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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
重版感謝

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59/144

配分し、


「セドリック様、ご昼食をお持ち致しましたが……?」


ああ。ありがとう。

頭を抱え突っ伏していたセドリックは、侍女の言葉にそう答えながら重くなっていた頭をやっと上げた。

自国であるサーシス王国から同行させた侍女は、いつもならば流れるような動きで昼食の知らせをするが、今日はぎこちない。両手に抱える弁当箱を自室か食堂かどちらで食べるかと彼に尋ねれば、食堂と即答だった。

国際郵便機関への書類仕事と確認以外は図書館で借りた本を宮殿の自室で読みふけるセドリックだが、食事は基本的に必ず食堂で摂っている。広々とした食堂で一人食事というものも毎日となると味気ないとも感じることはあるが、ハナズオ連合王国にいた頃も多忙だった国王の兄達とは別に一人で食事を取っていた分慣れてもいた。いつもならば自国でも腕を振るってくれた料理人により温かな食事が数皿用意される筈だが、今日はその弁当箱一つだ。足りないようであればとパンやスープを用意すると提案されたが、折角受け取ったそれ一つを味わいたい為断った。

侍女に弁当箱を先に任せ、顔を上げ目に垂れた前髪を掻き上げる。火照る顔色を少しだけでもマシにさせるべく重い溜息を大きく吐いた。

プライドが弁当箱を自らの足でセドリックに届けに来たのは、レオンの定期訪問を迎える前。姉に全てを託したティアラは不在だったが、それでもそれを渡された時の衝撃は大きかった。


『私とティアラで作ったの。お裾分けだけれど、良かったら昼食に食べてくれると嬉しいわ』


そう、プライドに満面の笑顔で言われた瞬間に顔が燃え上がりすぐには受け取れなかった。

プライドが自分に手製をお裾分けしてくれたことは嬉しい。愛するティアラの手製などそれだけでも顔に熱が籠る。本来ならばすぐに両手で受け取り、真っ赤な瞳を輝かせて「良いのか?!」と感謝の言葉を百は続けたかった。以前の自分だったらその場で箱を開けて一口二口は食べていたという自覚もある。しかしそんな余裕はなかった。

何の心の準備もなく〝プライド〟から〝姉妹二人〟の〝手料理〟を〝食べて〟と言われれば、思い出さざるを得なかった。当時の記憶はそれほど真新しい。


『それは貴方に作った料理ではありませんっ‼︎‼︎』


プライドとティアラと知り合って間もなく、自分は恐ろしい愚行を働き彼女にそう怒鳴られたのだから。

しかも絶対的な記憶力を誇るセドリックは、プライドからの差し入れと発言を受けてしまえば頭の中で鮮明に当時の記憶が再生された。当時は名案と思ったが、今の教養と常識を得た後の頭で考えれば愚行この上ない。しかも〝あの〟プライドの手料理を許可もなく勝手に食べて泣かせた上、ティアラにそんな酷い醜態を堂々と晒してしまった。瞼を閉じても勝手に入り込んでくる記憶はまさに拷問だった。

笑顔で差し出してくれたプライドの前で、耐えられず全身を真っ赤に染め顔を両手で覆いながら赤面を露わに発熱したセドリックはそれから受け取った後も昼食まで自室で項垂れるばかりだった。

プライドからも気にせず食べて欲しい、今回はティアラも合意の上だとフォローを受けても立ち直れない。


席から立ち上がり、弁当箱を食堂へ運ぶ侍女の後を追うように廊下を出てもまだ顔の火照りは落ち着かない。

ぐらぐらと脳が揺れるのを感じながら弁当の記憶を二年前のつまみ食いから、つい数時間前にプライドが言ってくれた言葉を思い出す。


『あ、あとティアラからメモも預かっていて、渡したらすぐ読んで欲しいって……その、本当に他愛もない文なのだけれど』

見せてくれ、と発熱に悶絶するままに速攻で受け取った。

ティアラに弁当配布を任された際に、セドリック宛てにだけ添付されたメモは「必ずあの人に渡す時に読ませてくださいっ!」と文面を表にしたままプライドに託された一枚だった。内容を見ればプライドも苦笑いしかできなかったが、気持ちもわかった。

