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401.特殊話・義弟は贈った。

四百話達成記念。


プライドの誕生日、九才編です。


「お兄様、二人っきりで相談とは何でしょうか…?」


ティアラが、小首を傾げて僕を見る。

勉学の時間が終わってすぐ、僕はプライドの部屋へ向かう前に急いでティアラを扉の前で待ち伏せた。僕がプライドの部屋に向かわず待っていたことに少し驚いた様子のティアラは、立ち止まってすぐ人差し指を口の前に立たせた僕に応じてくれた。

二人きりで相談がある、と伝えればコクリと頷いて、自分の部屋に招き入れてくれた。侍女や護衛と一緒にティアラの部屋に入れば、広さこそプライドと大差ないが、雰囲気はまた違う可愛らしい装飾やレースの散りばめられた空間がそこにあった。

勧められるままソファーに掛ければ、早速ティアラはその話題を振ってきた。

お姉様にも内緒なんて、と不思議そうに語るティアラに…一度だけ目を逸らす。

本当はもっと以前から動きたかった。でも、考えれば考えるほど恥ずかしくて。だけど自分一人じゃどうにもならない。まだ王族になって日が浅い僕にはわからないことも多いし、……結局こうすることが一番だと考えた。

そのっ…と言葉を絞り出す。話そうとするだけで顔が変に熱くなって一度口を結んだ。ティアラには義兄として立場を確かなものにしないといけないのに。

ぎゅっ、と膝の上の手で拳を作り、思い切ってティアラに今度こそ言葉に出す。


「ぁ…、っ…あ、ね君の……た、誕生日の…こと、なんだが……。」


駄目だ。思った以上に声が裏返った。

なんとか聞き取ってくれたティアラは「お姉様の…お誕生日ですか…⁇」とまた首を傾げた。それだけで不思議と唇が震えるし、余計に恥ずかしい。まだ本題も話していないのに。

もう話してしまったんだ、言うしかないと自分に言い聞かせ、僕は言葉を続ける。


「……来週の誕生日に…何か、贈り物とかはどうだろうかと。…………ティアラは、姉君に…贈るつもりは……ないか…?」

さっきよりは言葉らしい言葉になった俺の問いにティアラは金色の目を丸くした。


プライドの誕生日。

僕が養子になって初めてのプライドの誕生日だ。王族の中で一番誕生日の早いプライドは、来月とうとう九歳になる。……僕にとっても、大事な日だ。

妹のティアラの誕生日の時は、まだ初対面だったしプライドも僕も個人的なお祝いどころじゃなかった。だけど、次のプライドの誕生日は違う。もう僕もティアラもプライドと弟妹になって数ヶ月経つし、他人じゃない。

街にいた頃は、友達の誕生日は皆で祝ってた。

手作りの物とか、みんなで少しずつお金を出し合ったりとかして女の子にも贈った。僕は一人っ子だけど、他の家の子はみんな兄弟姉妹同士で誕生日にお祝いしてた。なら、プライドの義弟である僕だってちゃんと形に残る贈り物をして祝いたい。

だけど、教師や侍女達に聞いても王族間のそういうのは公式には何も取り決めはないとのことだった。決まってもいないし、禁止もされていない。いっそ推奨されてくれていたら僕だって普通に何も問題なく贈れたのに‼︎

それに、プライドの兄弟は僕だけじゃない。ティアラもだ。なら、僕だけが贈り物をするのは少し違う気もした。ティアラも妹で、僕と違ってちゃんとプライドと血を分けている。プライドの誕生日を祝うならティアラも誘うべきだと思った。…………それに、同じ王族で女の子のティアラなら贈り物の相談にも乗ってもらえるし。

正直、この前王族になったばかりの僕には王族として相応しい贈り物や用意の仕方もわからない。

女の子への贈り物は慣れてるけど、手作りの品なんて王族として贈るには粗末と思われるだろうし、どれくらい高い品なら良いのかも想像がつかない。もし特注するような品だったら早く用意しないと間に合わない。

