そして終える。
「いやぁ、まさかこんな良いもん当たるとは思わなくてさあ!これで飲まねぇなんて嘘だろ⁈」
わはははは!と、騎士団演習場の騎士館にある自室で大笑いするアランと共に、同じく近衛騎士のアーサー、カラム、エリック。そしてアーサーに呼ばれたハリソンが座していた。
上等な大テーブルを囲いながら、そこで一番幅を陣取っているのは部屋主であるアランだ。その横には開けっ放しにされた箱と中身が散乱している。演習後、エリックにより返却されたプレゼントだ。
アーサーから受け取ったプレゼント箱を自室で開ける筈だったカラムも、先に開けたアランに大声で呼ばれ引っ張り込まれるままそこにいる。プレゼント箱も中身は確認したが、アランの部屋に箱ごとを鎮座させたままだ。
今夜、プレゼントを開封後に皆で飲み会ついでに中身を確認しようと決めていた近衛騎士達だが、飲み会前から一番上機嫌はアランだった。
「すげぇよなぁこの酒の量。結構珍しいのもあってさぁ」
飲め飲め、と躊躇いなく酒を開けては全員に回すアランに、アーサー達もそれぞれ脇にプレゼントを並べ置きながらグラスを傾けひたすら飲んだ。
アランの当てた箱に入っていたのは、その全てが酒だった。
クリスマスらしい包装など皆無のまま、芋でも詰められていそうな布袋に詰められていたが中身はただの安酒ではなかった。フリージア王国の周辺国や同盟国で作られた酒だ。その国に行かなければ手に入らないような地酒が、ごろりごろりと国だけでいっても七国分は詰め込まれていた。
フリージア王国の騎士であるアランからすれば、滅多に手に入らないフリージアまで流通もしない酒の数々である。嬉しくないわけがない。海の向こうであれば、アネモネ王国頼りに流通するが、地続きの国相手の酒であれば希少さは更に増す。
上機嫌で飲むアランからお裾分けをご馳走になりながら、エリックはどおりでなかなかの重さだったと納得する。「良かったですね」と言いながら、今はこのプレゼントの主が誰かは考えないようにする。
「で、カラムはなんだったっけ?」
「クリスマスの置き物だ。とても美しい、クリスマスに相応しい品だった。……少々、驚かされたが」
見せただろう、と目の前が酒でいっぱいのアランの軽い言葉に前髪を指で払う。
足元に置いていた箱から、包装を取り払った中身だけを両手に持ちアーサー達にも見えるようにとテーブルへ置いた。
貰った品だけをテーブルの上に置いて全員に見えるようにするアーサーやエリックと違い、カラムとハリソンはアランと同じく脇に箱ごと置いたままだ。
ハァ、とため息混じりになる理由はアランのざっばさでも、ましてや自分が引いたプレゼントに不満があるわけでもない。
宝石細工のあしらわれた高級感故にだ。
「あの、これ……なんか、硝子にしては…すげぇ……、……」
アーサーも思わず口を途中で噤む。
アーサー自身、宝石の目利きなど全く無いし見慣れてもいない。しかし、その置き物にあしらわれていた煌めきは初心者の目でもどうしても硝子とは思えない深い厚みと輝きを放っていた。
そして、貴族として宝石もある程度見慣れるカラムにはほぼ確信だった。
エリックの顔がヒクつく中、既に中身を一度見たアランもテーブルに頬杖をつく。
アランも、エリックもアーサーも、カラムが引いたのが誰の品なのかはひと目で想像できた。
宝石が、というわけではない。ただ、宝石が散りばめられた置き物は、クリスマスツリーでもソリでもトナカイでも雪だるまの形でもない。美しい鐘のついた教会を模していた。実物とは違うが、形や鐘、そして何よりも象徴でもあるクロスが、その置き物がどの国の品かをこの上なく明らかにしていた。
「恐らく、最もクリスマスらしい品はとお考えの上での気遣いだろう。……上限を超えていることも恐らく気付かれておられない」
