500.特殊話・騎士は贈った。
五百話達成記念。
プライドの誕生日、十一才編です。
「今日はもう帰るの?アーサー。」
プライド様が、俺を呼ぶ。
王居の稽古場でステイルといつもの手合わせを早めに切り上げたところだった。プライド様がティアラ様と一緒に様子を見に来てくれた。
ステイルと手合わせをするようになってから、殆ど毎日見に来てくれるプライド様にまた肩が強張る。未だに視界に入るだけでも慣れない。ステイルが手を軽く振ってプライド様とティアラ様に挨拶をするけど、俺は頭を下げるだけで限界だった。……折角また見に来てくれたのに帰るとか、最悪だ。
「すン……ません。その、……今日は用事がある、…ます。」
「騎士団長と練習用の剣を新調しに行くそうです。」
口籠る俺に変わってステイルに説明される。……親父と買い物とかクソダセぇからあんま言いたくなかった。
軽く睨ンだけど、ステイルは俺はにこっと笑うだけだった。腹ン中から楽しそうな笑顔がこれはこれでムカつく。プライド様が「剣を⁈」とすげぇキラキラした目で俺を見る。ティアラ様まで「新しい剣ですか⁈」と声を上げるし、完全に逃げ場を無くした。二人の視線の先は俺が持ってる包みに集中する。布で巻いてっけど、形から剣なのがバレバレだった。
「はい…。……この前、うっかり折っちまって……。…………打ち直すついでに、予備をもう一本買うって親、……父が。」
布を開いて見せれば、プライド様とティアラ様が俺の目の前で顔を並べて覗き込んだ。
この距離だけでもすげぇ緊張する。二人とも睫毛長ぇし、髪も綺麗でドレスは皺一つなくて、うっかり俺の泥や汗がつかねぇかと思うと一歩後退んじまう。
巻いた布の中には、折れた剣の残骸が破片まで全部纏まっていた。二日前の早朝。親父と稽古中、勢いあまって剣を折った。……っつーか親父に折られた。元々練習用の剣だったし、親父の剣と比べたら丈夫じゃねぇのは仕方ねぇけど、マジで手合わせ中に折るとかありえねぇ。お陰で昨日も今朝も家では剣が全く振れなかった。
今日やっと親父も休みだとかで、鍛治職人ンとこに打ち直しに行くことになった。ついでに予備に新しいのも買ってやるとか言われて、…………楽しみだった。親父と鍛冶場行くのとかガキの頃以来だ。
「この剣は捨てちゃうんですか?」
俺に尋ねながらティアラ様が破片をじーっと見つめた。
ステイルが危ないから触らないようにとティアラ様に一歩引くように注意する。プライド様もそれに合わせるように前のめりになりかけた身体を反らした。
「いえ、一応やるだけ打ち直……、えっと……もっかい元に戻るようにくっ付け……ます。」
時間は掛かりますけど…、と簡単に説明する。
よく考えりゃあお姫様が打ち直しとか剣のことなんざ知るわけない。不思議そうに首を捻るティアラ様に全然想像つかねぇよなと思う。
プライド様がもう一度剣の破片に顔を覗かせる。あまりにも無言でずっと眺めるから段々こっちが緊張してくる。震えそうな手を気合で抑え、口の中を飲み込んで固まっていると、プライド様が小さく呟いた。
「……そっか。」
「?……どう……かしましたか……?」
下手な言葉で尋ねると、プライド様が顔を上げてから横に振った。
照れたように笑いながら「ううん」と言うプライド様がそれでも気になって、見つめ続けちまう。ステイルとティアラ様も「どうかなさいましたか」とプライド様に目を向けた。それを受けて、プライド様は頬を指で掻いたけど答えはやっぱり「なんでもないの」だけだった。
