そして完食される。
「大丈夫大丈夫。ちゃんとこっちの方は一口食って後は分けるから」
なっ!と、笑顔で振り返るアランの背後には大勢の部下達が所せましと集まっていた。
てっきり弁当二つを独占したアランへの羨みと遺憾でかと考えたカラムだったが、そういうことかと改める。大々的に勝利したアランのことだからその場で隊員達に来い来いと集めたのだろうと察する。全員隊内戦で上位に食い込んだ一番隊の十人だ。
隊内戦の上位者であれば、他の隊もアラン一人に独り占めされるよりも納得できる。向かいに座ったのはアラン一人の筈なのに背後に集まる一番達騎士と、そして近衛騎士宛の弁当はという興味引かれた騎士達に囲まれたカラム達の視界にはあっという間に騎士しか見えなくなった。
大勢の注目を浴びながらあっけらかんとするアランは、最初に勝ち抜き賞品の方の蓋を開ける。自分達に渡された箱と違い複数人分だった為、重さも大きさも上回っていた箱の中身は文字通りおかずの盛り合わせだった。
おおおおおぉぉお!!と輝いて見える料理の中身に騎士達が歓声を上げる中、アランと共にカラムも自分の弁当を開ける前から目を奪われた。
過去に食べた覚えのあるプライドの料理も詰め込まれているが、こんな量をよく作ったものだと感心させられる。もともと取り合いではなく騎士団の誰かが摘まんでくれればと考えていた弁当箱には、一口ずつフォークをつけられるようにおかずしか詰められていなかった。
どれも美味しそうだと自分の弁当を前にカラムが思っている間にも、騒ぎを聞きつけた騎士達がさらに集まってくる。他にも賞品を得た騎士達も居たが、最初から部下十人を連れ弁当箱2つのアランが一番の大注目だった。
早く一口!おい俺からだぞ!!自分はこちらが、これどういう料理だ、と部下達が声を上げる中でアランもそうだったと今度は自分の弁当箱の蓋に手をつけた。賞品の方は一口食べて後は譲るのが彼らへの約束だ。
アランに合わせ、カラムも思い出したように自分の蓋へ手をかける。
彼らへの弁当も基本はレオンやセドリック、そして賞品ともメインは変わらない。ただ、アーサーを始めとして大盛りを食べるとプライドも知っている彼ら近衛騎士宛ての弁当は王族よりも量も多かった。弁当箱自体大きめのを選んだ結果、おかずも作った全種類を詰め込められた。メイン自体は殆ど変わらない。……ただし。
米部分に乗せられた桃色のハート大量発生と「おつかれさまです」の海苔メッセージが見事に異彩を放っていた。
パタンッ‼︎と、瞬時に蓋を閉じたカラムは三秒近くそのまま蓋を押さえて固まった。
アランがお披露目したメインと重なっているかを確認する余裕もない。ただ最初は花模様かと過ったそれがハートだと頭が認識した瞬間に蓋を閉じた。
視線ごと顔が弁当に向けられたまま目も上げられない。アランほどでなくても近衛騎士である自分も弁当の中身は注目されていた。開けたほんの一瞬であろうとも騎士達が見逃すわけもない。
実際、息も止めて硬直した三秒の間に「おおおおおぉおおお!」「すっげぇええええええ!」「すごいぞ⁈」「ハート⁈」とと騎士達のどよめきと歓声はさっきの二倍の威力で響き出していた。
何故こんな模様を⁈とカラムは頭で過ったが、結論はすぐだった。
あのプライドとティアラとなればきっと意図などない。本当に純粋に飾り気として可愛らしく彩ってくれたのだろうと理解はする。しかし、男性しか所属しない騎士団でこの模様は色々な意味で目立ちすぎる。
やはり急ぎ足で食べることになろうとも、ここは場所を移して自室で食べ直そうかと蓋を押さえた手のまま弁当箱を持ち上げ席を立とうと決断を出すまで二秒。細く息を吐き呼吸を整えながら、撤退を決めたカラムはそこでやっと向かいに座るアランへ目を向ける。
「どうだ良いだろ見ろよ⁈これプライド様とティアラ様が作ったんだぜ⁈」
俺らに‼︎と食堂全体に響き渡る声でハートが散りばめられた弁当箱を手に見せびらかすアランに、カラムは立ち上がる気力が一瞬で折られた。
プライドとティアラからのあまりのサプライズに放心してしまったが、見た時には既に他の騎士達と共に歓声を上げたアランが弁当を手に自分から周りへ見せつけている最中だった。
