アランの肩を掴む手をゆっくりと緩め、最小限の声で口を開く。


「私の家は伯爵家だが、騎士の家系ではない。だから私が騎士になることに両親も肯定的ではない。……兄がいなければ目指すことすら叶わなかった」

ぴくん、とアランの眉が動く。

瞬きも忘れたまま、最小限にそして低められた声に聞き入る。カラムに兄がいること自体もアランは今初めて知った。しかしその苦々しい声はどうみても冗談や自分から同情を引く為ではない。

貴族の出身といえば新兵でも聞こえは良い。だが、貴族が全員自分の子どもを騎士にしたいと思うわけではない。本隊騎士は国でも名高い権威と地位があるが、貴族とは畑が違う。騎士に騎士の誇りや騎士道があるように、貴族にも貴族の誇りと伝統がある。

だからこそ騎士を目指すのならばと、厳格な両親が提示したのは二つの条件だった。


「入団も入隊も()()()()()()()()()。成人しても騎士になれなければ諦める。それが両親に課せられた条件だ」


道楽にかまけてて良いのは子どもの間のみ。王国騎士団へ伯爵家が臨む以上、中途半端な成績で恥を晒すことは許されない。

本来ならば騎士などにかまけず、伯爵家を支える兄の補佐役としてカラムを育てたい両親にとって最大限の譲歩と課題がそれだった。

フリージア王国で男性の成人年齢は十七歳。今年十七になったばかりのカラムにとって、今年が最後の機会になる。

騎士団に入団できるのが十四からという年齢制限で本隊騎士になるまでたった三年で、しかも主席など騎士の家系でも難しい。その難題さは入団試験に一度落ちているアランも当然わかった。

そして同時に理解する。二年前首席入団した彼が何故、一年前の入隊試験で






本隊入りを〝辞退〟したのか。






首席ではなかったから。

当時、本隊入隊試験で決勝に進出し二位という最年少にも関わらず輝かしい結果を出したカラムが、その後の選出で本隊騎士に選ばれたことは騎士団でも有名な話だった。……同時に、自ら騎士団長へ〝辞退〟を願い出たことも。

寧ろ、辞退したことの方が騎士団全体を騒然とさせた。

新兵はあくまで本隊騎士になる為に日夜励んでいる。それを、せっかく実力を買われ本隊騎士選出という栄誉を与えられておきながら断るなど普通はあり得ない。騎士への侮辱と取られても文句は言えない前代未聞の事態だった。

当時、当然ながらカラムへ理由を尋ねる新兵や本隊騎士もいた。

カラムも、辞退した上で上官である本隊騎士からの問いにも答えないという無礼を重ねたくない。そして親や家を理由に言い訳もしたくない。

一貫した事実そのままの答えは「首席でなければ入隊はできません」だった。

本来貴族出身の本隊騎士が呼ばれる名称である〝エリート〟と、カラムが新兵から語られる所以でもある。

別段、嫌味や皮肉ではない。しかし、新兵としての実力が飛び抜けていることもさることながら、〝首席以外は眼中にない〟〝認めない〟ことを明言したカラムは、文字通り選ばれた人間としての意識が高い人間という認識だった。

貴族出身ということだけではなく、実力もある。しかし傲る様子はなく、話してみれば言動もまた騎士の手本。新兵同士ではまるで本隊騎士を相手にしているようなとっつき辛さはあるが、それも含めて意識の高さが垣間見れる。本隊騎士に選ばれるなど当然。あくまで首席にこだわり、その為ならもう一年新兵を選ぶカラムはまさに周囲の目には〝エリート〟だった。


「勿論、君が気にすることではない。誰にも事情はある。私一人の都合など鑑みるな」

アランの目にも新兵の中で固い印象があったカラムだが、実際はただそれだけの理由ではなかったのだと今知る。

怪我のことだけ黙ってくれていれば他は望まない。相手の弱点を突くのも戦術の一つ。怪我を申告していない自分がそこを狙われても同情の余地はない。私も手を抜かないから君も本気で来い。首席の座は誰もが欲すべき誉れだと。そう、順序立てて告げるカラムは周囲が思っているような理由で首席に拘っていたわけではなかった。


「ただ私には私の、ボルドー家としての矜持も義務もある。私自身が、家からの恩恵を受けた上でその家に逆らいたくないだけだ」

貴族としての家庭教師や護身格闘術の教師だけでなく、元騎士だったという優秀な剣や格闘術の教師をつけてもらえた。生活に不安を覚えることもなく当然のように子どもの頃から豊かな暮らしを提供された。伯爵家を継ぐ為の勉学さえ手を抜かなければ、身体を鍛える時間も、剣や技術を鍛える時間も同世代の子ども以上に与えられた。練習器材に困ったことも、金銭を稼ぐ為に自分の時間を犠牲にしたこともない。安全な領地と屋敷で、良き兄の助けを得られたお陰で両親からの妨げもなく、むしろ結果として親から金銭面的な支援を得ている。十四まではこれ以上なく恵まれた環境でいられたと、カラム自身が誰よりも理解している。

最年少入団や新兵の中で優秀な成績を収められても、それはあくまで才能ではなくそれだけの時間と労力を与えられる環境に自分が居ただけだと思う。

実際に上位にこそいても、自分より上の成績を残す先輩新兵はいた。素手での格闘術や体力方面では同世代の新兵に負けることの方が多い。去年の入隊試験も決勝戦で代々騎士の家出身の騎士に敗北した。そして今年は同じ貴族の家系ではあるものの、自分と違い家が全面的に騎士にすることを推進してくれている新兵に苦戦し結果右足を負傷した。

自分の両親が提示したものが、どれほど厳しい条件であることはカラムも理解している。だが、それでも自分がこの年になるまで与えられた全てに報いることも必要だと思う。

両親が言うような道楽のつもりは微塵もない。本気で騎士を目指し、少しでも本隊騎士を目指せる環境が欲しいから入団後は屋敷に住まず、新兵の合同部屋に寝泊まりを続け自主鍛錬にも手を抜かなかった。


「だから頼む。一生で一度の頼みだ。決勝が終えるまでこのことは誰にも黙っていてくれ。君に私が望むことはそれだけだ」


何度も、何度も言葉に出して同じ頼みを懇願し直すカラムはそこで両手を下ろした。

アランの肩から離し、身体の横につけ、旋毛が見えるほどに深々と頭を下げた。ただそれだけでも右足が鈍く痛んだが、表情には出さず奥歯で堪えた。同情ではなく、ただ誠意だけで訴えかけた。

「わかった」と。アランは考えに考え抜いた上での言葉を独り言のような声量で呟いた。それでも頭を下げ続けるカラムの肩を置くように手で叩き、くるりと背中を見せる。

もう目当てだったカラムの最終決戦試合がない以上、この先にも、そしてここにも用はない。


「じゃ、また試合でな」


そう告げ、背中のままひらひらと手を振ってアランはその場を去った。

行きのように駆けることもなく、ゆるやかな歩調でまだ試合中の会場がないかと探しに向かう。途中、新兵同士の友人に何人も会っては決勝への祝いと鼓舞を掛けられたアランだが、親しい友人の誰の目にも、そして本人自身もまたカラムの件を目撃する前と




何ら調子も心情も波立たずに終わった。



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