「それより、良い剣が見つかると良いですねアーサー。新調したら見せてくれると嬉しいわ。」
気を取り直すように話を変えるプライド様が、嬉しそうに手を合わせて俺に笑いかける。
もうそれだけで頭が真っ白になった。すげぇ眩しい笑顔で笑うこの人に、慣れる日は一生来ねぇンじゃねぇかと思う。言葉が上手く出ねぇ代わりに何度も首を縦に振った。すると嬉しそうに顔を綻ばせるプライド様が「ありがとう」と言ってくれた。なンでこんな綺麗な人が俺に当たり前みてぇに話しかけてくれンのか今でも時々わかンなくなる。
「明日と明後日は私の方が忙しくて会えないと思うけれど、次に見せて貰えるのを楽しみにしています。」
はい…と何とか一言返す。
勝手に緩んだ口元を手の甲で擦って誤魔化した。プライド様から「またね」と促してくれてから、俺は剣を布で巻き直す。プライド様に続いてティアラ様とステイルにも挨拶をして、城門まで一気に走る。
明日、そして明後日。プライド様は忙しい。
明後日にはプライド様の十二歳の誕生祭だ。明日はステイルも稽古には付き合ってくれっけど、明後日の当日にはアイツも無理になる。俺も多分城にすら入れなくなるだろう。
騎士団長の親父は誕生祭にも招かれてンだろうけど、……俺には全然届かない。まだ、入団試験を受けれる年にもなってない俺じゃ当たり前だ。
「クッソ……‼︎」
走りながら、急に悔しくなって歯を食い縛る。
こうして式典が間近になる度に、プライド様やステイルとの距離を思い知らされて、それが搔きむしりてぇほどにムカついた。
まだ、俺には遠い存在だとわかるから。
……
「…………は?」
親父と剣を新調した日の翌日。
いつものように稽古場へ来た俺に、ステイルが開口一番に言い出した。プライド様はいねぇけど、ティアラ様まで一緒に来てて、兄妹揃って俺を迎えられた。……ンで、意味わかンねぇこと言われた。
「姉君の誕生日、お前も良かったら一緒に祝わないかと聞いてるんだ。」
何言ってンだこいつ。
空いた口が塞がらない。どういう意味か全く理解できない俺に、ステイルが更に言葉を続けた。腕を組んで、黒目を俺に真っ直ぐ向けるステイルに、ティアラ様も隣でなんだか楽しそうに笑ってる。
「勿論、誕生祭には招けない。だけど良かったらその翌日にでも一緒に祝わないか?もしお前が祝うつもりなら、俺もティアラもお前に合わせて姉君に贈り物を渡そうと思ってる。」
「きっと三人で渡した方がお姉様も喜んでくれると思うんです!」
ステイルの言葉にティアラ様も声を弾ませる。
まさかそんな誘いを二人から受けるとは思わなかった。誕生祭だけじゃなく兄弟姉妹間でも祝ってンのは意外じゃねぇけど、俺に合わせてくれるとか。
……プライド様の誕生日。あの人の大事な日だと思えば祝いたくないわけがない。でも、王族や貴族しか直接祝うのも許されねぇような人なのに、新兵どころか入団試験すら受けれていねぇ俺にそんな権利があンのかとも考えちまう。身の程知らずとかいやでも、……祝えンなら。
「……祝えンなら、祝いてぇけど…。」
「決まりだな。」
……すっっげぇ強引に決められた。
無表情のステイルに続いて、ティアラ様まで「良かったです!」と手を叩いて跳ね上がった。なんで二人して俺を入れてくれンのかわかンねぇけど。でも、プライド様にお祝いを言えるのは、嬉しい。ステイルやティアラ様と一緒ならきっと喜ンでくれる。それに、ステイル達のことだから贈り物とかもすげぇのを…、…………………?