そんなことをぐるぐる考えて黙り込んでしまい、気がつけばティアラから目を伏してしまっていた。暑くもないのに汗まで額に滴ってきて、拭う気力もない。すると少しの間の後にティアラから「お兄様…」と言葉が返ってきて


「とっっても素敵だと思います。私も、私もお姉様に贈り物をしたいです‼︎」


弾むような声に顔を上げれば、目をきらきらとさせたティアラが嬉しそうに手を組んで満面の笑顔を向けてくれていた。

「流石お兄様です!」と尊敬にも似た眼差しまで向けてくれて、思わずほっと息を吐く。手の甲で額を拭って、肩の力を抜いた。そうか…と返しながらも心の底で安堵する。良かった、情けないとかは思われていないみたいだ。

協力してくれるティアラにお礼を言って、プライドへの贈り物を何にするか相談を始めると、傍にいた侍女達がすごく温かい眼差しを僕らに向けていた。…少し、恥ずかしい。だけど、これはこれで良い弟に見えているなら良いだろうとなんとか自分を落ち着ける。

ティアラの話を聞くと、金銭感覚こそ違うけれど贈り物自体への考え方は僕とそんなに変わらなかった。こんなのはどうか、でもそれだけだと簡素すぎないかと相談していく内にティアラの方はあっさりと贈り物を何にするかも決めてしまった。

やっぱりこういう時同性の姉妹というのは躊躇いが少なくて良いなと思う。僕も贈りたいとは思うけれど、なんだかプライド相手だと気恥ずかしさが勝ってしまった。

ティアラが自分が決めた後も次々と案を出してはくれたけれど、殆どが僕が贈るには躊躇うものばかりだった。贈りたくないわけじゃない、むしろ贈りたい。でも、今の僕には壁が高過ぎる。

最終的に僕が何とか頷ける品を絞り出せた時には、一時間近くが経っていた。

僕が決められたことに安心してくれたティアラは「お兄様からの贈り物なら何でもお姉様は喜んで下さると思いますのに」と最後にまた首を傾げた。…確かに喜んではくれるだろう。でも僕は中途半端な品も大それた品も贈りたくない。理想的な義弟として前に出過ぎず、そして王族らしい物を贈りたい。

そう思っていると、ティアラが不意に僕の膝に乗った両手に自分の手を重ねてきた。プライドよりももっと小さくて細い手が優しく僕の手を包む。


「お姉様にたくさん喜んで頂きましょうね。私達がお姉様のことを大好きだとたくさん伝えたいです。」

そう言ってはにかむように笑うティアラは、…やっぱり母上だけじゃなく少しプライドにも似ていた。

本当に優しい笑みをしてくれる人達なんだなと思いながら、僕はその言葉に頷き応えた。ありがとう、と頭を撫でれば今度は照れたように笑った。まだ兄妹になって半年も経っていないけれど、一歳下の僕の妹は本当に可愛らしくて優しい子だ。

こんな優しい姉妹がいるなんてと改めて思うと、少し自分が贅沢な気がした。




……




「あのっ……プライド、この後少しだけお時間頂いても宜しいでしょうか…?」


ステイルがティアラと並んでそう言ってくれたのは、私の誕生祭を終えた後のことだった。

部屋への階段を上がろうとする私を引き止めてくれた無表情のステイルは、まだ誕生祭での熱気が身体に残っているのか少し頬が赤い。

ええ、良いわよと首を傾げながら返す私にステイルはお礼を言うと、すぐに伺うので着替えずに部屋で待っていて下さいと声を潜めた。何か相談でもあるのか、……もし今晩の誕生祭で何か至らない点とかの指摘やお説教だったらどうしよう。私としては前回のティアラの誕生祭くらいには穏便に終えられたつもりだったんだけど‼︎いやむしろ姉弟絶交宣告とかだったら。まさか心優しいステイルとティアラがよりによって私の誕生日にそんなことをするとは思わないけれど、それでもやっぱり不安になってしまう。

