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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
重版感謝

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57/144

〈重版出来3・感謝話〉工夫王女は詰め、

ラス為書籍3巻が重版して頂けました!

本当にありがとうございます。

昨日に引き続き感謝を込め、特別話を書き下ろさせて頂きました。

少しでも楽しんで頂き、感謝の気持ちが伝われば幸いです。

IFストーリー。

〝もし、王族が公式に日常的に料理も許されていたら〟

時間軸は〝我儘王女と準備〟あたりです。


「ごめんなさいね、アーサー、エリック副隊長。暑かったら言ってね」


見守ってくれている二人へ振り返り、肩を竦める。

いえ!とんでもありません、と二人もそれぞれ返してくれるけれど、こんな料理の戦場にまで騎士を立たせて申し訳ない。

前世にあったご家庭三口コンロなんて可愛い状況ではなく、換気だけされた竈もある大規模調理場…城の厨房なのだから。父上の都合で久々にティアラが午前から長い休息時間を取れそうだと聞いてお料理したいと言い出した私の我儘だから余計に。

最初はまたお菓子作りでもしようかと話したのだけれど、今回はお昼ではなく午前中だしと考えた結果、お弁当作りを提案した。お弁当箱……といってもサンドイッチとかを入れる容器だったり料理貯蔵用の容器だったりでちょっと前世とは違う部分もある。前世で流通していたようなお手軽で密閉できて且つ手頃な容器も少なく、私とティアラの手間省略もありお重みたいなお弁当箱もある。でも中に入れる具材は貿易大手国の第一王子レオンの協力もあってなかなか豊富な品揃えになった。

何が一番すごいって、主食に詰め込んだのがパンではなくお米という点だ。お陰でどのお弁当もなかなか前世と同じような出で立ちのラインナップになったと思う。寧ろ私が前世では材料費の関係もあってなかなか作れなかった大盤振る舞いのお弁当だ。


「あとはティアラが切ってくれたのをお弁当に並べたら、粗熱が引いたものから詰めて飾れば出来上がりだけれど……」

繊細な作業はティアラに任せ、私はその間にひと足早く詰め込んだお米の上に〝それ〟をスプーンで乗せながら各々大きさの違うお弁当箱を眺める。

渡す相手によってお弁当箱の大きさも、おかずの分配もそれぞれ違う。最後に設計図通りに見事な大きさと形にティアラが切ってくれたものを、私が今度はフォーク二本で慎重に並べては乗せた。

流石に乗せて並べただけでは液状化にも黒焦げにもならないけれど、集中してやらないと逆チートの呪いの所為か簡単に手が滑りそうになる。設計図通り乗せるなんて料理じゃなく工作の域なのだからこれぐらい融通聞いて!と頭の中で見果てぬゲーム設定に叫びながら、なんとか大きな失敗はなく全てのお弁当箱に並べ終えられた。

メインを詰め込む前からなかなかの大作になった気がするお弁当箱にティアラも嬉しそうに手を叩いていた。

最後にロッテ達と心優しい料理人達の協力で粗熱が取れたかを油切り中の揚げ物と、一度トレーに避難させられた料理を見る。

ぱっと見は湯気もなくなって、手をかざしてもそこまでの熱は感じられない。ティアラも首を右と左にそれぞれ一回ずつ傾けながら「どうでしょう」と鼻先三センチまで顔を近づけた。


本当ならこのまま暫く放置して昼食を終えたくらいに詰めれば確実なのだけれど、ティアラの休息時間は限られている。

折角ここまで頑張って協力してくれたのに、完成を見せられないのは残念だ。ただでさえ、この後にお弁当配りをするのは全部私が任せて貰っちゃっているのに。「美味しい内にお姉様が渡してあげればきっと皆さんも喜んでくれると思いますっ」と自分から言ってくれたのもティアラだし、せめてこの大作の完成大集合だけでも確認させてあげたい。

ここはやはり、と。私は冷めているかを一番確実に確認できる方法を選ぶことにする。


「はい、ティアラ。あーん」

お弁当の王様、唐揚げをフォークで突き刺しティアラの口元へ差し出す。

これなら出来立ての味かもしくは冷めているかも確認できるし、どちらにしても間違いない。「熱いかもしれないから気を付けて」と言いながら差し出せば、一瞬だけきょとんとした顔をしたティアラは直後には目をきらきらいっぱいにして喜んでくれた。こういう時に味見できるのは調理場にいる特権だ。


