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フリージア王国備忘録<特別話>   作者: 天壱
重版感謝

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53/144

食され、


「……でぇ?貰えるもんは良いが、なんでわざわざレオンの前に引っ張り込んできやがった」


チョコ菓子の入った包みを片手で掲げながら、ヴァルは扉の前に佇み寄りかかった。

傍らには「ありがとうございます!」と満面の笑みで包みを抱き締めるケメトと、チョコの代わりに手製カップケーキを受け取ったセフェクが包みの隙間を指で広げて覗き込もうとしている。

床に寛がず、今すぐ部屋を出ても良いんだと言わんばかりのヴァルがいるのはいつもの客間ではない。定期訪問に訪れたレオンを迎える為の一際上等な客間兼応接室である。今もヴァルに手渡す為歩みよったプライドの背後で、ソファー席に寛いだレオンがにこやかに彼らへ手を振っていた。


「僕が頼んだんだよ。折角ならプライドが渡すのを僕も見たいなぁと思って」

「見たけりゃあテメェの足で来やがれ」

悪趣味が、と。その言葉を吐き付け舌を打つ。

配達を届けに来たヴァルより一足早く到着したレオンの手には、既にプライドから受け取った包みがあった。客間へ一度通り、渡された時はレオンも驚いたが久々の彼女の手製と聞けばそれだけで胸が高鳴った。

今までは受け取ってすぐ彼女の目の前で味わい、感想を伝えていたが今日は勿体ないなとすら思う。せめて見かけの感想だけでも直接今伝えようと包みを丁寧に開けば、そこには慣れないチョコ文字で自分の名前まで記されていた。

狙ったようなハート型であるのを確認すれば、フォークを通すことすら心の準備がいると思う。このまま、ハートの形のまま完食するにはどうすれば良いのだろうとプライドを前にして数分沈黙してしまったほどである。結果、今も眺めるだけで胸が膨らみ手がつけられない。

プライドからチョコを貰えたことが嬉しい反面、手製のチョコ相手にここまで心浮き立つのはレオンにとって貴重だった。


毎年バレンタインを乗り越え続けた彼にとって、チョコは今〝苦手〟の分類に入る。


国外からの王侯貴族にも絶大な人気を誇り、並行してチョコを贈られる数も多いレオンだが一年で最も苦手なイベントがバレンタインである。

しかも今のように国外からも注目されるより遥か前からの筋金入りだ。国内での社交で留めていた時から、その見目から女性達からチョコを贈られることは多かった。最初の頃は彼女達の気持ちだと素直に喜び受け取ることができたが、間もなくして毎年のように毒味役の従者が何人も倒れるか医者にかかる事件が続くようになった。

今思い起こせば弟達が仕込んだ可能性もあると思うレオンだが、殆どはレオンへの過ぎた狂愛故の混入物である。

実際、菓子職人が腕によりを掛けたと言って渡されたチョコを目の前で促されるままに食べて体調を崩したこともある。媚薬や睡眠薬入りならばいっそ可愛い方だったが、爪や髪の毛が混入していた時は流石のレオンもぞっとした。

毒味役が何人も倒れることと、これ以上は危険だとも判断して早々にチョコは相手が王侯貴族関係なく断るようになった。知らず送りつけられたところで絶対に自分も従者にも食べさせないとレオン自身も国王と共に決めた。その時の所為で未だに市販のチョコを見ても何か混入しているんじゃないかと思えてしまう。食べられはするが、味を感じる余裕はない。

バレンタインという風習さえなければこんなことにもならなかった。

しかし、プライドから受け取ったチョコだけはそういう気持ちにならない。ティアラだけから贈られたらきっと自分はいくら彼女を信用していても美味しくは食べられなかったと思う。しかし不思議とプライドが作ったと聞くだけで抵抗感がなくなった。

婚約解消後、初めて贈られたバレンタインチョコもすんなりと口に運ぶことができた。そして当然のことながら体調を崩すこともなく、心から美味しいと思って味わえた。お陰でレオンにとってプライドからのチョコはそれだけでも特別感が一層強い。自分にとっては唯一、抵抗感なくチョコの味を楽しめる品なのだから。


「プライドからの手製なんて嬉しいよね」

ふふっ、と笑うレオンへヴァルの代わりに返事をしたのはケメトだった。

「今すぐ食べても良いですか⁈」と目をきらきらさせるケメトへプライドが快諾する前に、雑に包みを剥がしながらヴァルはスタスタとテーブルへ歩んでしまう。中身を得たらもう不要だと言わんばかりに外した包みを床に落とし捨て、プライドが席に戻るより先にテーブル脇の床に座った。

