〈重版出来2・感謝話〉リベンジ王女は気合をいれ、
ラス為二巻が重版して頂けました。
応援のお手紙もありがとうございます。
感謝を込め、特別話を書き下ろさせて頂きました。
少しでも楽しんで頂いて感謝の気持ちが伝われば幸いです。
IFストーリー。
〝もし、バレンタイン文化があったら〟
時間軸は〝我儘王女と準備〟あたりです。
「あの、プライド……ティアラ。これはその……いつもと違うようですが……?」
朝食前。
いつものように部屋までプライドを迎えに扉前で待っていたステイルは、手の中のそれを凝視する。
目の前ではにこにこと満面の笑みでそれを見つめる妹ティアラと、少し照れたように肩を狭めるプライド。そして背後には近衛兵のジャック、近衛騎士のカラムとアランが並んでいる。彼らの手にも同様に同じ大きさの包みがあった。
プライドとティアラ二人から受け取ったまま、護衛中には包みを開けられない彼らと違いステイルはすぐに包みを開いた。
中身を確認し、そしてまさかと今は固まったままである。
「ええと、だから再挑戦というか……それで、ちょっと今年は頑張ってみたの」
「頑張ったとは……まさか」
「はいっ!お姉様と私二人で頑張って作りましたっ!!」
続くティアラの跳ねた声に、今度こそステイルの熱が上がった。
包みを開いた小箱の中に入ったハート型のチョコケーキを前に、今度こそ確信を持って喉を鳴らしてしまう。専属侍女のマリーを含めた知っていた組とジャック達知らなかった組でそれぞれ顔色は明らかに違った。
自分達の包みは容易にこの場で開けられないが、ステイルの小箱の中に入ったケーキをみればそれは明らかに職人の作ったものではないとわかる。綺麗なハート型に粉砂糖が振りかけられている姿は街で売られている菓子とも一見相違ないが、その上には確実に職人ではない辿々しいチョコ文字で「ステイル」と書かれている。包みにもしっかりと「ステイルへ」と宛名が示されたカードが括られていたが、ケーキにまで見覚えのある字で書かれていればもう疑いようがない。
硬直するステイルを前に、「職人のじゃなくてごめんなさい」と謝りながら改めてプライドは今日の趣旨を彼らに伝え直した。
「今年はバレンタインから遅れちゃったから、その分しっかりと心を込めたチョコ菓子を送りたかったの」
バレンタイン。
フリージア王国でも王族庶民関わらず浸透していたそのイベントは、女性から親しい男性にチョコを送ることが通例である。
そして王族であるプライドとティアラも例年チョコを用意しては、親しい間柄である男性陣に贈るのが毎年のことだった。ただし、配るのは手作りではなく専門の菓子職人に依頼した高級菓子。
本命か義理かが理由ではない。単純に王侯貴族の女性が調理場に立つことはないからである。今まで何度も両親の目を盗んでは料理に勤しんだプライドとティアラだが、バレンタインに菓子を作るのは今年が始めてだった。
当然、十八のプライドも十六になったティアラも本来であれば何ら変わらず自分達が選び、細かく注文依頼した高級菓子を彼らに配布する予定だった。が、……今年は事情が異なった。
発端は、ティアラの十六歳誕生祭に起きたラジヤ帝国によるプライドの卒倒事件。
奇しくもバレンタインが誕生日であるティアラの事情に合わせ、毎年プライドもティアラもバレンタインのチョコは全員総じて一日遅れた二月十五日に贈っていた。しかし、プライドの意識不明と異変によりそんなイベントを顧みる余裕すら関係者全員が皆無だった。
結果として奪還戦から祝勝会も終え、再びフリージア王国に平穏が確保されてから数日経過した今日。当日から三ヶ月遅れたバレンタインが、アイビー姉妹の手により行われようとしていた。
「あ……りがとうございます。今までで一番嬉しいです。後でゆっくり頂きます。……。この包みは、変わらないのですね」
ハート型の菓子にプライドの字で自分の名前が刻まれていることに、頭ではわかっていても妙に動悸が重いと感じながらステイルは舌を動かした。