目の前で既に死にかけているセドリックに渡すのは酷かもとも思いながら、それでも妹に任された以上渡さないわけにはいかない。

ティアラからの、というその事実だけで是非に片腕に弁当箱を抱えたまま反対の手を差し出してきたセドリックにプライドが渡したのは封もされていない本当に単なる一枚のメモを四回畳んだものだった。片手で器用にその場で開けばプライドの語った通りシンプルな文面だった。


『この場で食べないで下さい。ちゃんと貴方の宮殿内の食堂で、一人で食べて下さい!!!!!』


ティアラ・ロイヤル・アイビーと。しっかりとサインも残された可憐な字は間違いなくティアラのものだった。

プライドからすれば、セドリックのつまみ食い事件をまだ根に持っているともとれる文面だったが、それでも彼は大事にそのメモを懐に保管した。

やはり当時の不敬は許されていないのだなと少なからず赤面と落ち込みもしたが、つまりは本当にこの料理はティアラが自分へ渡すことを頷いてくれたのだなと思えば別の意味でも顔が赤くなり鼓動が増えた。しかもきちんと「食べて下さい」とは書かれている上、今は彼女のその可愛らしい筆跡を見るだけで体温が舞い上がる。どういう理由であれ、彼女が自分宛にメモを残してくれただけで嬉しくて堪らない。

プライドへの不敬と、自分の愚行と、そしてティアラからのメモの三拍子が揃ったセドリックは結局自室へ戻っても今の今まで机に突っ伏したまま仕事も本にも手を付けられなかった。


食堂に到着し、食器とグラスの用意された広いテーブルの前に腰かける。

そしてその中央には弁当箱が蓋のされた状態で置かれている。前世の知るプライドの目で見れば滑稽にも見える光景だが、セドリックには料理が箱詰めされた以外の違和感はない。むしろ緊張感が強い。

当時はつまみ食いという愚行を犯した自分が、まさか再び彼女達の料理を食べられるとも手をつけることを許されるとも思っていなかった。未だ顔の火照りは消えないが、目の前に弁当箱を置けば高揚感が僅かにだが上回った。緊張に一度だけ喉を鳴らし、恐る恐る蓋をあける。中を見れば、最初には思わず声を漏らした。


中身のおかず料理自体はレオン宛ての弁当とも変わらない。

揚げ物や肉野菜をバランスよく詰めた中身にセドリックは目をきらめかせた。クッキーでも生姜焼きでも味噌汁もない弁当箱の中身は幸いにも以前摘まみ食いしたどの食べ物とも重ならなかった。セドリックの赤面が予想できたプライドの計らいにより生姜焼きは敢えて彼の弁当からは除かれていた。

セドリックは見たことのない料理に次々と手を付ける前から感想が浮かびながら、最後に米部分に目を向ける。白米など滅多に食べないセドリックだが、それがどういう食べ物かも米自体は別の料理でも食べたこともある。色鮮やかなメインおかずエリアと反対側には桃色〝と黒の〟マークも面白い。

しかも黒部分に至っては、無数の記憶と文献内容を誇るセドリックにすら正体どころか食材かもわからない。食べ物の上に乗っているのなら食べられるのだろうがと考え、黒色は毒々しい色にも見えたがカビや焦げの類にも思えない。何故ならばその黒は米の中央でしっかりと


「…………ハート……?」


人為的な形に象られていたのだから。

米の上の海苔だけを器用にフォークの先で突きながら、セドリックは一人首を捻る。毒見をと従者達に提案されたが断った。プライドの手で渡された料理ならば、最悪毒が仕込まれていても文句は言わない。しかし、桃色のハートがいくつと並べられた上に、更に米中央へ置かれた黒色の存在を主張するハート型には流石のセドリックも凝視のまま表情筋に力を入れてしまった。