「明後日、この時間に姉君を呼ぶ。ちゃんとそれまでにお前も何か用意しておいて欲しい。」
「ッッちょ、ちょっと待て⁈用意……って、ま、まさか、そのっ…俺もぷっ、プライド様にっ……。」
贈り物だ、と。はっきりステイルが言い切った。
ッねぇだろ絶対‼︎‼︎
プライド様に贈り物をしたくないわけじゃない。でも、相手はこの国の第一王女で、本当に何でも持ってる人だ。金だってあるし、身につけてるドレスなんて一着で俺の小遣いの何年分あるかもわかンねぇ。王族のステイルやティアラ様と違って俺はただの十三のガキで自分で稼いですらいねぇのに‼︎どんな贈り物をしても絶対邪魔になるだけだし誕生祭の献上品に見劣りしねぇがわけねぇ‼︎贈ったところで良い迷惑だ。
「大丈夫だ。僕達が誘ったのが今日なのだから、準備できる時間がなかったと姉君に言ってくれて構わない。花とかであの人は充分に喜んでくれる。」
「誕生祭に何トンの花が毎年城に飾られてンだろ‼︎その辺の野草なんざ渡せっかよ‼︎」
ステイルの言葉に思わず声を荒げる。
多分ステイルのことだからその言い訳が使えるようにわざと今日まで誘わねぇでいてくれたンだろうけど、それでも困る。そりゃあプライド様が贈り物で責めるような人じゃないことはわかってる。でも、………………折角ならちゃんと喜んで貰える物を贈りたい。
他でもねぇあの人の大事な日を中途半端なモンで誤魔化したくなかった。
俺の言葉に、ステイルが無表情の顔に僅かに眉をよせる。腕を組んで黙りこくってるけど、多分考えてる顔だ。プライド様やティアラ様ほど表情は読めねぇけど、コイツが取り繕ってねぇことだけは俺にもわかる。それにこんなンでキレる奴でもない。そう思って見返していると、数十秒くらいの間の後に「花が駄目なら……」と呟いた。やっぱり考えてくれていたらしい。
「なら僕と連名で贈るか?」
「テメェの負担が全部じゃねぇか‼︎ンなもん便乗できっか!」
お前が選んだ品ならお前の名で贈りやがれと怒鳴る。
折角ステイルがプライド様の為に選んだのに俺が手柄半分もらっちまうみてぇで気が引ける。そのまま話が往来している中で、王族が買わねぇような街の雑貨屋とかで買うのはどうかとステイルが提案してくれた時
「!ありました‼︎」
さっきまで考え込むように無言だったティアラ様がパチンッと手を叩いて声を上げた。
振り向けば、目をきらきらさせたティアラ様が「ありました!」ともう一度俺達に声を上げた。
「お姉様がすっっごく欲しい物知ってますっ!」
小首を傾げて楽しそうに笑うティアラ様が金色の髪を揺らす。
今思い出したばかりらしく、気がついたことを嬉しそうに小さくピョコピョコと足まで弾ませた。勿体ぶるように口を閉じてにこにこと笑うティアラ様にステイルが「覚えがあるのか?」と聞く。すると力一杯に小さな顔を縦に振って、ティアラ様は自慢げに胸を張る。話す前から大手柄をとったみてぇに胸を張る姿は可愛らしくて、やっぱ王女様でもまだ九才なんだなと思う。弾むティアラ様に歩み寄れば、俺に向かって両手を合わせて目を輝かせた。
「きっとお姉様はすっごく喜んでくれると思います!