プライド達のように、上限に合わせて買ったのでは無い。
もともと移住した際に持ち込んだクリスマス用の品だ。その内で、最も〝手頃な価格〟と大きさで更に新品かつクリスマスとして是非フリージアもしくはアネモネの民にも受け取って欲しいのがこれだった。
まさかこんな高級品を貰ってしまうなど……!と思いつつ、置き物として見るように努める事にする。今度早々に実家へ持ち帰ることは既に決めた。
申し訳なさそうに眉を寄せるカラムは、一度再び置き物を箱へと丁重に戻した。カラムの気持ちを察するエリック達と異なり、アランだけが「まぁ良いもん貰った分は良いんじゃねぇ?」と笑うだけだ。
「?あれっ。そういえばハリソンさんはプレゼントの中身それだけっすか⁇」
話を変えようと目を泳がせたアーサーは、ふとそこでハリソンの箱に目がついた。
アーサーに誘われるまま取り敢えずプレゼントを箱ごと持ち込みはしたハリソンだが、その中身はあまりに寂しいものだった。
アーサーからの促しに合わせ、ハリソンが片手で持ち上げた箱を雑にテーブルの上へと傾ければ、そこからはボトリと大ぶりの肉の塊が包みごと転がり落ちた。
おぉ、とその塊にアランも酒の手を止め前のめる。雑に扱われた物体だが、アーサーが指先で丁寧に包みを開けば美味しそうなローストビーフだ。
一般人であれば一人で食べ切れない量はある大ぶりの肉の塊は、その大きさと艶だけで上等なものだと主張していた。騎士団ですら滅多に目にしない大きさのローストビーフに、いますぐ切って中身を確認したい欲までアランに沸く。
「残りは全てお渡しした」
「渡した、って……誰にっすか?」
副団長だ、と。アーサーの問いに即答するハリソンの言葉に、全員がゆっくりと頷いた。
今回、アーサーに誘われるままプレゼント交換参加に頷いたハリソンだったが、クリスマスも贈り物も想像すらつかない。しかし、プライドが関わる企画に間違ったものを用意するわけにもいかない。
結局、考えているところを副団長のクラークに話しかけられ、助言を得るまでに至った。
「悩むなら前日にご馳走らしい料理でも王都で買うか、クリスマスらしいものなら靴下や防寒具でも良いだろう」という助言のもと無事に買い出しを終えたハリソンが、助言をくれたクラークに収穫を差し出すのは当然だった。
うっかり王都で買った食材のようなご馳走らしい物体が高額だった為、クリスマスらしいものは安物を詰めるだけだったが事前に聞いていた条件は無事満たせた。
「因みに副団長には何を?」と尋ねるアーサーに、ハリソンは少しだけ思考を回す。もともと中身に興味はなく、全て渡すつもりで箱ごと献上した際にクラークとのやり取りだけをなんとか思い出す。
「銀食器と酒……シャンパンだ」
ナイフ、スプーン、フォークのカトラリー2セットと。
酒と言い掛けた瓶は確かクラークが「良いシャンパンだ」と言っていたことを思い出した。結局ハリソンが有効活用できるのは食料くらいだった為、クラークがせめてそれだけは受け取ると良いとハリソンに返却した。
内容によっては全て断りたかったが、ハリソンが好んでシャンパンを飲むわけもなければ、銀食器も武器以外に使う姿が想像できない。
アーサー達もハリソンの説明を聞きながらその上でのローストビーフならば、かなり良いクリスマスの贈り物だと思う。並びから考えてもやはり、今ゴミのように落とされたローストビーフも上等品なのは間違いない。
「ハリソン、せっかくだし今食っちまおうぜ。どうせお前一人じゃ食わねぇだろ?」
「アラン、お前が食べたいだけだろう」
「構わない」
目の前の好物に首を伸ばし気味になるアランに、カラムも今度は呆れて息を漏らす。しかしハリソンは気にしない。