へへっと歯を見せた満面の笑みで周囲の騎士を驚かせ羨ましがらせるアランを前に、カラムも顔の熱が恐ろしく引いていく。むしろ弁当箱二個の時点で羨ませたのにさらに羨みを買ってどうする⁈と思考の余裕も生まれた。よく振り返ればさっきの「すっげぇええええええ!」もアランの声だったと気付く。
おおおおおぉぉお‼︎すげぇ‼︎流石近衛騎士です!カラム隊長はいかがでしたか⁈とアランの弁当に夢中だった騎士達に自分まで余波を受けるカラムもそこで口を堅く閉じた。立ち上がろうと思っていた足に力を込めることを止め、深呼吸をしてから弁当箱を押さえる手の力を意識的に弱める。
凄まじく恥ずかしいことは変わらないが、アランがこんなに自慢して見せて回っていれば自分の弁当一つで恥らう気も半分近く薄れる。未だ指先が微かに震えるが、今度は覚悟を決めてゆっくりと蓋を開けた。
アランと同じ可愛らしい模様の弁当とメッセージに周囲の騎士が再び湧く中で、今は彼らの声よりも目の前の友人相手に忙しい。
「アラン!見せびらかすのはやめて早く食せ‼︎」
「いやだってこんなの貰ったら見せびらかすしかねぇだろ⁈カラムは嬉しくねぇのかよ⁈」
んぐ、とアランの言葉に思わずカラムも唇を結ぶ。
嬉しくないかどうかと言われれば当然嬉しい。突飛な模様はさておき、労いの言葉もそして自分達へここまでの量の料理を用意してくれたことも。しかし気恥ずかしさも増せば、アランのように自慢しようとまでは思わない。
返事の代わりに「お前には恥がないのか!」とわかりきった問いを言ってしまう。すかさずアランから「一緒なら恥ずかしくもねぇだろ?」と互いの弁当を目で差してニカッと笑われれば何も言えなくなった。
隠すどころか大声で見せびらかし、満面の笑みを輝かせるアランに食堂中の注目が殆ど集中する中、つい恥らってしまった自分の行為の方が羞恥に思う。
騎士達の注目を一身に浴びていることを感じ、アランは満足してから再び弁当箱をテーブルに置いた。
カラムが顔を紅潮させながらも黙々と食べ始めるのを見ながら改めて弁当のメッセージを見る。「おつかれさまです」の言葉にフォークを手にしながら先ににやけてしまう。
ハートマークに驚かなかったと言えば嘘になるが、作ったのが女性だと思えば別に照れる必要も大してないと思う。自分がハートの料理を所望したわけでもなければ、プライドからのハートなんて大歓迎でもある。「おつかれさまです」の言葉こそが王女二人の本意だろうと結論付けながら、改めてメインと大箱のおかずを見比べ確認する。
これはこれで、これは〜と一つ一つ確認しながら大箱からおかずを自分の弁当箱へと移す。もともとびっちり敷き詰められていた弁当箱からおかずがはみ出し零れかけ、ハートも海苔文字も下敷きにされたが気にしない。
ほいっ、と軽い声で大箱の弁当箱を騎士達に差し出せば、フォークを伸ばした騎士達により一瞬で中身が攫われた。
さっきまであんなに大喜びしていたくせに、今は文字も模様もおかずの下敷きにしてバクバクと平らげるアランを前に、カラムも呆れながらも最後までその場で食事を続けた。
ハートを崩すのも躊躇うカラムの食事は、凄まじい勢いで食べ始めたアランより大分遅かった。
…………
「すごいです!これ全部食べて良いんですよね⁈」
「このハート私が食べても良い⁈ねぇ!」
ヴァル‼︎と、少年少女の声が二重に木陰で響かされた。
勝手にしろ、と舌打ちまじりに返すヴァルは二人の声とは別で顔を顰めた。
二時間前、まだ昼過ぎだった時間帯にフリージア王国の城へ配達に訪れたヴァル達だったが今は国外から遠く離れた森にいた。村も町もない閑散とした地帯で、日が暮れ始めた途端の夕食休憩だった。
手紙を届け報酬を受け取り、そして今朝作ったという弁当を三人分の大きさの箱を受け取った時は持ち帰るのも面倒だとその場で平らげようとも考えた。
しかし、目の前でにこにこと楽しそうな笑みを向けてきた定期訪問中のレオンの前で正直に食べるのも腹立たしかった為、そのまま受け取って立ち去った。
プライドにも「配達途中の食事にでもしてください」と言われたのは良かったが、こんなでかい箱にしやがってという文句はある。王族の配達として宝物や貴重品、割れ物を配達したことは何度もあったが重装備で包まれていた分大きさもあり砂の絨毯でならば運びやすかった。
しかし中身が食べ物の上に無駄に大きい弁当箱をケメトとセフェクも大事に持ちたがった所為で、結局二人のノロノロとした足並みに付き合って国外までは歩かなければならなかった。荷袋を抱える自分が乱暴に持てば、雑に持たないでとセフェクに水をかけられた。