彼は海苔担当がティアラであることも、彼女がわざと自分の弁当だけプライドに気付かれないように他の誰とも異なるマークを贈ったことも知らない。しかも他の弁当箱に仕込まれていた海苔の一文字よりも遥かに小さいハートは、縮尺を間違えたのかと思われても仕方がない。

むしろ女性のハート型の意味を知っている彼は、それを前に素直に思いを口にする。


「流石はプライドだな。女性らしい気遣いだ」


ぱくりと。その一言だけで躊躇いなく米ごと掬い上げ口へと運ぶ。

途端に給仕や侍女の何人か心配していた者は声を漏らしたが、当然海苔を食べたセドリックの体調に問題ない。今でこそ摘まみ食いへの恥じらいはあるが、もともと民から差し出された菓子や食べ物を躊躇なくその場で食べていた彼にはそういった躊躇はない。…………女性から受けるハート型に関しても。

故郷でサーシス、チャイネンシス共に女性達からの好意を受け慣れていたセドリックは、菓子や手紙でもハート型に象られることなど日常茶飯事だった。今更ハート型が出てきたところで特別感も何もない。むしろ珍しい食材と代わった食べ物容器と料理の方に意識が向く。まさかそのハートを嫌っている自分にティアラが象るわけなどないと前提で考えもしなかった。



姉と近衛騎士達の目を盗み、勇気を振り絞ったティアラの葛藤の結晶などとは。



「…………うん、良い味だ」

ただ、この料理に自分の愛する女性も携わったのだろうという幸福感に完食までセドリックは笑みを浮かべ続けた。




……



「アラン。……お前は騎士の風上にも置けないな」


ハァ、と溜息混じりにカラムは頬杖を突いて前髪を払う。

近衛騎士の交代前に休息時間をアランと同時間に得られた彼は、受け取った弁当箱を両手に騎士団の食堂一角でテーブルを前に腰を下ろした。向かいにはついさっき自分に気が付いたアランが「おっ、カラムもこっちで食うのか?」と当然のように座ったところだった。

入隊同期の彼から遠慮がないことは慣れているが、今はカラムもカラムで呆れていた。アランと一緒に食事をすること自体は構わない。本来ならばプライドから貰った料理をゆっくりと自室で味わおうかとも考えたカラムだったが、時間の短縮の為に騎士館よりも近い食堂で食事をすることに落ち着いていた。

自身の休息時間を押してでも見届けたいものがつい先ほどまで開催されていたのだから。


王女二人の差し入れ争奪戦が。


「なんでだよ?騎士団長からも許可は貰ったぜ」

「プライド様から既に一つ頂いているにも関わらず、他の騎士達への争奪戦にも参加する奴がいるか」

騎士団長ロデリックと副団長クラークの主導の元、先ほどまで演習所各所では争奪戦が同時開催されていた。

賞品を明らかにされた争奪戦に、任務では常に連携を深めている隊すらも血眼になった中で〝素手での格闘戦〟を課せられた一番隊と十番隊の争奪戦は一番隊、そして当然ながらアランの圧勝で幕を閉じた。賞品を得られなかった騎士達が大勢いる中で、一人だけ弁当箱二つを重ねて歩くアランを羨むのは隊長に敗北した一番隊隊員だけではない。

三番隊は演習項目に準じ〝銃の命中率戦〟だったが、カラムはその場で辞退した。既に一つ弁当を得られた自分が、隊員達の枠を減らすわけにはいかないと当然の身の引きだったがアランは違った。むしろ素手での格闘という演習項目も幸運だったと言わんばかりに手加減なく部下相手に勝ち抜いた。

そして今他にも各勝利者が預けられていた商品を受け取りに訪れる中、食堂は大勢の騎士で賑わっていた。食べられないならばせめて弁当の中身だけでも目にしたいと思う騎士も多かった。


「いやだってプライド様の手作りならいくらでも食えるし、俺ら宛てのとこっちで中身違ったらどっちも食いたいだろ⁇」

「そこを譲ってやれ。部下達に恨まれても知らないぞ」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと勝ち取った方は一口食って後はこいつらにも分けるから」


なっ!と、笑顔で振り返るアランの背後には大勢の部下達が所せましと集まっていた。


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