あーん、と掛けた言葉通りに大きく口を開けてくれるティアラへそっと唐揚げを差し出す。

揚げ物の中でも一番小さいのを選んだけれど、作った時点で食べる人のことを考えて大ぶりになってしまった唐揚げは彼女の口には少し入りきらなかった。パクンッ!と半分近くの部分で嚙みきったティアラは、少し恥ずかしそうに口を両手で隠しながらもぐもぐと味わった。最後に細い喉で飲み込むと最初に「美味しいです!」と温度よりも味の感想が返ってきて可愛くて笑ってしまう。それからフォークの先に残った残り半分もぱくりと綺麗に食べきってくれた。

取り敢えず大好評の様子のティアラに早くも嬉しくなりながら、良かったわと私からも一言返す。唐揚げを食べたのも今日が初めてではないけれど、やはり出来立てに近いほど揚げ物の美味しさは破壊力が違う。


「どうかしら?もう熱くはなかった?」

「ええと……。私は大丈夫でした、けれど!やっぱり一口でぱっくりしないと冷めちゃいますし、あまり自信がありません。ここはやっぱりアーサーとエリック副隊長にもぱっくり一口食べて貰って確認して頂いた方が良いと思います!」

それもそうね、と。私もティアラの案に頷く。……殆ど同時に背後の二人から「え⁈」と一音が重なって聞こえたけれど。

やっぱり王族を前に飲食は遠慮するのかしら、と思いながらも私は別のフォークに大きめのから揚げを刺して振り返る。

ティアラが食べてくれたのは小さいやつで、やっぱり肉汁いっぱいで大きい塊と比べると熱も逃げやすい。私も絶対一口で食べられる自信はないし、ここは騎士のお二人にお願いするのが一番だろう。

唐揚げを片手に先ずは手前にいたアーサーへと振り返る。まさかの予期しない展開だったらしく、首ごと左右に視線を回しながら緊張で顔が仄かに火照っている。

最後に視線を私に戻すと、思い切り顎を反らしながら「いえ俺は!」と声を上げた。


「今はその、護衛任務中ですし……ッそこのやつ!俺らのも作って下さったンすよね⁈なのにつまみ食いまでさせて頂くのは……!」

「良いのよ、味見なのだから。見ていてくれた通り毒も入ってないわ。むしろ二人はお弁当の中身先に知っちゃったのだから、これくらいさせて」

大きく両手を振って遠慮するアーサーに私から笑いかける。

フォークを差し出しても受け取ろうとしないアーサーに、エリック副隊長も大きく頷くけれどここは私からも意見を言わせてもらう。

確かに護衛中に飲食はと遠慮するのもわかるけれど、形としてはつまみ食いでもなく味見だ。何より他の皆にはお弁当箱の中身を見てからのサプライズも籠っているのに、アーサーとエリック副隊長には護衛の関係でもう中身も飾り付けも全て隠すことすらしていない。当然ながら二人の分もお弁当を準備した私達だけれど、何もサプライズができなかったのはちょっと残念でもあった。

個人的にここまで凝った大作お弁当なら、蓋を開けたびっくりも含めてのお楽しみなのに。そう考えれば、ちょっと冷めたとはいえ出来立てに近い揚げ物の味見くらいは是非して欲しいとも思う。

私からの意見にアーサーはむぎゅっと唇を絞り、両手もびっしり背後に組んだままだ。ちらっとエリック副隊長の方に目だけを向けたから、やっぱり先輩騎士の前での遠慮も強いのかもしれない。なら先にエリック副隊長にと、私が順番を変えようとした時。


「アーサーが心配する通りかもしれませんお姉様っ!でしたら是非お姉様〝から〟お二人に食べさせてあげるのはいかがでしょう?」

その方がずっと特別ですしと、満面の笑顔で提案してくれるティアラに風を切る音が今度は二つ綺麗に重なった。

アーサーとエリック副隊長が顔をティアラへ向けた音だ。あまりの勢い良く更には揃った形相に一瞬敵襲かと思ってしまった。なんだかジルベール宰相の屋敷を借りたパーティーを思い出す。あの時はアーサーとステイルだったけれども。