ステイルに言われた通り、部屋に戻っても寝衣に着替えず椅子に座って待っていた私はいつまで経っても落ち着かない。胸を一人で押さえて、この息苦しさと呼吸の浅さはコルセットの所為だけではないと確信しながら二人を待つ。……なんかもう断罪の時が来たかのような感じだと一度思ってしまうと、余計に緊張感が跳ね上がった。どうしよう、凄く逃げたい。

私の着替えさせ待ちの侍女達が、なんだか温かい目で笑ってくれているけれど、私はもう気が気でない。さっきのステイルの顔が赤く見えたのだって本当は怒ってたらどうしようとか、そういえば最近はステイルがティアラと二人だけで会っていることが増えたとか、勉学の時間が終わった後も私の部屋に来ないことも時々あったなとか思うと全部が全部断絶フラグな気がして冷や汗が止まらない。てっきり私に内緒で早々とステイルルートに向けて二人の仲を深めてるのかなと思って気にしない振りをしてたけど、すっっっごく今は気になる‼︎

侍女が窓を開けましょうか、と言いながら額の汗をハンカチで拭ってくれるけれど私はもうドレスの裾を握って喉を鳴らすのでいっぱいいっぱいだった。


コンコンッ、とノックの音が鳴らされた途端に返事の声が裏返る。


衝動的に窓から飛び出したくなったけど、ドレスを握る手に力を込めるだけでなんとか堪えた。

もし、単なる相談とかだけだったら凄く悪いことをしちゃうことになるし、姉として出来る限り力にならないと。

失礼します、と入ってくるステイルとティアラは二人とも両手を背中に回していた。なんだか改めたかのような様子に、まさか七歳と六歳でもう付き合ってます報告とかだったらと思うとまた緊張で心臓がバクついた。ドレスから手を離し、優雅に見えるように膝の上に両手を重ねながら二人に笑いかける。自分でもかなり口端がヒクついているのがわかる。


「お疲れのところ、申し訳ありませんプライド。御時間を頂きありがとうございます。」

頭を下げてくれるステイルにティアラも続く。

そのまま椅子から立ち上がった私の前まで歩み寄ってくれる二人に、全然良いわと私も返す。照れたように笑むティアラと、いつものように笑顔を作る余裕もないような無表情のまま顔だけが赤いステイルに本気でお付き合い報告な気がして仕方ない。まだ他の攻略対象者にも会ってないのにやはり早々とステイルルート確定かと思っ




「改めて御誕生日、おめでとうございます。…僕と、ティアラからです。」




…突然、背中から出したその手には二人それぞれ可愛らしい包みが抱えられていた。

続くようにティアラが「私とお兄様でそれぞれ選びました」と笑って言ってくれる間も私は驚きで声が出ない。

ぽかんと口を開けたまま二人が差し出してくれた包みを反射的に受け取る。ティアラからは可愛らしいピンクのリボン、ステイルからは真っ赤なリボンがかけられた包みだ。片手ずつ受け取りながら放心していると、ステイルからも言葉が無い。

ティアラが「お兄様っ」とステイルの裾を指先で小さく引くと、無表情のステイルが唇だけを僅かに震わせて話し始めてくれた。


「ぷ…ライドの、記念すべき誕生日なので。弟妹である僕とティアラでも個人的にお祝いをしたいと思いました…。僕からのは本当に大したものではありませんが喜んで下さると…嬉しいです。」

誕生祭ではあんなに堂々としていたステイルが、年相応の子どもらしく段々と更に顔が火照っていく。

姿勢正しく頭を下げて、そのままの角度で固まってしまったステイルは耳まで赤かった。やっぱり男の子は姉に贈り物とかも恥ずかしいのかなと思う。……それでも、用意してくれたんだなと思ったら、急に喉の奥が込み上げた。