カラムやアランもいるのに、口が妙に緩んでいるのを誤魔化すように視線をチョコからその包みへと移す。ハート型のチョコケーキというのは全員統一だが、包みだけはステイル宛の物だけが他の彼らと異なっていた。小箱を包んでいた上等な包装はカラム達の物は深紅一色だが、ステイルの包みは鮮やかなピンク色に金色の装飾や白のレースがぐるぐると巻かれている。
過剰装飾、という言葉が相応しい包みは手の平サイズの箱を1.5倍に見せていた。誰の目からみてもセンスが良いとは言いがたい装飾だが、全てプライドとティアラの手製である。
「ええ、毎年のことだから今年もなんとなくそうしたくって。なんかもうステイル宛はこうしなくっちゃ!って思うから」
「今年も目一杯目立たせましたっ‼︎」
全くの悪意なく楽しそうに笑う姉妹に、今度こそステイルも笑いが込み上げてきた。
唇が笑う前に手の甲でぎゅっと押さえ付けながら、ぷるぷると肩を震わして笑ってしまう。「ありがとうございます……」と擦れた声で言えたが、既に声もガタガタに崩れていた。くくくっ……と笑う彼は、毎年のことながらの過剰包装が去年以上に面白くて堪らない。
自分宛の品だけがお洒落とは言いがたい包装であるにも関わらず、ステイルの機嫌は上々だった。もともとは自身が招いた種だから余計にである。
『正直、どれも同じに見えてしまって』
ステイルが養子になってから二回目のバレンタインである。
当時まだ未成年だったステイルだが、王族である彼は元の整った顔立ちもありその頃からバレンタインへのチョコの数は山のように届いていた。国外の式典には出れないが、社交界に招かれていた彼を見て求愛の証でもあるチョコを贈りたがった令嬢達も少なくない。年上の成人した姫すらも、そのステイルの整った見目からチョコを贈った。
王族への礼儀も勿論あるが、その大半はそのままの意味である好意や求愛。最初の年こそ今まで貰ったことがない数のチョコを前に呆気に取られたステイルだが、二年目にもなれば若干辟易した。
一年目に食べきれない数のチョコが毒味を通して手元に届いたが、それ全てを食べきれるほど彼は甘党ではない。しかし後日に会った王侯貴族の女性に食べたかどうだったかと聞かれれば、答えないわけにもいかなかった。
当時からプライドの為に社交界でも繋がりを作り続けていた彼にとって、彼女達を無碍にできるわけもない。味程度は適当に言えるが、せめてどんなチョコを受け取ったかくらいかは覚えていないと信憑性にもかける。そんな彼が、当時二回目のチョコの山を前に零した言葉がどれも同じに見える発言である。
どれも高級なチョコ菓子なのだから大概同じ。しかも包装も王道は大概決まっている。そんな中で自分の贈ったチョコを覚えていろというのが無茶な話だと、つい姉妹である二人に零してしまった。
そしてその結果が、翌年から行われるようになった自分宛チョコの過剰装飾である。
『これで私とティアラのはどれか一目でわかるでしょう?』
最初にそう言われた時は、奇天烈な包装を前にした時よりも驚いて無表情も崩れるほど笑ってしまった。
プライドとティアラにとっては、自分達のチョコ菓子がステイル宛のチョコの山に紛れないようにする為の最大の策だった。しかし実際はそんな必要もなかったことをステイルは未だ口にしていない。
わざわざ包装を目立つように工夫されなくても、最初からプライドとティアラから貰った品だけは大事に自分の机の上に置いている。チョコの味に舌が疲れる前にと、一番最初に美味しさを味わうと決めているのも彼女達からのチョコである。どう考えても混ざりようがない。
しかしわざわざ自分に見つけて貰う為に二人揃って派手で二つとない装飾を凝らしてくれたことが、ステイルには中身以上に嬉しかった。
……今年は混ざりようもないのに。
心の中でそう思いながらステイルは、必死に笑ってしまう呼吸を落ち着けた。
毎年はバレンタイン翌日だからそうなるが、今は3ヶ月も過ぎている。にも関わらず「ステイル宛にはこうしなくっちゃ」で派手な包装をあしらわれたことが途方もなく可笑しかった。ここまで包装で笑ったのは初めて二人から過剰装飾を受け取った時以来である。
「っ失礼しました。……本当に、ありがとうございます」
ひとしきり笑いの波が落ち着いてから、ステイルはいつもの笑みで礼をした。