そう言って今から嬉しそうに頬を緩ます笑顔は、少しプライド様に似ていた。
弾む声で話してくれたティアラ様にプライド様の欲しい物を聞いた俺は、……また稽古場を飛び出すことになった。
二日連続で、しかも今日は一度も手合わせすらしてねぇのに悪いと思ったけど、ステイルからも「僕は良いから‼︎」と思い切り背中を押して送り出された。きょとんとしたティアラ様にもお礼を言って全力で走りながら、なンでプライド様がそんなモン欲しがるのかだけ少し気になった。
……
「姉君。先日は御誕生日おめでとうございました。」
おめでとうございます!と、ステイルに続きティアラも声を上げ、私の誕生日祝いを贈ってくれたのは誕生祭の翌日だった。
ありがとう、とお礼を返しながら一つ一つ順番に受け取っていく。毎年、誕生祭の後に贈ってくれていたのに、昨晩は何もなくて、正直諦めていたからすっごく嬉しい。騎士団奇襲事件やヴァルの裁判とか二人には色々心配をかけて辛い想いもさせてしまったから、てっきりもう愛想をつかされたのかとも考えてしまった。まさか今日祝ってくれるなんて!しかも、今年は
「御誕生日、おめでとうございます…。俺からも、大したもんじゃねぇ…ですけど……。」
良かったら…と、遠慮がちにアーサーが私に小さな包みを差し出してくれる。
いつものようにアーサーとステイルの手合わせを見に来ただけなのに、まさかここで祝って貰えるなんて思わなかった。しかも今年はアーサーまで‼︎
もう差し出された時点で嬉しくて、ティアラとステイルから貰ったプレゼントを両腕に抱えたまま口を覆ってしまう。わざわざ三人でお祝いしてくれる為にこの時を選んでくれたのかなと思うと、嬉しすぎてうっかり泣きたくなる。
差し出してくれたアーサーは緊張で顔が僅かに火照ってた。ステイルが渡してくれた二人分のプレゼントを一度私から受け取って、侍女に預けてくれた。両手が空いて、アーサーから差し出された包みを丁重に受け取る。手に触れた瞬間、微弱にアーサーの手の震えが包みを通して伝わってきた。…もしかして私がプレゼントにクレームをつけるとか思っているのだろうか。
仮にも王女が相手だし、きっとどんな物にするか迷ったのだろうとと思うと、もう包みを開ける前から嬉しくてむず痒くなる。それでも私に贈ろうとしてくれたなんて、アーサーは本当に優しい。友達になったステイルや可愛いティアラなら未だしも、私にまでこうして誕生日を祝ってくれるのだから。
アーサーがくれた包みは両手の平に収まる大きさで、可愛らしい装飾だった。「開けて良い?」と尋ねてみると、火照った顔で頷きながら「本当に大したもんじゃねぇですけど……‼︎」と苦しそうに言った。額に汗まで湿らせて、開けて良い筈なのに私が包みのリボンを取っただけで肩をビクリと上下させた。私と包みを交互に瞬きせずに見つめて、唇を固く絞る。重さ的にびっくり箱とか爆発するようなものではないと思うんだけど…。
ステイルとティアラも気になるように私の両隣から包みを覗く。リボンを一本一本解き、包みを破かないように慎重に捲る。その間に喉を鳴らすアーサーになんだか焦らしているみたいで申し訳なくなる。でも、折角のアーサーからのプレゼントなのだから綺麗に開けたかった。わざわざ包みもお店で買ってくれたらしく、すごく可愛らしい布だった。リボンも綺麗なレースだし、凄く凝らしてくれたのがそれだけでも見てわかる。
包みの最後の折り目を開いたところで、とうとう中身が顔を出し、見えたのは……
栞だった。
可愛らしい、挟む部分がカードの形をした栞だ。
織り込み細工で出来ているらしく、指の腹でなぞると細やかな何重もの糸の感触がした。黄色地に赤い花の模様があしらわれていて、凄く素敵だ。思わず細かな細工と模様に見惚れていると、アーサーが消え入りそうな声で城下で最近人気の雑貨屋で出している商品だと教えてくれた。
お母様の小料理屋さんで、私と年齢の近い女の子達の間で流行っていると話に聞いたらしい。うん、これは絶対流行るだろう。可愛らしい模様なのに色遣いが大人っぽいから年齢に幅広く人気があるのだろうなと思う。私も城下を視察出来るようになったら是非行ってみたい。アーサーがわざわざ女の子に人気の雑貨屋さんに足を運んで選んでくれたんだなと思うと、それだけでも本当に一生懸命探してくれたのだとわかる。
「ありがとう、アーサー。すっごく気に入っちゃったわ。早速今日から使わせてもらうわね!」
以前から本を読んでいることをステイルかティアラに聞いたのだろうか。
城にある本は分厚いものが多いし、こういう栞はいくつあっても助かる。この世界には付箋とかはないし、栞は本を読む身としては必須道具だ。お気に入りの箇所に挟んで読み直すこともできるし、勉強の為に必要な箇所に挟んで見直しもできるし、読みかけの本なら言うまでもない。