「私達、お姉様のことが大好きです。お姉様の特別な日にお祝いの品を贈りましょうとお兄様が考えてくれました。こうしてお姉様にお祝いできて、すごく嬉しいです。」

ティアラの金色の瞳がきらきら嬉しそうに光る。

頬を染めて照れたように笑う姿が本当に愛らしい。ステイルが急に慌てたように「い、いえっ…僕はただ…!」と顔を上げて口籠る。

ステイルがわざわざ私なんかの誕生日のお祝いを企画してくれたなんて。そう思うと余計に嬉しくて、二人から貰った包みを掴む手が震えてしまう。

どうしよう、もう泣きたいし今から二人に抱き着きたい。でも、ちゃんと中身を確認してからにしないとと、何とか衝動を連続して飲み込んで堪えた。


「ありがとう…すごく、すごく嬉しいわ。……いま開けても良い…?」

どうぞ、と二人揃って声が返ってきた。

二つの贈り物を胸に、ちゃんとしたところで開けましょうと三人でテーブルを囲んで椅子に座る。

もう誕生祭が終わったとはいえ、私とティアラはなるべくドレスに皺をつけないように気をつけながら背もたれの無い椅子に腰掛ける。侍女達に手伝ってもらいながらやっと腰を落ち着けて、向かいの席に座る二人と挟むテーブルに包みを置いた。

どちらから開けるべきか悩んでいると、二人が同時に「ティアラから」「お兄様から」と譲り合った。

なんだか可愛らしいなと思いながら笑ってしまうと、その間もステイルとティアラが互いに譲らない。最終的にはレディーファーストということでティアラの贈り物から開かせて貰うことになった。

ピンク色のリボンを慎重に解き、包みを破かないようにそ〜っと捲る。

危険物処理レベルの緊張感で扱いながら、やっと包まれていた箱まで辿り着く。一度口の中を飲み込んだ後、今度こそひと思いにと箱の蓋を開けるとそこには可愛らしい髪飾りが収められていた。

花の形を象った華やかな飾りだ。花弁一枚一枚に色の違う宝石が埋め込まれていて凄く綺麗だった。わぁっ…と思わず感嘆の声が出てしまい、硝子細工のようなそれを直接摘むことすら怖くて箱ごと手に取って穴が空くほど見つめてしまう。


「お姉様の綺麗な髪にお似合いだと思いました。いつか使って頂けると嬉しいです。」

柔らかい声でそう言ってくれるティアラが、眩しい笑顔を私に向けてくれる。

どうしよう、凄くときめいてしまう。もう、本当に女の子らしくて可愛くて流石ティアラが選んだだけあると言えるほど素敵な髪飾りだ。むしろティアラの方がお似合いだと思うけれど、私個人もこういう可愛い系はあまり持ってなかったから嬉しい。

私が持っていたのは、もっと威嚇や権威がわかる系の派手な装飾が多かったし、前世の記憶を思い出した後もラスボス女王が今更可愛い系に手を出すのが恥ずかしくて希望できなかった。


「すっっっ…ごく可愛い…‼︎ありがとう、ティアラ。大事にするわね。」

正直、勿体無くて頻繁に使える自信がないけれど‼︎

でも眺めるだけでも幸せな気分になってしまうそれを箱ごと両手でしっかり持ってお礼を言うと、ティアラがまた満面の笑みで返してくれた。本当に天使過ぎるこの子。

そのまま、着けたところも見たいですと甘えた声を出すティアラに押されて、そっと震える指先で髪飾りを摘んで頭に当ててみる。

すると侍女のロッテが「宜しければ…」と優しく名乗り出てくれて、御言葉に甘えて早速頭に着けて貰った。ウェーブがかる私の髪を器用に搔きあげ整えながらティアラの髪飾りを手早く着けてくれた。

別の侍女が鏡を持ってきてくれる間、私の髪飾り姿を見たティアラが「素敵です…!」と口に手を当てて目を輝かせながら言ってくれた。その後も続くように大絶賛してくれるティアラに口元が緩んでしまいながら、ステイルへも目を向ける。何も言わないステイルに、もしかして早く自分の分の包みも開けて欲しいのかなと思うと


……茹だってた。


無表情の顔が僅かに目だけ丸い。

まさか九才の時点でそんな見てるだけで恥ずかしいくらい残念とか⁈と、逆に心臓がまたバクバク言いながら口を絞ってしまう。するとステイルが三拍ほど遅れて「お似合い…です、とても」と口だけ動かして消え入りそうな声で言ってくれた。…うん、やっぱり本当に優しい。