あの時は二人に迷惑をかけたお詫びと感謝も込めてだったし、なら日頃の感謝も込めてそれくらいは良いかもしれない。それに、確かにティアラの提案通り自分で食べろよりも私から差し出した方が摘み食いをした感もなければ断れなかったの言い訳にもなって二人も食べやすいかもしれない。

いつも通り素敵な配慮を提案してくれたティアラに私も賛成し、アーサーの隣に立つエリック副隊長へ身体ごと向き直り一歩近づく。


突然標的変更されたことにエリック副隊長の肩を大きく上下した。

まん丸の栗色の目で私を見返しながら、顔が早くも真っ赤だ。アーサーもそうだけれど、エリック副隊長も真面目だしやはり王族の目の前でつまみ食いというのは緊張するものなのだなと思う。しかも私からの注文は大口だ。

そこまで熱くないことはティアラが証言してくれているけれど、いろいろと不敬を考えてしまうのもあるかもしれない。熱に熱すぎて噎せこんでしまっても悪いのは見極めが甘いまま食べさせた私の方だし不敬にするつもりもないけれど。


「宜しければ是非。エリック副隊長も鶏の揚げ料理お好きでしたよね?」

あの時に作ったのは城の料理人だったけれど、近衛騎士の皆にこれは好評だった筈だ。

騎士団にもレシピ提供したら、食堂に出た途端すごく大人気であっという間になくなったとも聞いたし、エリック副隊長にも需要はあると思いたい。

両肩に力が入るようにじわじわと強張り上げていくエリック副隊長の口へゆっくりと唐揚げを近づける。真っ赤な顔で俄かに口を空けたまま固まっているけれど、このままではとても唐揚げが入りそうにない。食べて、の意思表示にそのままちょんと唇へ付ければ合図になったように目が丸いまま口だけを動かし開けてくれた。

ぱっくりと大きく開けてくれた口はちょっと大口と言うには控えめにも思えたけれど、それでも綺麗に一口で頬張ってくれた。

ちょこりとフォークの先を咥えた状態になってしまったエリック副隊長に笑みで返してから、そっとフォークを引き抜く。もぐもぐとゆっくり味わうように口の中を動かしてくれているけれど、開かれた目は瞬き一つせず私を凝視している。

料理の熱さどころか味もわかってないのじゃないかしらと思うほど、緊張一色のエリック副隊長に私も目を合わせたまま離れなくなる。食べているところを見られるのも落ち着かないだろうなと思ったけれど、ここで目を逸らすのも失礼な気がして逸らせない。代わりに「熱くない?」と首を傾げてみれば、そこでゴクリッと大きく喉を鳴らす音が響いた。……しまった、結果的に急かせてしまった。


「~~っ……。とても、美味しくっ……、ッいえ、熱くもないので問題ないかとっ……~~っ。ありがとうございます……」

勢いよく飲み込んでしまった所為か、手の側面で口元を隠したまま慌てた口調で感想を教えてくれるエリック副隊長は食べ終えた後も顔が真っ赤だった。

口元を隠したまま最後には大きく頭を下げてくれる彼に、私も「良かったわ」と一息分ほっと吐く。

一口あんなに味わってくれても問題がないなら大丈夫だ。何より美味しいと言ってくれたのはやっぱり嬉しい。ティアラに言ってもらえた時もそうだったけれど、やっぱり料理はその一言が一番だなと思う。

喉を鳴らしてまで飲み込んだエリック副隊長に水は?と確認を取るけれど、小刻みに首を横に振って断られた。本当は揚げたてを口に放り込んだんじゃないかと思うほど顔色は暑そうだけれど平気らしい。


じゃあ次はと、また別のフォークに替えて貰うとその瞬間にアーサーから「いえ!俺は‼︎」とまた大きく声が上がった。もうエリック副隊長が味見してくれたのだから自分までは必要ないと首を振ったから、なら他のおかずをお願いしようかなと考える。