やっと国外に出て特殊能力を使って移動できると思えば、次の国へ移動中にも関わらず陽が陰った途端に、〝夕暮れ〟だと二人に食事にしたいと騒がれた。
結果、中途半端な中継地点の森の中で弁当を広げることになった。
国と国の間が地続きとはいえ、まだ木陰がある場所で休む方が気楽だった。もっと森が深くなるか洞窟や岩場になれば裏稼業や野盗に遭ってまた処分の為にフリージアに戻らなければならなくなる。
仕方なく木陰に腰かけたヴァルの傍で、ケメトとセフェクもわくわく蓋を開ければ二人の歓声と反してヴァルからは「うげっ」と声が漏れた。
巨大な弁当箱の半分はそれなりに食べられそうなものばかりだったが、その中で桃色のハート模様はヴァルには驚きを超えて怖気が走った。自分にとって最も縁の遠い色が食べ物に乗せられていることも気色悪い。いっそ全て「おつかれさま」の文字と同じ黒塗りだったほうが良かった。
感想を一言で言えば「なんつうもん詰めてやがる」だった。悪ふざけにもほどがあるとすら思う。ハートが散りばめられた弁当箱半分には手も付けたくない。
─ これだからガキは。
「ヴァル、こっちのお肉とか前も美味しかったですよ」
表情筋を引き攣らせるヴァルに、ケメトが摘まんだ一つをヴァルの口へと差し出した。
見た目の印象に歪めた口をそのまま堅く閉ざしていたヴァルだったが、差し出された単体ならばバクリと頬張った。以前にもプライドが振舞った唐揚げだったが、出されたこと自体覚えていない。しかしケメトに言われるままそういやぁ食べたことあるかと適当に考えながら咀嚼した。見かけから甘ったるい味をした弁当半分と違い、こちらは嫌いではない。
相変わらずこういう色や模様を躊躇いなく使うのを確認すると、やはりプライドもティアラも未だガキだと思う。現に、目の前でガキであるセフェクとケメトに好評なのが良い証拠だとも。
ケメトはともかくこんな模様を喜ぶ野郎なんざいるわけねぇ、と腹の底で唸るが直後に弁当を受け取った時のレオンの顔を思い出せば早速例外が居たと思い直す。
更にはプライドが作ったという謳い文句さえあれば、近衛騎士もステイルも文句を言うとは思えない。しかし、もし全員がこういう飾り付けだったとすればそれはそれで反応を見てみたかったと思う。騎士だの王子だのと格好つけた連中がこんな模様の料理を前にプライドから貰ったというだけで右往左往する姿は一興でもあると想像するだけでも鼻で笑った。
三人の為に付け合わされたフォークを手に、セフェクがハートの一か所へ突き立て掬いながら口へと運ぶ。「甘いっ!」と見かけの期待以上の美味しさに目が零れそうなほど大きく開けば、今度はケメトも「僕も食べて良いですか⁈」とフォークを握り締めた。
視界にも入れたくない桃色の模様に顔ごと背けながらも、甘い美味しいと大喜びする二人にこれならさっさと視界から模様は消えてくれそうだとヴァルは考える。その後だったら手をつけても良いと、空になった口へ酒を注いだ。
暫くは酒の味で甘ったるい見かけの弁当を視界から消しながら二人がハートマークを片付けるのを待った。
ケメトが「ヴァルも食べますか⁈」と声を掛けてきたタイミングで鋭い目を向ければ、ハートがあった場所を中心には鳥が突いたような食べ痕と桃色の残骸だ。
さっきより見かけもマシになった、と思考の中で呟きながらそこでやっと自分から弁当箱へと指を伸ばす。
褐色の手をうっかり刺さないようにセフェクもフォークの手を止めれば、複数のおかずが詰められた中で彼が選んだのは予想通りのものだった。騎士への弁当と同じく、ヴァル達三人分の弁当箱も全種類を網羅していた品揃えになっている。
揚げ物とはいえ時間が経過し冷めて詰められた衣は柔らかく、大きさも以前出されたものの三分の一程度大。一瞬違う料理かと思ったが、ぽいっと口の中に放り込んで嚙みちぎればすぐに同じものだとわかった。一口で口の中に消してすぐ、また二個目をと同じ揚げ物に手を伸ばせばセフェクもあっと声を上げた。
「ちょっと!私とケメトの分も取らないでよ‼︎」
「うるせぇ食いたけりゃあ先に取れ」
「僕の分食べても良いですよ!いっぱい甘いの食べましたしこっちのお肉も美味しかったですし卵も」
「待って卵の先に食べる‼︎」