その後すぐに侍女が持ってきてくれた鏡を見ると、深紅の髪の上をちょこんと小さな王冠のように可愛らしい髪飾りが彩っていた。うん、すごく可愛い。ラスボス女王顔の私にはちょっと…と少し思ったけれど、少なくとも深紅の髪には凄く合っている。何より、やっぱり個人的にはこの髪飾りはすごく好みだ。


改めてティアラに御礼を言った後、今度はステイルの包みを開けることにする。

真っ赤なリボンを解いて、ティアラの時と同じように慎重に包みを外す。なんだか固まったままマネキンのようになったステイルが心配になる。

最後にそっと慎重に箱を開けると、万年筆だった。

凄く女性らしい、大人っぽいデザインだ。

装飾に宝石も散りばめられていて、本当に特別な品だと一目でわかる。私の髪の色に合わせてくれたのか、深紅を基調としてある万年筆は、握ってみると手にしっくりときた。素敵ですね!とティアラが両手を合わせて声を弾ませてくれる。凄く綺麗だわ、と私も声に出すとステイルがまたおずおずと口を開いてくれた。


「プライドは…優秀とはいえ、やはり女王となるべく勉学も大変だと思います。なので、少しでもそのお力になれればと。」

静かな声で言ってくれたステイルは、まだ目がチラチラとしか私の方に向かない。「もっと、女の子らしい品にもしたかったのですが…」とまた小さく口籠るステイルに、もしかしてこういうプレゼントを女の子に贈るの自体初めてなのだろうかと考える。こんなに素敵な品を用意してくれても自信がないなんて。

まだ少ししおらしい様子のステイルが可愛らしく思えてしまい、返した笑顔が余計に緩んでしまった。


「ありがとう、ステイル。すごく…本当に凄く嬉しいわ。これを使う時は絶対ステイルのことを思い出して頑張るから。」

ティアラのもの同様に勿体無くて普段使いできるかわからないけれど。

それでも嬉しくて言葉を返せば、ステイルがやっと顔を真っ直ぐに私に向けてくれた。丸くした目が一度だけまた伏せられた後、すぐに今度はにっこりと柔らかい笑顔を向けてくれた。

ティアラの誕生祭の時に表情に出すのが得意じゃないと話していたステイルだけど、今は本当に笑ってくれている気がする。唇を結んだまま赤らんだ顔で笑ってくれたステイルも、満面の笑顔を向けてくれるティアラもどっちも可愛くて愛しくて。万年筆を一度箱にそっと戻した私はテーブルを越えて二人を両手で抱きしめてしまう。

小さく声を漏らすティアラと、「ぷ、ら…⁈」と私を呼びかけるステイルの肩を抱き締めながら顔を埋める。


「本当にありがとうステイル、ティアラ。今までの中で一番の誕生日になったわ。……大好き。」


こんな優しい弟妹が居てくれて本当に幸せだなと心から思う。

柔らかく抱き締め返してくれるティアラと、密着して暑いのか、回した首が余計に熱くなるステイルに暫く甘えながら私は一度目を瞑る。

父上やヴェスト叔父様以外、今まで形式的な贈り物ばかりだったけど、…やっぱり私のことを考えて選んでくれた品は特別だ。死ぬまで絶対に大切にしようと心に決めた。


私の誕生日が初めて、式典以上に特別な日になった。



…………



……



「プライド。…その万年筆、まだ使ってくれているのですね。」


ふと、机に向かうプライドの背中越しに見えたそれに俺は思わず言葉を掛ける。

確かあの装飾のものは、十年近く前のものだった気がする。初めて俺が贈った品だ。

俺の言葉に一度手を止めたプライドは「ええ」と短く応えた後、身体ごと振り返った。

ヴェスト叔父様から休息時間を頂き、いつものようにプライドの部屋へ訪問した俺は、ティアラとテーブルを挟んで先にお茶をしていた。プライドが公務に一区切りつくのを待ちながら眺めているとちょうどあの万年筆が目に入ってしまった。ティアラが「いつ見ても素敵ですっ」と声を上げる中、アラン隊長とエリック副隊長が少し気になるようにプライドへ目を向けた。