今度は揚げ物ではなくトレーに移していたミニハンバーグをフォークで刺した。揚げ物よりは冷めている方だと思うけれど、確認して貰うに越したことはない。そのままアーサーに差し出そうと思ったけれど、何もソースを付けてないことを思い出して急ぎトマトソースを一口分スプーンで上からかけてから持ち上げた。慌てて付け足した所為で予定より多めになってしまったけれど、これくらいなら味に大きな支障はないだろう。


「さ、アーサーも。遠慮しないで。冷めた時と温かい時で美味しさも変わるから、後で確かめてみて」

ちゃんとアーサーのお弁当箱にもきっちりハンバーグは詰めている。

お弁当だからこその美味しさと出来立てに近い美味しさの違いも宣伝しつつ笑いかけると、アーサーが背中を反らしながらも大きく胸を膨らませた。

未だに口元を隠したままのエリック副隊長を横目にした後、差し出されたハンバーグへ自分から顔を近づけてくれた。

「失礼します……」と少し覇気のない声だったけれど、味見には了承してくれたらしい。やっぱり冷めた時との味の違いは魅力的だったようだとちょっとだけ得意な気分になる。フォークの先へと背中もちょっとだけ丸めてくれるアーサーに私もトマトソースたっぷりのハンバーグを差し出し、……たと思った瞬間。突然アーサーが自分から私の手ごとフォークを掴みパクついた。

がしっ‼︎‼︎と勢いよく手を掴まれたのはびっくりしたけれど、一拍遅れてからハンバーグのソースが零れかかっていたと気付く。

アーサーが味見を了承してくれたのが嬉しくて、つい注意がフォークから逸れてしまった。流石の条件反射でソースが床に落ちる……というか角度的には私のスカート部分か靴に落ちる前に大口で受け止めたアーサーは、背中を丸めていた状態から今は片膝を落としていた。本当にソースが落ちるギリギリで下からパクついてくれた。

無事ソースが落ちなかったことを目で確認してから、私の手とフォークから顔を離したアーサーは口の中だけ動かしながらかなりの焦った様子だった。食べながら話すこともできなければ、安易に味わわずに飲み込むことも憚るようで何も弁明できないのを困っているのだろう。

ここは私からちゃんとわかっていると先に示すべく、笑顔の口のまま彼に謝罪する。


「ご、ごめんなさいアーサー。ソースを付け過ぎたみたい……一足早く食べてくれて助かったわ。ありがとう」

口を堅く閉じたまま、アーサーの真っ赤な顔がブンブンと横に振られる。

低い姿勢から起立して反るほど姿勢を正すけれど、やっぱり突然遠慮がち状態から勢いよく食べ付いてしまったのは恥ずかしかったらしい。

ちゃんとアーサーが食い意地を張ったわけでも無理やり私からフォークを奪ったわけでもないとわかっていると示しても、やはり顔の熱は晴れていない。

今度は自分から飲み込むまで様子を見守り続けたけれど、最後に飲み込んだ時にはエリック副隊長よりもっと大きな音でごくりと喉が鳴った。


「すッン、ません!!あの、思わず手っ……けどすっげぇ美味かっ、ッじゃなくてえっと食べやすかったです⁈」

うん、まだちょっと混乱気味だ。

口が完全に空になってから大声を上げるアーサーに、私もちょっと苦笑気味に返してしまう。大丈夫、ありがとうと言いながらも取り合えず味見も熱さも問題なかったことに安心する。唐揚げもハンバーグも一口で食べてどちらも問題なかったのなら、もう詰めてもよさそうだ。


あまりにも勢いよく食べてしまったアーサーの様子にエリック副隊長も落ち着いたのか、笑い混じりに肩を揺らしながらアーサーを落ち着かせるように肩をポンと叩いていた。

エリック副隊長からの手の重みに、アーサーも一回喉を詰まらせたような音を零した後に大きく息を吸って吐くを繰り返していた。尋常じゃない汗の量に、一度厨房から出してあげた方が良いかしらと心配になるけれど、身体の熱を放射するように呼吸するのに合わせて少しずつ顔色が落ち着いていく。