コロッケ単体ばかりをポイポイ口の中へと大して味わいきりもせず放り込んでいくヴァルに、セフェクもケメトも食べる速度が増した。ヴァルと違って二人は他にも食べたいものは多い。
二人が他の色とりどりの惣菜に手を付けている間にも、ヴァルの食べていた一区画だけが綺麗になくなった。二人と違いフォークも使わず素手でつまみ食っていた指を最後にペロリと自分で舐める。他にもまだ色とりどりの料理が詰め込まれているのを目で確認しながら、少しだけ思案した。
自分でも好物に分類されると自覚する料理だが、これだけ冷め切ってふにゃりと湿りきっても美味いものだと言葉には出さずにそう思う。プライドから振舞われたのはもう大分前だが、行きつけの酒場ではほぼ毎回出させて食べている。
他所では食べられないプライドによるオリジナル料理だが、そのレシピを店主に押し付けた結果、殆ど同じに近い味になっている。むしろベイルに作らせた方は毎回揚げたての為、食べた時の状態だけで言えば一枚も二枚も上ですらある。さっくりとした衣の歯ごたえも、中身の味の豊かさも熱と共に広がる味も冷めて蒸気で湿った総菜とは比べ物にならない。
……にも関わらず、不思議とプライドが作ったものの方が美味いと彼は思う。
死んでも口に出して言いたくないが、事実としてそう思うことは本人の中でも妙だった。片眉を上げ、首を捻り、味なら間違いなくどちらかと言われればと思うのだが感覚的なものは抜けない。そしてこの違和感を誰に聞こうとも思わない。
「あっ!本当にヴァル全部食べたでしょ⁈この前のベイルに作らせていっぱい食べたくせに‼︎」
「美味しいですよね!僕も主が作ってくれた料理大好きです!」
ベイルさんのもですけど、と続けながら笑うケメトにセフェクがまたケメトはヴァルにばっかりと吊り上がった目を更に傾ける。
自分もヴァルが美味しいと思う料理を一緒に食べたかったのにあっという間にそれだけ平らげられてしまったことが悔しい。結局自分もコロッケは一個しか食べられなかった。
唇をムの字に結んでから乱暴に刺した野菜の肉巻きをヴァルの口へ突き付けた。「野菜も食べろって言われてるでしょ!」と自分がさっき食べて一番美味しかったそれをぐいぐいと押しやればまたケメトの時と同じようにバクリと一口で食べられた。
肉食獣への餌付けのような光景に、ケメトも「これも美味しかったですよ!」とまた別の料理をヴァルへと突き出した。
「どう⁈これも美味しいでしょ⁈」
「このお肉のも凄く美味しかったです!何のお肉かわからないですけど……」
美味いと思うならテメェで食え、と腹の底から思うヴァルだったが酒のつまみに丁度良い味に促されるまま口をまた開く。
フォークを手に取るどころか、それ以降は自分で手を伸ばす必要もなく二人に突き付けられたフォークの先を攫い続けた。セフェクとケメトで互いに食べさせ合う合間に酒を煽いだが、飲み込んだ後にはまた二人に別の料理を突き付けられた。結局米以外は大体の種類を自分も食べることになる。
「また主これ作ってくれるかしら」
「!僕もまた食べたいです。その時はセフェクの好きなハートのもいっぱい乗せて貰いましょうね!」
いっそハートがなくても米一面に載せて貰えたら!と想像を膨らませるケメトに、セフェクも満面の笑みで同意した。ハート型も可愛かったが、あの甘い部分をその分たくさん食べれるのならばそっちが良い。
二人の話を聞きながらヴァルも、あんな甘ったるい模様を乗せられるくらいならいっそ味自体が甘くなっても一面の方が確かにマシだと思う。途中二人からそれぞれ一度ずつ桃色がついた白米を放り込まれたが、甘いの自体は普通に食べられた。砂糖の塊のような味だったがもともと甘いのが嫌いなわけでもない。
最初に弁当の蓋を開けた時には、次にまた弁当を渡されたらその場で突き返そうとまで考えたヴァルだったが三人で全部平らげた後には、また受け取っても良いくらいの寛大さは持てた。
…………取り敢えず二度とあの模様はいれるなと苦情だけは次会ったら入れようと決めながら。
桜でんぶの賛否以外、出来立ても冷めても大好評で王女二人による力作弁当は幕を閉じた。
「ロデリック、模様だけ堪能したら甘い部分は私一人が貰おうか?」
「………………ああ、頼む」
……王国騎士団副団長に喉を鳴らして笑われた、約一名も含めて。