「勿体無くてなかなか使えないけれど…。こういう大事な書類とかになら良いかなと思って。」

そう言って照れたように笑うプライドの手には、あの時から全く褪せていない深紅の万年筆が握られていた。

初めてプライドの誕生日を祝ってから毎年新しいものを贈っているのだから、古い物から普段使いに変えて下さいとは毎年言っているのだが、……なかなか気軽には使ってもらえない。「勿体無い」「とっておきに」と言われても、俺としては傷めても壊しても良いから愛用してくれた方が嬉しいのだが。使うのも使わないのもプライドの自由だから、俺からは何とも言えない。

ティアラが「兄様からの物だから大事にしてるのよ」と囁かれたが、それでもやはり使って欲しい欲の方が強い。


「でも、大事な書類とかやっぱりこれで書くと気合いが入るのよ。すごく使いやすいし。……あ。でも…」

懸命に俺からの品を褒めてくれるプライドが、ふと思い出したように視線を泳がせた。

どうしました?と、何か万年筆に使いにくさや不備でもあったのかと思い尋ねると、プライドがゆっくりと言葉を続けた。


「ステイル宛の手紙以外には不向きかしら?セドリックと手紙のやり取り中も結局使えなかったし。」

「⁇…それは、何故でしょうか……⁈」

のんびりと語るプライドに、何故か無性に緊張が走る。

相手によって使いにくくなるなど聞いたこともない。喉が変に乾き、カップを傾けて紅茶で喉を潤





「これ使うと、ステイルのことばかり考えちゃうから。」




っっっーー⁈‼︎

ゴフッ、と紅茶を吹き出す寸前、飲み込んだ代わりに気管に入った。

ゴホッ、ゴホゴホッッ‼︎と何度も咳き込みながらカップの中身を零さないよう必死にテーブルへ置く。「兄様⁈」とティアラが声を上げ、プライドまで俺の名を呼んで机の前から駆け寄ってくる。


「大丈夫⁈紅茶に何かあった⁈」

あまりにも派手に咳き込んでしまった所為でプライドが青い顔をして紅茶と俺を見比べた。

息苦しさとは関係なく顔が熱くなり、侍女に差し出されたハンカチで口元を拭いながら隠して俯く。大丈夫です…‼︎と何とか返しながら、目を逸らすと半笑いを俺に向けているアラン隊長とエリック副隊長が視界に入った。

プライドとティアラに背中をさすられながら、何とか咳を落ち着けて丸めた背中を正す。大丈夫です、ともう一度言いながらやっと顔を上げる。


「あの…プライド、俺のことばかり考えるというのは……?」

あまりにも聞きにくい内容に、ハンカチで口元を隠したまま声を潜めて尋ねる。

するとプライドはパチリと大きく瞬きをして俺を見た。「え?だって…」と呟くと、俺より先にティアラがプライドに向けて人差し指を唇に当ててくれた。すると、プライドはわかったように一度頷き、それから俺と同じように声を潜めた。


「初めて貰った時に言ったでしょう?〝これを使う時は絶対ステイルのことを思い出して頑張る〟って。」

だから、その癖で。と最後に気恥ずかしそうに笑うプライドは指先で頬を掻いた。……本当に、この人は。

更に急上昇した熱を抑えきれず、前髪ごと両手で掻きあげ、頭を抱えて俯く。ずれ掛けた眼鏡が落ちないようにだけ気を配り、息を吐く。

す、ステイル⁇とまた慌てたようなプライドと、楽しそうに隣でクスクス小さく笑い声を上げるティアラに挟まれたまま、俺は一人目を閉じた。




「良いです…今まで通り、もう貴方の望むように好きに使って下さい……。」




そういう使い難さなら、悪くない。


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