やろうとすれば最終的に食べきれないわけではないが、そんなにひたすら肉を食べたいとは思わない。クラークにも返却された以上、アーサーがいるこの場で切り分けた方が都合も良い。
よっしゃ!とハリソンの許可を得たことにアランが早速嬉々として料理用のナイフを取りに立つ。
「で、アーサーは菓子とワインとマフラーでエリックは毛布とオルゴールかぁ。どっちも結構良いやつだよな」
「あの、それでプライド様達はどのような……?」
良かったじゃん、と笑いながらナイフや皿を用意するアランに、エリックも手伝うべく席を立つ。
アーサーも皿のスペースとプレゼントを汚さないようにと自分とエリックのをそれぞれ箱に片付ける中、斜めに転がったローストビーフをきちんとテーブル中央に置き直した。
アランもハリソンもプレゼントのお裾分けを振る舞ってくれる中、自分もそれならと箱の中から菓子かチーズをと覗き込んだが「別にその為にアランも持ち寄らせたわけじゃない」とカラムが手で止めた。アーサーが気にかけるのはわかったが、しかしアランやハリソンと違い一個の量も少ないチーズや、個数が中途半端なカヌレを分けさせるのは気が咎める。
止められ、再び大人しく箱に戻し傍に下ろすアーサーを確認し、カラムは話の軌道を戻した。
レオン、ヴァル、そしてプライド、ティアラ、ステイルと。贈り物のラインナップを細かく説明し終えたところで今度はカラムから「ジルベール宰相やセドリック王弟はどうだった?」と残りのピースを尋ねられる。アーサーとエリックで思い出しながら説明すれば、これでとうとう近衛騎士達だけがプレゼントの全貌を把握した。
「プライド様が受け取ったのはどなたのでしょうねぇ」
「見たところ国外の毛皮だったから、恐らくはレオン王子だろう」
「ティアラ様のはどうだろなー、結構良い品っぽいし」
「ッい、いや毛布とかマフラーとか毛皮と比べたらそこまで大したことは……」
アランが肉を切り分け、カラムが空いた各自のグラスに酒を注ぐ中、アーサーの声が若干上擦る。
その反応にハリソン以外全員が同じ見当をつけながら、最終的には全員に良い品が無事に手元に届いたのだと結論付けたその時。
「…………あー。じゃあエリックのがプライド様の用意したやつか」
そっかそっか、と。
一人で納得したように呟きながら肉を切り分けるアランに、全員が一度停止した。
目だけがアランへ釘刺さったまま、彼の発言を疑い確かめる。数秒遅れ、アランの発言から頭で算段がついたカラムも理解する。つまりアランが用意したのが、とそこだけ当てはまれば確かに絞り出すのは難しくない。
自分達が近衛騎士任務中、プライドから他の全員が何を引いたかを話した際にセフェクとケメトの受け取った様子にティアラが「喜んでいたのですねっ!」と明らかに満面の笑みいっぱいだったのを見ているのだから。
「アラン。よりによって何故お前があのような品を詰め込んでいるんだ?」
「いやクリスマス前後に故郷帰ると、誰かしらはアレ欲しがるから」
参加者の誰が受け取っても面白いと思った、と。
その言葉は飲み込んで語るアランの切り終えた肉を、カラムが順々に各皿へ取り分けていく。全く興味のないハリソンと違い、アランとカラムはお互いに今はどれが誰の品かも理解できて会話する。
瞼を無くしたアーサーが「そういやプライド様他の人の時よりほっとしてたな」と今更気付き未だ全く計算がつかない中、エリックは計算する頭すら今は回らない。小脇の箱にしまった品を、もう何度と見たはずなのに改めて視線を落とす。
『エリック副隊長ならご実家でキースさんにも使えるわね』
使えるか……‼︎‼︎と。
あの時も否定はしたが、今はもっと改めて強くそう思うエリックは改めてこの品は大事にしようと静かに決めた。
気軽に使えるかはさておいても。
こうして、王族三人主催のプレゼント交換会は、大成功で幕を閉じた。