無事味見も近衛騎士二人も落ち着いた様子を確認した私は時計を確認する。くすくすと両手で口を押さえながら楽しそうに笑い声を零すティアラに、早速詰めましょうかと声を掛けた。最後の大作業を終えたら、最後は配るだけだ。

それから暫く、エリック副隊長とアーサーの顔の熱が落ち着いた頃には無事お弁当は完成した。


皿では表現できないがっつり詰め込み弁当はかなりの良い出来で、ティアラと一緒にハイタッチで完成を祝った。



……




「……お話はわかりました。プライド様とティアラ様のお心遣いありがたく受け取ります。…………ですが、この量は」


騎士団演習場。

王配補佐へティアラが戻った後、プライドは早々に馬車で訪れた。突然のプライドの訪問よりも、傍に立つ専属侍女と近衛兵が抱えるそれに戸惑いを隠せない騎士団長のロデリックは一人眉を寄せてしまう。

プライドから手製料理の差し入れ、と説明されて理解もした。彼女達の馬車が訪れてから集まった新兵達や休息を取るところだった騎士達に囲まれている中、専属侍女達の抱える弁当がどれほどに注目を浴びているのかも。

ロデリック自身、彼女達からの差し入れは嬉しく、そしてありがたくも思う。騎士である自分達にそこまで王族が配慮してくれることなどない。しかし、問題はその量だ。

一人ではとても抱えられない弁当箱の山の内、五つは近衛騎士達への差し入れだ。一人ひと箱、大きさも男性に合わせた大きめの容器に詰め込まれた弁当はどれも見かけ以上の重さだった。

今この場では渡せないのでと、プライドが今も自身に付けている近衛騎士達の分も含めて届けてくれたことも納得はする。彼女にとって特別な立ち位置にある近衛騎士に一個ずつ。そちらの方は責任を以て預かるなり、呼び出して騎士館の自室に持ち帰らせるなりすれば良い。だが、問題はその五つの弁当箱のさらに下にある巨大な箱だ。

ロデリックが腕を組んでしまいたくなるほどの大きさの料理箱は、プライドの前世で言えばお重箱と同等以上の大きさだった。しかもそれが五段。これをどうしたものかと考えあぐねるロデリックの隣では、副団長のクラークも目を丸くしていた。「騎士団長と副団長に」と渡されたお重四段は、流石に彼ら二人で食べきるには不可能ではないが通常量ではない。

騎士団長と副団長である自分達に気を遣ってくれるのはありがたいが、近衛騎士達との差が逆に大きすぎるのも気になった。ざっと蓋を閉じたままで目測してもお重ひと箱が近衛騎士の倍の大きさだ。

最後に言葉を濁すロデリックに、プライドも慌てて「勿論全部食べ切って欲しいというわけではないです」と両手のひらを見せて否定する。


「ひと箱が、お二人分で。騎士団長と副団長にも是非召し上がって頂きたいですが、あとは騎士の皆さんでもお好きに分けておつまみにでもして頂ければと。その為に多めに詰めさせて頂きました」

流石に騎士団全員分は作れませんでしたが。と冗談交じりに最後は笑って締め括る。

プライドのその言葉に、ロデリックは早くも頭を抱えたくなった。しかし善意で多めに料理を作ってくれた王女へ不敬をするわけにもいかず、「ありがとうございます」と深々頭を下げて答えた。表には出さずに気苦労の息を静かに吐くロデリックに、クラークも喉を鳴らして笑いながらプライドに見えないようにその背を叩いた。

言葉では同じように感謝の言葉と共に頭を続けて下げたが、彼が何故困っているのかもクラークはわかっている。

料理はありがたく頂きます、騎士達も励みになるでしょう、近衛騎士達の料理箱もまとめて預かります、と続けながら近くにいる新兵に受け取らせた。

今この場にいない近衛騎士達を呼ぶかとも尋ねたが、プライドは断った。伝言だけお願いします、と伝えて馬車へと戻る。単純に演習中の彼らを呼びつけることに気が引けたこともある。今後も時間さえあれば作って差し入れをしたいと思えば、あまり渡される側の負担を増やしたくない。今はハリソンだけはちょうどその場に居合わせていたが、騎士団長室で預かって貰えるともなればここで演習監督役である隊長格を呼びつけるまでの迷惑はかけられないと考える。