部屋に戻ったら早速今日の読みかけの本に使わせて貰おうと、包みの中から栞を摘まみ上げる。すると
チャリンッ…
「……あれ?」
栞の頭部分に繋がった紐の先に、何かがぶら下がっている。
文鎮のように少しだけ重さのあるそれは、カード部分の下敷きになっていたからわからなかった。カード部分を持ち上げ、繋がった紐の先を見る。すると、紐の先にはコインの形をした銀色の飾りが結びつけてあった。銀貨よりも数回り小さいそれは、前世の百円玉くらいの大きさと厚さだった。でも、少なくともこの世界の貨幣ではない。コインの形をした錘を手に取り、模様を覗く。そこには紋章や刻印の代わりに文字が彫り込まれていた。片面には昨日の年号と日付、そして反対面には
“アーサー・ベレスフォード”
「えっ⁈アーサーこれって貴方が⁈」
うそっ‼︎すごい‼︎
思わず大声を上げてアーサーも見れば、唇を絞ったアーサーの顔がとうとう真っ赤になっていた。左拳を握り、右手で頭を掻きながら「はい……」と若干掠れた声で返してくれたけれど、私も私で驚きでこれ以上声が出ない。
凄い!まさかのアーサーのお手製品‼︎ゲームでもそんな素敵な贈り物ティアラだって貰っていないのに‼︎‼︎次のティアラへの贈り物練習かもしれないけれどとにかく凄い‼︎お手製で彫ってくれている上にアーサーの名前入り‼︎本当の本当に世界に一つしかない一品を貰ってしまった。
思わず口が開いたまま放心していると、ステイルとティアラも驚いたようで穴が空くほどに見つめていた。「すごいな…」と零れるように感想を呟くステイルに、ティアラは「素敵です!」と声を弾ませ、アーサーへと顔を上げた。
「これがあの……?」
そう言って、何か含みがあるように尋ねるティアラの言葉に私も視線を栞からアーサーへと戻す。……〝あの〟って何だろう。
すると無言で頷いたアーサーは括った銀色の髪をぐしゃりと自分で鷲掴みながら促されるように口を開いた。
「この前の、……折った剣の欠片を溶かして型に嵌め……ただけ、です。」
⁈‼︎⁈⁈剣?!あの⁈
アーサーの言葉に私は三日前にアーサーが見せてくれた剣を思い出す。
どうしてそんな貴重な、と思ったらふと思い出して今度はティアラの方へと振り返る。するとすぐに目が合ったティアラは楽しそうな笑顔で私に返した。やっぱりそうだ‼︎
「プライド様が、……剣の破片を欲しいって言ってたってティアラ様から聞き……ました。でも、そのままだと切れて危ねぇンで、鍛冶場で頼んで……」
溶かして型取って彫り込んで栞に付けてくれたの⁈
物凄い手間暇かけてくれてるし‼︎どう考えても〝だけ〟じゃない!
「えっ、でもあの剣、打ち直すって……ッまさか!」
「!いや大丈夫っす!…その、砕けた細かい破片部分だけで、打ち直しに問題はねぇ…ですし、親父にも後からちゃんと言い、ました。」
慌てながら辿々しく言ってくれるアーサーは両手のひらを見せるようにして上げて弁明してくれた。良かった、取り敢えずアーサーの大事な剣を丸々一本台無しにしてしまってはいないらしい。あの時もアーサーが第一王女に気を遣って本当にくれちゃいそうだと思ったから言わなかった。
なのに、三日前アーサーと別れた後、稽古用の防具から着替えに行ったステイルを待っている間、ティアラから「あの時、何を仰ろうとなさったのですか?」と聞かれてポロリと話してしまった。アーサーの折れた剣を捨てるつもりだったら、欠片だけでもお願いして分けて貰いたかったと。アーサーは優しいし真面目だから、第一王女の私が欲しいと言ったら本当にくれそうだから敢えて言わなかった。……そして、本当に予想を上回る素敵な形で送ってくれた。
ほっと息を吐きながら、また少し呆然とする私はもう一度手の中の栞を眺めた。カード部分も本当に精巧で素敵な品だ。でも、今はそれよりも遥かに銀色の飾りの方に目がいってしまう。
刻まれた跡を指でなぞると、掘られた部分だけカチリと尖ってざらざらした。アーサーの文字で書かれたそれを穴が空くほど見つめてしまう。
「………………嬉しい。」
ぽつり、と一番大きな感情が言葉に出た。
アーサーが一音で聞き返してくれたのが聞こえて、顔をあげれば深い蒼の瞳と目が合った。まん丸になったその目に向かい、心からの笑顔で彼へ声を張り上げる。
「すっっっっっごく嬉しい‼︎本当に本当にありがとうアーサー!」
我ながら子ども感そのままのお礼を言ってしまう私に、アーサーが丸い目を更に見開いた。
口が僅かに開いたまま固まってしまったアーサーは、それから顔ごと逸らすように下を向くと首の後ろを掻きながら「はい……」と小さく返してくれた。俯き気味のアーサーの顔が嬉しそうに緩んだけれど、今だけは絶対絶対私の方が嬉しい!こんな素敵すぎる品をアーサーから貰えたのだもの!