手の届く位置まできたヴァルにレオンからまだ湯気の立ったカップを差しだしたが、片眉を上げたヴァルは「酒はねぇのか」と受け取ろうとすらしない。先ほどまでプライドとレオンで茶会を行っていた為、この場には酒の影もない。仕方なくプライドから侍女に酒を一本だけ持ってくるように注文することになる。

ヴァルの左右に並ぶようにセフェクとケメトも床に腰を下ろせば、膝の上に置いた包みを一枚一枚丁寧に外し出した。既に小箱を開けてケーキを確認したヴァルと違い、二人は開封した包みも綺麗に畳んでいた。

そうしている間にもヴァルは手掴みで何の情緒もなく、つまみ上げたケーキにがぶりと齧りついてしまう。女趣味なハートの形もチョコの名入れも無に帰る。


「折角お酒を頼んだのなら、それまで待ったらどうだい?」

「どうかしら。なるべく男性の好みに合うように甘さも調整したし、お酒も入ってるから口に合うと良いのだけれど……」

勿体ないと言わんばかりに肩を竦めるレオンに続き、プライドからも彼の正面で立ち止まり投げかけた。

何気に自分の目の前で食べてくれた相手一人目の為、行儀よりも味の方が気になった。毎年贈ったチョコは、溶ける・荷物になるの二点からヴァルにもケメトにもその場で食べられている為、この場で齧り付かれても今更である。

酒が来るまでの間だけでもと、自分のカップをレオンがもう一度彼の前に差し出せば今度は仕方なそうに受け取られた。思った以上にチョコの味が濃厚だった為、今は酒じゃなくても喉を通すものが欲しかった。

まだ熱い紅茶をグビッと一気に仰いで空にすると、そこでやっと「不味くねぇ」と短い感想が返された。


「主が野郎の舌まで気にするようになったとはなあ?今更だが少しは色気づいたか」

「私はいつだって食べる人のことを考えています!下心があると思われたら心外です!」

失礼な!とプライドも少し声が荒げ、唇を尖らせる。

しかしそれを見てヴァルもニタリと嫌な笑みをわざとらしく広げるばかりである。一口分だけ囓られたブラウニーを軽く掲げてみせながら、からかうように鼻先で嘲笑ってくる。

そんなことを言うならこの場で私が食べてやろうかしらと一瞬過ぎったが、近衛騎士やレオンが見ている前でそんな行儀の悪いことはできない。取り敢えず甘さにも味にも苦情がないところから考えて、なんだかんだ気に入ってはくれたのだろうと自分で自分を宥めることにする。

それに、急ぎ用意された酒も侍女から受け取ったところで彼がまた一口囓ってから口に流すのはレオンから再び差し出された紅茶である。口では言わないが、それなりにブラウニーの酒の味も楽しんでくれたのかと検討づける。


「……お酒、チョコに合うのに変えて貰いましょうか?」

「あー?酒を酒に変える必要がどこにある」

てっきりチョコに合う酒じゃないから飲まないのかなと思ったが、そうでもない。

ケメトに贈ることも鑑みてそこまで酒を強くしたつもりはないが、それでも使用した酒が上等だった為充分に芳醇な酒の香りがケーキに含まれている。隣で一口目を頬張るケメトも「美味しいです‼︎」と酔う様子も顔を顰める様子もなく絶賛していた。セフェクも一口貰っては、甘く大人なチョコの味を満喫している。

そう考えている間にも、レオンが「珈琲の方が口に合うんじゃないかい」と提案したが「今更いらねぇ」と最後の一口を放るヴァルに断られていた。来年バレンタインにチョコを渡す時は、試しに紅茶と珈琲と両方用意してみようとプライドは思う。

実際、ヴァルの口にも合った。セフェクかプライドから受け取る以外バレンタインに縁どころかチョコなど滅多に食さなかったヴァルだが、それでも自分の知るチョコ菓子の中では美味いと思う。もともと甘い食べ物も食べる機会がないだけでいくらでも食せるヴァルだが、特に今回はもっと数無いのかと思う程度には気に入った。

最終的に全て紅茶で飲み流した後に、やっと酒の出番である。


「僕も食べるのが楽しみだなぁ。珈琲と紅茶どっちが合うと思う?」

「試してみてやっても良いが代わりにテメェの分が無くなるぜ」

それは駄目だよ、と。

ヴァルの嫌味に滑らかな笑みで返すレオンは、やはり気に入ったんだなと頭の中だけで思いながら新しく用意されたカップを手に取った。

ケメトがもう一口いりますかとヴァルの口に差しだしたが、それはテメェらで食えと断られる。代わりにセフェクがカップケーキをひと千切りヴァルの口へと放り込んだ。


暫くはそのまま酒の香りが立ちこめる茶会が続いた。


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