クラークが冗談交じりに「なんならお前達の隊に届けておこうか?」とアーサーとエリックに投げかけたが、二人揃って全力で断った。交代が終わり次第取りに伺います、と前のめりに言う二人にクラークもくっくと喉を鳴ら了承した。

新兵達が重さとは関係なく一人ひと箱ずつ丁寧に受け取れば、その鼻先にうっすらと空腹を呼ぶような香しさと料理の温さが感じられた。

プライドへ一斉に感謝と見送りの声を騎士達があげたところで、馬車の扉が閉ざされた。再び王居へと戻っていく馬車が門の向こうまで消えていくのを確認してから、ロデリックは深く長い溜息を吐き出した。


「……さて、どうしたものか」

「少なくとも、私達二人で食べたら恨まれてしまうな」

新兵達が抱える弁当箱を睨みながら呟くロデリックに、クラークも続いて視線を向ける。

自分達だけでない、この場に集まった騎士達全員の注目を一身に浴びた弁当箱に。

その気遣い自体はありがたいものに違いない。近衛騎士や自分達だけでなく、他の騎士達の分も〝若干〟用意されたのもありがたい。しかし、あくまで〝若干〟である。二人分だと思えばかなり多いが、騎士達全員分となれば全く足りない。

全員どころか、ひと隊分の騎士が一人一口でも行き届かない。騎士団の数はそれだけ多い。プライド達からすれば騎士団の中から〝気が向いた人〟〝興味をもってくれた人〟が間食に摘まんでくれたら嬉しいなくらいでの提供だったが、騎士団でプライド達の手料理に興味を持たない騎士など無に等しい。

もしこの料理箱をそのまま食堂の真ん中にでも広げて置いた場合、確実に戦場になるだろうとロデリックもクラークも理解する。この場に偶然居合わせた騎士達だけでも、確実に内乱が起こる。今も香しい香りに惹かれ、弁当箱の箱の中身が気になって仕方がない騎士や新兵達がその場を動けない。

差し入れを貰った立場、しかも相手が王族二人であるにも関わらず騎士団全員分用意してくれなど誰も決して思いはしない。しかし、この量は確実に争いを招くと騎士団トップ二人は確信する。


「……クラーク。これから演習の組み直しは」

「ああ、隊内戦と隊対抗戦と総力戦どれを組み合わせるか。中身を見ないとはっきりはわからないが……この量ならー」

隊対抗戦と隊内戦。と、そう二人の声が合わされば一気に周囲の騎士達からもどよめきが上がった。

場合によっては騎士達で奪取方法も決めさせるが、今回は自分達で決めなければ昼休憩が戦争になる。一隊分にも遥か満たないこの量なら、数人に取り合いをさせるしかない。総力戦でも良いが時間がかかることを考えれば、隊対抗戦で勝利した隊内で更に勝者を絞らせた方が早く終わる。そしてどうせ昼休憩で消耗させるくらいなら演習に組み込んだ方が効率的だった。

近衛騎士達の分の弁当箱を運んでいた新兵の一人が、突然声を上げたと思えば手元から弁当箱が掻っ攫われる。短い風が吹いた黒の残像も追えず目を白黒する新兵に、クラークから「気にするな、ハリソンだ」とひと声掛けた。

手を空にする新兵へ笑いながら、あとでちゃんと今日中に食べるように言っておこうと思う。早々に自室へ持ち帰るのは構わないが、ハリソンでは貰っただけで自己完結し腐るまで食べない可能性もある。

そして急遽昼食時間をずらし、演習内容を変更することを決めた二人の指示にその場の騎士と新兵達も消えるように伝達へ走った。

現時点での各隊が取り掛かっている演習項目を課題とし、各隊で最も優れた成績もしくは勝ち抜いた者に第一王女第二王女の差し入れが提供されると。そう伝達が演習場全体に伝わりきった時には、騎士隊全体が熱気に包まれた。


事前に決まっていた演習項目で、隊対抗戦で勝利した四隊且つその勝利隊内で最優秀成績を収めた一名。合計四名のみ。


敢えての極少勝利者条件を掲げたロデリックに、意気込む誰もが譲る気も揺らがなかった。


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