「本当に素敵!絶対大事にするわっ!」
「…………来年も、似たので良かったら…また、作……ます。」
本当⁈と、社交辞令かもしれないアーサーの言葉に思わずがっつり食いついてしまう。
顔を逸らしたまま言ってくれるアーサーの眼前に飛び込み、未だに真っ赤な顔を覗き込む。もしかして手作りの品とかを人に贈ってくれたのは始めてだったのだろうか。
「こんなンで…よければ」と上擦った声で答えてくれるアーサーに私から「是非!」と全力でお願いしてしまう。すると俯き気味だった顔を今度は私から離すように喉を反らすアーサーは、細かく何度も首を縦に振ってくれた。……ラスボス顔が眼前に来て、もしかして恐喝に見えてしまっただろうか。
唇をきつく結んだまま頷いてくれたアーサーに慌てて「もし難しかったら良いから!」と慌ててフォローする。でも「いえ!」とそこだけは強く声を張ってくれたアーサーは、熱の入った声で「贈ります…!」と言ってくれた。
「来年まで……また打ち直すことになるぐれぇ鍛錬します。……騎士に、なる為に。」
そう言って、正面から最後に小さく笑ってくれた。
来年の私の誕生日。その時にアーサーが入団試験に受かっているかどうかはわからない。だけど間違いなく、今よりもずっと強くなっているのだろう。
自分で鷲掴んだ所為で少し乱れた彼の銀髪を流れに沿って撫でながら、今度は私から頷いた。
世界に一つしかない素敵な贈り物をくれた彼へ、感謝も込めて言葉を返した。
「待っているわ、アーサー。」
………
……
…
「その、プライド様。……聞いても良いっすか……?」
パタン、と分厚い本が閉じられる。
閉じた手のままに顔を上げるプライド様は、すぐに聞き返してくれた。机の上には開けたばかりの包装と、新品の髪飾りやペンが置いてある。贈ってすぐにそれぞれいつもの保管場所にしまい出すプライド様はずっと笑顔だ。
昔こそプライド様の誕生日の翌日にステイルとティアラと三人で祝ってたけど、近衛騎士が複数人体制になってからは騎士の先輩達に見られないように前夜に祝うようになった。プライド様の誕生日前夜にだけ、こうしてステイルの瞬間移動でこっそりプライド様の部屋にお邪魔することになった。
「本当に、まだそんなんで良いンすか……?俺も今は騎士になりましたし、もっと良い品とか贈れるつもりなンすけど…。」
六年前こそまだガキだったし金もなかったけど、今はもうそれなりに稼いでる。
明日十八歳になるプライド様に贈る品が、今もガキの頃と変わらず買った栞に刃屑を溶かして作った飾りなのは悪い気もした。……って、騎士団入団した時も本隊騎士になれた時にも言ったンだけど。
俺の問い掛けにプライド様は「何言ってるの!」と笑いながら俺に目を向けた。
「私はこれが良いわ。だって、アーサーが作ってくれた物だもの。」
そう言って、嬉しそうにさっき送った栞を挟んだ本を両手に抱えて見せた。
挟まれた栞から紐に吊るされた銀色の飾りが揺れる。俺がさっきプライド様に贈ったやつだ。片面には明日の年月日、そして反対面には俺の名前。それだけは昔から変わらない。飾りの形だけは、毎年鍛冶場の人が新しい型を貸してくれるからそれぞれ違うけど。
父上には秘密にして貰ってるけど、毎年世話になってるせいで完全に鍛冶場の人らには顔を覚えられた。今年も刃の破片持って挨拶したら「来た来た」とか「新しい型作ってやったぞ」と当然のように迎えられた。助かるけど毎年ふざけてハート型を勧めてくるからそれだけは本気で困る。
……ガキの頃、最初に頼みに行った時はすげぇ爆笑された。
ティアラからプライド様が砕けた剣の欠片を欲しがってることを聞いてから、鍛冶場まで走って息切れしながら飛び込んだから。結構人気の鍛冶場だったから、頼んだ剣も順番待ちのお陰でまだ打ち直されねぇで済んでいて良かった。でも、俺が事情を話して破片を贈りたいって言ったら「どんな物好きだ」って笑われた。そのままじゃ触れたら怪我するって言って、固め直しの提案とか型を貸してくれたり溶かす作業まで手伝ってくれたから、すげぇ良い人達ではあるけど。
「……他に、俺が贈れるもんでもっと欲しいものとかないっすか。」
う〜〜ん……と、結構真面目に考えられる。
髪飾りとペンをそれぞれ引き出しに丁寧に仕舞いながら、プライド様は難しそうに眉を寄せた。ステイルとティアラが「充分良い品だろう」「とっても素敵ですっ!」と言ってくれるけど、やっぱりもっと良い物を贈りたいと思っちまう。すると途中で「あっ」と思い付いたように声を漏らすプライド様が動きを止めた。何か思い付きましたか、と聞いたら、栞を挟んだ本を本棚へと運びながら口を開いた。
「ペンダント、とか?」
そう言いながらプライド様が本を棚の一番上に置こうとする。
ステイルが「俺がやりますよ」と言ってプライド様の本に触れて、並んだ本の一番端に瞬間移動させた。トンッ、と着地と同時に飾りが揺れる。
「ペンダントっすか?」
なんだか急に正統派な物を言われて少し驚く。
プライド様なら俺が買えるよりもずっと良い品がいくらでもある筈なのに。ステイルとティアラも意外そうに目を丸くする中、ブライド様はそれに一言返しながら本棚の一番上を指差した。
整理整頓された本棚で、そこだけは系統も関係なく、文学や歴史書まで色んな本が並べられていた。共通点は栞から零れた銀色の飾りがあることだけだ。
俺が贈ってから毎年、プライド様はその時に読み終えた本に挟んでああして飾ってくれているらしい。最初に気付いた時、聞いたら「アーサーが頑張ってた時に、私はこれを勉強していたんだってわかるから」と言ってくれた。
一番上の段だから掘った文字までは近付いても俺でも読めねぇし、パッと見は単なる飾りにしか見えねぇけど、初めてあそこに全部飾ってあると知った時は死ぬほど嬉しくて恥ずかしかった。しかも、気付いていないとはいえ、カラム隊長達の視界に入っているとそれだけで身体中が焼ける。
「ほら。砕けた剣の破片って、アーサーが頑張って強くなってきた〝証〟でしょう?」
プライド様の言葉に俺も小さく頷く。
最初の頃は父上やステイルに叩き折られたり、自分で鍛錬中に折ったりもしたけれど、剣の扱いが板に付いてからは折ることも減った。代わりにステイルの稽古場の模擬剣とか、騎士団に入団してからは練習用の剣を折ることが増えた。本隊に上がってからは騎士の先輩に折られたり、逆に折っちまったり。流石に所有している剣では互いに折ることはなかったけど、練習用の剣では結構頻繁に相手の剣を折ることが増えた。
当時プライド様にそれを言ったら、俺が折ったならどちらでも良いって言われた。「どっちもアーサーが頑張って強くなった証だから」ってその時も言われた。だから折ったらなるべく要らない破片は回収するようにしたけど。
「だから、こうして眺めるとアーサーが年々強くなっているんだなって思って嬉しかったけれど…」
そう言われると、なんだか本当に本棚の一番上が俺の軌跡みてぇに見えてくる。剣を折る数が増えるだけ集めた破片も多くなって、破片の残量を気にせず好きな形や厚みで作れるようになったぐらいにしか思わなかったけど。そういう風に考えたことはなかった。プライド様は毎年そう思って飾ってくれてたンだなと思うと何だか擽ったい。……自分から言っておいて、贈り物が買ったペンダントになったら本棚の続きが無くなると思うと惜しくなる。これじゃガキのまんまだ。
「でも、ペンダントなら肌身離さず〝それ〟を付けておけるでしょう?」
「……へ?」
……なんか今、すげぇ発言を聞いたような気がした。いや待て〝それ〟ってまさか……
「アーサーが作ってくれるあの飾り。栞もこうして飾れるから良いけれど、ペンダントなら服の中にでも仕舞えるし……」
ッ俺のかよ!!!!
てっきり店で売ってるようなペンダントが欲しいって話だと思った。まさか俺の作ったアレを栞じゃなくてペンダントにして欲しいといい意味とは思わなかった。
顔が熱くなって腕ごと使って口を押さえると、ティアラが目を輝かせて「それも素敵な案ですねっ!」と声を弾ませた。その傍ではステイルが肩をプルプルさせていた。くくっ…と忍び笑いがうっすら漏れてる。しかも堪えるみてぇに「良案だと思います…」と溢しやがった。コノヤロウ。
っつーか手製のペンダントなんか贈れるわけがない。いつも家一つ買えるような装飾を身につけてるプライド様に鉄の塊なんかぶら下げて良いわけがない。何より、俺の手製のペンダントを肌身離さずつけてくれてるとか、ンなことになったら思い出す度に死ぬ。
「それに身に着けていたらアーサーが守ってくれているような気がするでしょう?だから御守り代わりにもなるかなって」
「ンなもん無くても俺が一生守りますから!!」
思わず上擦った声を思いっきり上げちまう。
自分の胸を手で叩くように示して前のめりになったところで、ここがプライド様の部屋だったことに気づく。まずい、と思って口を堅く閉じれば、取りあえず外の衛兵からの呼びかけはなかった。……気づかねぇ振りしてくれてるだけかもしんねぇけど。
「……なので、その、やっぱり栞で……良いっすか…。」
来年も、と言ってから、大声を出したことと自分で言っておいて断っちまったことを謝れば、プライド様が口元を曲げた指で押さえながらクスクスと笑った。また情けないところを見られたと思ったら
「そうね、アーサー。」
ふふっ、と花のように笑いながらプライド様が口を開く。
顔をほころばせて、照れたように少しだけ頬を染めながら俺の方へ歩み寄ってきてくれた。タンッタンッと何だか嬉しそうに跳ねた足取りで、立ち止まったところでそっと俺の手に両手を伸ばす。
「御守りより、もっともっと心強い人が此所にいるもの。」
そう言いながら、包むように俺の右手を握る。
柔らかな感触と暖かな温度に指先まで強ばった。目を瞑ってもわかるくらいの女性の手だ。顔の熱がみるみるうちに上がっていって、呼吸が止まる。俺はこんなに死にそうなのに、プライド様は変わらず俺の顔を見上げ微笑んでくる。
「ペンダントより、本人が傍にいてくれる方がずっと嬉しいわ。」
俺の手を握ったまま、視線で本棚の上を指し示す。
プライド様の言う〝証〟がそこには並んでいた。最初の頃こそ不出来だった飾りも、今はわりとまともな出来になってきた。そして多分、これからもあの列は増えていくんだろう。……毎年、一つずつ。
「……来年は、もっと凝った造りにします。」
それを、貴方が望んでくれるなら。




